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青の賢者リズの望み

今日はリズの誕生日だった。街はずれの洞窟の中で、双子の妹と2人きりの誕生日。妹といっても実の妹ではない。義理の妹というわけでもない。それでもリズにとって妹は妹で、かけがえのない家族であることは間違いない。


妹の名前はメグ。リズとメグが姉妹となったのは、2人とも同じ境遇だったからだ。

天涯孤独。分厚い雲の下で滝のような豪雨に生まれた青い髪と目のリズと、強烈な太陽の日差しが照りつける猛暑の日に生まれた赤い髪と目のメグ。2人は生まれた時から独り。


リズは街から除け者扱いされていた。両親のいないリズは、人から物を盗んで生きるしかなかったからだ。そしてそれは、メグも同じだった。


2人が出会うのは、ごくごく自然なことだった。人から物を盗んで生きる子供の行先は、おのずと限られる。


独りで盗むのは難しい。だけど2人なら盗める。街の人から罵声を浴びせられても、街の子供たちに石を投げつけられても、全身傷だらけになりながら2人は必死に盗んでいた。


罵声や石から、リズはメグを守るようになっていった。そしていつからか、メグから姉と呼ばれるようになる。


実のところ、どちらが年上なのかは2人にもわからない。両親がいない2人は、年齢どころか自分の誕生日すら知らなかったからだ。

でもリズは全く気にしていなかった。それどころか嬉しいとすら思っていた。なぜなら自分の好きな誕生日にすることができるから。妹が同じ日を誕生日にできると満面の笑みで喜んでくれたから。

メグの笑顔を守る。それがリズの生きる目的になっていた。


「お姉ちゃん。世界のふもとってどんなところなのかな?」


それは、街で話題になっていることだった。エルフの女性に伝えられた世界のふもとの話。この世界は全て世界樹によって創られ、太陽を毎日作り出しているという話。

街の人達はほとんど信じていなかった。ただ一人、ルイスという少年を覗いては。


「さぁ。言うほど大したことないんじゃない?」


世界のふもとへ憧れていたメグと同様に、リズも世界のふもとに憧れていた。けれど表には出さない。妹が期待を膨らませて、そしてガッカリするところを見たくなかったからだ。憧れはしょせん憧れで、手に入る幸福を手に入れたほうがメグの笑顔を守れると思ったからだ。


なにがあるかわからない世界のふもと、逆に言えばどんな素晴らしいことがあってもおかしくない世界のふもと。


表に出すことはなかったが、リズは世界のふもとで幸せに暮らしを送ることを夢見ていた。


そして時が経ち、青年となったルイスが共に世界のふもとへ旅立たないかと街の人達に呼びかけた。多くの人は話を聞くどころか相手にもしない。


あまりに話が大きすぎて信じられていないこともあったが、人間というのは今ある生活を手放そうとしないものだ。多少不満があったとしても、なにがあるかわからない世界のふもとに、わざわざ危険な旅に出てまで行こうと思う人などほとんどいなかった。


リズもその一人だった。成長してできることが増えて、盗みなどせずとも女を売ることで生きられるようになっていた。満足な生活というわけではないが、メグを養うには十分だった。自分だけが犠牲になれば良いのだと、今ある生活を捨て旅立つ気などなかった。


だがメグは違った。


「お姉ちゃんも一緒に行こうよ」


期待に目を輝かせるメグの笑顔を守るためにルイスの呼びかけに応じる。そこには7人の男女が集まっていて、8人は世界のふもとへと旅立つ。旅はとても長く険しいものだったが、メグが幸せそうでリズは一安心だった


初めて別の人間の街をいくつも訪れ、初めてエルフの都を通り、初めてエントの森に入る。なにもかもが新鮮で、充実した旅。8人全員で助け合っていて、除け者にされてきた街とは正反対の同じ仲間として受け入れてもらった日々。


そんな幸せな旅の日々でも、リズの心に余裕はなかった。どんなに旅を続けても、世界のふもとになにがあるのかわからなかったのだ。


期待をすればするほど、なにもなかったときの反動も大きい。最悪の結果に備えて、リズは旅の道中でも女を売ることをやめようとしなかった。お金があれば良いというものでもないが、メグにしてやれることが確実に増えるから。


「リズさん。そういうのは良くないよ」

「うるさい。あなたになにがわかるの?私とメグにはなにもないの。旅が終わった後に、帰る場所のあるあなたとは違うのよ」


女を売っていることをルイスに知られてしまった。元々気が合わないリズとルイスは、事あるごとに意見が対立していたが、これが決定的になり2人の溝は取り返しがつかないほど深いものになってしまう。


喧嘩する様子を心配そうに見つめるメグの視線が痛かったが、それでもルイスと喧嘩することを止められなかった。


ルイスの方が正しいことを言っていると、リズも理解はしていた。だが理解していたとしても気持ちは追いつかないものだ。相反するものに挟まれながら、リズは穢れてしまった自分を恥じるようになっていく。


そしてリズが自分の顔を嫌うようになった頃、旅の終着点に辿り着いた。世界のふもと。そこには世界樹があり、この世界アキシギルを創り出していた。


あまりの光景に固まったまま世界樹を見上げ続けていたリズに、贈り物が授けられる。

それは、魔法と永遠の命。

この時のリズはまだ知らなかった。ずっと2人で生きていくと信じているメグとの別れが近づいていることに


8人は世界のふもとの近くでしばらく暮らすことになる。相変わらずルイスと喧嘩ばかりしていたが、リズにとってもっと不快なことが起きてしまう。


大好きなメグの顔が、大嫌いな自分の顔に変わっていったからだ。


世界樹から授けられた永遠の命のせいだった人間というのは、老いるものだ。人間だけではない。限りある命を生きる全ての種族は、老いて朽ちて死んでいく。だがメグは限りのない永遠の命を授けられた。


永遠の命の副産物として、メグは自分の姿を自在に変えられるようになっていた。8人の仲間全員そうだった。自分の意志で老いることも若返ることもでき、容姿すらも自由だった。


ずっと守ってきたメグの笑顔は消えてなくなり、代わりにリズの笑顔に置き換わる。違いがあるとしたら、髪と目の色だけ。青い髪と目のリズと、赤い髪と目のメグ。リズは必死に隠そうとしたが、不快に思っていることを隠しきれなかった。


「どうして?」


見た目が全てじゃない。そんなことリズは百も承知だった。だとしても、大嫌いなリズの顔で笑うメグに、以前のように接することはできなかった。ずっとメグの笑顔を守ることが幼い頃からの夢だったのだ。


そんな日々も、永遠に続くことはない。続けることはできない。8人は生まれ故郷である人間の街に戻ろうと話すようになる。メグは反対し、リズも内心は同じだった。女を売っていた街に、楽しい思い出など無かったのだから。


妹と一緒に最後まで反対したが、他の6人の意志を変えることはできず、結局生まれ故郷に帰ることになってしまう。妹と2人で世界のふもとに残ることもできたが、そうしなかった。大嫌いなリズの顔のメグと2人きりになってしまうことを恐れたからだ。


8人で生まれ故郷まで戻ると、見知った顔は一人もいない。それだけ長い時を世界のふもとで過ごしたからだった。他の6人が帰還を喜びながら魔法の力を披露するのをみながら、リズは安堵していた。女を売っていた過去を知るものはルイスしかいないと知ったからだ。そしてそのルイスが、わざわざメグにバラすようなことをしないと、気が合わないからこそ理解していたからだ。


だが、平穏な日々は長く続かなかった。8人は人間と他種族の戦いに巻き込まれてしまったのだ。魔法の力を求めて世界のふもとを目指す人間たちと、それを阻もうとする他種族との間の戦い。


リズはメグを逃がしたかった。妹が傷つく姿を見たくはなかった。そんな思いとは裏腹に、リズはメグと共に戦いの最前線に立たされることになる。


理由は単純なもので、2人に授けられた魔法が戦闘という点においては最も優れていたからだ。

リズに授けられたのは水の魔法。妹のメグに授けられたのは炎の魔法。

敵の本拠地を大量の水で押し流し、迫りくる敵を灼熱の炎で焼き払う。魔法を授けられた8人の中で、最も敵を葬ったのは間違いなくリズとメグの2人だった。


他種族との戦いが、このままずっと続くのだろうかとリズが考え出した時、黄金のドラゴンが8人を訪ねてきた。どうして人間が世界のふもとを目指すのを止めようとしているのか。8人が知りえなかったことを伝えに来たのだ。


その理由は、魔物が生まれてしまったからというもの。8人が世界のふもとに辿り着いた後に魔物が生まれてしまったらしい。だからこそ、これ以上人間を世界樹に近づけるわけにはいかないと伝えられる。


8人は集まり、また話し合った。メグが他種族と共に戦おうと言った。このまま戦い続けても結果は目に見えていると感じていたかららしい。負けるに決まっていると言っている。


戦いのさなかにリズは思っていた。人間は弱すぎると。人間とともに他種族と戦っているはずなのに、実態としては魔法を使える8人と他種族の戦いとなっていた。


さらに、8人はドラゴンと戦ったことも出会ったこともなかった。初めてドラゴンを見たリズは、一目で悟った。ドラゴンには勝てないと。目の前にいる黄金のドラゴンに、8人全員で挑んだとしても勝てないと。


そして8人は人間と袂を分かち、他種族と共に人間を止める戦いを始める。裏切り者と罵られながら、リズに罪悪感などなかった。女を売る羽目になった人間に復習できると、むしろ喜んでいた。


他種族は水の魔法を使うリズを青の賢者、炎の魔法を使うメグを赤の賢者と呼ぶようになった。


力の差は歴然となり、人間は全ての戦場で敗走していく。予想外だったのはドラゴンが参戦することはなく、あくまで傍観者だったこと。それでも勝敗に影響するようなことは決してなかった。


人間を圧倒していったが、その戦いの中で8人は少しずつ離れ離れにされてしまった。あまりに強大な魔法の力を恐れた他種族によって、そう仕向けられたからだ。


リズとメグは最後まで一緒だった。その頃に2人は瓜二つになっていて、どこから見ても実の姉妹にしか見えなかった。だがそれは、見た目だけの話。


2人の間の溝は少しずつ深くなっていたのだ。リズは妹を遠ざけるようになっていた。妹が自分と同じ顔になってしまったことを嫌がったからだ。ただメグの笑顔を見たかっただけなのにと、リズは考えていた。


ついに2人が引き剥がされる日がやってきた。他種族に別の戦場に向かうように要請される。それが長い別れになってしまうとリズは理解していた。理解していたが抵抗もしなかった。妹と離れたいという気持ちの方が強かったからだ。


向かった戦場で、リズは独りで立っていた。助けなどいらないと他種族に進言し、初めて水の魔法の全力を出した。


無数の器が現れる。無限の水が生まれる。際限のない冷気が支配する。

器から流れる無尽蔵の水が、氷となって全てを凍らせていく。

血で赤く染まった氷を見ながら、リズは妹のことを思い出していた。


人間など一瞬で動けなくなってしまったが、それでもリズは魔法を止めなかった。魔力が尽きるまで氷は消さない。大気まで凍りつき、地面は降り積もった雪で真っ白になり、誰一人として近寄ることができない。


雪がずっと降り積もっていき、地形は高い雪山へと変わっていく。


「はははっははははははははあはははは」


魔力が尽きたとき、辺りの景色は様変わりしていた。高く降り積もった雪は固まり、澄み渡った空が青い。そこにいたはずの人間は深い雪の底に沈んでいる。


リズは独りだった。雪山の上で独りだった。雪山が溶けていき、誰でも近寄れるようになったあとも独りだった。


そんなリズに話しかける種族がいた。その種族はドラゴン。黄金のドラゴンのラウレリンが悠然とリズの目の前に降り立つ。


「賢者の力がこれほどだとは。よろしければ、こちらへ。話したいことがあります」


リズはなにも考えていなかった。考えることすら面倒になっていた。だから断ることもせず、だまってドラゴンについていく。


それはとても短い旅だった。ドラゴンの住処までの短い道中、初めは水の魔法のことばかり聞いてきたドラゴンは、少しずつリズ本人のことを聞くようになっていく。話すというだけで心休まるものだ。ドラゴンは話を聞くだけだったが、今までリズの本心を聞いてくれるものはいなかった。そんな日々が続き、次第に安らぎを感じるようになっていく。


ドラゴンの住処は、とても穏やかなところだった。なにもないと言ったほうが良いかもしれない。たまたまドラゴンの誕生日で、様々な種族が祝いの品を持って訪れてきた。誕生日の祝いの挨拶が終わり、最後に残ったリズも誕生日を祝おうとする。


なにを言えば良いのか困ってしまったメグは、水の魔法で氷の彫像を作った。なにも持っていないリズは誕生日祝いの代わりになればと思ってのことだったが、想像を遥かに超えて喜ばれた。


そしてドラゴンの住処での暮らしが始まる。朝起きてドラゴンの体を水で洗い流す。なかなか全身を洗う機会のなかったドラゴンにとって、とても重宝された。昼には住処の周りを独りで散策し、夜には分けてもらった食べ物を食べて床につく。


ただそれだけの、不思議な生活。世界のふもとへと旅したときのような興奮はなく、かといって街で疎外されていたときのような喪失もない。

ただ仕事をしているだけ。ただ家に帰っているだけ。ただ遊んでいるだけ。ただ寝ているだけ。


ただそれだけの、ただの生活は、どこか物足りないとリズはずっと感じていた。


「どうして、声を掛けてくれたのですか?」


数年が経ったあとに、ふと気になってリズはドラゴンに訪ねていた。全力で水の魔法を出し尽くすところを見て、話しかける気になった理由を知りたくなったからだ。


ドラゴンによると、初めは賢者の力がどれほどのものか気になっただけらしい。独りでずっと立っていたリズの表情はひどいものだったが、特に気にしていなかったそうだ。だが話している間に、賢者といってもただの人間であることにかわりはないと気づいて身の上話を聞くようになったそうだ。


そんなドラゴンとのただの生活。だがドラゴンは、そろそろ終わりにしようと言い出した。出会ったときは違い、ドラゴンはリズがどういう人間なのか理解していた。リズがドラゴンの世話をすることを生きがいにしていると見抜いていた。妹のメグのために生きていた頃と、変わらないままだったのだ。


そんなリズに、ドラゴンはもっと多くの人のために生きたらどうかと話した。たった一人の人間や、たった一体のドラゴンのために生きるより、その方が心安らぐのではと伝えていた。その時に、魔法は使わないほうが良いとも助言していた。強大な魔法の力を使い始めてしまうと、際限が無くなってしまうからだ。


人間の街に帰ったリズは、小さな孤児院を作った。そこで親を失った子供たちをたくさん育てた。ドラゴンの助言通りに魔法を使うことはせず、さらに老婆の姿になることにした。老婆となることでできる範囲をあえて狭めて、やりすぎてしまわないようにしたのだ。


ただ世話するだけ。


そんな生活がずっと続いていく。


ただ助けるだけ。ただ連れて来るだけ。ただ食べさせるだけ。ただ泊まらせるだけ。ただみつけるだけ。ただ見送るだけ。ただ座っているだけ。ただ見守るだけ。ただ聞くだけ。ただ笑わせるだけ。ただ寝かせるだけ。


それだけの生活を永遠に続けていく。


ある日、妹が訪ねてきた。

それは決して偶然などではない。かといって必然というほどのものでもない。リズは永遠の命を持ち、永遠に孤児院を続けていた。いつか再会することがあっても、なにもおかしくはない。


再会した妹は、若い頃と全く変わらなかった。

大嫌いだったリズ自身の顔。違いがあるとすれば、相変わらず赤い髪と目だけ。

再会した妹は、世界中を旅していた。

旅の話をずっと続ける妹はとても幸せそうで、リズはとても嬉しかった。

再会した妹は、魔法を驚くらいに使いこなしていた。

炎の魔法の力をただ使っているのではない。まるで自分の手足のように自在に操っていた。


あんなに大嫌いだった自分の顔を前にしても、リズは不快に感じていなかった。

リズ自身も気づいていなかったことだが、たくさんの孤児のための生活が、リズの心を癒やしていたのだ。


自然と妹と接することができるようになっていて、孤児院のことを手伝ってもらうようになる。姉が真似して老婆の姿になってしまうのかと心配していたが、妹が老婆になることはなかった。


以前とは違う。そのことに気づいた。ずっと暮らすのではなく、しばらくしたら旅立ち、またしばらくしたら戻ることにしたのだと、妹は話してくれた。


そのことを聞いて、リズはとても喜んでいた。たまにでも会えるのであれば、それで十分だった。リズの生活に楽しみなことが一つ増えた。


ただ妹を見送るだけ。リズと同じように永遠の命を持つのだから、妹のメグに会うという生活が終わることはない。


そのはずだった。


黒の賢者ルイス。戦いのさなかに離れ離れになり、その後ずっと音信不通だった人が、突如として魔物を率いて世界を蹂躙し始めたのだ。


数多くの種族が被害を受ける中、メグが孤児院を訪れた。リズの無事を心配してということもあったが、世話になったドワーフの都市を助けるために手伝って欲しいとのことだった。リズは共に戦うことには同意しつつも、ドワーフの都市へ向かうことは拒絶した。


「メグや。わたしゃ見ての通り老いぼれだからの。ルイスの馬鹿を説得しに行くよ」


若返る気にはなれなかった。水の魔法を使えば魔物を全て倒すこともできるかもしれない。だが一度それをしてしまえば、全ての魔物を倒すまで止まることができないと思っていたからだ。リズは自分自身が、誰かのために生きようとしすぎてしまうと理解できていたからだ。


リズはドラゴンの住処へと歩く。ルイスに会いに行くといっても、どこにいるかなど知る由もない。だがあてがないわけではなく、かつて共に過ごしたドラゴンであれば知っているのではと考えたからだ。


期待通り、ドラゴンはルイスの居場所を知っていた。ドラゴンというのは、世界の秩序を守る存在でもある。世界を蹂躙しているルイスが、秩序を乱しているといえるのか慎重に判断していた。


リズが訪れたとき、ドラゴンの住処には灰の賢者の姿もあった。2人の賢者と1体のドラゴン。黒の賢者ルイスへの対応について意見を出し合う。結論が出るまでにさほど時間はかからなかった。全く同じ意見だったからだ。


ルイスを力づくでも止めなければならないという結論だった。


リズは灰の賢者に運ばれてルイスのところへと向かう。ドラゴンは隣を飛んでいた。そして大量の魔物を率いているルイスの前に降り立ち、灰の賢者が問いかける。なぜこんなことをするのかと。


「ありがとう。俺を殺してくれ」


ルイスは嬉しそうに理由を答えた。この世でただ1人の最愛の人が死んでしまい、何度も死のうとしているのだと言う。世界のふもとで授かった永遠の命のせいで死ねないのだという。


理由を聞く前のリズは、ルイスのことを冷ややかな目で見ていた。嫌いだからというわけではない。元々気が合わず、リズはルイスがなにを考えているのか全く理解できていなかった。だから魔物を率いて世界を蹂躙していると聞いても、わけがわからないと思うだけだったのだ。


理由を聞いた後のリズは、困惑していた。その理由に、深く共感しまったからだ。だからと言ってリズとルイスが仲良くなれるかと聞かれればそんなことはない。ないはずなのに、リズの心を大きく揺り動かした。


出会ったときから気が合わなかった。女を売っていたことを注意された時、余計なお世話だと思った。世界のふもとの夢だけ見ている姿が、夢ばかり見いられない私にとって恨めしかった。だからといって、嫌いになりたかったわけじゃない。なにか一つでもルイスのことを理解できれば、もっと良い関係になれるんじゃないかって思ってた。今、ルイスと初めてわかりあえた気がする。


初めてわかりあえたことが、死にたいという願いだなんて。


ドラゴンがルイスに襲い掛かった。尾を叩きつけて圧殺した、でもルイスは死なない。骨ごと噛み砕いて斬殺した、でもルイスは死なない。ブレスを吐き爆殺した、でもルイスは死なない。


どんなに殺し続けても死なないルイス。殺され続けることに苦しみ、死ねないことに苦しみ、どんなに苦しくても抵抗しないルイスを見て、リズは強く望んでしまった。


助けてあげたい。


リズは水の魔法を使ってルイスを助けようとしてしまった。高速で水を打ち出して射殺する、でもルイスは死なない。全身を凍らせて氷殺する、でもルイスは死なない。水に閉じ込めて窒息させる、でもルイスは死なない。


「なんで。なんで殺せないの」


どんなに殺し続けても死なないルイス。老婆の姿のまま水の魔法を使っているリズの姿は、次第に若さを取り戻していく。老いた姿のままで殺せないのであれば、若返って全力を出せば殺せると考えたからだ。


いや、心のどこかでそれでも殺せないという不安はあっただろう。それでもリズは試さずにいられなかった。


誰かのために生きるリズ。だが、それはあくまで無意識でのこと。心の底から助けてあげたいと、黒の賢者のためになりたいと、ルイスを殺したいと、はっきりと意識したのは初めてのことだった。


助けたいという殺意が、リズの心を満たしていく。


なのに、ルイスを殺すことはできない。


ドラゴンは、もうやめた方が良いと警告した。リズがどういう人間なのか理解していたからこそ、とても危うく見えたのだ。


だがもう手遅れだったのだろう。ずっと気が合わなかったからこそ、初めての共感だったからこそ、そしてこの世でただ1人の最愛の人を追いかけて死にたいという納得のできる理由だったからこそ。


リズは捨て身でルイスを殺そうとした。でもルイスは死なない。


「なんで?」


若かりし頃の、最も強かったときまで戻り、これ以上若返ることはできない。人を殺す。ただそれだけの簡単なことすらできず、リズはもはや自暴自棄になっていた。


「リズさん。もうよしなさい」


ドラゴンに止められるまで、リズはルイスを殺し続けた。でもルイスは死なない。もう一度殺させてくれと懇願するが、ドラゴンと灰の賢者は許さなかった。


「なに?なにをするの?」


灰の賢者が札の魔法を準備しだした。だがルイスを殺そうとしているようには見えない。


「リズさん。およしなさい。このまま放っておくわけにはいきません。灰の賢者に封印させます」

「封印?ダメ、そんなのダメ。だってルイスは、もう。ちゃんと、ちゃんと殺してあげないと」


ルイスは死ななければならない。リズはそう考えていた。だからこそ、封印するだけというのは受け入れられなかった。灰の賢者を止めようとするが、ドラゴンに阻止されてしまう。


「許しませんよ」

「待って。ルイスは死にたいの。私が殺さないといけないの」

「何度も試したでしょ?」

「それは。じゃぁ、じゃぁせめて。ルイスを、愛する人との思い出の地に封印してあげて。お願い」


もうリズにはどうすることもできなかった。無抵抗に攻撃を受け続けていたルイスに抗う力は残っていない。逃れられないのであればと、リズは懇願した。せめて思い出の地にと。


「ルイス、ごめん。待ってて。いつか必ず、どんなに時間がかかったとしても、必ずあなたのことを殺してあげるから」


そしてルイスは封印された。黒の賢者としての力を8つに引き裂かれ、愛する人との思い出の地へとそれぞれ封じられてしまう。


必ずルイスを殺す。心の底から望んでいること。だがリズはどうすればいいのかわからなかった。なにもしないわけにもいかず、どうすれば賢者は死ねるのか確認しようとした。


餓死。


ルイスも試していなかったであろう死に方。仮に餓死できるとして、一体どれだけの年月が必要なのか想像もできなかった。


それでもリズは確かめる。なにも食べず、なにも飲まず、そして魔法の力も浪費し続ける。自らの周囲に水の球を常に浮かべるようになったのはこのためだった。


ルイスを殺す。リズはこれから、そのためだけに生きることを望んでいた。唯一の心残りは妹のメグのことだけ。孤児院に戻ればまた会えるだろうと、


「姉さん?」


若かりし頃の姿で、水の魔法で作った水の球を周囲に浮かべながら、孤児院の跡地を静かに見つめていた。もうあの頃には戻れないと実感していた。


「姉さん。どうかしたの?」

「別に。ここにいれば会えると思っただけよ」


リズの心の中は、妹とまた会えた喜びでいっぱいだった。また来てくれた喜びでいっぱいだった。不安などなにもなかった。なのに冷たい声で話しかけてしまう。


「また、孤児院をやるの?」


メグの声は震えていた。その通りと答えるはずだった。0そんな答えが返ってくるとは思えなかったからだ。そしてその予感は的中してしまう。


「いいえ。お別れを言いに来ただけよ」

「お別れ?」

「そうよ。メグ、私のことは忘れて。メグの日常だけを考えなさい。どうか、幸せに」


そしてその場を立ち去ろうとした姉を、メグは引き留めようとする。何度も説得すると、リズは一度だけ立ち止まってくれた。


「いい忘れたことがあったわ」

「姉さん。行かないで」

「メグ。お誕生日おめでとう」


メグは固まってしまった。今日が2人の誕生日だということをリズは決して忘れてはいなかった。それでも黙って立ち去っていく。ルイスの悲しみをメグに知ってほしくなかった。これからずっとルイスを殺すために生きることに、メグを巻き込みたくなかった。


誰かのために、もう妹のためではない、ルイスのため、ルイスを殺すため。


リズは小声で妹の誕生日を祝った。脳裏をよぎるのは、妹との楽しい暮らし。だがリズが選んだのは人助けの暮らし。人を殺す暮らし。


贈りたい。もう一度、

あの日夢見た世界のふもと。


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