第3話
「なぁおぃ、ティーブ。俺等って忘れられてねぇか?」
「申し訳ありません。私にはわかりません」
「そうかい」
2人が消えた夜の闇をぼーっと見ていたみたいで、ヴィンダーさんの声で目の前に焚き火の光が広がった。忘れていたわけじゃないんだけど、ちょっと放っておいちゃったかも。
「あっ、すみません」
「いいっていいって。嬢ちゃんも大変だな」
「え、えっと、なんのことですか?」
ヴィンダーさんはなんの話をしているんだろう。いきなりでビックリしたけど、初めに出会った賢者が味方で良かった。きっとルイスを助けてくれるから。私より、ずっと役に立つだろうから。
「まっ、そういうことにしとくか。にしても驚いたな。青の賢者か」
「は、はぁ」
青の賢者リズ。黒の賢者ルイスと同じ魔法を使える人間。ルイスと同じように鏡の盾で戦うのかな。
「ファニーちゃん」
「うん。どうしたの?」
「あいつイヤ」
「イ、イヤ?」
アーちゃんの様子が変。いつも元気な羽を閉じちゃって、手の中で震えているみたい。こんな姿、今までみたことないし青の賢者が原因なんだろうけど、どうしてこうなっているんだろう。
「なにか見つけたの?」
「わからないの?青の賢者の魔力、黒の賢者と比べ物にならない。イモムシみたい」
「イ、イモムシ?」
「青の賢者に比べたら、黒の賢者なんてイモムシ」
そ、そんなに差があるの?ルイスはずっと封印されていたから、まだ本調子じゃないって言っていたけれど、そこまで違うだなんて。イモムシはちょっとヒドい気もするけど、魔法を使えない私と違って、使えるアーちゃんから見るとそんな風に見えるのかな。
「俺にはよくわかんねぇけどな」
「ドワーフにわかるわけないじゃん。トンマなんだから」
「もう、そういう言い方しちゃダメでしょ?それに私もよくわかんないし」
「ファニーちゃんはいいの」
なんでいっつもそんな言い方しちゃうんだろう。ヴィンダーさんは慣れてきたみたいであんまり怒らないでくれているけど、アーちゃんはずっと変わらないまま。
焚き火が少しずつ小さくなっていく。ティーブが木を足して消えないようにしてくれているのを見ながら、ルイスとリズさんが戻るのを待つ。その間アーちゃんは手の中に入ったままで、隠れるようにしていて離れようとしない。
「お待たせ」
やっと戻ってきた2人。ルイスはいつもと変わらない様子だったけれど、リズさんは納得いっていないような顔に見える。
「予定通りドワーフの国に入るよ。魔物に苦労しているみたいだしね」
「どうなっても知らないわよ?」
2人の様子も気になるけれど、もっと気になるのはルイスの一言。魔物という言葉が頭に残る。だけど反射的に反応したのは、私じゃなくてヴィンダーさんだった。
「お、おい待ってくれ。魔物に苦労?俺等の国が?どういうことだ」
「あら?ご存じないのかしら?」
「俺はずっと人間の国で仕事してたんだ。国に帰るのは久しぶりだ。それよりどういうことか教えてくれ」
「私も詳しくはないわ。最近ガーゴイルの被害が多いって耳にしただけ」
ガーゴイル。ここまで来る前にルイスに教えてもらった。ドワーフの国に出る魔物はゴブリンとは違うって。ガーゴイルと呼ばれていて、普段は石造みたいに建っているだけだけど、突然動き出して襲いかかってくる。石のように硬い皮膚と翼を持った魔物。
「聞いてねぇぞ。悪いが急がせてくれねぇか?」
「それは良いですよ?でもその前に、やっておかないといけないことがありますね」
「なぁリズ、本当にやるのか?」
「ルイス。南じゃなくて北に行くことにしてあげたんだから、黙って見てなさい」
「でもなぁ」
リズさんがこっちに来る。手の中のアーちゃんの震えが止まらないし、一緒になって私の手まで震えてきている。思わず一歩下がってしまったけれど、青い目に釘付けにされてそれ以上動けない。
「あ、あの」
「怖がっているの?なにもしないわよ。その妖精をちょっと貸してちょうだい」
「え、えっと」
アーちゃんが私の指にしがみついている。私も渡したくない。なにをするつもりなのかわからないからだけど、ルイスを見ても手振りで渡すように伝えてくるだけ。
「ダ、ダメです。アーちゃんは悪い子じゃないんです」
「ファニーちゃん。助けて、この人ぃや〜」
「だから、なにもしないって。ドワーフの国に入るなら、妖精には大人しくしていてもらわないと。騒ぎになって目立つのは良くないでしょ?」
それはわかるけど、騒ぎを起こさないか私も気になっていたけれど、だからってこんなに震えているアーちゃんを渡したくはない。
「だ、大丈夫です。ちゃんと私が見ておくんで、ね?」
「ファニーちゃんが良いの。この人はイヤなの」
また一歩下がる。リズさんも一度離れてくれたけれど、諦めたようには見えない。振り返ってルイスを見ている。
「ルイス、なにもしないで見てなさいよ」
「だから、そこまでする必要はないって」
「ダメよ。これが条件だって、ちゃんと言ったでしょ?」
その瞬間に、足に冷たいものが触れる。
「え?」
水。雨が降ったわけでもなく、水たまりがあったわけでもない。こんな岩山に無かったはずの水。どんどん増水してきて、下半身全てを、そして上半身全てが浸水してしまう。首から上には上がってこないから息はできる。アーちゃんが溺れないように手の平を上げて、差し上げるような格好になってしまう。
「ファニーちゃん!」
リズさんから必死に逃れようとして、私の頭に飛んでくる。そんなアーちゃんは、生き物みたいに動く水に絡め取られていく。
「ぃや〜〜」
「や、やめて。ヒドいことしないで」
「だから、なにもしないわよ」
リズさんの手の平に乗せられたアーちゃんは、それでも逃れようとしている。だけど水が邪魔して許していない。
「ねぇ、妖精さん?」
「ぅう〜、ぃゃ〜ぁ」
「イタズラはダメよ?」
「ぅう〜」
本当になにもしていない。していないけど可愛そう。ルイスは目を背けちゃっているし、いつも仲が悪いヴィンダーさんも口を開けたまま戸惑っているみたい。
そんな状態がしばらく続いた。
「リズ。もういいだろ?」
「そうね」
私は、やっと水から解放された。リズさんの手の上で動かなくなってしまったアーちゃんに駆け寄ると、すぐに手渡してくれる。歯を鳴らしながら震えていて、私の顔を一目見ると胸の中に飛び込んでくる。
「私だってこんなことしたくないわ。でもこうでもしないと、妖精は大人しくならないのよ。わかってちょうだい」
「は、はい」
ルイスが魔法で乾かしてくれる。だけど震えが止まらない。胸の中で同じように震えるアーちゃんを手で優しく包みながら、暖かい焚き火の前を離れられなかった。




