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ep.016 血染めの牙、精霊の巫女(3)

翌日の夕暮れ前。

俺たちは精霊の元へ辿り着いていた。


集落や道など、人気がある場所を避けての行軍だった。


当然、人が通りづらい行程になる。

だが、おひいさんは決して文句は言わなかった。



ここは、フォンオン公国の外れにある、最も古い森林。

その最奥にある、どこか厳かで静謐な泉だ。



『よくぞ参った。今代の巫女よ』



どこからともなく響く声――


泉のほとりで、静かに羽を休める大きな白鳥。

その首が、まっすぐおひいさんに向けられる。



彼が、“精霊”だ。



「突然の訪問、お許しください」

峯恩谷(ほうおんたに)の精霊様」


おひいさんが、静かに語りかける。



『巫女よ、私になにを願いに参った?』



白鳥――精霊の眼は真っ直ぐに彼女を捉えている。

だが、おひいさんも怯まず見つめ返す。


数瞬ののち、精霊の雰囲気が弛緩する。


『フッ、などと言いたいところだが……』



『ご覧のとおり、私はもう長くない』

『きっと、“終わらせ”に参ったのだろう?』


……彼女が感じ取った通りだ。



「そんなことは、ございません」


この精霊は恐らく聡い。

自分の最後をきっと正しく理解している。


『ふふふ、優しい娘だ』

『知っているよ、力を失った我らは“遊魔”となるのだろう』


「……ご存知でしたか」


おひいさんの瞳が悲しげに揺れる。



『地の底、空の彼方から私を(いざな)う声が聞こえるのだ』

『なにを伝えたいのか、はっきりとは分からぬ』


白鳥は空を仰ぐように首をもたげる。


『嘆きのようにも、呪いのようにも聞こえる……』



『……この声を聞いていると、胸が軋むように痛むのだ』



誘う声、か……

遊魔に堕ちる寸前の精霊が、ここまで語ってくれるのは初めてだ。


精霊はなおも続ける。


『その声に耳を貸してしまえば――』

『気づくと、心の(うち)が“全てを破壊したい衝動”に染まっている』


精霊はそこで言葉を区切ると。

顔をゆっくりとおひいさんの方へ戻す。


『いつ、抗えなくなってもおかしくはない』



『そなたが終わらせてくれるのならば、そうしてくれ』



おひいさんの拳が固く握られている。


半ば分かっていた事だ。


力が弱まり、遊魔と化してしまう事を免れない精霊。

彼らに誇りが残っている間に、“浄化”という名の終わりを作ってやる。


これが“旅の目的のひとつ”だ。



「――わかりました」

「我が宝珠をもって、あなたを浄化いたします」


おひいさんが、胸に手を置く。


すると、彼女を中心に水が糸を引くように渦巻き始める。

泉の水が釣られるように、彼女の周りに引き込まれていく。


まるで意思を持つ生き物のように、水が宙を舞い。


気が付けば、辺り一面を覆うほどの渦が生まれる。



「……最後に、お名前を聞かせてもらえないでしょうか?」


……おひいさん。



『ハハ……名前など、呼ばれなくなって久しいが……』


『そうだな、たしか一番最初は――』




---




精霊の棲み処を辞した俺たちは、野営の準備をしていた。


焚き火の前で静かに足を抱えるおひいさん。

浄化の後は大抵こうではあるが……


この任を背負うには、優しすぎるのだと俺は思う。



「シュエルン様、スープができています」


「ありがとう、ドウゲン」


俺は木立を利用しながら蚊帳を用意していく。



「峯恩谷の精霊については、遊魔化を阻止する事ができました」


ドウゲンが確かめるように言う。


「これは立派な功績ですよ、シュエルン様」


浄化が間に合わず、止むなく討伐せざるを得なかった精霊もいる。

今回はどう考えても上出来だ。


「精霊が遊魔化すれば、実際的な被害はもちろんですが――」

「精霊排斥派が増長する理由になります」



精霊排斥派。

はるか昔から、人は精霊に守られてきたが……


――人を守れないくらい弱くなってしまった精霊なら。

――遊魔と化して人間に危害を加える精霊なら。


もういっそ排除してしまえ、という主張の人々がいる。

この霊領連合の中枢、元老院の中にもだ。



ドウゲンはおひいさんの向かいに座り、焚き火越しに彼女の顔をまっすぐ見る。


「あなたの悲願は、人と精霊の融和でしょう」



その言葉に、顔を上げるおひいさん。



「まだまだやることはありますよ」

「頭の固い、古き大精霊たちの協力も得なければなりません」


そちらの方が遥かに難敵ですよ、と笑いかけるドウゲン。


「うん、心配かけてごめんなさい」


「さ、スープを温め直しましたよ」


彼女に椀と匙を握らせると、ドウゲンは荷物整理に入った。



彼女の表情に力が戻っている気がする。

大丈夫そうだ。



……ドウゲンは、彼なりの目的を持って行動を共にしている。

それは間違いないだろう。


だが、俺があいつを疑いきれないのは、こういう所だ。




---




俺たちはなるべく目立たないように街に入った。


つもりだが。



いくら外套を被っても、異色さは拭いきれないらしい。



「あー、噂されてるねぇ」


「思ったよりも早かったな……」


俺たちはあえて、憩いの広場であろう噴水の近くに陣取った。

ここなら仮に襲われてもすぐ分かる。



「ひとまず素材換金、物資購入は済みました」

「それと、元老院への報告書の配達依頼も、旅の傭兵に」


「いつも悪いな」


この類の仕事は、ドウゲンに任せきりになってしまう。

俺は見た目がこれだからな。


「もうちょっと情報を集めたかった所ですが……」

「あまり刺激しないうちに離れましょうか」


ドウゲンが辺りを見回しながら言う。



「大公さまにはお目通りできたしね」


事後報告にはなったが、大公には会うことができた。

どちらかというと歓迎ムードで迎えてくれた。


まぁ、形だけのものかもしれないが。



じゃあ、行くか――と口に出そうとしたところで。



ふと、人が近づいてくる気配を感じる。

さっきからこちらを伺っていた女性だ。


武器の気配、怪しい動きがないか神経を集中させるが……

敵意はなさそうだ。


「もし、少し伺ってもいいかしら?」


白いヴェールを被った、不思議な女性だ。

ヴェールと服装の組み合わせに、少しちぐはぐさを感じる。



「どうかしましたか?」


おひいさんが答える。


「見たところ……旅の傭兵の方々でしょうか?」


女性の問いに、俺たちは顔を見合わせてしまう。

ここは話を合わせておくべきか……?



「困らせてしまっていたら、ごめんなさい」

「霊領までの案内を依頼できる傭兵さんを探していて……」


女性は、首をかしげながら言う。

さらり、と金色の髪がヴェールから零れた。



「もし知人に心当たりがあったら、教えてくださらない?」


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