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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
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新しい出会い

黒汐ICから無料高速に入り、シュンはひたすら突き進んだ。行き先はお楽しみ、ちょっと遠いんだけどそんなに遠くはない、と微妙な事を言ってまだ明かしてくれない。予約のメールを入れておく、なんて言っていたけれど、一体どんなお店なのだろう。

少ないけどつなぎにこれを食べてなよと、シュンが朝コンビニで買ったビスケットの残りをくれた。シュンは甘いものが大好きだ。お菓子は飛行船追っかけドライブの必需品らしい。時々シュンの口にもビスケットを入れてあげると、やっぱり彼はデレデレしていた。



その後車は1時間もしないうちに、帯広第一ICという所で一般道へと降りた。こちらは風が強いけれど天気は良いようだ。

「俺達だけ帯広フライトだ」

シュンはニヤリと笑う。

「帯広かぁ。ここにシュンの知ってるおいしいお店があるの?」

「へへっ。春琉、ラーメンは好きだよね?」

「うん、大好きだよ。ラーメン屋さんなの?」

シュンは笑顔で頷く。

「実はね。帯広に俺の親戚がいるんだけど、一家でラーメン屋さんをやってるんだ」

「えぇ!? すごいね、そうなの?」

「うん。ラーメンもうまいし、親戚みんなめっちゃいい人達だから気楽にしてて。春琉の事大歓迎してくれると思うよ」

そういえば、帯広に親戚がいると言う話を去年もしていた事を思い出した。当時学生だった彼は、飛行船が十勝に滞在中はちょうど夏休みなので、その間親戚宅に泊まらせてもらうのだと言っていた。

まさか、ラーメン屋さんだったなんて。





挿絵(By みてみん)





「ここだよ」

それから数分で、そこに到着した。

焦げ茶色のレンガ造りの壁に、ツヤツヤした黒い横長のプレートがかかっており、黄金色の文字で『麺処いぶき』と書かれている。

「めんどころ、いぶき……」

「うん。いぶき、ってさ、俺の母さんの旧姓なんだ」

シュンはちょっと照れくさそうにそう教えてくれた。

ここは、お母さんの弟さんが店主をしているラーメン屋さんなのだと言う。

若くして病死してしまった、飛行船が大好きだったと言うシュンのお母さん。思いがけずほんの少しだけ距離が近づいたような気がした。


私を連れて行く事は連絡済みらしい。ガラガラとお店の扉を開けるシュンの陰から、中を覗いた。ラーメンスープのいい匂い。空腹感が一気に押し寄せる。

「シュンちゃん、いらっしゃい! 待ってたわよ」

薄紫色のバンダナを巻いた優しそうな女性が出迎えてくれた。

シュンちゃん、って言った……!





挿絵(By みてみん)




「おばさん、こんにちは! すみません、準備中に」

「何言ってるの~いつでも大歓迎よ。あら」

おばさん、と呼ばれたその女性は、シュンに隠れるように立つ私を見てさらに微笑んだ。

「例の?」

「うん。俺が今お付き合いをさせてもらってる、春琉さんって言うんだ」

シュンに紹介されて、私は慌てて気をつけをした。

「ふっ、藤森春琉と申します」

「まぁ~とってもかわいいお嬢さんね! おばさん嬉しいわぁ~。どうぞどうぞ、よく来てくれたわねぇ」

シュンのおばさんは、顔をクシャクシャにして笑った。心から私を歓迎してくれている事がわかる。この一瞬の時間で私は、胸がじーんとしてしまった。シュンの親戚、という事がよく理解出来る。


お店の中はカウンターと、テーブル席が3つ。そこまで広いわけでもないけれど、快適だ。どうやら今は一旦お店を閉めている時間らしく、他には誰もいない。

おばさんは、私達をカウンター席の中央に案内してくれた。

「今、うちのシェフ達を呼ぶからね。お昼休憩中なのよ」

そう言ってメニュー表を渡してくれる。

「シュンちゃん、ホントに良かったわねぇ、こんなかわいい子……いつの間に?」

「へへへっ。彼女も飛行船が好きなんですよ。それで去年、黒汐町で知り合って」

「あら、そうだったの! 去年って、お友達の男の子と来てたじゃない、飛行船の時」

「あぁ、あいつは学校の友達で。春琉と知り合ったのは、ちょうどあの直後なんですよ」

「そうだったのぉ、あの後にね……。春琉ちゃん、改めまして、うちの俊哉がお世話になってます」

丁寧に頭を下げられて、私は慌ててしまう。

「こっ、こちらこそですっ! 俊哉さんには大変お世話になっています」

俊哉さん、なんて初めて言ったなぁ……と思った。ちょっと、いや、かなり違和感。

「春琉ちゃん、何でも好きなもの選んでね」

おばさんはそう言って、カウンターの中に入って行った。

「言ってなかったけど、去年秀司もここに連れて来たんだ。春琉と知り合う前にね」

「そうなんだ。ここもくろしお食堂も、秀司君に先越されちゃってたのかぁ、あはは」


シュンと一緒にメニューを選んでいると、ガラガラと扉が開く音がした。頭に白いタオルを巻き、店名の入った黒いTシャツを着た男性が2人入ってくる。

「お、俊哉ぁ!」

「シュンちゃんいらっしゃい!」

2人の姿を見て、シュンは立ち上がった。

「おじさん、青志(せいじ)! 久しぶり」

「おぉ、そちらが!?」

「うん、俺の彼女の、春琉さんって言うんだよ」

私はまた慌てて立ち上がって、自己紹介をした。

「いやぁどうも! 俊哉が大変お世話になってます!」

シュンのおじさん――この方が、シュンのお母さんの弟さん――だという男性は、日焼けしていて、声も低く大きく、熱血店主と言ったイメージだ。目元がシュンと似ている、と思った。

「春琉、こっちは俺のいとこで青志って言うんだ」

シュンが、もう1人の男性を紹介してくれる。

「春琉さん、こんにちは! 伊吹青志と言います」

「初めまして、青志さん」

青志さんは、おじさんとは正反対なイメージ。色白で、声も高めでソフト。見るからに優しそうな男性だ。私がこう言うのもなんだけれど、とても若くて少年のようだと思った。

「俊哉。お前いつの間にこんなかわいい彼女が出来てたんだ!?」

「へへへ、去年ですよ。ちょうど1年くらい前に知り合って、付き合ったのは秋頃かな」

おじさんから肩に手を回され、いつものデレデレの表情になっている。おばさんもおじさんも、自然に私の事をかわいいと言ってくれるのが、たまらなく恥ずかしい……。





挿絵(By みてみん)




「彼女出来て色気付いたな。おしゃれになって」

おじさんは笑いながら、シュンのネックレスに触れる。

「あ、これ、春琉が誕生日にくれたんですよ。ここにほら、母さんの写真」

シュンはキーホルダーのケースを開け、おじさんに中の写真を見せた。

「お前、こんな所に姉ちゃんの写真付けてたのか……」

「これね、春琉のアイデアなんです。俺一回、このキーホルダー落とした事あって。どうしたら落とさずに持ち歩けるかって、春琉はずっと考えてくれてたみたいで」

おじさんは、強い瞳で私を見た。何となくドキドキしてしまう。けれど、そんな中でもはっきりと感じた事がある。やっぱり、シュンと同じ目。彼も少年のような純粋な目をしている。

「そうか、優しい人なんだな」

おじさんは私の前に立ち、まっすぐに私を見つめてくる。柔らかい笑顔で。

「春琉さん、どうもありがとう。不器用な奴だけど、これからも俊哉をよろしくお願いします。こいつは私の姉の息子なんでね」

「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」

おじさんも、とても愛に溢れている人。そう感じた。

「あともう1人いとこがいるんだ、青志の妹の南央(なお)っていう女の子なんだけど」

シュンが教えてくれる。今日いないの? と聞くと、学校行ってるよ、と青志さんが答えていた。南央さんは大学生らしい。

「いやー嬉しいねぇ! 俊哉が彼女連れて来て、ラーメン作ってやれる日が来るなんてなぁ」

おじさんは張り切って両腕をブンブンと振り回しながら、厨房へ入って行った。後ろを青志さんが、剽軽な動きでマネをしながらついて行く。その様子がおかしくて、私はつい笑ってしまった。



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