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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第3章〜2017年・札幌編①〜
19/46

大切な人達

お腹空いた! と秀司君が言ったので、係留地から車で10分もかからない岩水の市街地に一旦移動して、ファミレスで昼休憩を取った。風がおさまるのを待っている間にお昼になってしまった。

午後過ぎに再び係留地へと戻ると、ちょうどクルーのワゴンが到着した所だったようだ。スカイブルーのパーカーを着た人達が、続々と係留地へ入って行く。

「葵さん、もしかしたら飛べるかもしれないよ!」

「うぉーなんかいっぱい来てるねぇ」

私と葵さんは車を降り、向かいの敷地へと急いだ。別で移動していたシュンと秀司君も、車を降りて来る。


確かに、まだ少しだけ風はあるけれど午前中よりも穏やかになっている。クルー達は飛行船を取り囲んで作業をし始める。離陸の準備をするようだ。

「あれっ!? 係長?」

葵さんが突然叫んだ。10メートルくらい先の所に山上係長が立っていた。息子さんと奥さんも一緒にいる。

「おぉ、やっぱりいたか!」

係長は笑顔でこちらに近づいてきた。私は嬉しくて、お疲れ様です! と明るく挨拶をする。また、来てくれたんだ。

「土曜に行くって話してたから、いるかなぁと思ってたよ」

「係長も早速有言実行だね~」

「あぁ、息子がエラく気に入ってるからね」

私と葵さんは、少し離れた所に立つ奥さんに笑顔で会釈をした。相変わらず係長の奥さんは、すらりとしていてとっても美人だ。爽やかに会釈を返してくれる。一体どこで知り合ったんだろう、なんて考えてしまう。

「あ、そうだ係長! 春琉の彼氏いるんだよ、ほら」

「えっ! どこどこ?」

係長は機敏な反応で葵さんの目線を追った。41歳のおじさんなのに、何だか女子高生みたい……。

私達より少しだけ後から来たシュンと秀司君は、ちょっと離れた所に立っている。

「おぉ~! あの写真の彼だね。実物はもっとイケメンじゃないか」

「そっ、そうですかね……」

照れる私の隣で、係長は目を輝かせている。

シュンは不思議そうな表情をこちらに向けている。突然私が知らないおじさんと話し始めたので、疑問に思ったのだろう。私はシュンの所に行き、あの男性も上司なのだという事を伝えた。

シュンはすぐに、山上係長の所へと向かった。

「初めまして。藤森春琉さんとお付き合いさせて頂いています、道下俊哉と申します」

先ほどのようにシュンは丁寧に自己紹介をし、深々と頭を下げている。

「おぉ~、シュン君! 藤森さんからお話聞いているよ。僕はラビット係長の山上と言います。お会い出来て嬉しいですよ」

私の上司達に、礼儀正しく誠実な挨拶をしてくれるシュン。態度が真面目でかっこよくて、少し離れた所から見ていた私はついニヤニヤしてしまった。





挿絵(By みてみん)




「シュンってめっちゃ誠実だよね。純粋なんだよね、心が」

私の後ろで、秀司君が微笑みながら言う。

「うん。すごくかっこいいよね」

褒め言葉として、共感を求めるような意図でそう口にしたのだけれど、その言い方は秀司君のテンションを上げてしまったらしい。ヒィ~! と甲高い声を出している。やっぱり、葵さんみたい……。

「春琉ちゃん、シュンの事よろしくね」

秀司君は急に、表情を引き締めてそう言った。

「俺3年間学校でずっと一緒だったけど、今は離れちゃったからさ。あぁ見えてちょっと頼りない所もあったりするんだよ。めちゃくちゃ優しい奴だから、大事にしてやって」

いつになく大人っぽい微笑み。彼もまた、シュンを温かく見守る兄弟のようだなと思った。

「うん! 絶対、シュンの事ずっと大事にするよ。私に任せてね」

笑顔を返すと、秀司君はいつもの表情に戻った。

「あいつね、マジで、めっっっちゃ春琉ちゃんの事大好きだよ。俺にいつも熱弁してくるの」

「そ、そうなの……?」

「うん。でも俺、それがすごく嬉しいんだ。春琉ちゃんと付き合い始めてからあいつ、いつも幸せそう。親友が幸せそうな顔してるのって嬉しいよね」

そう話す秀司君が、今まさに幸せそうな表情をしている。

「俺もシュンの事大好きなんだ。すっげー優しいからね。だからさ、一緒に大事にしてやろうね」

「うん。すごく嬉しい! 秀司君がそんなふうに言ってくれるの」

私達は微笑み合う。なんて温かい人なんだろう。今の彼は、普段のおちゃらけたイメージとは全く違っていた。私の大好きな人を、大好きと言ってくれる人の事は、私も大好きだ。

私とシュンは、温かい人達に囲まれている。私達の幸せの半分は、間違いなくこの人達のお陰。そう実感した。


シュンは挨拶が終わったのか、ずんずんとこちらに近づいてきた。そして突然、私を大きな体ですっぽり包むようにグッと抱く。帽子の庇の先が彼の胸に当たり、ポロリと脱げ落ちた。

「秀司、やらんぞ」

シュンはニヤニヤと秀司君を見る。

「ははは! 心配するな。春琉ちゃんの好きな人は俺じゃないから」

秀司君は帽子を拾って、私の頭に後ろ向きにかぶせてくれた。

「でも羨ましかっただろ、俺と春琉ちゃんが仲良くしてるの」

「あぁ、羨ましかった!」

2人は笑い合う。温かくて逞しい胸、ふわりと漂うシュンの匂い。目の前でかちゃかちゃと揺れるネックレス。溢れる幸せに全身を包まれながら、私も笑った。

シュンの体で視界が遮られているけれど、葵さんが怪獣の叫びみたいな声を出しているのが聞こえていた。





挿絵(By みてみん)






それから少ししたのち、飛行船はマストから外され、大空に向かって飛び上がって行った。

離陸を初めて見た葵さんと係長一家は、歓声をあげていた。息子さんは大はしゃぎで、ジャンプしながら手を振っている。

今日という日のこの係留地での時間は、私の中でとても特別なものになった。今周りにいる人達は、全員が私の大切な人だから。葵さんがいて、係長もいて、秀司君もいて、そして隣にシュンがいて。どこを見ても、大好きな人しかいない。こんなふうに飛行船を見る日が来るとは思わなかった。

持て余すくらいの幸せに、私は思わず隣にいるシュンの腕をギュッと掴んでいた。一瞬、ピクッとしたのがわかる。シュンは特に何も言わずに、私を見て嬉しそうに微笑んでいた。


いつもより少し遅めのフライトを開始した、飛行船SS号。

その後ろ姿を、私達は手を振って見送った。





挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しみに読ませていただいています! 春琉ちゃんが、明るく、みなに支えられながら、囲まれながら、幸せな様子がこちらもうれしくなりますね。二人の様子は文章からすごく想像できるので、ついに…
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