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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
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心躍る提案

西日の差し込むラビットの詰め所。エアコンはあるので涼しいけれど、眩しくて、発注書を書くのも一苦労だ。

窓は曇りガラスになっているので外からは見えないけれど、カーテンやブラインドがない。車からサングラスを取ってこようかな、と思ってしまうくらい、今日は眩しい。

7月も今日から下旬に入り、夏真っ只中。手作りパンの移動販売と言う業界では、この時期が一番売れ行きが悪くなる。私も苦戦していたけれど、なるべく売れ残りや廃棄商品が出ないように、空き時間に少しでも飛び込み販売をするようにしている。1年前までの私だったら、元々の性格の内気さと外の暑さが重なって、きっとこんな行動は取っていなかっただろうと思う。



「お疲れー。あぁ〜詰め所涼しっ!」

おでこに汗を滲ませた葵さんが帰ってきた。お疲れ様です! と事務作業中の販売員さん達が挨拶を返す。

「春琉お疲れ。木曜は春琉の方が早いね、やっぱり」

「お疲れ様、葵さん。暑いね」

差し込む日差しに照らされる葵さんの顔も腕も、健康的に日焼けしていてかっこいい。私の隣に立ち、あー重たっ! と言って売上金の入ったカバンをテーブルに置いた。ゴッ! という音の後に、ジャラジャラと硬貨の崩れ落ちる音が響く。彼女は今日も好調だった様子だ。

「怒涛の飛び込みラッシュで完売さして来たよ。もうめんどくてラストは菓子パン調理パン5つセットワンコインで売り飛ばして来たわ」

「あはは、さすが所長!」

値引きは販売員の判断で行って良い事になっている。廃棄となるよりは、値引いて不明金を出してでも売ってしまった方が、会社も販売員も損はしない。食品ロスもしない。私も困った時には実践している。


「あ、春琉! そういえば今日、シュン君見かけたよ」

「ぅえっ!?」

思わず変な声が出てしまった。

「私、今日のルート、ちょうどシュン君の職場の前通るのよ」

西区ルートの日に飛び込みに行こうかなと話していたので、シュンの職場の住所は以前に葵さんに教えていた。その場所は、たまたま葵さんがいつも別の曜日のルートで走っている道沿いの施設だった、と言う話を聞いていたのだけれど、今日がそのルートだったようだ。

「信号待ちしてた時に見たんだけどね。施設の前の花壇の所で、おじいちゃんと一緒に庭いじりしてたよ」

「ホントぉ! 声かけたの?」

「いやー声かけてみようかとも思ったけど、やめたさ。仕事中だろうしね」

葵さんのルートが羨ましい……と思ってしまった。

「シュン君、やっぱカッコいいねぇ。あの、リハビリの先生が着る制服。すごい似合うね」

「えぇっ、いいなぁ……私、見た事ないよ」

「え、そうなの!? 写真とか見せてもらったりしないの?」

「ないよ。特にそんな話にならないし」

そう言いながら、シュンの制服姿をここまで見た事がなかった現実と、葵さんに先を越されてしまった事に、何だかほんの少しだけ悲しくなってしまった。別に悲しむような事ではないのだけれど。

「ねぇ、どんな制服だった?」

「上は青っぽくて、ズボンは白かったよ。はっきりとは見えなかったけど、多分めっちゃスタンダードなやつ。お医者さんとか、薬剤師さんとかが着てそーな感じの」

頭の中で想像する。青と白、そしてそういう業種の人が着ていそうなスタンダードな制服と言えば、襟がちょっと立っていてピシッとしている感じのイメージ。

絶対、かっこいい……。

「お~い、春琉、どこ行ってんのよ」

ボーッと前を見つめる私の視界に、突然ニヤニヤ顔の葵さんが入って来た。

「あははは! シュン君のカッコいい制服姿を想像してた?」

「……してました」

「はっは! 写真送ってもらったらいいじゃん! 春琉がお願いしたら絶対送ってくれるっしょ」





挿絵(By みてみん)





その時、山上係長が詰め所に入って来た。玄関の所に立ったまま顔を覗かせて、お疲れ〜、とのんきな声を出している。

「葵ちゃ〜ん、オッケーだぞぉ」

「はいはーい」

係長に呼ばれ、葵さんはカバンを持って立ち上がった。じゃらっ、と重そうな硬貨の音が響く。

「今日ちょっと係長とお話し合いさ。春琉、発注書出したら先あがってね」

「あ、そうなの。わかった」

いってらっしゃーい、と手を振って葵さんを見送った。

所長である葵さんは、係長と会議をしたり、時々取引先との打ち合わせに同行する事なんかもある。普段お気楽におちゃらけているようだけれど、実は結構忙しい人だったりする。


発注書作成を再開する。電卓を使おうとスマホを開くと、シュンからメッセージが来ていた。

『SNS見た? 耐空検査今日終わったみたいだね』

と書かれている。

私は、一気に嬉しくなった。昼休み中にチェックした時は公式アカウントからの発信は特になかったので、その後に更新されたのだろう。

SNSを開いてみると、黒汐スカイスポーツ公園の係留地でマストにくっついているSS号の写真が目に入った。

『7/20(木) 飛行船SS号は本日、耐空検査が終了いたしました。尚、明日7/21(金)はメンテナンス作業を行うため、フライトは中止となります。7/22(土)以降、また皆様にお会い出来ることを楽しみにしております』

そう書かれている。

SNSを見た事をシュンに伝えると、意外とすぐに既読が付いて、返信が来た。

『もしもはるが疲れてなくて嫌じゃなかったらでいいけど、明日お互いの仕事が終わってから黒汐町へ行かない? 夜の十勝ドライブしよーぜ!』

「えぇぇっ!?」

つい大声を出してしまい、また周囲の販売員さん達からの視線を一気に集めてしまった。

「す、すみません……いつもうるさくて」

手を合わせる。みんな優しいので、笑って流してくれるのだけれど。藤森さん最近石黒さんみたいになってきたね! と販売員の1人が笑う。私も同感だ。

シュンのメッセージに集中する。仕事終わりで黒汐町? 夜の十勝ドライブ……!?

画面を見ていたら、メッセージがもうひとつ届いた。

『土曜日に札幌に移動フライトしてくる可能性もあるから、明日のうちに前乗りして離陸を見れたら楽しそうだなと思って。』

急激に私の心が躍り出す。シュンは、一体いつもどうやってそんな楽しそうな計画を思いつくのだろう。

『もちろん、無理はしなくていいからね!』

ともう一文追加され、親指を立てた手のイラストのスタンプが送られて来た。

私の答えは、もちろん決まっている。

『行く!』





挿絵(By みてみん)



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