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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第3章〜2017年・札幌編①〜
21/46

溢れる思い

「お帰り〜はるちゃん」

月曜日。葵さんがおちゃらけた声で私を迎えてくれた。

「ただいま」

「土曜はありがとねぇ。めっちゃ楽しかった」

相変わらずしゃべりながら売上金を数えている。脳が器用過ぎる。

「私もだよ。葵さんがいてくれてすごく楽しかった!」

「あははぁ、そう? そう言われると嬉しいね。今日さ、飛行船飛んでるの見たよ」

「えぇっ!!」

大きな声を出してしまい、事務作業中の他の販売員さん達の視線が一気に私に突き刺さった。ご、ごめんなさい……と囁いて手を合わせる。

「私今日のルート西区だったんだけどさ。運転してたから写真は撮ってないけど、西部公園の上ら辺を飛んでたよ」

「え〜いいなぁ、私仕事中に見れた事全然ないから、羨ましい」

西部公園と言えば、去年私も飛行船鑑賞をした公園だ。あの場所でもシュンとニアミスしていた事を、後になってから知った。

「一度間近で見てると、何だか飛んでる飛行船の見方も変わってくるね。あれってあの目の前で見たやつなんだよなぁ、って、なんか不思議でさ」

「すごくわかる! 目の前で見たあの大きなのが空の上にいる、って……不思議だよね」

葵さんと飛行船の話が出来る日が来るなんて。私は嬉しくて、ニヤけながら売上金計算の準備をする。

電卓を使うためにスマホを取り出すと、シュンからメッセージが入っていた。開いてみると、そこには飛行船が街の上空を飛ぶ写真。奥の方に、西部公園の丘が見えている。

『休憩の時、窓の外見たら飛んでたよ!』

という一文が添えられている。そういえば、シュンの職場は西区だったはずだ。

「シュンも見てたんだ……いいなぁ」

何? と言う葵さんにスマホを見せる。そう、これこれ! と画面を指差している。

「シュン君って西区で働いてんの? なら今度飛び込み行ってみようかな~」

葵さんはシュンの事を、シュン君と呼ぶようになっていた。土曜の飛行船鑑賞ですっかり打ち解けていた。

「こないだ、飛行船見れた事ももちろん嬉しかったんだけどさ。私はシュン君に会えた事がめっちゃ嬉しくてね!」

そう言って表情を輝かせる。

「これが春琉の彼氏か~って。爽やかイケメンなのは知ってたけど、めっちゃ礼儀正しい人だよね。紳士的と言うか」

「うん……私もかっこいいなぁって思った」

言ってしまってから気づく、いつものパターン。葵さんはヒーッと叫んでニヤつく。

「そうそう、春琉の事、ギュッてしてたっしょ! ギュッて!」

その話はあの日、帰りの車の中でも何度もしていた。

「それ思い出さなくても……」

「しゅうちゃんにヤキモチやいてたんでしょ!? かわいいよねぇ〜もう」

秀司君の事は、しゅうちゃんと呼ぶようになっていた。ちなみに秀司君は葵さんの事を、姉さんと呼んでいた。初対面でもそんなに仲良くなれるなんて。さすがは2人の性格だなぁ、と思う。

「かわいいよねぇ〜もうっ!」

山上係長が後ろから突然現れた。葵さんの物真似をしている……。こっそり入って来たのか、全く気づかなかった。

「係長! シュン君、大胆だったよねぇ?! 春琉をギュッてしてさ」

葵さんは私をギュッとして再現する。

「お〜シュン君ね!実物カッコよかったよなぁ」

係長は缶コーヒーをテーブルに置きながら、私の隣に座った。

「あん時、何やってたの?」

ニヤニヤしながら、私の顔を覗き込んでくる。

「私が、秀司君と仲良く話してたから……」

「しゅーちゃんにヤキモチやいてたのよ。もぅ〜春琉、愛されちゃってるよねぇ〜」

葵さんは今度は何故か自分をギュッとしている。

「ははっ、そうだったのか。シュン君は相当藤森さんの事を大事にしてるようだったな。誠実だし礼儀正しいしイケメンだし、最高の彼氏じゃないか」

缶コーヒーをプシュッと開けながら、係長が微笑んだ。

「シュン君の方が絶対春琉の事好きだよね、春琉がシュン君を好きな気持ちよりも」

「あぁ、上回ってるな、彼の気持ちの方が」

葵さんと係長は目を見合わせて頷いている。

「そ……そう見える?」

「そうにしか見えない。しゅうちゃんも言ってたし、春琉の事めっっっちゃ大好きなの全身からダダ漏れてた」

「……どんな顔したらいいの、もう」

久々に私は両手で顔を隠してテーブルに突っ伏した。出た、その反応! と葵さんの声が聞こえる。

「いいね〜春琉。ホント、良かったね! シュン君の事大事にしなよ。って私に言われなくてもするか」

「はい……大事にします」

顔を上げ、歪んだ視界のまま答える。おでこに前髪がベッタリと貼り付いているのを感じた。





挿絵(By みてみん)








入金と発注書の提出を済ませてから、私は岩水海岸公園へと向かった。今日、葵さんもシュンも飛行船を見ていたんだから、私も見たい……と思った。

去年も平日の夜に仕事終わりで係留地へ行った事も何度かあったが、今年は何気に初だ。先週は、浜風町への車中泊ドライブで土日も休んでおらず、さすがに疲れが出てしまったので大人しくしていた。



19時半を回ろうとしているが、夏至が近く、空はまだ明るい。マストにくっついて、穏やかに揺れるSS号。他に見学者はいないようだった。

敷地を入ると、ゴンドラの所に当番らしいクルーが立っているのが見える。それは、橋立さんだった。今日はちょうど夜勤のようだ。トラックの隣で見学していると、私の姿に気がついてくれたようだった。

「春琉さん! こんばんは」

「こんばんは、お邪魔しています」

彼は一旦トラックの中へと向かい、すぐに戻って来てくれた。何やら大きなものを持っている。

もしよかったらお使い下さい、と彼はキャンプなんかで使うような椅子を持って来てくれた。さすがはおもてなしのプロ。これはクルーさんがいつも使っているやつだ。お礼を言って、座らせてもらう。

「お仕事帰りですか?」

「はい。どうしても飛行船を見たくなっちゃって」

「お疲れの所どうもありがとうございます。シュンさんも来られるのですか?」

「いえ、今日は特に約束してるわけでもないので」

橋立さんと2人きりになるのは初めてだ。その事を意識すると、何だか少しだけ緊張してしまう。

私のそばで彼も椅子に座って、一緒に飛行船を眺めた。ちょっと不思議な感覚だ。私も、クルーになったみたい……。

「土曜日はありがとうございました。お友達さんもいらっしゃって」

「あっ、こちらこそです。うちの上司もすごく喜んでました」

「上司さんとは、仲が良いのですね」

「はい。上司って言っても本当に友達みたいで、姉みたいな人なので……」

そうなんですね、と言って橋立さんは穏やかに微笑む。


「春琉さん、改めて、シュンさんとのご交際おめでとうございます」

そんな事を言われて、一気に照れくさくなってしまう。

「あ……ありがとうございます。私もまさか、こんな事になるなんて去年は思ってもいなく」

照れをごまかすのに頬を摩ったり、鼻を擦ったりする。何かをしていないと落ち着かない。

「僕はクルーをもう10年ちょっとやっていますけど、飛行船がきっかけで出会って交際を始めた人を見たのは初なんですよ。だから、とっても嬉しくて」

満面の笑み。心の底から祝福してくれているという事が伝わる。

「そうなんですか。でも、そうですよね、なかなかそんな人はいなさそうですね」

「交際の申し込みは、シュンさんから?」

「あっ……は、はい、彼から」

「そうですか。いや、立ち入った事をすみません。ちょっとだけ興味があったもので」

橋立さんも頭を摩りながら笑う。何だか、こんな橋立さんの姿は新鮮な感じがした。

「とてもお優しい方ですもんね。僕は4年も前からシュンさんの事を知っていますので……お人柄も、これでもよく知っているつもりです」

お客相手である以上丁寧な言葉を使ってはいるけれど、やっぱりシュンのお兄さんみたいだなぁ、と思う。

「……シュンって、本当に優しいですよね」

照れくさいけれど、彼をよく知るお兄さんみたいな人になら、こんな事を言ってみてもいいのかな……と思った。

「去年黒汐町で知り合った時も、見ず知らずの私をご飯に連れて行ってくれて、あれも優しさだったんだなぁって今は思います」

「えぇ、そうでしたね」

「私、恋愛なんて、ほぼした事がないに等しかったんです」

こんな話、橋立さんにしたってきっと迷惑だよ……と思いながらも、何故だか言わずにいられない。

「色んな事が初めてで……でも、シュンはいつでも私にペースを合わせてくれて、私の事を第一に考えてくれていて。なんであんなに優しいんだろう、シュン以上に優しい人なんてこの世にいないんじゃないかな、って思ったりするんです」

溢れ出す思いが、次々と口から出て来てしまう。橋立さんは笑みを絶やす事なく、静かに聞いてくれていた。

「春琉さんも、シュンさんの事がとてもお好きなのですね」

「……大好きです、すごく。優しくて、誠実で、常に人の事を思っていて……今彼は作業療法士をやっていて、人のためにって、誰かの力になりたいって、考え方とかもひとつひとつがすごく立派なんです。そんな人が、何でこんな私なんかと付き合ってくれてるのかなぁって……」

勝手にどんどん溢れてしまう。橋立さんは穏やかな笑顔で、大きく頷いてくれる。

「去年の夏、黒汐町に行って本当に本当に良かったと思っています。もし行ってなかったら、シュンと出会えてなかったらって考えたら、怖くて」

話しながら、SS号に目を向ける。今日一日のフライトの疲れを癒すかのように、ふわふわと風に身を任せている。私達を出会わせてくれた、大切なSS号。

「春琉さんの思いがとても強く伝わってきました。シュンさんが春琉さんとお付き合いされている理由、僕にはよくわかりますよ。お2人は黒汐町でのあの日、出会うべくして出会ったのだと思います」

橋立さんの言葉に、私は照れくさくて嬉しくて、えへへと笑いながら下を向いた。相変わらず、気持ち悪い反応だなぁと自分に対して思いながら。





挿絵(By みてみん)





「お2人のご交際の事を知って、僕はますますこの仕事に誇りを持ちましたよ。飛行船が引き寄せる出会いもあると僕自身も初めて知って、これからもずっと日本の空に飛行船を飛ばし続けて行きたいなと思いました」

橋立さんの言葉は、私にとってこの上なく嬉しいものだった。泣きそうになってしまうほど。

「ずっとずっと、飛ばし続けて下さい! いつまでも追いかけ続けます、シュンと一緒に」

「それはとても嬉しいですね」

「橋立さん、私達を出会わせてくれて本当にありがとうございます。飛行船とクルーの皆さんにとても感謝しています」

私は椅子から立ち上がって、頭を下げていた。そこまでしなくても……と自分でも思いながら、どうしてもそうせずにはいられない気持ちの方が強くて。

「いえいえ! とんでもないですよ。僕やクルー達の方が温かい気持ちにさせてもらっていますから……こちらこそ、とても素敵なご報告をありがとうございます」

逆にお礼を言われ、私は何故か泣きそうになってしまう。

「春琉さん、これからもずっとよろしくお願いしますね」

「はい……こちらこそです」

橋立さんと、飛行船と、それぞれとの未来への繋がりを約束するかのような嬉しい言葉。思わず涙が滲んでしまって、俯いた。彼との会話も、一文字一文字の隅々にまで幸せを感じる。

元々緩い涙腺がここ最近は特に緩過ぎて、ちょっとした事で涙が出てしまうので大変だ。


ひとつ仕事をやっつけてくるので一旦失礼しますね、と言って、橋立さんはトラックの方へと歩いて行った。私の様子に気づいてか、そうではないのかは、わからないけれど。

私はそっと涙を拭う。優しく揺れる飛行船の向こう側で、ゆっくりと夜が始まりかけていた。



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