第一話 年越しの夜
一年が終わる、最後の夜。
王族のプライベートエリアで俺たちは家族だけでくつろいだ時間を過ごしていた。
ふだんは政務でお互い顔を合わせる時間もない王家の面々が、一堂に会するのは年越しのこの日くらいだ。
国教の祭礼のために国外へ出ていた父上と、ようやく話をする時間がとれる。俺はこの時を待っていた。
公爵令嬢であるマリエルとの婚約を解消して、かわりに男爵令嬢のフランを妻にすることを認めてもらわなければ……
俺は父上にいつ切り出そうかとタイミングを見計らっていた。
父上は暖炉を背に葉巻をくゆらせ、母上はワインを傾けながら第二王女のイブ姉さまと語らっている。
——よし、俺は意を決して口を開いた。
「――ちち」
「みなさま!」
父上に呼びかけようとしたその時、第一王女のアリア姉さまが被せてきた。
姉はちらっと俺に一瞥をくれると、さっと立ち上がり皆を見回した。
「今年も残すところあと数時間です。家族がそろったこの場で、ぜひ皆様にお目にかけたい余興を用意しましたの」
そういって姉上がパンパンと軽く手を打ち鳴らすと、どこからともなく黒装束を身にまとった王家の影たちが現れた。手には記録玉と呼ばれる装置を持っている。
「あの待ってください。姉さま。俺は父上に大事な話が——」
「あらあら、記録玉ね! 懐かしいわ。あなたたちが小さな頃は成長記録の上映会をしたものだわ……」
母上が俺を無視して嬉しそうな声をあげた。
冬季休暇で留学先から一時帰国した第二王女のイブ姉様ものっかってきた。こちらも俺のことは完全に無視だ。
「ええ、覚えていますわ。子どもの頃は毎年、その一年の楽しい思い出を見ながら話に花を咲かせましたわよね」
アリア姉さまがパチンと手を合わせた。
「そうです。それです。とっておきの映像を見ながら、ぜひ家族みんなで語り合いたいと思いまして、わたくしが編集しましたの。上映してもよろしくて?」
「もちろん」「楽しみだわ」みなが口々に答えた。
「待ってくれ。俺は父上に話が……」聞こえていないはずがないのに、俺の言葉だけは完全に無視だ……
どうして……
第二王子のジョージだけは俺を見て周りを見てきょとんとしている。
ジョージ!なんとか言え! お前には聞こえてるだろうと目線を送ったが、ジョージは興味なさげにふあああとあくびをした。
——無理もない。ジョージはまだ十歳だ。
今日だけは年越しなので特別に起きていることを許されているだけで、普段ならとうに寝ている時間だ。
姉さまの朗々とした声が響く。
「本日は特別に解説要員として撮影を担当した影たちの席も用意しました。王家の影のみなさん! 本日は、無礼講です。一緒に映像を楽しみましょう」
姉さまが合図すると、影たちは俺の背後の壁ぎわにさささっと腰をおろした。
——ええっ、いま、椅子どこから出した? 驚いているのは俺だけか?
影のひとりが父上の正面にあたる壁際に移動すると、天井から白い幕が下りてきた。
会場の照明がすうっと暗くなり、銀幕の上に見慣れた学園の風景が映し出された。
——こうなったら仕方ない。この映像が終わったら今度こそ父上に話を聞いて頂こう。俺は気を取り直して映像をみるべく姿勢を戻した。
明るい音楽が流れ、学園の庭園を背景にタイトルが浮かび上がってくる。
『☆エドワード王子の黒歴史☆』
「んなっ!? ちょっと待て!やめろ!止めろ!!ストップだ!!」
俺は両手をぶんぶん振りながら記録玉を持つ影のもとへ猛然と駆けよった。
「影!」
姉さまの命令と同時に魔術の光がほとばしる。
「うわぁ」
俺の体が光るロープでぐるぐる巻きにされたかとおもうと、一瞬で元の椅子までずるずると引きずり戻された。そのうえ、あろうことか椅子に縛りつけられたのだ。
「俺の黒歴史ってなんなんだよっ!」
椅子をガタガタいわせて抗議すると、隣に腰掛けている第二王女のイブ姉さまに睨まれた。
「エドワード。静かにしてちょうだい。あなた、私の留学中にずいぶんやらかしたらしいじゃない。話には聞いていたものの気になっていたのよ」
「エド、お母様もとっても気になるわ。静かにしてらっしゃい」母上が背筋が寒くなるような声音で言った。
——これは逆らったらまずいやつだ
俺はぴたっと動きを止めて口をつぐんだ。
◇
記録玉から聖夜の音楽が流れてくる。学期末パーティーで何度も流れた舞踏曲だ。
映し出されたのは学園のパーティーホールだった。
会場は着飾った学生たちであふれ、華やかな音楽と笑顔で満ちている。誰もが冬期休暇前のひとときをパートナーと共に楽しんでいた。
そこへ正装した俺と豪華なドレス姿の男爵令嬢フランが登場した。
生徒たちのあいだにざわめきが起こったのは、俺がエスコートしているのが婚約者のマリエルではないことに気づいたからだろう。
俺はフランの肩を抱いて堂々と宣言した。
『マリエル! お前との婚約は今日をもって破棄する』
突然の事態に会場はざわめき、全生徒の視線がいっせいに俺とマリエルに注がれた。
だが、マリエルはまったく驚いた様子がなく冷めた表情をしていた。
『そうですか。今後のことは陛下と父とで話し合ってもらいましょう。では、失礼いたしますわ』
あっさり話を終わらせて、さっさと出ていこうとするマリエルを、俺は慌てて引き止めた。
『いやいやいや、ちょっと待て。おい、マリエル待てって!』
『なんでしょうか? まだなにか?』
『理由が気にならないのか!?』
『あら、理由だなんて。殿下がふしだらな令嬢にたぶらかされていることを知らない者はいませんわ』
『たぶらかされているとはなんだ。俺たちは真実の愛で結ばれているんだぞ! 醜い嫉妬でフランを侮辱するな! 彼女はゆくゆくは王妃になる女性だ!』
『まあ。ご冗談でしょう。頭に花でも咲いてるんですの? 彼女は愛妾にすらなれませんのに……』
マリエルは信じられないものを見るような目で俺を見た。
俺の腕に縋りついて震えていたフランがついに泣き出した。
『マリエル様、ふしだらとか、愛妾だとかひどいです!マリエル様はいつもそうやって私を貶めて……私が平民出身だからって……うぅ……ぐすっ』
『茶番はおふたりだけでやってくださる? 続きは陛下が戻られてから話し合いましょう』
さっと踵を返したマリエルに、長身の男子生徒が手を差し出した。マリエルはエスコートを受けてホールの中央に歩み出た。
『みなさま、パーティを私事で中断して申し訳ありませんでした。さあ、ダンスを楽しみましょう』
合図を待っていたかのように、楽団が聖夜の曲を奏でマリエルと男子生徒は優雅にダンスを踊り始めた。
マリエルの後に続いて生徒たちも続々とパートナーの手を取り踊り始めた。
『いや、ちょっと……ええ? 話は終わってないぞ!!』あっけにとられた俺が叫んだ声は会場の音楽とざわめきにかき消された——
ホールの壇上に残された俺とフランを映したまま映像が止まった。
◇
部屋の灯りがすうっと明るくなり、アリア姉さまが立ち上がった。
「さて、これが先日のエドワードやらかし事件ですわ。ここまではプロローグ。本編はこれからです。みなさま、お酒のご用意は良いですか。今日は無礼講ですから影たちも各自グラスを持ちなさいな。この先、素面では恥ずかしくてみていられないですわよ」
人払いしてあるため、メイドも護衛も室内にはいない。影のひとりが王族のグラスにワインを注いでまわった。壁際に控えている影たちにもグラスが配られた。
——こうして『☆エドワード王子の黒歴史☆』上映会が幕を開けたのだった
王子がざまあされる上映会のお話は年内に完結したいです。
年越しまでにアップできるように頑張ります。
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