第58話-私の本当の気持ち-
そして立ち上がって、まずはティーブのところへ戻る。3体の黒いゴブリンを全て倒した後は、逃げ惑うゴブリンを王都から追い出すだけのこと。別に手伝う必要もない。
「ティーブ」
「ファニー様、ご無事でしたか」
門の外で他の怪我人と一緒に治療を受けていたティーブは、かなり注目を集めていたし、私にも視線が集まって来る。どこからともなく現れた珍しい種族のガーダンと、最前線で黒いゴブリンを討ち取った私達。一体誰なのかって、聞かれる前に逃げるように立ち去る。
「ごめんね。歩ける?」
「問題ありません。それよりアスチルベ様をお返しします」
「あ、ありがとう」
魔法の矢を使ったア~ちゃんは、まだぐったりして寝ちゃっている。手の平でしっかり包みながら歩き続ける。
「ところで、どこに行くんだ?」
「私の部屋。あの抜け道を通れば行けるから」
「なるほど。俺も行っていいか?」
「い、いいよ?」
ここでお別れなんて寂しすぎるから。一緒に抜け道まで行って、王城の中に入ると、私の部屋が近づいてくる。ルイスとなにを話せばいいんだろう。
王都はこれで大丈夫。だけど束の間の安全。ゴブリンを全部倒せたわけじゃないから、いつまた危なくなるかわからない。それに、ツイグ王国全体はまだ危険なまま。
どうしてこんなこと考えちゃうんだろう。もしゴブリンのことが全部解決していたら、やっぱり世界樹の下へ行きたいからなのかな。3年の命が尽きるまで、世界を旅してみたいからなのかな。
「なんだか、ファニーの部屋で話したのが昨日のことみたいだね」
「そ、そうかな?」
あれからのことは、なにもかも初めてなことばかりで、とても長い日々だった。だけど長く生きているルイスにとっては、大したことなかったのかな。
「だってまだ、始まってすらいないんだから」
「それって」
どういう意味なのか聞こうとしたところで、ちょうど目の前には私の部屋の扉。一度話を区切って開ける。小さいころから何度も開けてきた、いつも通り開けるだけ。
最後に出たとき、とても怖かった。王城の中の惨状を、ツイグ王国の惨状を見るのが怖かった。
今は別の意味で怖い。自分の部屋なのに、人生最後の棺桶のよう。ツイグ王国を助けることができた。だからもう私がやるべきことはなにもない。ルイスにはちゃんとありがとうって言わなくちゃ。
この部屋は、私の旅の始まりで、そして終わり。
「この部屋は、俺にとって終わりの始まりだ」
「え?」
窓が閉まったままの部屋は、なんだか空気が良くない。開けようと歩き始めたところで、ルイスが気になることを行ってきて振り向いてしまう。
「ルイス?」
ちょうど部屋に入ってくるところ。ティーブは部屋の隅に行って、ルイスは私の横を通り過ぎてから窓を開け放つ。私はア~ちゃんをベッドに寝かせに行く。
「俺はファニーと違って、もう十分過ぎるくらい長く生きたから。危険なことにも飛び込めて行けるんだ」
「うん。世界樹の下って危ない所なんだよね」
窓から入ってくる風が生暖かい。隣り合って窓際に立つ。一望できるツイグ王都は逃げ惑うゴブリンと、追いかける兵士でひしめきあっている。隣を見上げると同じものを眺めているルイスの横顔。なにを考えているんだろう。
「一度行ったことがある場所だ。道はわかるし、以前と違って魔法も使える。問題はそこじゃない」
「えっと」
「問題なのは、賢者の中に反対者がいるってことだ。きっと世界樹の下へ行こうとしたら、力づくでも止めてくるはず。今度は封印じゃすまされないかもしれない」
空を見上げるルイスと、冷たくなってしまった風。増え続ける魔物をどうにかしたいっていう気持ちは同じはずなのに、意見が違うってだけで敵同士になっちゃうんだろう。
「話し合って、なんとかならないのかな?」
「無理だ。長く生きれば生きるほど、絆が強くなることもあれば、溝が深まることもある。俺達は、もうどうしようもないことになっている。元には戻らない」
俯くルイスと、もっと冷たくなってしまった風。そういえば最初に話したときに、短い方が良いこともあるって言っていた。もしかしたら、このことを考えていたのかな。一緒に世界樹の下に行った仲間なんだから、本当は敵になんかなりたくないはず。それなのに深まり過ぎた溝のせいで戦うことを覚悟しないといけないなんて。
いつの間にか、ルイスは体からこっちを向いていた。私も同じようにして、真正面から向かい合う。
「話を戻そうか。俺と一緒に世界を旅をするのは、それだけ危険なことなんだ。味方の賢者と早めに出会えれば大丈夫かもしれないけど、反対している賢者と先に出会ったら守り切れないかもしれない」
「あの、それなんだけどね」
「ごめん、最後まで言わせてくれ。一緒に行こう。世界樹の下に」
頬に触れる風が、暖かくなっていく。本心を言いかけてしまって、口まで開けてしまって、声になっていない息を吐いてから閉じる。一度目をそらし、窓から王都の様子を見て、ゆっくりと一呼吸して目を合わせる。
「ダメだよ。だってまだ、全部解決したわけじゃないから」
「危険な旅になる。それがわかっていたから、誘うべきか迷っていた。だけど一緒に戦っていて、ちゃんと決めた。行こう、一緒に、世界樹の下に」
そんな目で見ないで。じゃないと間違ってしまいそうだから。私がやるべきなのは、この部屋から飛び出すことじゃなくて、この部屋に留まること。
「なんで?」
「ファニー。生きることを諦めちゃいけない。覚悟ができていないのに死んでしまうなんて、そんなに悲しいことはない」
「そ、そうじゃなくって。行けない理由を知っているでしょ?」
私が結婚しなかったら。この部屋にどんな人が暮らすのか。窓の外の景色がどう変わるのか。この国の人達が笑顔でいてくれるのか。なにも見えないから私は、この部屋から出られない。
「知っているよ。旅立つ前に、解決しないといけないことだ。俺がなんとかするさ。だからその前に、ファニーの気持ちを確かめたいんだ」
「ほ、本当に?」
思わずこぼれてしまった言葉は、胸の奥深くにしまっておくべきだった言葉。なのに私は、このまま部屋から出して欲しいと願ってしまっている。
「あっ、でも、すぐに結婚することになるだろうし」
「じゃぁその前になんとかしないとね。ファニー、世界樹の下に行こう」
本当にいいのかな。これで最後のつもりだったのに、いいのかな。お義姉ちゃんなら、なんて言うのかな。私は頬をなでる暖かい風を、窓からだけじゃなくて、部屋から飛び出して全身で受け止めたい。
「うん。私も一緒に行きたい。世界樹の下へ」
言っちゃった。さっきまで棺桶みたいだった私の部屋が、いつもの部屋に戻っている。窓から入ってくる心地いい風と眩しい日の光が、部屋いっぱいに広がって祝福してくれているみたいだった。




