家族
シュンがカウンターの中のおばさんに、味噌ラーメンと醤油ラーメンを頼んでくれる。その後すぐに、具材を炒め始める音が厨房から聞こえて来て、一気に辺りがにんにくの香ばしい匂いに包まれた。たまらず、お腹がぐぅ~っと鳴る。
「お腹空いたぁ………え、何?」
頬杖をついたシュンが、穏やかに微笑みながらこちらを見つめている。
「春琉ってよくお腹鳴るよね。本人だけじゃなく体も素直なんだなぁ」
「何でそういう事をそんな爽やかに言うの……恥ずかしい」
「ははは! 健康的で良いと俺は思うけどね」
「体質なんだよ、なんか昔からそうで……別に食いしん坊なわけじゃないよ」
しょうもない話をしていると、おばさんが何かを運んできた。明らかにラーメンではないようだけれど……。
「はい、サービスよ。2人で分けてね」
巨大なザンギ(ちょっと濃いめに味付けされた、鶏のから揚げ)が4つと、角切りチャーシュー入りのおにぎりが2つ乗った大きなお皿が、目の前にドーンと置かれる。
「おばさん、このザンギ秀司に出した時のやつよりデカくない?!」
「デカいわよ。だって、シュンちゃんの彼女なんだから特別!」
「マジか……すげぇな。おにぎりまであるし」
シュンは圧倒されている。
「すごい、こんなに……! ありがとうございますっ!」
「春琉ちゃん、いっぱい食べてね。足りなきゃまだあるわよ」
足りないどころか、これだけでも一回分の食事になるのではないかという見た目だ。私はいただきますと手を合わせて、大きなザンギとおにぎりに齧り付いた。
「おいしい! ザンギサクサクだし……おにぎりも味が染みてる」
シュンも隣でおにぎりを頬張りながら、私を見ている。
「あぁ、なんかすげー嬉しいな。俺が作ったんじゃないのに」
「あはは。私も嬉しい。すごくおいしいね」
「うん、めっちゃうまいよ。春琉と一緒だから尚更だね」
とても幸せそうにニッコリと笑うシュンを見て、私も笑った。カウンターの中で、おばさんが目を細めている。
「いいねぇ、恋人だね。こんな嬉しそうなシュンちゃん初めて見るわ」
「へへっ、なんか恥ずかしいなぁ」
シュンはおにぎりを片手に、照れくさそうに頭を掻いている。
「春琉ちゃんは、チャーシューは好きか?」
おじさんがカウンターの向こうから聞いてきた。
「はい、大好きです」
「メンマやなるとも好きか?」
「はい、どっちも大好きです」
「春琉さーん、もやし好きー?」
今度は厨房の陰から、青志さんがひょっこりと顔を覗かせて聞いてきた。
「大好きです」
「了解っすー!」
青志さんがまた奥へと引っ込んで行くと、シュンが隣で、大変だ……と呟いた。
「何が?」
「春琉、これは多分、すごいものが生まれると思うぞ……大丈夫かなぁ」
「???」
言っている意味がよくわからず、私はチャーシューおにぎりを頬張りながら首を傾げた。
それにしても、ザンギもおにぎりもおいし過ぎる。空腹感は一気に吹き飛び、幸せに満たされているけれど、もっと食べたいなぁと思ってしまう。おいしさに加えて、シュンの親戚の皆さんの温かさがそう感じさせているのだろうと思う。
「さぁ、お待たせ」
おばさんがラーメンを運んできてくれた。何だか、メニュー表に乗っている写真とだいぶ見た目が違うような……。
「すっ、すげぇ、何これ? 別物みたいになってる」
再び圧倒されているシュン。チャーシューやメンマやなるとや野菜が大量過ぎて、麺が全く見えない。そして、その麺もおそらくちょっと多めに入っている。
「こんなにいいんですか!?」
「もちろん! いっぱい食べてね」
私はもう一度手を合わせていただきますをした。私は味噌、シュンは醤油だけれど、具が多過ぎてぱっと見ではどちらがどちらなのかもよくわからない。野菜の山の脇からスープをすくって一口飲み、掘り起こしながら麺を食べる。
「おいしい~!」
麺はほんの少し硬めに茹でられているようで、食べ進めるうちに程よい硬さとなるよう計算されている。
「春琉さぁ、秀司みたい」
「えっ?」
麺を掘り起こしながら、シュンがそう言って笑う。
「秀司も去年、この大サービスに大喜びしてたからさ。俺はびっくりしてんのに」
「あはは! 私もびっくりしたけど、でもそれ以上にすごく嬉しいんだもん」
素直な気持ちを言うと、シュンはニヤニヤ笑いながら片手を額に当てた。
「秀司と違うのは、そういうめちゃくちゃかわいい所な」
「な、何で? そんな事言われるような事言ったつもりじゃないんだけどな……」
思わず困ると、シュンはさらに頭を掻いてデレッとしていた。何で……?
「春琉ちゃん、お口に合ったかい?」
カウンターの向こうから、おじさんが声をかけてくる。
「はい! とってもおいしいです」
「ははは! 嬉しいな。俊哉の彼女に俺のラーメンを食べてもらえるなんてなぁ」
おじさんも、おばさんみたいに顔をクシャクシャとさせながら笑っている。夫婦は似てくるなんてよく聞く話だけれど、本当なんだなぁと思う。
「シュンちゃんが彼女を連れて来てくれる日が来るなんてねぇ。嬉しいよね」
「シュンちゃんがずっと嬉しそうな顔してんのがまた嬉しいよな」
おばさんも、青志さんも笑顔。
みんな、シュンの事が大好きなんだ。
「ここのラーメンを春琉と食べられる日が来て、俺も嬉しい」
シュンも隣で微笑む。
ここにいる人達、全員が笑っている。温かな笑顔の彼らに囲まれている事が、とても幸せだと感じた。
シュンの親戚の皆さんに会ったのは今日が初めてだし、まだ数十分しか経っていないはずなのに、私はまるで彼らが元々家族だったかのような気さえしていた。
シュンは、私が今までに出会って来たどんな人よりも優しい。そんな彼の人柄の理由は、この一家を見ているだけでもよく理解が出来ると思った。
「食いしん坊ではない、ってさっき言ってなかった?」
「そ、そうだっけ……」
巨大ザンギもおにぎりも、サービス満点の大盛りラーメンも、私は全てをキレイに完食した。
「そんな小さいのにすげぇな……女子でこれ全部いけるとは」
「だって、どれもすごくおいしかったから」
「そうか。なんか、ホント俺が作ったんじゃないけどめちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう春琉」
シュンはとても嬉しそうに笑う。
「あらぁ、2人共全部食べてくれたねぇ」
おばさんは空っぽになったお皿や器を見て、またクシャクシャの顔になった。
「こんなにたくさんご馳走様でした、とってもおいしかったです!」
「おばさんご馳走様! あぁぁ~めっちゃ腹キツい……」
帰り際、おばさんの提案で、みんなで写真を撮った。不在だった南央さんに見せてあげたいと言う。シャッター係は青志さんだ。スマホの内側のカメラで自撮りスタイルで撮ってくれる。シュンのスマホでも撮影してもらった。変な顔になった、目を瞑った、もう一回撮って撮ってと、ワイワイ賑やかな時間だった。
「春琉ちゃん、またいつでも来てね。ここはもう、春琉ちゃんのもうひとつの家だと思ってね」
「俊哉の彼女なら、もううちの家族の一員だからな」
「春琉さん、今度よかったらシュンちゃんと一緒に泊まりに来て下さい!」
お店のドアの前で、伊吹家の人達は全員、優しく温かい言葉を私にかけてくれた。
「本当にありがとうございます! とっても嬉しいです。あぁ、なんか、帰りたくなくなっちゃうなぁ……」
うっかり、涙腺が緩んでしまう。芸能人がどこかの国にホームステイをしに行く番組のラストみたい、と思った。こんな所で泣いてはダメだと自分に言い聞かせ、何とか堪えようとするけれど。
「ははは! みんなそんなに優しくしたら、春琉泣いちゃうよ。こういうのにすごく弱いからね」
シュンが大きな手で頭を優しくポンポンとしてくれると、堪えていた涙が溢れ出してしまった。
「俊哉が泣かしたな」
「え? 俺のせい?」
「あらあら。おばちゃん嬉しいわぁ泣いてくれるなんて……よしよし」
おばさんが、私を優しく抱きしめてくれた。嬉しくて、温かくて、さらに涙が溢れてしまう。
「母さんのせいでもっと泣いてるよ」
青志さんが言うと、みんなが笑い出した。私もおばさんの腕の中で、泣きながら笑った。
シュンと一緒に皆さんにお礼を伝えて、お店を出た。一家総出でのお見送りに、後ろ髪を強く強く引かれながら。
車に乗り込むと、シュンはさっき撮った写真をスマホに送ってくれた。私を囲んでくれるようにして全員が笑っている、キラキラとした写真。見ているだけで、涙と幸せがじわじわと滲み出す。
「シュンの親戚の皆さん……なんて温かい人達なの」
「いい人達だっただろ? 俺の言ったとおり、春琉の事大歓迎だったね」
シュンはまたいたずら少年のように笑った。
「ねぇシュン。皆さんが、シュンの親戚だって事、私すごくよくわかる。本当に素敵な家族だね」
「へへへ、そう?」
「皆さんに会えて嬉しかった。ここに連れて来てくれてどうもありがとう」
きっと彼は、親戚が飲食店をやっているからちょうど良いと、何の気無しに連れて来てくれたのだと思うけれど。何かとても大きな意味のある出来事だったような気がしてならない。
「マジかぁ、そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。また一緒に行こうね。春琉、もう伊吹家の家族だってさ」
シュンはニッコリと微笑んで、大きな手のひらを私の頬に当てる。幸せがじんわりと広がって、私は涙を拭いながら笑った。




