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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第4章~2017年・十勝編~
23/46

雨の着陸

強まる雨の中、ようやくそこに辿り着いた。

黒汐スカイスポーツ公園。私とシュンが出会った係留地のある公園だ。

去年来た時は、パラグライダーが飛んでいたり家族連れが遊具で遊んでいたり、バーベキューの屋台が出されていたりと賑わっていた。けれど、雨のせいか今日は見事に誰もいない。駐車場にまばらに車が数台停まっているだけだ。時刻は12時半過ぎ、ちょうどお昼時。おそらく車内で休憩をしているのだろう。

係留地は、ここからさらに約100メートルほど先にある公園向かい側の緑地だ。道路沿いに木々が連なり林のようになっているので、ここからではその場所の様子は全く見えない。

去年はこの駐車場に車を停めて、徒歩でそこへと向かった。少し雨が弱まるのを待とうかとシュンは言ったけれど、どうしても飛行船の事が気がかりな私は、このまま車で見に行ってみようと提案した。クルーが到着出来ているのかだけでも知りたい。


駐車場を出てゆっくりと進んで行くと、木々の途切れた所で広大な野原が広がっている。そこでは、今まさにクルー達がマストの設営を行っているようだった。土砂降りの雨に打たれながら、パーカーのフードや帽子をかぶって作業をしている様子が見える。敷地の奥に建つ巨大な飛行船格納庫も、去年と何も変わらない。

「クルーはもう来ているな」

「飛行船ってどこにいるんだろう……この辺りには見当たらないよね」

空を見上げてみても、一面が雨雲。一気に不安が募ってしまう。


着陸を見届けられたらすぐに離れようという事を決めて、私達は車を敷地の隣に一旦停めさせてもらう事にした。表通りから交差する小道に入ってしまえば、一般の車両に迷惑がかかる事もない。係留地横の路肩に停められたクルーのワゴンの後ろ側に、駐車させてもらった。

シュンは私に、赤いウインドブレーカーを貸してくれた。彼は今朝車を乗り換える時、この上着といつものパーカーを念のためにと持ち込んでいた。ひどい雨の中、車に積んであった1本のビニール傘に2人で入る。シュンは身長が高いので、私が濡れないように少し腰を屈めてくれている。


緑地の方へとゆっくり進んで行くと、激しい雨音の向こう側、ブーンという音がかすかに聞こえた気がした。

近くに飛行船がいる……?

「シュン、飛行船の音が聞こえる!」

「え、ホントに? でもどこにも飛んでないけど」

「気のせいかな、いつものエンジン音みたいなのが聞こえた気がするんだけど……意識し過ぎかなぁ」

トラックは既に敷地内に駐車されており、近くに1人、クルーの姿が見えた。橋立さんではないようだ。

「こんにちは。雨で大変ですね」

シュンが声をかけると、そのクルーさんはびっくりした表情を見せたけれど、すぐに笑顔になった。彼もシュンの事を知っている様子だ。

「こんにちは! いやー遠くまでありがとうございます」

「飛行船は大丈夫なんですか?」

「えぇ。今ね、上で待機してるんですよ。雲が厚くて低いから、あんまり見えないですけどね」

びしょ濡れのパーカーのフードの下で、彼は笑顔を見せた。私はその笑顔を見てちょっと安心した。大変な事態、というわけではないようなので。





挿絵(By みてみん)





風邪を引かれませんように! と言ってクルーさんは、マスト設営の方へと戻って行った。

「やっぱり春琉が聞いたのは飛行船の音だったんだね。でも、俺には雨の音しか聞こえん」

シュンはへへへっと笑う。

「雲に隠れて飛んでるんだね。でも、飛行船無事で良かった」

「うん。春琉、このまま着陸見る? 雨ひど……」

「もちろん! あ、シュンがよければ、だけど」

何か言おうとしたシュンの声に、ついかぶせるように答えてしまった。

「はははっ! そうだよね。そのために来たんだからな。雨ひどいから無理はしなくていいって言おうと思ったんだけどさ」

「せっかくここまで来たから、私は見たいかな……でも気遣ってくれてありがとう」

「俺ももちろん見たいよ! 着陸見たらすぐ車に戻ろうね」

その時、また遠くの方で微かにブーンと聞こえた気がした。音の方を見ると、船体の一部が灰色のシルエットのように一瞬だけ見えて、すぐに雲に隠れた。

「あそこに飛行船がいる! 今、チラッとだけ見えたよ」

連なる木々のすぐ上を指差す。かなり低い位置にいる、と思った。そこでさえ隠されてしまうほどの雲。SS号はずぶ濡れになって「早く下ろして」と言っているかのように見えた。何故だか胸が痛くなってしまう。

「すげぇな……雨の中の着陸はさすがに俺も初めて見るわ。こんな事もあるんだな」

シュンはクルー達の作業を不安そうな表情で見守っている。



マストがようやく立ち、クルーは水浸しの緑地の奥でV字整列を始める。

バタバタと傘に当たる雨音が激しく響く。これ以上前進したら、靴がびしょ濡れになってしまいそうだった。

「あ、いた!」

シュンが声を出す。飛行船が分厚い雲の中から姿を現した。グレーの空でライトを照らし、見え隠れしながらこちらへと近づいてくる。

一刻も早く下ろしてほしい、と言っているような気がした。おかしな話だと思うけれど、私は飛行船を見て泣きそうになってしまった。無事に早く下ろしてあげて……! それだけを心の中で強く願う。





挿絵(By みてみん)





ようやくゆっくりと緑地に向かって下りてくるSS号。クルー達も迎えに行くかのように見えたけれど、両者共急に動きを止めてしまった。飛行船は緑地のすぐ上で少しの間ホバリングしていたが、そのうちにエンジン音を響かせて再び上昇して行った。

「えっ、何で? 戻っちゃった」

思わず声を出してしまう。

「ゴーアラウンドって言うやつだな、俺も生では初めて見たよ」

「ご……?」

初めて聞いた言葉。

「何かしらの理由があって安全に着陸出来ないって判断したんだろうな。雨もひどいしね、きっと何か問題があったんだと思う」

「そんな! 下りられないの?」

「いや、着陸の仕切り直しをするんだよ。ちゃんと下りられるから大丈夫だよ」

私の不安を悟ってか、シュンは笑顔で頭を優しく撫でてくれた。


旋回した飛行船は再び緑地に向かって下降して来た。列の中央で吹き流しを掲げている人が合図の声をあげ、クルーは飛行船に向かいゆっくりと歩き出した。

今度は、上手くいきそう!

ずぶ濡れの飛行船を、ずぶ濡れのクルー達が受け止める。それを見た瞬間、じわっと涙が溢れてしまった。さすがにこれは絶対におかしいと思われる。私は葵さんのニヤニヤ顔を思い浮かべて気を逸らせ、涙が乾くのをじっと待った。きっと、すごい顔をしていたと思う。

シュンは雨の着陸を食い入るように見ていた。彼にとっても、これはかなりのレアな経験となったようだ。

いつもどおりの動きで、クルーは飛行船をマストに繋げた。ここまで見届ける事ができれば、もう安心だ。


紛れもなく、今までで一番不安な着陸シーンだった。

クルー達の作業を見守りながら、私は思わず深くため息をついた。

「本当に良かった、無事に下りてくれて」

「さすがに俺もちょっとドキドキしたよ。パイロットもクルーも大変だよなぁ、常に危険と隣り合わせなんだから」

話しているシュンの肩から背中にかけてが、雨でびしょ濡れになっている事に気がついた。

「シュン、濡れてる! 風邪引いちゃうよ。車に戻ろう」

「おぉ、着陸に集中してたら結構濡れちゃったな」

橋立さんにも声をかけたかったけれど、私達は一旦車に戻る事にした。





スカイスポーツ公園の駐車場まで移動し、車を停めた。もう夏が来るというのに、ヒーターをガンガンにつける。

「ふぇっくしょいー! あー、しゃっこいな」

シュンは後部座席に座り、濡れてしまったパーカーとTシャツを脱いでくしゃみをした。しゃっこいというのは、北海道弁で冷たいと言う意味だ。

「シュン、ごめんね。私が着陸見るって言ったから……風邪引かないでね」

「全然大丈夫だよ! 俺も見たかったんだもん、着陸」

ちょっとだけ鼻を垂らしながら、シュンはニッコリと微笑む。

「私が濡れないように気遣ってくれてたから、シュンが濡れちゃったんでしょ。ホントごめん」

「謝らないで。春琉に風邪引かれる事の方が俺は悲しいから……ふ……ふぇっくしょーい!」

ドアを少し開けて、びしょ濡れの洋服達を絞っている。

こんな時に不謹慎かもしれないけれど、露わになっている上半身を見て、シュンはやっぱり逞しいなぁ……と思ってしまう。彼は学生時代にバスケットボールをやっていたらしい。今は特にスポーツはしていないようだが、筋トレだけは趣味として続けているそうだ。





挿絵(By みてみん)





「絞るとだいぶマシだけど、まだ冷たいな……へ……へっっっくしょいー!」

くしゃみを連発していて、私はさすがに不安になってしまう。

「シュン、私Tシャツ買ってあげる。今ならコンビニとかにでも売ってるよね」

シュンは何か言おうとしたけれど、遮った。

「ここは私に買わせて。お願い」

「よし、わかった! じゃあTシャツは買ってもらおう。そのかわり、条件がある!」

シュンはニヤリと笑いながら、ビシッと言い放った。


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