第三話 品位のない女
女性陣はマリエルを気に入っていたから、婚約破棄に反対なのだろう……
俺にとってはフランとの幸せな思い出なのに、母上や姉上は映像を見ながらちくちくと嫌味をいう。
例えば、俺とマリエルがランチをとっている場面。
フランが『エドワード様、偶然ですね!』と話しかけてきた。
マリエルが眉をひそめて『身分の低いものから上位のものへ話しかけてはいけないとご存じないの』と冷たくあしらう。
『ええっ、駄目なんですか』と涙目になったフランが俺に助けを求めるように見つめてくる。
今にも泣きだしそうなフランが可哀想になった俺は『学園では平等だろ。堅いことを言うな』とマリエルをたしなめて、フランに席をすすめた。
姉さまたちが口々に呟くのが聞こえる。
——うっわ、すごい度胸ね……とイブ姉さま。
——身分どうこうより、婚約者ふたりの食事に割り込むのはマナー違反よ……と母上。
——後ろの生徒たちの顔を見て。信じられないものを見ている顔しているわよ
——それな
——まわりドン引きでしたからね。特にこの子
——ぶふぉっ ほんとだすごい顔してる
影の声も混じっている
ランチの間、マリエルはフランに冷たい態度をとり続け、俺はそのつど涙を浮かべるフランを擁護しつづけた。
それでも、しつこく貴族の礼節を説くマリエルに辟易した俺は、ついに声を荒げた。
『フランはつい最近まで市井で暮らしていたんだぞ。少しのマナー違反くらい大目にみろよ!』
そう言って俺は涙目でおろおろするフランの手をとると、マリエルを残して食堂を後にした。
——最低ね
——ありえないわ
(そうだろう。そうだろう。マリエルはあまりにも礼儀にうるさいんだ)
やっと姉たちと意見が合ったと思ったら、弟のジョージがぶっこんできた。
「兄さま。市井で育ったと言いますが、平民だったなら貴族の会話に割り込むなんて真似絶対にしませんよ。そして、貴族なら王族と公爵令嬢の会話をさえぎるなどありえません。どちらにしても10歳の子でもわかるくらいに常識がないと思います」とキッパリ。
ジョージ……なぜそんなに胸を張ってどや顔なんだ? さっき姉さまに褒められたからか?
「え? いや、ジョージはまだ幼いから知らないだろうが、王立学園内では身分は問わないことになっているんだ」
「それは建前でしょう?」とジョージがきょとんとした。
可愛らしく首をかしげながら、ジョージが不思議そうに言う。
「しかも、公爵令嬢が忠告しているのに、彼女まったく行動を変える気がありません。自分の態度のほうが正しいと思っているみたいです。婚約者ふたりの間に割り込んできて注意されたのに、逆に酷いことを言われた~みたいな反応ってどうなんでしょう」
「いや。それはほら。言い方ってものがあるだろ。マリエルは言い方が冷たいんだよ」
「では、あの場にいたのが、イブ姉さまと兄さまだったら?」
ジョージに問われて、俺はイブ姉さまを見た。
あの場にいたのが俺とイブ姉さまだったら……?
王族ふたりの会話に割り込む男爵令嬢……それをイブ姉さまに諭されても態度を改めない令嬢がいたら……
俺は恐る恐る姉さまを見る。
イブ姉さまが閉じた扇をぱしんぱしんと手の平に打ちつける。ひぃぃぃぃ怖い
「私なら男爵家に抗議して退学させるわ。王立学園には他国の王族だってお忍びで通っているのよ。礼儀を説いても無視して絡んでくる危険人物など置いておくわけにいかないわ」
姉さまは閉じた扇で、流れる映像を指し示しながら言った。
「例えば、あれが他国の王族だったとして、たかが男爵令嬢があのような態度をとって無事でいられると思う?」
映し出された映像には、俺とマリエルが二人で歩いているところに話しかけるフランがいた。
(王族と婚約者の会話にとつぜん割り込むような無礼な貴族はいない……しかも真ん中に割って入るなど……)
俺はイブ姉さまに答えることができずに、次々に映し出される映像に目をやった。
春から夏にかけて徐々に親しくなる俺とフランの様子。
中庭でふたりっきりでランチをとる俺とフラン。何かを叫んでフランが俺の首に抱きついた。教室で俺を後ろから抱きしめるフラン。
(ていうか、これ、どうやって撮影していたんだよ……全然気づかなかった)
ところかわって、放課後に街をあるく俺とフランがうつった。俺はお忍びの服装をして、フランは胸元が大きくひらいたワンピースを着ている。
街中を歩きながらフランは俺の腕に手をまわして抱き込むように密着している。薄手の生地から女性らしい柔らかさを感じて俺の頬が緩んでいる。
フランは仲よくなるにつれて、気安くスキンシップをしてくるようになった。婚約者がいる身でよくないとは思っていたが、天真爛漫な彼女にやめろとは言えなかった。
「これが婚約者のいる男性に対する距離かしら?」アリア姉さまが蔑むような目をして言った。
彼女の評価が下がると妃に迎え入れることができなくなってしまう。なんとか理解を得ようと口を開く。
「彼女は市井に長くいたので……」
だが、アリア姉さまにぴしゃりと遮られた。
「エドワード。まだそれを言うの。彼女のふるまいは、平民のなかにあっても異質よ。あなたは、平民女性なら男性に抱き着いたり胸を押し付けるほど密着するのが当たり前だと思っているの?」
アリア姉さまが目線で画面を見ろと示した。
街中を歩く俺とフランの後ろ姿からゆっくり視野が広がり、道行く恋人たちの姿が映し出される。
若いカップルが指をからめて手を繋ぎ、初々しく頬を染めて歩いている。揃いの色をまとった恋人たちですら軽く腕をかける程度で、フランほど人前で密着しているものはいない。
俺たちと反対方向から歩いてきた若い女性がフランを見て眉をひそめた。すれ違った後に、女性は振り返りフランをもう一度見て恋人になにかを耳打ちした。
「影。あの女性がなにを話したかわかるかしら」
姉さまが問いかけると、女性の口の動きを読んだ影が答えた。
「——あの子、学生のように見えるのに娼婦なのかな……と言っていますね」
俺は言葉を失った。確かに、フランはマナーに疎いところがあるが、平民の中でも品位にかけていると思われているなんて……
その日のデートで俺はフランに色んなものをプレゼントした。マリエルと違ってドレスも宝石も持っていないというフラン。何かを買ってあげるたびに飛び上がって喜ぶのでドレスショップ、宝石店と、目につく高級店を次々にまわった。
フランの髪色と同色のピンクダイヤモンドのネックレスをつけてあげた時には、フランは感動のあまり目を輝かせて『エド!ありがとう嬉しい!』と叫んで俺に抱きついた。
店員が微妙な顔をしていたのは照れているのだと思っていたが、こうして映像をみていると、宝石店ではしゃぐ場違いな客を見ている目に見える——
ちらっと目線をあげると正面のカウチに座るアリア姉さまとジョージも店員と同じ目をして映像をみていた。
俺の胸にもやもやと影がかかった気がした。
(————恥)
それは、フランに対して初めて感じた感情だった。
今、ほんの一瞬、俺は、フランを恥ずかしいと思った……?
(いやいやちがう。彼女は天真爛漫で思ったことを表現しているだけだ。俺はそんな純真な彼女を愛しているんだ)
母上とイブ姉さまは、また一気にワインを煽ってグラスを差し出した。
——おかわり!
明日の夜までに続きをアップします。
もしよかったら引き続き読んでいただけると嬉しいです。
ブックマーク、いいね、★★★★★で応援して頂けたら泣いて喜びます。




