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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第6章~2017年・その後~
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最後のダイアローグ

挿絵(By みてみん)




「ま、ま……ま………っ!?」

マジで!?

と言いたいのだろうけれど、驚き過ぎて言葉が出てこないようだ。表情があまりにも面白くて、私はつい笑ってしまった。

誰もいなくなった夜の詰め所で、葵さんにその話を伝えた。さすがに内容が内容なので、まずは葵さんだけに個別に話したいと思った。

「よかったじゃぁん、おめでとう春琉~~~!!」

ガッシリと抱きついてくる。

「飛行船無事見送ったよ~って言ってたから、週末の話はそれで終わりだと思ったら……ぷ、ぷ、プロポーズされちゃってたなんてもう何事っ!!」

誰もいないのをいい事に興奮しまくりで、テーブルをバンバン叩いている。

「私もびっくりで……何の予兆もなかったしね」

「シュン君も男決めたんだねぇ! かなり早い決断じゃん。それだけ春琉の事を誰にも渡さないって気持ちが強いんだろうね」

葵さんはニヤニヤしっぱなしだ。

「やっぱ飛行船はスゴイわ! うちら2人一気に幸せ掴んじゃったね」

「あはは! 本当だね! 飛行船って本当に幸運をもたらす船なんだね」

葵さんがプロポーズを受けた、たったの2か月後に自分もプロポーズを受けるなんて、どうやったら想像が出来ただろう。思えば、1年ぶりに仕事先でSS号を見たのはちょうどその当日の日中だ。単純かもしれないけれど、私に幸せを届けに来てくれたとしか思えない。

「シュン君はずっと考えてたのかな?」

「飛行船の前でプロポーズをしたいって言うのはずっと考えてた、って言ってた。でもそれが今年なのか来年なのか、その先なのかはわからなかったって」

「そうなんだぁ……それを今年にしたって事は、相当な決断だと思うよ。愛されてるね、春琉」

葵さんの言葉を聞くと、シュンの決心の強さを改めて実感する。ありがたくて嬉しくて、私もニヤニヤが止まらなくなってしまう。

「辞める前に、まさかこん~な嬉しい報告聞けるとはね」

「うん。私も、葵さんがいるうちにこんな話が出来るなんて全く思ってなかった」

「……あんたさぁ、すごいね本当に」

葵さんは頬杖をついて、私の顔を覗き込んでくる。

「この1年での変わりよう。人生一気に変化したっしょ」

「彼氏が出来るのはまだしも……まさか結婚って話になるとは、私もさすがに」

「ラビットに入って来た頃の春琉から比べたら、別人レベルの変わり方だもんね」

葵さんは、ふふふっと楽しそうに笑い出す。

「思い出すわぁ。ここに来た頃さ、あんたすごくオドオドしてたよね。最初は正直、この子この仕事大丈夫なのかなって思うくらいでさ。お客さん前にしても全然しゃべれんし」

「うふふ……そうだったね」

昔の自分を思い出してちょっと恥ずかしい気持ちになり、私は苦笑した。

「でも、意思は強かったよね。内気な性格を変えたいんです! って」

「うん。あの頃は本当に人と関わるのが苦手で……でも、そんな自分をどうしても変えたかったから」

「私も、そんな春琉を変えてみたいなって思ったんだ。あんたにタメ口強要したのも、まずは私に心開かせたいって思ったからだよ」

彼女がラビットを辞める直前になって初めて知った“タメ口”の理由。私がずっと想像していたものとは、ちょっと違っていたようだ。

「そうなの? 単純に葵さんが敬語で話されるのが嫌いなのかと」

「まぁそれもあるけどさ。でもそれって言うよりは、このラビットでまず私が、あんたにとって何でも気軽に話せる存在になろうって思ったから、だったんだよ」

今になって知る葵さんの思いに、私の弱過ぎる涙腺がうっかり反応してしまいそうになる。今は違う、そういう場面じゃない、と自分に言い聞かせる。

「春琉はちゃんとそれに応えてくれたなって思ってるよ。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方だよ……葵さんは、あんなにオドオドしてて出来の悪い私の事も、何があっても絶対にずっとそばで支えてくれたよね。迷惑かけたし、もどかしい事もいっぱいあったよね、きっと」

「どんなにもどかしくたって、絶対に見放したりはしないさ。それが育成担当。春琉を一人前にしたいって思いで私も頑張って教えてさ、気づいたらそれとっ越して、仲良しのお友達になっちゃったよね」

明るく笑う声を聞きながら、私は今にも涙腺が緩みそうになるのを必死に堪える。


「葵さん、私ね、遠藤君に私の事を『親友』って紹介してくれた時に、本当にすごくすごく嬉しかったの」

話しながら泣いてしまうかもしれない、と思いながらも、言葉が出て来てしまう。

「私は学生時代も友達が少なくて、別にクラスで余されていたとかではないけど、普通の人が普通に過ごして来てるような青春時代みたいなのって一切なかったんだ」

私の話を、葵さんは頬杖をつきながら優しい表情で聞いてくれている。彼女も、シュンと同じだ。相手の言葉をしっかりと傾聴する姿勢。私はやっぱり幸せ者だと実感する。

「ラビットに来る前は私も小さな会社で事務員やってて、それって悪く言ったら私の場合は“逃げ”だったんだよね。私のやってた事務は本当に社内の作業だけをひたすらって感じで、外部の人との関わりもほぼなくて。だからそれを選んだの。人と話さなくていいから、って」

「うん」

その一言だけで、涙が出そうになるくらいに優しい「うん」の声。

「元々は一応夢もあって、それに向かって勉強もしてたけど叶える事は出来なくて。その事務員の仕事も、当時通ってた学校の先生のコネで始めたものなんだ。いくつか紹介されたものの中から、一番無難そうなその事務を選んだ。友達もいない、内気で人とも話せない、仕事も自分で見つけて来れない、何をやってもうまくいかない……そんなんで、ずっと私は自分に自信が持てずにいてさ」

「うん」

止まらない、つまらない私の昔話を、葵さんはずっと微笑みながら聞いてくれている。

「それで、そんな自分を変えたくて、接客業に挑戦してみようと思ってここに来たの。車の運転だけは大好きだったから、これならやれるかなって思って。本当に、本っっっっ当にラビットに来て良かったよ! 葵さんに出会って、少しずつ自信を持つ事が出来るようになったから」

多少興奮気味に話してしまっていたと思う。ちょっと無様なそんな私の姿を、葵さんは満面の笑みで見つめている。決してからかっているのではない、心からの笑顔だと言う事が彼女の表情から理解出来た。

「そして、先輩だったはずの葵さんが私の『友達』になってくれた事が、何よりもびっくりで嬉しかった。ラビットに来て、私が持っていなかったもの、ずっと憧れていたものを一気に手に入れられたって思う。それ全部、葵さんのお陰なんだよ。本当に本当に心から感謝してる、ありがとう葵さん!」

私は頭を下げる。下を向くと、一気に涙が込み上げて来てしまった。

「ははは、どーいたしまして! 力になれてたんなら私も嬉しい……って、何で泣いてんのよ!」

「だってさぁ……」

堪え切れずに溢れ出して来た雫を拳でゴシゴシ拭うと、葵さんはアハハッと楽しそうに笑った。


「私だってね、あんたとここまで仲良くなれるとは思ってなかったよ。私がまずここで一番の理解者になろうと思った事は事実だけど、別にそれ以上の事を考えてたわけではなかったし」

いつもの表情でニヤリとする。

「接客はヘタクソだし、会計は間違うわ、道は間違うわでホント最初は不安になったけどさ、あんたはいつだって一生懸命だったでしょ。失敗して落ち込んでも絶対に投げ出したりしないし、出来ない事は私に相談してくれたりして。だから私も見放さなかった。どんなに不器用でも、素直にまっすぐにこの仕事と向き合おうといつも頑張ってたでしょ」

その言葉を聞いて、さらに涙が出て来てしまう。眉間に皺を寄せて涙を拭うと、ヘンな顔! と言って葵さんが笑った。

「出来ない事そのままにして適当に終わらせて、人に迷惑かけたまんまここ辞めてく人、私何人も見て来た。気軽にやれる仕事だから実際出入りは他の会社より激しいけどさ、でもだからって適当じゃ絶対ダメだし。あんたはね、一番優秀だったと思う。技術がどうこうじゃなくて、それ以前の話。人として、って事ね。接客スキルなんかよりまずそこが一番大事なんだよ」

葵さんとは仲が良いけれど、こんな話を今までにした事はない。新人時代の私を、そんなふうに見てくれていたと言う事を初めて知る。もう私は溢れ出す涙を止められない。葵さんの笑顔がどんどん滲んで行ってしまう。

「一生懸命な人、私大好きだから。その内気な性格、私が変えてやるよ! って思ったんだ。どこまでも付き合ってやろうってね。そうしたらさ、付き合い過ぎちゃったよね。こんなに仲良しになっちゃってさ」

滲んだ視界の外側で、明るい笑い声が響く。私も笑った。手の甲をびしょ濡れにしながら。

「プロポーズの話してたってのに、何でこんな流れになってんだろうね。春琉もう顔グシャグシャだし。ほれ!」

窓際の棚に置かれている共用のボックスティッシュを取って、テーブルの上を滑らせ私の目の前に置く。無駄にコントロールがうまい。お礼を言って、私は涙でビショビショになった顔と手をティッシュで拭いた。

「でも、あれだね。実際、春琉の内気さを変えたのは私って言うよりも、飛行船だったよね。私マジで感謝してるから、飛行船に。春琉を生まれ変わらせてくれた大きな存在だからね」

「飛行船は19年ぶりの再会だったからね……葵さんにも話したと思うけど、私にとってお父さんとの大切な思い出だから、飛行船って」

「うん。きっとさ、お父さんがシュン君に出会わせてくれたんじゃない? 春琉を幸せにするために。私はそんな気がする」

本当に、そうなのかもしれない。葵さんの言葉が胸に温かく広がるのを感じ、また、じわりと涙が滲んでしまう。

「そうして彼と付き合って、1年もしないうちにプロポーズでしょ。あんた、本当すごい人生を生きてるよ」

お父さんにも、シュンにも、葵さんにも、私は守られている……と思った。私は私の事をずっと、頼りなくて何の取り柄もない、くだらない存在だと思って生きて来たけれど、今は違う。

こんな私の事を愛してくれる、素敵な人達。そんな彼らに支えられている私自身もまた、きっと他にはない何かを持っているのかもしれないと思う。自己肯定感なんて言葉は私の人生の中には一切なかったけれど、彼らのお陰で、私の薄っぺらい辞書の中に加わった事を感じる。


壁に掛かった時計を見て、あぁもうこんな時間か、と葵さんが言う。時刻は19時半を過ぎている。他の販売員さん達が全員帰るのを待ってから話し始めたので、普段より遅くなってしまった。

「今日ってこの後何か予定あるの? シュン君とデートとか」

「いや、特に何もないよ。シュンも遅くなるみたいだし」

「じゃあ、ご飯でも行くかぁ」

そう言いながら、葵さんは席から立ち上がった。

「プロポーズ祝いに何でも好きなもの奢ってあげるよ」

「えっ! この前も奢ってくれたのに!?」

「あれはあれでこれはこれよ、こんなめでたい事知った日にタダで帰らせられんわ。そのかわり、プロポーズの時の話もっと詳しく聞かせてよね。さ、行こ行こ!」

葵さんはまた私の手を引っ張って、椅子から立ち上がらせる。相変わらず強引だなぁ、と思う。でも、やっぱりそれ以上に優しい。






挿絵(By みてみん)

公開後忙しくてチェックしばらく出来ずにいたら、なんか誤字だらけでした……orz(直しました)

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