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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第1章~2016年~
8/46

クリスマス

11月に入ると、シュンの試験や就職活動が忙しくなり、会える日が少なくなっていった。ただ、連絡は毎日のように来る。彼は離れていても、いつでも私の事を考えていてくれる。そして、それは私も同じ。会えないのは寂しかったけれど、彼の夢のためには仕方ない。2月には国家試験も控えている。大切なこの時期に邪魔をするわけにはいかない。



それでも、クリスマスの日くらいは一緒に過ごそうという事になった。この年は、ちょうどイブと当日が土日だった。久しぶりに会うのだし、2日間とも一緒にいようと。彼からの提案に、私は歓喜していた。

クリスマスを男性と過ごす、なんて事も私にとっては人生で初。何をするかと言うと、久々に係留地へ行きたいねという話になって、岩水海岸公園へと行く事にした。クリスマスは街に出てデートしたりするのが定番だとは思うけれど、私達にとっての定番は、やっぱりこの場所なのだ。


ただ、公園は開いているけれど、係留地だった向かい側の緑地は全面雪に覆われて、とても中に入れる状態ではなかった。少し考えればわかりそうなものだけれど、私達は思い出の場所へ行きたい気持ちばかりが先走ってしまって、雪で入れないなんて想像もしていなかった。どこが入口かもわからないような、ひたすら真っ白な雪原を目にした時、私とシュンは思わず大爆笑してしまった。



係留地には一歩も入れない状態なので、私達は岩水海岸公園を散歩する事にした。

思えば、公園内には一度も入った事がなかったと今気がついた。飛行船を見るために向かい側の緑地にばかり足を運んでいたし、シュンと週1で会うようになってからも、いつも緑地の芝生に座って話をしていたから。シュンにその事を伝えると、俺もほとんど公園の方には入った事がない、と言っていた。


海辺の方へと続いているらしい道。脇の芝生だったであろう場所は雪が積もっているけれど、歩道らしき部分は除雪され、圧雪状態だが歩く事が出来るようになっている。

「春琉、滑るかもしれないから」

シュンはそう言って、私の右手を握った。心臓がドキッと跳ね上がる。

「もし転びそうになっても、絶対俺が支えるからね」

いたずらっ子みたいな表情でニヤッと笑う。

「……うん!」

頼もしい言葉、手の温もり。冬の空気に晒されて彼の手も冷たくなってはいるのに、私にはとても温かく感じる。

私は彼の大きな手をしっかりと握り返し、少し俯いたまま歩いた。ニヤニヤと、勝手に顔が綻んでしまう。気づかれてはいないかと隣を見上げると、シュンも恥ずかしいのか、そっぽを向いて歩いていた。優しく、力強く私の手を握ったままで。





挿絵(By みてみん)





シュンと付き合い始めたのが、10月の2週目の土曜日。それから毎週末にデートをするようになり、ひと月も経つか経たないかくらいの頃に、試験や就活の関係でなかなか会えなくなってしまった。

それまでの間に、私達は一度だけ手を繋いだ事がある。それもこの岩水の係留地で会った時の事で、帰りの、緑地から駐車場までの短い距離の間だった。だから今日が初めてと言うわけではないのだけれど、もうほとんど初めてに等しいような感覚。


公園には他にも散歩に来ている人達が何組かいた。クリスマスだからか、カップルの姿も見える。ただ、北海道の冬の、それも海沿いの公園とあって、人はそんなに多くはない。

私達も、ちゃんと恋人同士に見えているのかな……と考える。自分も他のカップルに混じって、男性と手を繋いで公園を歩く日が来るなんて。

恋愛と言うもの自体に特別興味を持つ事のないまま、26年間生きて来た私。特に損をしてきたという気もしないし、誰かを好きになったりしなくても、何不自由ない生活だった。そのはずなのに、今ではシュンのいない人生は考えられない。


もう一度チラリと、隣を見てみる。顔は前を向いているが、目線は何だか落ち着かず、どこを見ているのかよくわからない感じだった。

こんな私相手に緊張しなくても良いのに。

そんな事を考えながらこっそりと微笑んでいた、その時。

「わ!」

ズルリと足が滑った。雪のすぐ下が氷になっていたようだ。北国ではよくあるトラップ。けれど、転ぶ! と思う間もなく、シュンが咄嗟に私の体を抱きかかえるように支えてくれた。

「大丈夫?」

「うん……ありがとう」

すごい反射神経。そして、彼の体はまるで壁みたいだった。全体重を預けてしまったけれど、揺らぎをほぼ感じなかった。宣言どおりの行動。カッコ良すぎる……。

ふと、シュンの背中の向こう側に、何かが落ちている事に気づいた。

「スカイ君が落っこちたよ」

私は地面を指差す。それは、飛行船SS号を見に行った人だけがもらえるレアグッズ。イメージキャラクターの白熊・スカイ君の、ストラップ付きのぬいぐるみだった。

「お、弾みで吹っ飛んじゃったか」

シュンはスカイ君を拾い、付着した雪を払った。

彼はいつも飛行船を見に行く時に、必ずこのスカイ君を腰からぶら下げていた。私と会う時にも、彼はいつもこれをつけている。

シュンの手に握られたスカイ君に、何か赤いものがくっ付いている事に気づいた。

「その赤いの、何?」

私は、スカイ君のストラップ部分に付いているものを指差す。小さくて、四角くて、赤い色をした何か。

「あぁ、これ。そういえばまだ春琉に見せた事なかったね。これキーホルダーなんだけど、俺の亡くなった母さんの写真が入ってるんだ」

彼はそう言って、その赤いものの蓋を開けた。そこには、穏やかな微笑みを浮かべた若い女性の写真。

「これ、シュンのお母さん……?」

「そうだよ。結構キレイな人だろ?」

シュンはまたいたずらっ子みたいな顔をして、へへへっと笑う。

「いつでも一緒に飛行船を見られるように、ずっとスカイ君にくっ付けてたんだよ」

彼の優しさが、強く胸を締め付けた。本当に本当に、優しい人。飛行船を追いかけていた時、いつもお母さんを連れて来てあげていたなんて。

飛行船が大好きで、また見たいという願いを叶えられないまま亡くなってしまったという、シュンのお母さん。その気持ちを考えると、私はちょっと苦しくなる。お母さんはきっと、私と同じだと思うから。

彼はスカイ君を2つ持っている。いつも腰からぶら下がる2つのスカイ君を見ていたけれど、片方に隠れていたのか、私はそのキーホルダーの存在に今まで全く気がついていなかった。




ベンチがいくつも横並びに置かれた、休憩兼鑑賞ゾーンがある。除雪もしっかりされていて、何人かベンチに座って海を眺めている人がいた。ここで少し海を見ようか、とシュンが言ったので、ベンチに座る事にした。

飛行船を見ていた時に係留地でほんのりと感じていた潮の香りが、ここでは強く感じる。緑地にいた頃は全く知らなかったけれど、あそこからそれほど離れていない場所で、こんなふうに海を眺める事が出来たなんて。

「寒くない?」

「うん、大丈夫」

シュンのさり気ない気遣いもとても嬉しい。

「今日はクリスマスだからさ」

と言って、シュンはコートのポケットから何かを取り出した。白い色をした、小さな箱だ。

「開けてみて」

びっくりしている私に、シュンは優しく微笑んだ。寒さに少しだけ強張っている手で、ゆっくりと箱を開けてみる。中にはさらに小さな箱が入っていて、その蓋を開けると、そこにはシンプルなシルバーのリングが入っていた。思わず、わぁっと声をあげてしまった。

「ペアリング。もし嫌じゃなかったら、一緒に着けてみない?」

シュンはいつのまにかもう1つ小さな箱を持っていて、中から同じデザインのリングを取り出した。

「ホントに? 嬉しい」

「よかった。入るといいんだけど」

そう言って彼は、私の右手の薬指にその指輪を着けてくれた。ほんの少しだけ大きいような気がするけれど、すっぽ抜けるほどではなく、ほとんどピッタリだ。

「あぁ、ちゃんと入って良かった! サイズがちょっと自信なくてさ」

シュンは安心したように笑う。

「前に一度手を繋いだ時に、さり気なく春琉の薬指のサイズを調べてたんだよ。俺の指で、こうやってさ」

そう言って彼は私の右手を握り、親指と人差し指で私の薬指を優しく挟んだ。

「そんな事してたの……? 全然気づかなかった。すごいね」

「と言ってもはっきりはわからないからね……サイズは賭けだったけど、合わなきゃ一緒に取り替えてもらいに行けばいいやって思って。でも入ってホントに良かった」

「うん、ほとんどピッタリ。すごいね……本当に嬉しい。ありがとう!」

何だか、じーんと感動してしまった。

シュンも自分の右手の薬指に指輪をはめて、その手を差し出した。

「お揃いだね」

私も彼の手の隣に、自分の右手を差し出す。中央に薄いラインが入ったような見た目の、シンプルなシルバーのリングが2つ。まさか、こんな自分が男性から指輪をもらう日が来るなんて。





挿絵(By みてみん)







そして、私は重大な事に気づく。

「私、クリスマスだって言うのに、プレゼントなんにも用意してなかった……!」

何て事だろう。これは大事件だ。間抜けさ加減にも程がある。

「はははは! 別にいいじゃん。俺にとっては、春琉がペアリング着けてくれただけで十分なプレゼントだ」

シュンは嬉しそうに笑っている。それ以外の感情を微塵も感じない、心からの笑顔。

「ごめん。こんな事に慣れていないものだから、思いつきもしなかった……何て間抜けなんだろう私」

私はガックリと肩を落としてしまう。シュンはそうじゃなくても、私自身が残念過ぎる。

「全然いいよ、そんな事気にしないで」

シュンはとても優しい目で私を見つめる。告白された時みたいに、その少年のような純粋な瞳にとらわれて、私はまた身動きが出来なくなってしまった。









挿絵(By みてみん)





そして、そんな私に、シュンはキスをした。

時が止まる。何が起こったのか、一瞬わからなかった。

「最高のクリスマスプレゼント、もらった」

シュンはそう言った後、片手で顔を隠して俯いた。冷気のせいで赤みが差しているのか、それとも恥ずかしいのか、彼は頬も鼻も真っ赤になっている。

込み上げてくる感情を抑え切れなかった。顔を覆っていた手をはずしてこちらを見たシュンは、えっ、と声をあげる。

「ご、ごめん、嫌だった……?」

雫が、ポロポロと頬を伝い落ちて行く。

「ううん、違う……逆。嬉しくて」

涙を拭いながら、笑った。シュンは心から安堵した様子で、はぁぁ……とゆっくり息を吐く。

「シュンの気持ちが、とっても嬉しい……」

他にも言いたい事がたくさんあるはずなのだけれど、まとめられないし、涙に言葉が詰まって、この上なくありきたりな言い方になってしまう。うまく伝えられない事にもどかしさを感じていると、彼は私を優しく抱きしめてくれた。

「俺も嬉しい、死ぬほど」

耳元で聞こえる彼の声は少し震えていて、私は顔を上げた。両目に、涙が滲んでいる。今度は私が、えっ? と声をあげてしまった。

「嬉しい、って言ってくれた事が嬉しくて……勝手に出て来ちゃうんだよ……ホント、カッコ悪いよな」

シュンはそう言って涙を流しながら笑う。アハハ、と私も泣きながら笑って、今日は私が彼の涙を指で拭ってあげた。するとシュンは目をぎゅっとして、さらに泣き顔になってしまう。じわじわと溢れ出す涙を、私は拭い続けてあげた。右手のリングが濡れてしまう事もお構いなしに。

「カッコ悪いなんて少しも思わないよ。そんな所がむしろ素敵だなって思う」

「へへ……そうかなぁ……」

すぐにもらい泣きしてしまう彼の純粋さ、優しさ。心が綺麗な人じゃなければ、誰かの泣き顔を見てこんな表情はしないだろう。

「春琉、俺と付き合ってくれて、本当にありがとう」

「こちらこそだよ。こんな私と付き合ってくれてありがとう」

シュンはまた私をぎゅっと強く抱きしめてくれた。近くのベンチにも人がいる事を、この時の私は完全に忘れ去っていた。恥ずかしいと思えるような余裕すらなく、今の私の世界には彼しかいなくて、もうそれだけで十分だった。





挿絵(By みてみん)



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