プレゼント
コンビニでお茶と缶ビールとおつまみを買って、ホテルに戻って来た。
帯広の伊吹家で大盛りラーメンやサービス品をたくさんいただいたから、私もシュンも、夜になってもお腹が空かない。今日はもうお酒とおつまみだけでいいか、なんて話になって、とりあえずお風呂に入る事にした。
ホテルの2階に大浴場があった。あまり広くはないけれど、中はとても綺麗。艶々の大理石の壁に囲まれて、落ち着いた雰囲気の中で入浴する事が出来た。飛行船を見に来てお風呂に入る事が出来たのは、これで2回目。今年はシュンのお陰で随分と贅沢させてもらっている。
「春琉、めっちゃかわいいね!」
お風呂からあがると、広間の休憩用ソファでシュンが待っていた。彼はホテルの浴衣を着ている。私も、なのだけれど。
「シュンもかっこいい! 浴衣似合うね」
「へへへ、なんかいいね、こういうの」
浴衣姿のシュンはとてもかっこいい。彼は和の服装もとてもよく似合って、密かにちょっとドキドキしてしまった。
このホテルの浴衣は白地に青色の鎖のような模様が入っていて、紺の羽織が付いている。私にはSサイズでも大きくて、本音を言うとちょっと着づらいのだけれど、備え付けの服があるとどうしても着たくなってしまうものだ。
それから2人で、すぐそばの自販機に売っていた瓶入りのコーヒー牛乳を飲んだ。浜風町で温泉に行った時と同じだね、と笑いながら。
小さな町のホテルだからお客さんも多くはないのだろうと思っていたけれど、意外と人がいる。私達と同じように瓶牛乳を飲みながら寛いでいる人、マッサージチェアに座っている人や、小さな畳敷きの休憩スペースでゴロリと寝転がっている人もいる。ホテルの浴場とは思えないほど、スーパー銭湯のように設備が充実していて快適だ。
「あれっ!? シュンさんと春琉さんじゃないですか!」
突然、聞いた事のある声がした。ハッとして見上げると、そこにいたのは、何と橋立さん。
「は、橋立さん!?」
私もシュンもほぼ同時に大きな声を出してしまった。
「偶然ですね! こちらにお泊まりだったんですか」
橋立さんはいつものスカイブルーのポロシャツやパーカーではなく、白いノースリーブTシャツに黒のジャージらしきズボンを履いている。首には白いタオルが掛けられていた。
「すげぇー! 橋立さんだぁっ! クルーさんってここに泊まってるんですか?」
「えぇ、そうなんですよ。黒汐町の滞在時はいつもこちらのホテルにお世話になってるんです」
色んな所で、色んな人に会う、今日はすごい一日だ。
「こちらに泊まられているという事は、明日も見に来て下さるのですね」
「はい! 明日の離陸を見て、また去年みたいに岩水でお迎えしようかと」
「お2人には感謝しかありません。本当にいつも、こんなに飛行船を追いかけて頂いて……あっ、そうだ!」
橋立さんは、突然大きな声を出した。
「思い出して良かった。お2人、まだここにいますか?」
「えぇ、これ飲み終わるまでは」
シュンは笑いながらコーヒー牛乳の瓶を掲げる。
「実はお渡ししたいものがあって。ちょっとだけ待っていて下さい」
橋立さんはそう言って、小走りでエレベーターの方へと戻って行った。
「ねぇ、なんて日なんだろう今日。色んな人と会って」
「本当にすごい日だなぁ。まさかクルーさんもここのホテルだったとは」
「まぁでも、黒汐町ってここくらいしか、クルーさん達が全員泊まれそうなホテルってないのかもね」
「うん、確かに。さっき調べた感じも、ここ以外は小さな旅館とかばかりだったし」
少しすると、橋立さんが戻って来た。何か、紙袋のようなものを持っている。
「お待たせしました、すみません。シュンさんと春琉さんに、実はプレゼントがあって」
「えっ!?」
「プレゼント!?」
差し出してくれた紙袋は、少しだけくしゃっとくたびれているように見えた。私が受け取る。
「ここではなんですから、開けるのはお部屋に戻られてからで大丈夫ですよ。本当はクルーからお客様相手にこんな事をしちゃいけないと思うんですが……個人的にどうしてもお渡ししたくて、ずっとチャンスを窺っていたんですよ。ちょうど良かったです」
橋立さんはニッコリと微笑んだ。どこか安堵したかのような表情にも見える。
「えぇ、すごい……ありがとうございます! 何だろう……」
「橋立さん、感謝します。僕らのために……どうもありがとうございます」
シュンは私の上司達相手の時のように、深々と頭を下げていた。
「ははは、ちょっと、照れくさいですね。中にメッセージカードも入っていますので、詳しくはそちらをご覧頂けたら」
照れ笑いをしている橋立さんの姿がとても新鮮だった。では僕はちょっとひとっ風呂浴びてきますね、と言って、彼は浴室へと向かって行った。
部屋に戻って来た私達は、少しだけくしゃくしゃとしたその紙袋を早速開けてみた。
黄色いリボンが巻かれた、白い箱が入っている。ゆっくりと蓋を開けてみる。
「おぉ…!」
「かわいい……!」
中に入っていたのは、木製のシンプルなフォトフレームだった。さりげないフェイクグリーンがとてもかわいらしく、おしゃれだ。
紙袋の中に入っていたメッセージカードは、メッセージカードと言うよりも手紙のようだった。はがきほどのサイズのシンプルなその紙には、丁寧な字でこう書かれていた。
シュンさん、はるさん
いつも係留地に足を運んで下さり、本当にどうもありがとうございます。
お2人がご交際を始められたとお聞きした時は、大変嬉しかったです。
飛行船をきっかけとして出会われ、お付き合いされた方を見たのは、僕の10年以上のクルー人生の中で初めての事でした。
その出会いの場に僕がいられた事も、大変嬉しく思っています。
素敵なお2人に、僕からのお祝いとしてこのフォトフレームをプレゼントさせて頂きます。
シュンさん、はるさん、どうかこれからも、たくさんの思い出を作っていって下さい。
橋立武志
「マジかよ……橋立さん」
頭を抱えるかのようにして、シュンは笑った。
「すごい嬉しい……私達にプレゼントをって、考えててくれたって事が何より嬉しいよね」
胸の中が温かい。橋立さんの優しさが、痛いほど温かい。物をもらったと言う事ではなく、彼の気持ちが何よりも嬉しかった。
「明日、係留地へ行ったらお礼を伝えよう。言葉だけでは足りないって思っちゃうな」
「うん。何をしてもし足りない。そのくらい嬉しい」
フォトフレームを両手で持って見つめる。ここにこれから、どれだけの思い出を詰め込めるのだろう。
紙袋がくしゃくしゃになるほど持ち歩き続けて、私達にこれを渡せる機会を待っていた橋立さん。そんなチャンスはないままに北海道滞在が終わってしまう可能性だって、十分にあったはずだ。
私達が今日ここに泊まった事は、偶然ではなく、きっと大きな意味があったのだろうと思う。




