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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
24/46

思い出のお店

正面に座ったシュンは、真新しい無地の黒いTシャツに身を包んでいる。

ここはくろしお食堂と言う、町外れにある小さな食堂。黒汐町の名物品“マグロの漬け天丼”を出しているお店だ。

このくろしお食堂は、実は私達の思い出のお店。去年、シュンと出会った日に彼が私をここに連れて来てくれて、一緒にご飯を食べて、色々な話をして仲良くなった。

シュンが出した条件と言うのは「くろしお食堂でマグロの漬け天丼を俺におごらせて」というものだった。結局はシュンの出費の方が少し多くなってしまった形だ。やられたなぁ、と思ったけれど、ひたすら優しい彼らしいなと思う。


去年と同じように、シュンは店員さんにマグロの漬け天丼セットを2つ頼んでくれる。

このお店の売りは、味はもちろんの事だけれど、何と言っても提供スピードの速さだ。注文から2分もしないくらいで、出来立ての料理が運ばれて来た。一体どう調理しているのだろう。

私達はいただきますと手を合わせて、懐かしの味を堪能する。

「あー、やっぱうまい!」

「うん、去年思い出すなぁ。あの日から1年経つなんて」

「あの時ホント、思い切って誘ってみて良かったよ」

シュンは私を見て優しく笑っている。





挿絵(By みてみん)





「そういえば、ここのお店って橋立さんから教えてもらったんだって言ったっけ?」

「え? 初めて聞いた。そうなの?」

「うん。飛行船のクルーは全国を回っているから、色んなおいしいお店を知ってるんだよ」

「あ~そっかぁ、羨ましい! 私もクルーになろうかなぁ」

冗談で言ったら、シュンは明るい声で笑い出した。

「春琉、秀司と同じ事言ってる!」

「え? 秀司君もクルーになりたいって言ってたの?」

「実はさ、去年春琉と知り合う直前に、秀司と一緒にここに来たんだ。今と同じ話したら、春琉と全く同じ事言ってたんだよ」

「そうだったの! 秀司君もここ来てたんだ」

これも、初めて聞いた話。

「飛行船見に一緒に黒汐町行く? って冗談半分で聞いたら、ホントに来てくれてね」

「へぇ〜そうだったんだ。シュンと秀司君、本当に仲良いよね」

親友っていいね。

と、あえて口には出さなかった。

私には、学生時代からの友達も少しはいるけれど、親友と呼べるような人は実際の所いない。葵さんはそれに近いかもしれないと私は勝手に思っているけれど、それ以前に先輩であり上司。妹のようにかわいがってはくれるけれど、きっと彼女にとっても私は、そういう位置付けではないのでは、と思う。

シュンがいるのだから何も寂しくはないけれど、もしもたったの1人だけでも、互いに親友だと認め合えるような仲の人がいたら、きっと楽しかったのだろうなぁ……なんて考える。


ごちそうさまでしたと手を合わせると、店員さんが温かいお茶を運んできてくれた。去年、このお茶を飲みながらシュンと色々な話をした事を思い出す。

「去年ここで、SNSのアカウントの作り方教えてくれたんだよね」

「そうだったな」

ネットや機械ものにとても疎い私は、去年この場所でシュンからSNSのやり方を教わったのだった。彼のお陰で私は、その日から飛行船SS号の最新情報を入手する事が出来るようになった。そんな事も思いつかないくらいに私は、それまでネットから離れた生活をしていたのだ。今どきの若者なのに珍しいと、周りからよく言われていたっけ。

「私、あの時に初めて、シュンってすごくカッコいい人だなぁって思ったんだ」

「え?」

驚いた顔をしながらも、ちょっとニヤついている。

「あの時あまりに急展開過ぎて、ご飯を食べ終わるまでシュンの見た目なんて正直気にしてる余裕なくて……アカウント作り教えてくれてる時に、初めてそう思ったの」

「そうなん? 俺も実はその時、チラチラ見てたんだよ、春琉の事」

「え?」

今度は、私が驚く番。シュンは照れくさそうな顔をしている。

「すげぇ若い人だなぁって。俺、女子高生かと思ったんだもん」

「あはは。私よく中学生に見間違われるけど、高校生ならまだマシだね」

「一生懸命スマホ操作してる顔が、めっちゃかわいかった」

「そ、そんな事ないでしょ。そんな必死な顔」

思い出の場所で、出会った頃の話が出来るという事。何でもないような事だと思うけれど、なんて幸せなのだろう。1年の時を経て知る、あの時のお互いの思い。

この黒汐町という小さな町には、私にとって、とても特別で大切なものがたくさん詰まっている。





挿絵(By みてみん)








食後にもう一度係留地へと行ってみたけれど、クルー達は既に撤収した後だった。雨は止んでいる。

当番クルーは橋立さんではない人だった。シュンはクルーさんに、一度来たが雨がひどくて声をかけられなかった事、耐空検査が終わった頃に可能ならまたここへ来る事を橋立さんに伝えてもらえるよう、お願いをする。クルーさんは快く承諾してくれていた。


どんより曇り空の下で、びしょ濡れになってマストにくっついているSS号を、少しの間シュンと一緒に眺めた。その姿は、地上に下りる事が出来てホッと安心しているかのように見えた。

無事で本当に良かったね、お疲れ様。少しの間お別れだけど、また会いに来るよ。

そんなふうに心の中で声をかけて、係留地を後にした。





挿絵(By みてみん)





「しばらくまた飛行船はお預けだなぁ」

帰りの車の中、シュンは少し寂しそうに言った。

「耐空検査って2、3週間くらいだったっけ? 長く感じるよね」

「待ってるとな。実際にはあっという間なはずなんだけどな」

懐かしい、小さな町の景色が遠ざかる。ついさっきここに到着したと思っていたのに、またすぐに帰らなければならない。やっぱり、距離を実感する。この場所から札幌までは、高速を使って片道3時間半ほどもかかる。明日からの仕事の事を考えると、ゆっくりとは出来ない。

くろしお食堂とは反対側の町外れの方にある黒汐ICから、無料高速に入った。




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