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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
27/46

日々勉強

挿絵(By みてみん)





例によって、私はこう言う時、必ず早めに目覚めてしまう。

眠りについたのは3時近かったと思うけれど、6時前には目が開いてしまった。3時間くらいしか寝ていない割に、体はスッキリとしている不思議。シュンは、私の隣でまだ寝ている。

シュンはあまりいびきをかかない。スースーと寝息を立てて、気持ち良さそうに眠る彼の顔を見つめる。この人が私の彼氏なんだ……と、私はいまだに考える。付き合いを始めてもう9ヶ月が経つというのに、心のどこかでまだ信じられていない自分がいる。

こんな私が、こんな素敵な人と? 本当にいいんですか?

と、誰に聞いているのかもわからない質問をしたくなってしまう。

かわいい寝顔……。

彼を見つめながら、昨日持ち込んだボディバッグを掴む。起こさないように、そっと車を出た。



深い霧がどこまでも続いている。これでは、朝の散歩をしようにも何も見えない。道の駅のトイレで、着替えをし、寝癖を直し、軽いメイクをして、身支度を整えた。

鏡に映る自分を見る。去年は、ここに1人で立っていた。今はそばにシュンがいる。あの時この場所にいた私は、1年後にそんな幸せを抱いてまたここに戻ってくる事など想像も出来なかった。


それから私は車に戻って、ひたすらシュンの寝顔を見ていた。

あんなに遅い時間まで運転してくれたのだから、起きるまで寝かせてあげよう。と言っても離陸は見たいだろうから、遅くても8時前には起こした方が良いかな……などと考えていたのだけれど、意外とシュンはすぐに目を覚ました。時刻は7時頃。

「あ、シュンおはよう」

「うぅ……おはよう。春琉、早いね」

怠そうに起き上がり、あくびをしている。

「寝足りないんじゃない? もう少しゆっくりしてたら……」

「あぁ、眠いけど、それよりもなんかめっちゃ腹減った」

寝ぼけ顔で頭をわしゃわしゃとしている。私はアハハっと笑った。



黒汐町に入り、町に一軒しかないコンビニに寄った。あれだけ濃かった霧は、もう嘘のように晴れている。

パンやら飲み物やらを買って、駐車場の端に停めた車の中で簡単に朝食を済ませた。私は手作りパン屋の販売員をしているけれど、コンビニや、他のお店のパンを見たり食べたりするのは結構好きだったりする。どんな生地やフルーツを使っているのか、重さはどうかとか、自分は特に商品を開発する立場でもないのに何かと観察してしまう。袋を開けてパンを取り出し、ついじっと見つめていたりすると、プロの目になってる! なんてシュンにからかわれる。








挿絵(By みてみん)




係留地に着いたのは、8時前。天気は良く、風が少しあるけれど強風ではない。

マストにくっついたSS号が、ふわふわと揺れていた。ようやく、はっきりと見る事が出来た。約3週間ぶりくらいの再会だ。

「今日って移動フライトではないのかな。クルーさんがまだ来てないね」

「当番の人に聞いてみるか」

係留地はひっそりとしていた。小道から敷地の中へと入る。目の前にSmile Skyと書かれたトラックが2台、その向こう側にはSS号。いつ見ても、ワクワクと心が躍る景色だ。


トラックの陰に、アウトドア用チェアに腰掛けているクルーさんの姿があった。私達の足音に気づいた彼は立ち上がり、こちらを向いた。

「……Oh」

そのクルーさんは、外国人だった。とさかみたいに真ん中が立ったような髪型の、体も身長もとても大きな人だ。クルーの中でもよく目立つので、彼の存在は私も知っている。

「Good morning」

英語で声をかけられる。今のはさすがに「おはよう」だという事はわかったけれど、この後の会話が心配になった。

「マシューさん!」

シュンが突然大きな声で何かを言ったので、私はびっくりしてしまった。

「Oh,Yes.マシューサンデス!」

クルーさんは笑顔でそう言うと、突然シュンにハグをした。私は、ポカンとしてしまう。

「俺、前に一度話してるんだ、マシューさんと。英語はわからんけど」

マシューさんと呼ばれたクルーさんに抱かれたままで、シュンはへへへっといつものように笑った。大きなシュンが小さく見える。

「Girl friend?」

「いえす!」

完全に今のひらがなだったよね? という発音で、シュンは答えていた。

「What a perfect couple! Please wait a moment.チョトマッテテ」

マシューさんはそう言って(ちょっと待ってて以外は何を言ったのかわからなかったけれど)、トラックの中へ入って行った。

「なんだかんだジェスチャーとか雰囲気で、結構コミュニケーション取れるもんなんだよ」

シュンは楽しそうに言う。

「ほ、ホントに? 私、英語なんて全くダメだからなぁ……」

「俺もだよ。でもね、不思議と何とかなっちゃうんだ」


マシューさんはすぐに戻って来た。ビニールに入った大きな紙のようなものを2枚持っている。

「I'll give you this」

私とシュンに、それらを差し出している。あげる、と言っているのだろうか。

「く、くれるの? でぃっ、でぃす、ペーパーを、ウィーに?」

シュンは謎の言葉を発しながら、紙と自分自身を交互に指差す。昔、そういう事を言うお笑いタレントさんみたいな人がいたような……。

「Present!」

マシューさんは常に満面の笑みだ。言葉がわからない私達の不安を取り払おうとしてくれている事が伝わる。

「さっ、サンキュー! ありがとう!」

「あっあ、ああありがとうございますっ!」

私まで慌ててお礼を言って、頭を下げた。

「So cute!」

マシューさんは私の方に大きな手を差し出して何かを言った。でも何と言ったのかよくわからなくて、私はアハハとぎこちない笑顔を見せた。緊張して胸がドキドキしている。

「すげぇっ! これ飛行船のペーパークラフトだ!」

さっきもらった紙を見て、シュンがはしゃいでいる。受け取った2枚のうち1枚を私にくれた。

「あ、すごーい! これSS号だね」

飛行船SS号のペーパークラフト。角ばってはいるけれど、飛行船の形になるようにミシン目や折り目が入れられ、中央には本物と全く同じSmile Skyのロゴが書かれている。周りには尾翼やゴンドラになるであろうパーツも見えた。

「飛行船グッズの新作だな! 後で早速作ってみるかぁ」

男性はこういうものが大好きなのだろう。嬉しそうな顔が、本当に少年のようだと思う。

シュンはすぐにハッとした表情をして、マシューさん! と言った。

「トゥデイ、えぇと、飛行船って何だっけ、エアシップか。エアシップは、サッポロにフライする?」

飛行船や空を指差したり、遠くを指差したりしながら、知っている英単語を一生懸命言っている。時々日本語が混じっている所が気になる……。

「移動フライトって何て言うんだろ……フライトは英語だから……エアシップ、トゥディ、サッポロ、ゴー、フライト? サッポロ、ゴー、トゥデイ?」

しばらくマシューさんは黙ってシュンの言葉を聞いていたけれど、パッと表情を変えた。

「No.The airship is heading to Sapporo tomorrow.Flies around here today」

「え?」

マシューさんはシュンの言いたい事をおそらく理解してくれたのだと思うけれど、返答が全くわからない。





挿絵(By みてみん)




「サッポロ、アシタ!」

「あ、明日ね! トゥモロー、ゴー札幌?」

「Yes!サッポロ、アシタ!」

マシューさんは笑顔で大きな手のひらをシュンに向けている。サンキュー! と言いながら、シュンはハイタッチをした。マシューさんは何故か私にも手のひらを向けて来たので、ハイタッチを返した。何だか楽しい。

「すごいね、ちゃんと伝わってる」

「ね? 言葉の壁なんて、割と容易く越えられちゃうんだ」

何気に、これはすごい経験だと思った。

私は外国人さんが相手というだけでも怖気づいてしまう。わからないなりにも恐れずに気持ちを伝えようとするシュンの姿勢に、何か大切な事をひとつ学んだような気がした。

「……どんなに歳を重ねても、日々のひとつひとつが大きな勉強だね」

「え?」

「シュンのお陰で私、ひとつレベルアップしたような気がする。ありがとう」

シュンはちょっとキョトンとしていたけれど、私が笑っていたからか、彼もつられるように嬉しそうに笑っていた。



8時半を過ぎた頃、クルーのワゴンが係留地横に到着した。先ほどのマシューさんの話では、移動フライトは明日という事だったので、今日はもしかするとこの辺りを飛ぶのかもしれない。

敷地に入ってくるクルー達の中に、橋立さんの姿が見えた。スカイブルーのポロシャツに身を包み、爽やかな笑顔で手を振ってくれている。

「シュンさん、春琉さん、遠い所をありがとうございます」

「橋立さん、お久しぶりです! 前回は雨がひどくて声かけられなくて」

シュンが手を振り返しながら言う。

「えぇ、当日の当番者から聞きましたよ。あの日は雨の中をどうもありがとうございます」

橋立さん以外のクルーは私達に会釈をしながら、飛行船の方へと歩いて行く。私も皆さんに笑顔で会釈を返した。

「札幌へは明日移動ですか?」

「そうです。今日一日は十勝を飛んで、明日札幌に移動の予定ですよ」

「よかった、合ってた! さっきマシューさんと話して」

ホッとしたような表情のシュンを見て、橋立さんは笑った。

「マシューの英語わかりましたか?」

「全っっっ然わかりませんでした!」

爆笑する2人の声に、私もつられて笑った。


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