第33話-頭の痛い話-
「えっ、ちょっと、えっ?ア~ちゃん、なにしたの?」
「ん~?」
「ちゃんと答えて」
ロバート様だけがいない。他はなにも変わっていない。食べ物はそのまま残っているし、代表さんもちゃんといる。だけど、人が1人跡形もなくなっちゃった。聞こえるのはア~ちゃんの笑い声だけ。
「こ、殺しちゃったの」
「ん~?ファニーちゃ~ん」
「ま、待って。ちゃんと答えて、お願い」
飛んでくるア~ちゃんを思わずはねのけてしまう。いつもと変わらない姿のはずなのに、いつもより怖く見える。いつもなら無邪気に聞こえそうな笑い声なのに、今は耳を塞ぎたくなっちゃう。
「殺してはいないよ。転移させただけ」
「そ、そっか。殺しちゃったわけじゃないんだね」
冷静に考えれば転移魔法を使えるって言っていた。ヴィンダーさんが言っていたことを思い出す。工房の中のものが無くなってしまっていたってこと。まさか、人を消してしまうなんて思わなかったけど。殺しちゃったわけじゃないのは一安心だけれど、このままにするわけにはいかない。
「ア~ちゃん、あのね、戻してあげて欲しいんだけど」
「むり」
どこかに飛ばすことはできても、戻すことは出来ないってことみたい。どこに飛ばしたのかは大体しかわからないけど、転移させたのは近くの森の中。今は生きているかもしれないけれど、生きて帰ることはできないくらい遠い森の中。どうしよう、これってやっぱり私のせいってことになっちゃうのかな。
「少し落ち着かれてはどうでしょうか?」
代表さんは変わらぬ様子で平然としている。自分の国の王子がどっかに飛ばされたっていうのに、そうじゃなくても人が危険な目にあっているのに、なんでそんなに落ち着いていられるの。
思わず
「長らく街の管理をしていますが、妖精の所業としては大したことありません。この仕事をしているともっと酷い話をよく聞きますよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。王子が巻き込まれるというのは聞いたことがありませんが、その森は数時間もあれば到着できますし広さもそれほどではありません。人間というのは存外丈夫なものです。ゴブリンに襲われないかは心配なところですが、そのときは運が悪かったということです」
ア~ちゃんは満足気な顔で手の中に入ってくる。魔法を使って疲れたのかな、そのまま静かに眠っちゃう。妖精って、いつもどんなことをしているんだろう。でもこういうときこそ落ち着いた方が良いっていうのはその通りだとは思う。
「妖精のやったことですので、ファニー様が直接責められることはないです。もちろん罪に問われることもありません。ですが、ゴブリンについてツイグ王国に救援を送って欲しいという依頼については、残念ながら難しくなるでしょう。これは心証の問題です」
当たり前といえば当たり前の話。事故っていう扱いをしてくれるんだろうけど、それでも自国の王族をどこかに転移させられる原因を作ってしまった私のお願いを素直に聞いてくれるわけがない。
「ですが、これはチャンスでもあります」
「チャンス?なにを言っているんですか?」
「妖精の行いは止められるようなものではありません。このままにしてしまうと心証は悪いかもしれませんが、助け出すことができれば、むしろ心証は良くなるはずです。もちろん、私も全力でお手伝いさせていただきます」
代表さんって、本当にそういうことには頭が回るというか。全力でお手伝いって、要するに自分も便乗して恩を売っておきたいってことなんだろうな。いつもそんなこと考えているのかな。悪いんだけど、今はそんなことに付き合っている余裕はない。
「代表さん、私そういうの苦手なの。どうすれば協力してくれるのか教えて?」
真っすぐに代表さんの目を見る。なにを考えているのかわからない目が、値踏みするような目に変わっていく。
「確かに、ファニー様にはその方が良さそうです」
「そうしてちょうだい」
「初めに誠意をお示ししましょう。私の目的はツイグ王国の土地です」
「と、土地?」
いきなり話が大きくなっちゃったというか。というよりゴブリンで大変って時なのに、そんなことを考えていたの?
「ゴブリンに負けるかもしれないのに?今考えること?」
「ご理解いただけないのはよくわかります。ですが、ゴブリンに勝った後のことも考えなければならないことなのです。一国が滅び、その土地が全て手に入る。奪い合いになるのは当然のことです」
「も、もういいです。頭が痛くなりそう」
ツイグ王国が滅んだことは、代表さんにとっては隣の国のことなのかもしれない。だとしてもたくさんの人が死んでしまったというのに、ゴブリンと戦うことより土地のことなんて考えているなんて、私には理解できそうにない。
「今話すようなことではなかったですね。しかし、これだけはご理解いただきたい。その奪い合いの中心人物になるのは、ツイグ王国の王族の唯一の生き残りであるファニー様なのです」
「ま、まさかそれでロバート様に会わせたがったんですか?私が婚約者だから?」
「でなければ、あの程度の方に協力なんてしませんよ」
すごく酷い言い方をしているような。それに代表さんはとても落ち着いている。ロバート様が転移させられて、あんなに焦っていた私がバカみたい。
「話を戻しましょう。どうすれば協力してもらえるか、でしたね」
「そ、そうね」
「私に、ツイグ王国復興の依頼をしていただきたい」
なんでこんな話をしているんだろう。ゴブリンのことだって、それにどこかに飛ばされたロバート様のことだって、生き死にの問題なのに後回しにされてしまっている。
復興も大事かもしれないけれど、まだ先のことだし、それに代表さんがどういうつもりなのかなんとなくわかってしまうのも嫌なところ。
「ご納得いただけませんか?」
「復興を足がかりに土地の奪い合いで優位になりたいってことよね」
「おおむねおっしゃる通りです。なにか問題でも?」
別に問題はないし、いつかはしなければならないことだとは思う。それに代表さんの話は私にとって、もっと言えばツイグ王国にとって悪い話ではない。どうせ国なんて機能していないから、復興も含めて助けてもらう必要はある。
でもなんかズルい。きっと私がツイグ王国の土地とかそういうのにこだわりがないことも気付いている。それにどうしても今する話じゃないって思っちゃう。
「ツイグ王国の人達は今まさに苦しんでいて、早く助けてあげたいってことしか考えてなかったから、気持ちが追いついていないだけ」
「くくく。いえ、失礼。年相応と申しますか、ご立派な考えだと思いますよ。あのバカ王子にも見習ってもらいたいものです。ですが世の中、損得を表に出した方が早いこともあります」
なんだか頭が痛くなってきた。目の前で苦しんでいる人がいるんだから、助けてあげたいってだけじゃダメなの?きっとダメなんだろうな。こんな話をずっとしなきゃいけないなんて、嫌になる。
「ティーブ。私の封蝋は持ってきているわよね」
「はい。ここに」
今の話だって、口約束だけじゃ代表さんは納得しないと思う。というより他の人を説得できないはず。だから形に残さないといけないし、封蝋があれば私からの言葉だって証明にはなる。
「手紙を書くんで、紙をもらえませんか?」
「もちろんですとも、それで内容は?」
「今ここで、復興の依頼はできません。これから王都に行って助けを求めるのに、途中でするのは変ですよね?」
代表さんは座ったままだけど、なんだか楽しそうに目を輝かせている。なにが楽しいのかはさっぱりわからない。
「確かに、その通りです」
「なので、お世話になったから落ち着いたら挨拶に来てください、って内容にします。いつでも私の所に来れるようになるし、口約束の裏付けくらいにはなるでしょ?どうせまだ近しい人しか動かせないだろうし、十分なんじゃない?」
「おっしゃる通りです」
だから、なんでそんなに楽しそうなの?ちゃんと協力はしてくれるみたいだけど、婚約者だった人の扱いが酷すぎるような。私も好きじゃないけど、それでも命の危険はあるんだからもっと心配してあげればいいのにと思う。
話がここまで進んだのなら、次はどうやって助けに行くのか決めないといけない。




