新しい出会い
黒汐ICから無料高速に入り、シュンはひたすら突き進んだ。行き先はお楽しみ、ちょっと遠いんだけどそんなに遠くはない、と微妙な事を言ってまだ明かしてくれない。予約のメールを入れておく、なんて言っていたけれど、一体どんなお店なのだろう。
少ないけどつなぎにこれを食べてなよと、シュンが朝コンビニで買ったビスケットの残りをくれた。シュンは甘いものが大好きだ。お菓子は飛行船追っかけドライブの必需品らしい。時々シュンの口にもビスケットを入れてあげると、やっぱり彼はデレデレしていた。
その後車は1時間もしないうちに、帯広第一ICという所で一般道へと降りた。こちらは風が強いけれど天気は良いようだ。
「俺達だけ帯広フライトだ」
シュンはニヤリと笑う。
「帯広かぁ。ここにシュンの知ってるおいしいお店があるの?」
「へへっ。春琉、ラーメンは好きだよね?」
「うん、大好きだよ。ラーメン屋さんなの?」
シュンは笑顔で頷く。
「実はね。帯広に俺の親戚がいるんだけど、一家でラーメン屋さんをやってるんだ」
「えぇ!? すごいね、そうなの?」
「うん。ラーメンもうまいし、親戚みんなめっちゃいい人達だから気楽にしてて。春琉の事大歓迎してくれると思うよ」
そういえば、帯広に親戚がいると言う話を去年もしていた事を思い出した。当時学生だった彼は、飛行船が十勝に滞在中はちょうど夏休みなので、その間親戚宅に泊まらせてもらうのだと言っていた。
まさか、ラーメン屋さんだったなんて。
「ここだよ」
それから数分で、そこに到着した。
焦げ茶色のレンガ造りの壁に、ツヤツヤした黒い横長のプレートがかかっており、黄金色の文字で『麺処いぶき』と書かれている。
「めんどころ、いぶき……」
「うん。いぶき、ってさ、俺の母さんの旧姓なんだ」
シュンはちょっと照れくさそうにそう教えてくれた。
ここは、お母さんの弟さんが店主をしているラーメン屋さんなのだと言う。
若くして病死してしまった、飛行船が大好きだったと言うシュンのお母さん。思いがけずほんの少しだけ距離が近づいたような気がした。
私を連れて行く事は連絡済みらしい。ガラガラとお店の扉を開けるシュンの陰から、中を覗いた。ラーメンスープのいい匂い。空腹感が一気に押し寄せる。
「シュンちゃん、いらっしゃい! 待ってたわよ」
薄紫色のバンダナを巻いた優しそうな女性が出迎えてくれた。
シュンちゃん、って言った……!
「おばさん、こんにちは! すみません、準備中に」
「何言ってるの~いつでも大歓迎よ。あら」
おばさん、と呼ばれたその女性は、シュンに隠れるように立つ私を見てさらに微笑んだ。
「例の?」
「うん。俺が今お付き合いをさせてもらってる、春琉さんって言うんだ」
シュンに紹介されて、私は慌てて気をつけをした。
「ふっ、藤森春琉と申します」
「まぁ~とってもかわいいお嬢さんね! おばさん嬉しいわぁ~。どうぞどうぞ、よく来てくれたわねぇ」
シュンのおばさんは、顔をクシャクシャにして笑った。心から私を歓迎してくれている事がわかる。この一瞬の時間で私は、胸がじーんとしてしまった。シュンの親戚、という事がよく理解出来る。
お店の中はカウンターと、テーブル席が3つ。そこまで広いわけでもないけれど、快適だ。どうやら今は一旦お店を閉めている時間らしく、他には誰もいない。
おばさんは、私達をカウンター席の中央に案内してくれた。
「今、うちのシェフ達を呼ぶからね。お昼休憩中なのよ」
そう言ってメニュー表を渡してくれる。
「シュンちゃん、ホントに良かったわねぇ、こんなかわいい子……いつの間に?」
「へへへっ。彼女も飛行船が好きなんですよ。それで去年、黒汐町で知り合って」
「あら、そうだったの! 去年って、お友達の男の子と来てたじゃない、飛行船の時」
「あぁ、あいつは学校の友達で。春琉と知り合ったのは、ちょうどあの直後なんですよ」
「そうだったのぉ、あの後にね……。春琉ちゃん、改めまして、うちの俊哉がお世話になってます」
丁寧に頭を下げられて、私は慌ててしまう。
「こっ、こちらこそですっ! 俊哉さんには大変お世話になっています」
俊哉さん、なんて初めて言ったなぁ……と思った。ちょっと、いや、かなり違和感。
「春琉ちゃん、何でも好きなもの選んでね」
おばさんはそう言って、カウンターの中に入って行った。
「言ってなかったけど、去年秀司もここに連れて来たんだ。春琉と知り合う前にね」
「そうなんだ。ここもくろしお食堂も、秀司君に先越されちゃってたのかぁ、あはは」
シュンと一緒にメニューを選んでいると、ガラガラと扉が開く音がした。頭に白いタオルを巻き、店名の入った黒いTシャツを着た男性が2人入ってくる。
「お、俊哉ぁ!」
「シュンちゃんいらっしゃい!」
2人の姿を見て、シュンは立ち上がった。
「おじさん、青志! 久しぶり」
「おぉ、そちらが!?」
「うん、俺の彼女の、春琉さんって言うんだよ」
私はまた慌てて立ち上がって、自己紹介をした。
「いやぁどうも! 俊哉が大変お世話になってます!」
シュンのおじさん――この方が、シュンのお母さんの弟さん――だという男性は、日焼けしていて、声も低く大きく、熱血店主と言ったイメージだ。目元がシュンと似ている、と思った。
「春琉、こっちは俺のいとこで青志って言うんだ」
シュンが、もう1人の男性を紹介してくれる。
「春琉さん、こんにちは! 伊吹青志と言います」
「初めまして、青志さん」
青志さんは、おじさんとは正反対なイメージ。色白で、声も高めでソフト。見るからに優しそうな男性だ。私がこう言うのもなんだけれど、とても若くて少年のようだと思った。
「俊哉。お前いつの間にこんなかわいい彼女が出来てたんだ!?」
「へへへ、去年ですよ。ちょうど1年くらい前に知り合って、付き合ったのは秋頃かな」
おじさんから肩に手を回され、いつものデレデレの表情になっている。おばさんもおじさんも、自然に私の事をかわいいと言ってくれるのが、たまらなく恥ずかしい……。
「彼女出来て色気付いたな。おしゃれになって」
おじさんは笑いながら、シュンのネックレスに触れる。
「あ、これ、春琉が誕生日にくれたんですよ。ここにほら、母さんの写真」
シュンはキーホルダーのケースを開け、おじさんに中の写真を見せた。
「お前、こんな所に姉ちゃんの写真付けてたのか……」
「これね、春琉のアイデアなんです。俺一回、このキーホルダー落とした事あって。どうしたら落とさずに持ち歩けるかって、春琉はずっと考えてくれてたみたいで」
おじさんは、強い瞳で私を見た。何となくドキドキしてしまう。けれど、そんな中でもはっきりと感じた事がある。やっぱり、シュンと同じ目。彼も少年のような純粋な目をしている。
「そうか、優しい人なんだな」
おじさんは私の前に立ち、まっすぐに私を見つめてくる。柔らかい笑顔で。
「春琉さん、どうもありがとう。不器用な奴だけど、これからも俊哉をよろしくお願いします。こいつは私の姉の息子なんでね」
「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」
おじさんも、とても愛に溢れている人。そう感じた。
「あともう1人いとこがいるんだ、青志の妹の南央っていう女の子なんだけど」
シュンが教えてくれる。今日いないの? と聞くと、学校行ってるよ、と青志さんが答えていた。南央さんは大学生らしい。
「いやー嬉しいねぇ! 俊哉が彼女連れて来て、ラーメン作ってやれる日が来るなんてなぁ」
おじさんは張り切って両腕をブンブンと振り回しながら、厨房へ入って行った。後ろを青志さんが、剽軽な動きでマネをしながらついて行く。その様子がおかしくて、私はつい笑ってしまった。




