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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
26/46

夜発!

翌日の21時頃に、シュンが私のアパートまで迎えに来てくれた。車のドアを開けると、仕事終わりとは思えない爽やかな笑顔で迎えてくれた。

「お疲れっす!」

「シュンお疲れ様! こんな時間から長距離運転で大丈夫?」

助手席に乗り込みながら聞く。答えはわかっているのだけれど。

「もちろん大丈夫! だって飛行船見に行くんだもん、何も疲れないよ」

「ふふふ、そうだよね。私もそう」

話しながら、黒いボディバッグを後部座席に放る。充電器やら、衛生用品を入れたポーチやら、簡単な着替えやら、旅に必要な最低限の道具達が入っている。

夜のドライブ自体は今までにもした事はあるけれど、こんな時間から会って遠出をするのは初めてだ。それだけで私はワクワクしてしまう。向かう先に飛行船が待っていると思うと、尚更の事だ。



夜の街を走る、シュンの隣に座って。

仕事を終えた社会人は家でゆっくりと自分の時間を過ごし、子供達は夢の中へ。世間がそれぞれの一日を終わらせ行くというこの時に、私達は冒険を始めようとしているのだ。

「シュン、すごいね。いつもこんな楽しい計画を思いつく事が出来て」

「春琉と一緒だと、色んな楽しい事をしたいからね。ハチャメチャかもしれないけど、断られてもいいからとりあえず提案しちゃえって思ってさ」

すごく楽しそうな横顔が、街路灯の光にチラチラと照らされている。

「私もこう言う事大好きだから絶対断らない! シュンと一緒なら、何でも楽しいもん」

「ははは! そっか、良かった! 嬉しいよ」





挿絵(By みてみん)





ついこの前私の運転で走った道を、今日はシュンの運転で走る。彼は黒汐町には行き慣れているので、道順も完璧でスイスイと進んで行く。

「そういえば昨日、葵さんが仕事中にシュンを見たって言ってたよ」

「え!? どこで?」

「施設の前。信号待ちしてたら、シュンがおじいさんと一緒に庭いじりしてたって」

あぁ~! と大きな声で反応する。

「園芸が趣味の高齢者さんがいてさ。そういうのもリハビリの一環なんだ。あの時葵さんに見られてたのかぁ」

シュンの職場の前を葵さんが仕事で通るらしいと言う事は、以前から話していた。

「シュンの制服姿がカッコ良かったって」

「マジで? 嬉しいな」

「私、シュンの制服姿見た事ない……写真とかないの?」

「写真? あぁ、リハビリ室で先輩が撮ってくれたやつがあったかな」

シュンはクスクスと笑い出す。

「何? 俺の制服姿見たいって思ってくれてたの?」

「だってまさか葵さんに先を越されちゃうなんてさぁ……」

「ははは! 春琉にそんなふうに思ってもらえるの、なんかすげー嬉しい。後で写真見せるね」



高速道路は快適だった。車はほとんど通っておらず、詰まる事もない。時折すごいスピードで追越車線を駆け抜けていく車がいる程度だ。

途中のパーキングエリアで一度休憩を挟み、私はまたシュンの肩をマッサージしてあげた。これは長距離ドライブの時の恒例行事になりつつある。ギュッ、ギュッ、と力を入れて肩を揉んであげると、嬉しい〜と言って相変わらずデレデレしていた。

そこで、例の写真も見せてもらった。私が想像していたとおりの襟のピシッと立った青い服、そして白いズボンに身を包んだシュンがそこに写っていた。他のスタッフさん達と残業中に撮ったものらしく、和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。シュンの制服姿はやっぱりすごくカッコよかった。彼にお願いして、その写真を私のスマホにも送ってもらった。





挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)







正直私は睡魔との戦いだったのだけれど、今日は絶対に寝ないと決めていた。シュンだって疲れているのに、長距離運転をしてくれているのだから。

そうして何とか、寝落ちする事なく黒汐町まで辿り着く事が出来た。黒汐ICを降りた時、時刻は深夜1時半を回っていた。


「見づらいなぁ」

黒汐町は霧が発生していて、視界がだいぶ悪い。

「なんか怖いね……お化けが出そう」

自然豊かな田舎町である黒汐町は、夜に霧がかかるとちょっと怖い。中心地以外は街灯も少なく、車のヘッドライトだけが照らす夜霧の町はホラー的な雰囲気抜群だ。

「せっかく来たから、とりあえず飛行船見に行く?」

「うん、シュンが疲れてなければ」

「俺は大丈夫。春琉がいいなら、行ってみよう」

こっちに実は近道があるんだ、と言って、シュンは国道から交差する小道へと曲がった。そこは舗装されていない砂利道だった。ガタガタと車内に振動が走る。周囲は林になっているようだ。

「何この道? 真っ暗だしガタガタ!」

「ははは、大丈夫だよ。ここを抜けると、市街地側から行くよりも早く係留地の近くに出られるんだ」

シュンは笑っていたけれど、正直私は恐怖だった。濃霧に包まれた深夜の未舗装の林道なんて、もし走り慣れている道だったとしても私だったらわざわざ通らない。怖くて泣きそうになっていると、シュンは私の様子に気づいたようだった。

「怖かった!? ごめん、街側から行けば良かったな」

シュンはカーオーディオのボリュームを上げ、左手で私の右手をガッチリと握り、そのまま運転してくれた。優しい……。シュンの車はベンチシートに近い造りの座席なので、彼に寄り添うようにして温かい手を強く握った。しばらく耐えていると、やがて舗装された道路に出た。そこも街灯はほぼなくとても暗いけれど、この前来た時にも通った正規ルートだと言う。暗くて、しかも霧が濃くて全然わからない。


奥に進むにつれて、霧はどんどん濃くなって行った。シュンもさすがに車の速度をかなり緩めている。今25キロくらいで走ってる、と笑っていた。

「めっちゃ霧濃いな! これじゃ、行っても飛行船見えないかもしれないな」

「危険かなぁ……やめておいた方がいいかな?」

「ここまで来たらもう本当にあと少しだから、行っちゃおう。でもちゃんと見えなかったらごめんね」

少しするとシュンの言葉どおり、スカイスポーツ公園駐車場の看板がヘッドライトの中にぼやぼやと浮かび上がって見えた。そこを通り越して、公園向かい側の敷地に目を向けると、一面の濃霧の中でぼやけながら光を放つ飛行船が見えた。





挿絵(By みてみん)




「いたいた! へへへ、すっげぇ霧」

シュンは笑う。ハザードランプをつけて、敷地の横に車を停めてくれた。

「すごいね、霧でボヤボヤ。なんか怖いけど、でも一応見られて嬉しい」

モザイクがかけられたかのような、白い曇りガラスを貼られたかのような見た目。そして飛行船の周囲も白い光が乱反射してぼやぼやと広がり、何ともホラーっぽい雰囲気を醸し出していた。現実である事が信じ難くなるような光景。

「この霧の中にさ、当番クルーさんいるんだよ。なんか信じられないよな」

「そうだよね! もし私だったら絶対怖くて無理かも……」

「声かけに行ったらめっちゃ驚かれるだろうな。まぁ、こんな時間だしさすがにやめておこう」




飛行船の姿(?)を見る事も出来たので、私達は車中泊をするための場所へと向かう事にした。

シュンは濃霧の中をゆっくり、慎重に運転してくれた。先ほど通った未舗装の道には入らず、それでも私はおそらく前回通っていない、知らない道を走っている。

やがて霧が少しだけ晴れ、元々走っていた国道に出た事が辛うじてわかった。先の方にオレンジ色の街灯がいくつか見える。近づいて行くと、そこは去年私が黒汐町の帰りに車中泊をした道の駅だった。私はその時たまたま見つけただけなのだけれど、シュンの話では、ここが係留地から一番近い道の駅らしい。


他の利用客の迷惑とならないよう、車中泊スペースの一番端に車を停めてすぐにエンジンを切った。

「はぁー。さすがに眠いかもしれん」

シュンはシートにもたれてため息をついた。

「シュン、お疲れ様。本当に遅くまで運転ありがとう」

「へへへ。俺が誘ったんだしね、全然大丈夫!」

後ろ側のシートは、予めフラットの状態にされていた。シュンは浜風町に行った後に、車中泊用に大判のマットと充電式の車内灯を購入していたようだった。私といつでも快適に車中泊が出来るようにと用意してくれたらしい。

シュンを早く休ませてあげたい。私は率先して寝床の準備をする。マットを敷き詰め、ブランケットや毛布を整えた。

「シュン、準備オッケーだよ。もう一回肩マッサージしてあげる」

ホント? と言って嬉しそうにマットの上にやって来る。グッと力を入れて、肩を揉んであげた。

「はぁぁ〜、春琉の肩揉みやっぱめっちゃいい。俺、まだ走れるかも」

「もういいから休んでってば……」

「へへっ。長距離走のゴールに最高のご褒美だなぁ。嬉しいな」

デレるシュン。私も物凄く眠かったけれど、少しでもシュンを癒したくて、今出せる最大の力で肩を揉んだ。

シュンの動きが止まる。座ったまま、ウトウトしているようだった。

そのまま彼を横たえてあげようとしたけれど、位置が悪いのと、体格差のせいでなかなかうまくいかない。どうしたらいいかともたついているうちに、彼は目を開けた。

「あぁ、ウトウトしてた……ごめん」

「ううん、疲れたでしょう、もう休もう。私も眠くて」

「あぁ。春琉……俺ね、めっちゃ幸せだわ……ありがと」

シュンは半分寝ぼけているのか、そんな事を言ってから、私の手を握ってゴロンと横になった。1秒で寝息を立て始める。

かわい過ぎる……急にどうしちゃったんだろう……。

ニヤニヤと顔が綻んでしまう。一日の最後に、私の方が最高のご褒美をもらった気分だ。

「おやすみ、シュン」

私はしばらくの間、彼の手を握ったままで寝顔を見つめていた。





挿絵(By みてみん)



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