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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第5章~2017年・札幌編②~
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夜の飛行船鑑賞会

20時過ぎの、真っ暗な岩水海岸公園係留地。

あちらこちらで、たくさんの赤ランプが点滅しているのが見える。あれは、クルー達だ。夜の工事現場で作業員が着ているような、ランプ付きの安全ベストを彼らは着用している。ナイトフライトの着陸には欠かせないものだ。パイロットは、この光を頼りに地上へと下りて来る。

展望台でナイトフライトを見た後、私とシュンはそれぞれの車で移動し現地合流した。駐車場には街灯があるけれど、係留地である向かい側の敷地には灯りがない。入口付近に停められたSmile Skyのトラックから漏れる光のみだ。シュンとしっかりと手を繋いで、真っ暗な係留地へと歩く。


いつもどおりの定位置に、私達は腰を下ろした。今年はこの場所で、夜の着陸を見る。

「思い出すなぁ。去年、初めて夜の着陸見た時の春琉。めっちゃ感動してたでしょ」

隣で笑いながらシュンが言う。

「うん。すごくドキドキだった。息するのも忘れて見てた記憶があるよ」

「ははっ! 確かにそんな感じだったな。俺はそんな春琉を見てすごく嬉しかったよ」

何もかも全てが初めてだった去年の飛行船鑑賞。ナイトフライトの日、暗闇の中での着陸をシュンと一緒に見た。感動に高鳴る胸をぎゅっと押さえながら。

赤ランプの点滅がまばらに色々な場所に見えていたけれど、一斉に移動をし始めた。着陸地点へと向かっているようだ。西側の空に、小さく光る飛行船の姿が見えて来ている。

「マジックショーが始まるな」

シュンは楽しそうに言った。

「マジックショー?」

「俺は夜の着陸はマジックみたいだなぁって思ってるんだ。飛行船は係留地の上まで来たら内照灯を消して姿が見えなくなって、真っ暗な中で何やってるかわからないまま、次に内照灯がついた時にはもうクルーが飛行船受け止めててさ」

「確かにマジックだね! いつのまにかちゃんと着陸してるんだもん、すごいよね」






挿絵(By みてみん)




クルー達の赤点滅が敷地の奥の1か所に固まっている。やがて飛行船は、優しい輝きを放ちながら係留地へと近づいて来た。真っ暗な視界には、その光る白い楕円のみ。そして先ほどシュンが言ったように、すぐそこの空の上でフッと消えた。側面から見て上下左右4か所にある小さな光だけはついていて、横長の菱形のような形を保ったままでふわりと地上へ下りて来た。小さくも賑やかに点滅する赤ランプの中に、その菱形はゆっくりと飛び込んで行く。遠くから見ていると一体何をしているのか全くわからないけれど、きっともう飛行船はしっかりとクルーにキャッチされている。船体のライトが再びついて、上部からゆっくりと明るくなっていく。徐々に見えてくるSmile Skyの文字と、白い楕円形。赤点滅に囲まれて横移動して行く。

飛行船の向かう先の空中にも、小さく点滅する赤ランプが見える。あれは、マストマンだ。この真っ暗闇の中でも的確に飛行船の先端はマストマンに引き継がれて、がっちりと固定される。

エンジンがストップし、係留地はまた静けさに包まれた。


全ての流れを、去年と同じような気持ちで私は見ていた。レアな夜の着陸は、普段以上に飛行船クルーという人達の技術を実感できる、貴重過ぎる機会だ。

やっぱりすごい。1人1人の目に、暗視機能がついているのではないかと思うくらい。パイロットさんも、赤点滅以外に何も見えない真っ暗な地面に向かって下りていくのは怖くないのだろうか……などと考えてしまう。

街の夜空に浮かぶ美しい飛行船は、その背景にクルー達のこんな働きがあって初めて見られているものなのだ。そういう事が知れて私はとても誇らしいと思っている。きっとこれは、世の中のほとんどの人が知らない事だ。知っていてどうにかなるわけではないけれど、こう言った裏側の世界を自分が知っているという事が、純粋に嬉しいと感じる。



クルー達は着陸後の作業を終えて係留地を去り、いつもどおりの静かな夜の時間が流れている。真っ暗な中では橋立さんを探すのも困難なので、特に声をかけには行かなかった。代わりにシュンが、私と一緒にナイトフライトを見た事とお礼のメッセージを送っておいてくれた。








挿絵(By みてみん)




レアなマジックショーを見た後、私達はそのまま夜の飛行船鑑賞会をした。いつもの場所に座って、暗闇に光る飛行船を見つめる。

お菓子食べる? とシュンが言う。彼はここに来る途中に、コンビニに寄ってお菓子をいくつか買い込んでいたらしい。相変わらずだなぁ、と微笑ましく思う。

車からコンビニ袋を取って来て、ガサガサと適当に取り出してバリッと開けている。

「お、これはチョコチップクッキーだな」

真っ暗闇なので袋の柄がよく見えず、匂いで判別しているようだ。

「なんか、去年と同じじゃない? この感じ」

私は笑いながら言った。

1年前にここで夜の着陸を見た日も、私とシュンはすぐに帰らずにそのまま飛行船鑑賞をした。その時、シュンがコンビニで買っていたお菓子を一緒に食べながら、この場所で色々な話をした。昨日の事のように思い出せる。

「そうだね、去年もナイトフライトの時、一緒にここでおやつ食べたよね。あの時最初に食べたのは、どうぶつクッキーだったな」

「私も覚えてるよ。シュンからもらった最初の1枚が豚の顔をしていて私、笑っちゃったんだよね。シュンさんってこんなかわいいものが好きなんだぁ、って」

「ははは! 豚だったとかよく覚えてるね。なんか、春琉がそういう事覚えててくれてるの嬉しいなぁ」

どうぞ、と差し出してくれたチョコチップクッキーの袋から、お礼を言って1枚もらう。シュンは袋から数枚取り出して、一気に頬張ったようだった。バリバリと軽快な音が聞こえる。

「食べ方まで去年と一緒。あははは」

「そう? なんでそんな細かい事まで覚えてるんだよ、嬉しいな」

「シュンの事は結構色々と覚えてるよ。私、もしかしたらあの時もうシュンの事好きだったのかなぁ……」

「え、マジかよ。だったらめっちゃ嬉しい」

もらったチョコチップクッキーを口に入れる。小さなクッキーだけれど、チョコの風味が一気に強く広がった。その時私は、自分が物凄く空腹だった事に気づく。

「おいしい! なんか私、すごくお腹空いてたかも」

「はは、そっか。たくさん食べていいよ」

シュンは私にチョコチップクッキーの袋をそのまま手渡してくれ、さらに別のお菓子の袋をガサガサと取り出している。バリッと開けて、これはチョコビスケットだ! と嬉しそうに言う。それもチョコなんだ……。

「……春琉さぁ、ちゃんとご飯食べてる?」

シュンが急にそんな事を聞いてきた。

「え、何で?」

「いや、何となく。ホントに何となくだけど、今日の春琉、なんかフラフラしてるように見えてさ。手を繋いで歩いてると余計にそう感じて。今も、お腹空いてたって言うし」

彼は鋭い。これも、職業柄の視点なのだろうか。

「あぁ……あんまり、食べてなかったかもね。なんかね、色々考えちゃって、どうしても」

何故か、悪い事をしてしまったような後ろめたい気持ちになる。

「春琉がフラフラじゃ、葵さんも心配しちゃうよ」

彼はそう言って、また私の頭を優しく撫でてくれる。

「うん……そうだよね」

「って言ってもなぁ……春琉の気持ちはめちゃくちゃよくわかるわ。ただ、元気でいてくれよ、俺のためにも。なんてな」

へへへ、と笑う。いたずら少年の声で。

「ふふ、そうだね。大丈夫、元気は元気だよ」

そう答えて、私もシュンの真似をしてチョコチップクッキーを一気に数枚バリバリと食べてみた。大きな声で彼が笑う。春琉がやるとかわいいな、と言って。

「……春琉、変わらないものもあるよ」

口いっぱいのクッキーをバリバリ頬張っていたら、そんな声が聞こえて来た。

「少なくとも俺は変わらないよ、絶対にね。そりゃ人生何が起こるかなんてわからないけど……例え何かがあったとしても、俺の気持ちだけは絶対に一生変わらない」

暗闇の中、純粋で温かな瞳がまっすぐに私を見つめていた。

「うん……シュン、ありがとう」





挿絵(By みてみん)





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