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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第3章〜2017年・札幌編①〜
18/46

賑やかなひと時

土曜日の午前、誰もいないラビットの駐車場。私は車を降りて、空を見上げる。

天気は良いけれど、風が少し強い。この感じでは飛行船は飛べなさそうだなと思った。


少しすると、駐車場に黒のコンパクトカーが入って来た。葵さんの車だ。私は手を振った。

「おはよー! 春琉、帽子かぶってる!」

車を降りて来た葵さんは真っ先にそう言った。

「あ、そういえば見せるのは初めてだっけ」

シュンから帽子をプレゼントされた事は話していたけれど、仕事の時にかぶる事はないので、葵さんが見るのは初だ。

「めっちゃめんこいしょー! 似合う。シュンさんセンスいいねぇ」

「あはは、そうかな。嬉しい」

「あー! 指輪してる」

葵さんは私の右手を掴んで、薬指をじっと見る。

「すごい、よく気づいたね」

「これがクリスマスにもらったってやつ?」

「うん……」

ふおおー! と、謎の叫び声をあげている。ペアリングも普段仕事につけてくる事はないので、これも見せるのは初めてだった。


今日は車1台で岩水の係留地まで行く予定だ。葵さんは、私の車の助手席に乗り込んだ。

「お邪魔しまーす。春琉の車乗るの久々」

「そうだね。あぁ、なんかすごく楽しみだな、葵さんと飛行船見に行くの」

完全オフモードの葵さんは、所長の看板を下ろして単純に1人の女性だ。と言っても、雰囲気は普段とあまり変わらないのだけれど。服装も特別すごくおしゃれというわけでもなく、販売員の仕事をしている時のようにラフだけれど、どこかカッコいい。私にとって葵さんは、すごく距離の近い大人の女性という感じ。

新人時代の育成担当だった事が仲良くなったきっかけだけれど、私の育成担当に葵さんを指名したのは、山上係長らしい。係長にも感謝だ。




「おぉーいた! でっかい!」

突如道の先に現れた飛行船の姿に、葵さんが声をあげる。ラビットを出発して1時間もしない頃、私達は岩水海岸公園に到着した。

風が強く、SS号はマストにしがみついて揺れている。週末だからか、見学客が何組か来ているようだ。


駐車場から向かいの敷地へと歩いている時に、そういえば、と葵さんが言った。

「今更だけど、今日土曜日なのにごめんね。シュンさんと会う予定じゃなかった?」

「全然大丈夫。シュンには、葵さんと係留地行く事話してあるし、むしろすごく喜んでたよ」

「へ? 何で?」

私の答えに、ポカンと不思議そうな顔をしている。

「葵さんが、飛行船見たいって言ってくれたから。興味持ってくれる人が1人でも増えて嬉しいって。ゆっくり見せてあげてねって」

「へぇ、そっかぁ。シュンさんも筋金入りの飛行船好きだって言ってたもんね」

葵さんは楽しそうに笑った。



Smile Skyと書かれたトラックを珍しそうに眺める葵さんと一緒に、敷地へと入る。風に揺れる飛行船を取り囲む見学客達は、少し離れた所から眺めたり写真を撮ったりしている。

「近くで見るとすごい大きいね! これが幸運の船か~。ありがたや」

葵さんは何故か両手を合わせて拝んでいる。その姿があまりにもおかしくて、私は吹き出してしまった。

「春琉さん、こんにちは!」

と、聞き慣れた優しい声がした。トラックの陰から橋立さんが歩いて来た。

「あ、橋立さん! こんにちは」

嬉しい事に、今日のこの時間の当番は橋立さんだったようだ。葵さんはちょっとびっくりした顔をしている。

「春琉すごいね、スタッフさんの事も知ってるの」

「橋立さんだけだけどね。いつもとっても良くしてくれて……」

橋立さんは、葵さんにも笑顔を向けて挨拶をする。

「今日はお友達とご一緒ですか」

「友達というか、職場の上司なんです。って言っても友達みたいな感じなんですけど」

何だかややこしい事を言っているな、と自分で思う。

少しお待ち下さいね、と言って橋立さんはトラックの方へと歩いて行った。

「成長、やばいじゃん。あのあんたが、飛行船のスタッフさんとも仲良くしてるとは」

「あははは……橋立さんがすごく優しい人だからだよ。私と、って言うより、そもそもシュンととっても仲が良いんだよね」

橋立さんはすぐに戻ってきた。手に何か持っている。

「よろしかったら、こちらをどうぞ」

握られていたのは、ビニールに入ったスカイ君のぬいぐるみだ。係留地に来た人だけがもらえる、レアなグッズ。橋立さんはそれを葵さんに差し出す。

「おぉーかわいい、スカイ君だ! これ、もらっても?」

「はい。ここに来て下さった方にお渡ししています」

「へぇっ。ありがとうございますっ! 春琉、こんなのもらっちゃった!」

スカイ君を私に見せてくる葵さんは、無邪気な少女みたいな顔をしていた。何だかすごくかわいいなぁと思ってしまう。普段そんなふうに思う事なんてないのだけれど(失礼だけど)。

「やったね葵さん。それ、飛行船を見に来た人だけがもらえるんだよ」

「レアもの!? おぉ、早速ラッキーが!」

いつもとても頼りになってかっこいい葵さんが、小さなぬいぐるみひとつにキャッキャとはしゃぐ姿がかわいい。私まで笑顔になる。橋立さんも微笑みながら葵さんを見ている。





挿絵(By みてみん)




「春琉さん、今日はシュンさんはいらっしゃるのですか?」

「今日は特にその辺は話してないんですけど、彼の事だから、来るような気がします」

「ははは、確かにそうですね。では、僕はちょっとひとつ仕事を終わらせてきますので、一旦失礼しますね。ごゆっくりどうぞ!」

私と葵さんに会釈をして、橋立さんは風に揺られる飛行船の方へと歩いて行った。

「は……し、だてさん? だっけ? めっちゃ丁寧な人だね」

葵さんは、ビニールからガサガサとスカイ君を取り出しながら言う。

「うん。本当に丁寧で、優しくて、とってもいい人なんだ」

「いい人オーラ出まくりだったよ。おぉ、めんこいっしょ!」

ストラップ部分を持ち、ブラブラとぶら下がるスカイ君を嬉しそうに眺めている。

「で、シュンさんも来るんだって?」

「特に約束とかはしてないんだけど、多分シュンの事だから来るような気がする。時間とかはわからないけどね」

「えぇーそしたら会えるかもしれないんだ! ちょっと、来るまで待ってようよ」

あまり考えていなかったけれど、シュンと葵さんが顔を合わせるかもしれない事に気がついた。少し恥ずかしいな、と思う。でも、それ以上に嬉しい。私の大切な人達がお互いを知り合うというのは、ちょっと特別な出来事だ。





挿絵(By みてみん)




他の見学客に混じって、近づいて良いギリギリのラインまで前に出て飛行船を見た。葵さんは初めて間近で見る飛行船の迫力にはしゃいでいた。スマホで写真を撮ったり、移動して違う角度から見てみたり。飛行船は、どんな大人も童心に返らせてしまう。

浜風町から岩水への移動フライトの日以降、私は飛んでいる飛行船を見る事はまだ出来ていない。私はパンの移動販売で札幌市内のルートを2つ担当しているけれど、タイミングが悪いようで仕事中に見かける事がない。去年もそうだった。

自分が見たいというのもあるけれど、せっかく葵さんが来てくれたのだから、飛んでいる所を見てもらいたかったなぁと思う。SNSでは今の所、フライト中止のアナウンスはされていない。この後飛べる可能性もあるのだろうか。後で橋立さんに確認してみよう、と思った、その時。

「春琉」

と、後ろから声がした。振り返ると、シュンと秀司君が立っていた。

「シュン!」

嬉しくて、思わず名前を呼ぶ。隣に葵さんがいる事をほんの一瞬忘れて、次の瞬間に思い出す。

「春琉ちゃん、久しぶり!」

「秀司君も一緒だったんだ、久しぶり!」

シュンの隣で、片手を上げて明るい声を出す秀司君。彼とは、コーヒーショップで初めて会った後にもう一度だけ会っている。2月、シュンの就職が決まった少し後に、彼も就職が決まった。その時に3人でまた、コーヒーでお祝いの乾杯をした。

葵さんに紹介しようと隣を見ると、いつの間にかいなくなっている。彼女は風に舞い上がる飛行船を船尾側から見上げてスマホを構えていた。あんな所まで行っていたなんて。でも、飛行船に相当興味を持ってくれているようで、嬉しい。

「今日って、結局春琉1人なの?」

シュンが不思議そうな顔をする。

「あ、いや、なんか今、向こうの方に行っちゃってるみたいで……あ、葵さぁ〜ん」

私が呼ぶと、葵さんはこっちを見てハッとしたようだった。すごく嬉しそうな顔をして走って来る。


「葵さん、シュンが来てくれたよ。あと、シュンの親友の秀司君」

「こんにちは! 妻木秀司と言いますっ!」

私が2人を紹介すると、シュンより先に秀司君が元気に挨拶をした。

「おいおい秀司、ここは流れ的に俺最初じゃない?」

「へっへ。先行取ってやったぜ! 男はスピード勝負だ」

「なんだよそりゃ」

シュンと秀司君のやりとりを見て、葵さんはおかしそうに笑った。お笑いコンビ? と私に囁く。

「葵さん、初めまして。道下俊哉(みちしたしゅんや)と申します。藤森春琉さんとお付き合いをさせて頂いています」

深々とお辞儀をすると、ネックレスがかちゃっと軽快な音を立てた。シュンは以前から葵さんが私の上司だと知っているからか、とても丁寧に挨拶をした。誠実で紳士的な彼の態度に、ちょっとときめいてしまう。

「どうも! 石黒葵と言います。一応春琉の上司、かな、形上は。シュンさんのお話は日頃から聞いていましたよ、この子から」

葵さんは私の肩に手を置いた。

「僕も、葵さんの事は春琉さんからお聞きしています。とても仲が良くて、優しくてかっこいい人なんだと」

「春琉がそんな事を? いやぁ、嬉しいね〜ありがと春琉ちゃん」

葵さんはそのまま私をギュッとした。何だか照れくさい。

「シュンさんの事もいっぱい聞いてますよ。この子ね、シュンさんの事を話す時、めっちゃ嬉しそうでかわいいんですよ。大好きなんだなぁ〜って」

「あ、葵さん……!」

そんな事を言われたらさすがに恥ずかしくて、私は俯いて帽子の下に隠れた。この帽子はとっても役に立っている、と思う。

「それを言ったら、なぁ」

秀司君がニヤニヤしながらシュンを肘でつついている。

「シュンだって、春琉ちゃんの事を話す時いっつもデレデレしてますよ。めっちゃ好き好き言ってるもん」

「ちょっ、秀司、そんな事言うなよ」

「そうなの? いやも~2人共大好き同士なんだねぇ~」

葵さんはニタニタだ。初対面の男性に対しても既に葵節が炸裂しているなぁ、と思う。私は顔を上げられず、シュンも頭を掻きながら俯いているけれど表情はデレッとしている。





挿絵(By みてみん)




「シュンさん、こんにちは」

と、橋立さんがやって来た。

「あ、橋立さん。こんにちは」

「こんにちはっ!」

相変わらず秀司君は元気に挨拶をしている。

「どうも、お久しぶりです。シュンさんも春琉さんも、今日はお友達さんとご一緒なんですね」

橋立さんは秀司君の事も知っている様子だ。秀司君も係留地に何度か一緒に行った事があると、以前にシュンから聞いた事がある。

「えぇ、たまにはこんな賑やかな感じもいいですね。そういえばSNS更新されませんけど、今日ってこの後飛べそうなんですか?」

私が思っていた事を、シュンが聞いてくれた。

「一応この後、風がおさまる予報にはなっているんです。どうなるかわかりませんが、とりあえず粘ってみますよ」

「マジですか。じゃあ飛べるかもしれないんですね」

嬉しそうなシュンの隣で、私も密かに歓喜する。

「葵さん、飛行船飛べるといいね。葵さんにも離陸を見てもらいたいなぁ」

「見れるんだったら見てみたいな私も。今日はもう飛ばないんだろうなって思ってたわ」



その後はいつもの定位置で、4人で飛行船を眺めた。メンバーが新鮮過ぎて、私はそれだけで何だかワクワクしてしまった。

葵さんと秀司君の声が賑やかに響く。似たような所がある2人は、あっという間に打ち解けてしまった。自分の身近な人と、シュンの親友が仲良くなるという事は、私にとっても嬉しい出来事だ。

葵さんの思いつきで、みんなで飛行船をバックに写真を撮った。私とシュンのツーショットも撮ってくれた。そしてその流れで、何故か葵さんと秀司君も恋人みたいなツーショットを撮って2人で大爆笑していた。最後には橋立さんまで巻き込んで、みんなで写真を撮った。

わちゃわちゃと賑やかな声が響く中で、私は胸にじんわりと広がる幸せを噛み締めていた。自分にとって大切な人達がここに揃っていて、目の前には大好きな飛行船がいて、みんなが笑顔でいるという事。

こんなに幸せでいいのかな。

この時間に私は感謝する。大好きな人達に囲まれて、嬉しくて、笑顔が止まらない。





挿絵(By みてみん)




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