ep.018 学園のエミル、回りだす運命(2)
部屋から出ると、いい香りが寮内に漂っていることに気付く。
寮母の女将さんがもう朝食を用意してくれてるみたいだ。
「騒がしいと思ったら、まーた303号室組かい」
「仲がいいねぇアンタら」
一階の談話室兼食堂から、吹き抜けを通って声が届く。
「一緒にしないでくれよォ、女将さん……」
一階に降りた頃には、手早く朝食を用意してくれる女将さん。
「いつもありがとうございます」
「今日も朝練かい? いつもえらいね、アンタらは」
女将さんから朝食のトレイを受け取って、手ごろなテーブル席に移動する。
「んで、クラリオとアーチェットとでまた朝練か?」
ハイムがこちらに顔を向けている。
「別にヴァイモンドさんとは約束してるわけじゃないけど……」
アーチェット・ヴァイモンドさん。
地方貴族の中でも有名で、武勲で名を挙げてきた家柄らしい。
そのせいか、アーチェットさんは自分にも他人にも厳しい。
そのストイックさが恐れられて、周りからも一目置かれている存在だ。
「アイツ、キツいだろ?」
「うちのエミルさんが耐えられるのかと思ってな」
ハイムはライ麦パンをちぎって、スープに浸して食べる。
「うーん」
クラリオがスプーンを加えながら何やら考えている。
「アーチェットのエミルへのアタリはたしかにキツいけど……」
「なんかちょっと種類が違う気がするんだよねぇ」
うまく言えないけどさ、と続けるクラリオ。
そうなのか。
「ちょっと自分では分からないかも」
「まぁ、エミルが気にしてないならいいさ」
ハイムはささっと食べ終わると、席を立つ。
せっかちだなぁ、相変わらず。
「俺は図書館にいってくるわ」
図書館か。なにを調べるんだろう……
あ、あれか。
「今度やる実戦のための?」
「そういうこった。ふたりも頑張れよ」
じゃ、と食堂から去っていく。
言いたいことだけ言って、行ってしまった。
――実戦。
遊魔を討伐する実戦訓練のことだ。
7年前、僕とマリーの故郷を襲ったのも遊魔だった。
遊魔は正体不明の黒い影のような存在だ。
魔法も効くし、無力化することは決して難しくない。
ただ問題は、その数と発生原因の不明さだ。
どこに、いつ発生するか分からない。
そして、一度に大量に発生することが多い。
広範囲に広がる被害に、王国軍や諸侯騎士団は対処し切れず……
数々の人里が壊滅に追いやられた。
このグラステル王国王立学園は、そんな状況を覆すべく設立された。
少数で遊魔を討伐できる兵士を育成しようという試みだ。
僕は強くならないといけない。
二度と、あんな事にならないように。
僕が朝食を食べながら考え事をしていると。
ちょいちょい、とクラリオが肩をつついてくる。
「ちょっとボクはおかわり貰ってくるね」
みんなマイペースだな、ほんと。
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僕とクラリオは、一緒に屋外訓練場に向けて構内を進む。
朝の時間は、まだ人がまばらだ。
クラリオは、僕でさえ見下ろせるくらいの身長だ。
きれいな金髪の頭頂部に、いわゆるアホ毛が一本揺れている。
「今日はいい天気だねえ」
ふわーっ、とあくびをするクラリオ。
「クラリオは魔法の練習できてる?」
朝はいつも手伝ってもらっているし、少し心配になる。
「んー、ボクは別にいいかなーって」
クラリオも魔法技術の成績が良いとは言えない。
僕と同じように。
たしか身を守る補助魔法を扱えるくらいだ。
「まぁボクは、薬草学と魔法薬学がやれたらいいかな」
「教官も別に強くは言ってこないしねー」
そっか。
クラリオは既に薬草学・魔法薬学のエキスパートだ。
それを高めるという方針は、学園の意向とも一致しているのだろう。
「僕は……少しくらいみんなの役に立つようにならないと」
「魔法のことはボクには分からないからなぁ」
僕らは訓練場に到着すると、いつもの配置についた。
クラリオは手頃な丸椅子を拾ってきて腰掛ける。
僕はそれに正対した。
「今日も引き続き、音場の収縮と衝撃波の生成を試させて」
「おっけー」
僕はクラリオに手のひらを向ける。
僕が扱える唯一の魔法が、"音の魔法”だ。
音の魔法を扱える人間は本当に少ないらしい……
けど、それを誇れたのは子どもの頃までだ。
音の魔法を戦闘に使おうという人間は、もっと珍しい存在みたいだった。
パンッとささやかな弾ける音が、クラリオの眼前で炸裂する。
クラリオの前髪がほんのり揺れる……その程度。
「これだと弱いか……もう一回やらせてくれる?」
「おっけおっけ」
戦闘で使える衝撃波を生み出すことは、実現できなくはない。
ただ大きすぎる音は、味方に悪影響が出てしまう。
如何に音が聞こえる範囲を狭めて、衝撃波の威力を両立するかなんだけど……
「無駄だって分かりなさいよ……」
少し離れたところから発せられた、冷ややかな声が耳に届く。
おそるおそる振り返ると、そこにはキョトンとした顔のヴァイモンドさんが。
「あ――相変わらず耳はいいのね」
彼女は一瞬気まずそうな表情をした。
が、スンと顔を澄ますとつかつかと近づいてくる。
「ふたりともおはよう。私は向こう側で練習するから」
「お、おはようございます」
ちょっと圧を感じる、やっぱり。
「アーチェット、おはよー」
クラリオはひらひらと手を挙げて挨拶する。
離れていくヴァイモンドさんの背中を見送る。
彼女の二つ結びにした、赤茶色のおさげが揺れている。
学校の濃紺を基調とした制服によく映えてるな。
背中に大型の弓を背負っているところを見ると……
今日は射撃の練習だろうか。
魔法も武器の扱いも、本当に多彩な人だ。
いつも彼女の自主練の練度には驚かされる。
ヴァイモンドさんは少し離れた場所に陣取る。
訓練では彼女と肩を並べる事になる。
足を引っ張らないよう、少しでも役立てるようにしないと……
「クラリオ、次はけっこう威力を上げてもいい?」
「お、やる気だねえー。いいよいいよー」
ふたつ返事で快諾してくれる。
クラリオにはほんと頭が上がらないな。
再びクラリオに手のひらを向け、集中する。
そのとき、背後からの激しい衝撃音が訓練場を揺るがす。
「うええっ!?」
「うわーあ、派手だねぇー」
おそるおそる背後を振り返る……
と、新たな矢をつがえているヴァイモンドさんが見える。
その目線の先には、的となったであろう黒焦げの藁人形が。
藁人形とはいえ、魔法で強度を上げた練習用の標的だ。
ヴァイモンドさんが得意とする火の魔法。
流石の威力だ……
それを弓矢と組み合わせることで、射程と命中精度を高める――
ヴァイモンド家に伝わる戦技らしい。
訓練場にいる学生もみんな、チラチラとヴァイモンドさんを伺う。
そりゃあ、気になるよね……
「よし、僕も頑張らないと」
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そろそろ『5組』の朝のホームルームが始まるはずだけど。
教官がまだ教室に来ていない。
いつも5分前にはいるのに、珍しいな……?
「確か3組、4組は実戦訓練に出発してたよねー」
隣の席のクラリオが気にせず話しかけてくる。
「そうそう。その次は僕らになるんじゃないかな」
次で実践訓練も、3巡目かな。
そう考えると、僕らが入学してからけっこう過ぎている。
それだけ回数を重ねているというのに……
「次こそは役に立てるようにならないとね……」
「まぁまぁ、そんなに気負わなくていいって」
クラリオに気を遣わせてしまった。
クラリオの前だからか、ついつい言葉にしてしまう。
まだ教官は来ていない。流石に遅い気がするけど……
クラスを眺めてみる。
ヴァイモンドさんは静かに何かを考えている。
ハイムとサリオンとは席が離れているが……
ふたりは何やら言い合っている様子だ。
「はは、サリオンの夢の話かな」
どんな決着がついたか、ちょっと気になる。
と、そんなことを考えている中。
廊下を慌ただしく駆けてくる足音が聞こえてくる。
――この足音、あまり聞き馴染みがないな。
教室の扉を開けて入ってきたのは学園の事務官だった。
事務官は早足で教壇に向かう。
「皆さんおはようございます」
「突然ですが、本日は全てのカリキュラムが休講となります」
なんだって?
教室内が、にわかにザワザワとしだした。
ヴァイモンドさんがすっと挙手する。
「質問よろしいでしょうか?」
事務官はヴァイモンドさんを見やると、軽く首を振った。
「すみません、本件に関して詳細をお伝えすることはできません」
「特に行動制限はありませんが……」
「学園施設は開放していますので、構内で過ごされる事を推奨します」
「……分かりました」
手を下ろすヴァイモンドさん――だけど、納得いってない顔だ。
全てのカリキュラムが休講で、学園は開放している、か。
屋外訓練場も自由に使えるってことかな。
自主的に鍛錬を、という事なんだろうけど……
クラス・ガーネットの面々は三三五五に教室を出ていく。
うーん、僕はどうしようかな。
久々にマリーの夢を見たからか……
少しオカリナを触りたくなった。
今までこんな気持ちになる事はなかったんだけど。
しばらく手入れをしていない。
街の楽器店で、見てもらったほうがいいか。
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今後の活動の活力になります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




