会ってほしい人
試験勉強や就活関係で忙しくなる前に会ってほしい人がいる、とシュンから連絡が来た。
待ち合わせ場所に指定されたのは、彼のお気に入りだと言うコーヒーショップ。そこにその人を連れて行くから、と言う。彼曰く、とても親しい人で、一切緊張なんかしなくていい、との事だ。
シュンが私に会ってほしい人。一体、どんな人なんだろう。緊張しなくていい、とは言われても、どうしても緊張してしまう。
少しドキドキしながら、私は土曜日の午前10時にそのコーヒーショップへと向かった。
お店に入ると、春琉、と聞き慣れた優しい声がした。窓際のテーブル席で、ソファに座って片手を上げているシュンの姿。そしてその向かい側には、見知らぬ若い男性が座っている。
シュンの隣に座ると、来てくれてありがとうね、と彼は優しく微笑んだ。その表情を見ると少しだけ緊張が解れた。
「春琉にどうしても会って欲しくて。彼はね、俺の親友なんだ」
そう言って、向かいの席の男性を紹介する。
「はるさん、初めまして! シュンの親友の、妻木秀司と言います!」
男性は席から立ち上がり、ハキハキとした元気な声で自己紹介をしてくれた。
シュンの親友、なんだ。
「初めまして、藤森春琉と申します」
笑顔を作って、私も会釈をした。
そこに店員さんが来てくれたので、私はホットコーヒーを注文した。
「秀司は今通ってる学校のクラスメイトなんだ。偶然にも俺と同い年でさ」
シュンは随分と色の薄いミルクティーみたいな飲み物を飲んでいる。カバーをはずした小説みたいな色だな、と思う。
「はるさんのお話は、ずっとシュンから聞いていました。僕もお会いしてみたくて」
秀司さんは無邪気な笑顔を私に向けた。ふわっとした黒髪に、ふわっとした優しい顔立ち。素朴そうな人で、見た目からシュンの親友だと言う理由がわかるような気がした。
「実はさ、秀司に色々と相談に乗ってもらってたんだよ、春琉の事で」
シュンは首の横を摩りながら、照れくさそうに笑った。
「相談? 私の事で?」
意外過ぎた。こんな私の事で。
「俺、すごい優柔不断でさ。春琉の事好きなくせに、その気持ちを認めようとしなかったり、はっきりしなかったりで……そんな俺の背中をいつも押してくれたのが秀司なんだ」
好きな人の事を、友達に相談する。そういうのは恋愛系漫画とか、ドラマなんかで出てくるシーンのようなイメージ。そんな世界からは程遠い所を生きて来た私には無縁のシチュエーションだし、しかも自分がその“好きな人”側の方になっていたなんて、あまりにも不思議過ぎた。
「春琉に告白しようって決められたのだって、秀司のお陰なんだよ。秀司がいなかったら、多分俺達付き合ってなかったと思う」
秀司さんは何故か得意そうな表情をしている。えっへん、という声でも聞こえて来そうな顔。何だかそれがおかしくて、私はつい笑ってしまった。
そこに、注文したコーヒーが届いた。
「まぁ、はるさん、とりあえず乾杯しましょう!」
秀司さんは目の前にあった自分のコーヒーカップを手に取る。
「アハハ、コーヒーで乾杯って」
何だか面白い人……。私の緊張をほぐそうとしてくれているのか、そういう性格なのか。
私もカップを持つと、秀司さんは、チアーズ~! と言って、自分のカップを軽く当てた。
「おいおい、俺仲間外れかよ」
シュンが笑う。
「ふふ。今のは俺とはるさんの、初対面を祝した乾杯だからな」
「ははは! 何だよそれ」
シュンと秀司さんの仲の良さが伝わる。たったこれだけのやりとりでも、2人の関係の深さが手に取るようにわかった。
私は、ブラックコーヒーは飲めないけれど砂糖の甘さも苦手だ。コーヒーを飲む時は微量の砂糖に、ポーションミルクを2つ入れる。その様子を見ていたシュンが、お、と声を出す。
「春琉もミルク2つ入れる人?」
「あ、うん。お砂糖の甘さは得意じゃないんだけど、ミルクの味は好きで」
「そうなのか。俺もミルク絶対2つ入れるんだよ。同じだね」
またひとつ共通点。シュンはすごく嬉しそうだ。
「今飲んでるのってコーヒーなの?」
「そうだよ。あ、でもこれ、カフェオレだ。カフェオレにミルク追加してんの」
「アハハ、だからそんな薄い色してたんだ。ミルクティー飲んでるのかと思ってた」
「へへっ。確かにそう見えるね」
「そういえば、甘いものが好きって前に言ってたもんね」
「覚えてたの? めっちゃ嬉しいな」
ふっと、視線を感じて前を見る。秀司さんが頬杖をついてニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「いいねぇ~付き合いたてのカップルって感じだねぇ」
そんな事を言われて、私は俯いた。秀司さんそっちのけでシュンとの会話に集中してしまった事が、何だかすごく恥ずかしい。シュンも苦笑しながら頭を掻いている。
「あぁ、2人共反応が初々しい」
ニヤニヤ顔のままで秀司さんが言う。なんか、葵さんみたい……。
「恥ずかしいな。つい秀司の存在を一瞬忘れてしまってた」
「え~忘れんなよぉ! 俺のお陰なんだからね、君達の今があるの」
「あぁ、全くだよ。秀司、本当にありがとう。感謝してるよ」
シュンはいつもの少年のような瞳で、秀司さんをまっすぐに見ている。当たり前の事と言えば当たり前の事なのだけれど、親友に素直にありがとうを言える彼の純粋さに、何だか胸がぎゅっとした。何て事のないごく自然な流れなのに、それはとても尊いものに感じられて、私はこの人を好きになって本当に良かったと思った。
「私からも感謝します。秀司さん、ありがとうございます」
それで私も、素直に気持ちを伝えてみた。シュンとこんなふうになれたのが秀司さんのお陰だと言うのなら、私にとっても彼は恩人だ。
「いえいえ! あっ、僕の事は気軽に秀司って呼んで下さいね。さん付けはガラじゃないので」
「えぇっ! そんな、恐れ多い……」
「春琉は人を呼び捨てにするの、なかなか慣れないもんね」
シュンが優しく笑いかけてくれる。
「うん。シュン、って呼ぶのもまだ慣れないくらいで……」
シュン、と口にしただけで頬が熱くなってしまう。自分から言ったのに、私はまたううううーっと唸って両手で顔を覆った。な、何? どうした? と隣からシュンの声が聞こえる。
「はるさんって、めちゃくちゃかわいらしっすね。純粋。いいなぁシュン」
3回目の「かわいい」が意外な所から来た。何でみんな、こんな姿をかわいいと言うのだろう。かっこ悪い、の間違いだと思うのだけれど。
そんな事を考えていたら、急に横から大きな手が伸びてきて、グイッと引き寄せられた。
「ダメだぞ、秀司。やらんぞ」
「はっはっはっ! わかってるよ。そんな事したら、俺が今までして来た事も意味なくなっちゃうじゃん」
シュンの行動と言葉に、幸せが一気に溢れ出す。彼に愛されているという事を強く感じる。こういった事に一切耐性のない私は、この幸せの嵐を受け止め切れずにむしろ押し流されてしまいそう、と思った。シュンの温かい腕の中で、何だか頭がクラクラしてしまった。