土曜日の約束
週明けの詰め所は、今でも相変わらず賑やかだ。シュンと付き合い出してからと言うもの、週末の出来事を葵さんは必ず私に聞いてくるので。そしてそれは、私にとってもありがたい。シュンとの時間の嬉しかった事、楽しかった事を、気軽に話せる相手なんて葵さんくらいしかいないから。
「浜風町まで車中泊デートぉっ!?」
「本当は日帰りの予定だったんだけどね……シュンが」
「泊まってこうって? うっはぁっ」
葵さんは仰け反って変な声を出す。
「金曜の夜シュンさんの誕生会だって言ってたから、その話だと思ってたら……まさか車中泊ドライブしてたとは! やるね〜!」
さすが所長と言うべきか、葵さんは私との話に集中しつつも手はしっかりと売上金の計算をしている。話しながらお札の数を数えているけれど、ごちゃごちゃにならないんだろうか。
「それでね、飛行船がまた北海道に来たんだよ! 浜風町には飛行船を見るために行ったんだ」
「おぉ、飛行船来たの!? よかったじゃん!」
近々飛行船がまたこちらにやって来るという話は、少し前から葵さんにはしていた。
「もう岩水に来てるんだよ。明日以降また札幌で飛んでるの見られるかも」
「そっかぁ、今年もまたそんな時期が来たのかぁ」
しゃべりながら、数えたお札の枚数と金額を入金表にボールペンで書き込んでいる。器用過ぎる……。
「1年早いね。って、春琉にはそうでもないか?」
「ううん、あっという間だった。去年見送った時は先が長いなぁって思ってたけど」
「ふふっ。1年前の春琉、飛行船いなくなる前めっちゃ落ち込んでたもんね。この世の終わりみたいな顔してさ」
去年の事を思い出して、私は少し笑った。何も心配いらないよと、あの時の自分に言いに行きたい。この1年、あまりにもあっという間だったから。
それは間違いなく、シュンのお陰。
「みんな、お疲れ〜」
これも相変わらずのお決まりで、山上係長がのんきな声を出しながら詰め所に入って来た。事務作業をしていた販売員さん達が、お疲れ様です! と挨拶を返す。
「葵ちゃん、藤森さん、お疲れ様。なんか面白い話あるかい」
係長は、毎週月曜日は決まって真っ先に私達のところにやって来る。面白い話、と言うのは、私の週末の出来事についてだ。こう言う話が好きなんて、係長も若いよなぁと思う。
「春琉、この土日はシュンさんと浜風町に行って来たんだってさ」
まずは私ではなくて、葵さんが答える。
「へぇー浜風町かぁ。良い所だよねぇ。でも、何でまた? 函館じゃなくて?」
そこから先は、私が答えるのが定番の流れ。
「飛行船を見に行って来たんです。青森から飛んで来たので」
「おぉ〜飛行船! 今年も来たのかぁ」
係長は、飛行船というワードに嬉しそうに反応してくれた。
「今はもう岩水に停まってますけど、その前は一旦浜風町に一泊滞在するんです。ちょうど土日だったから、お迎えに行って来ちゃいました」
「そういう事かぁ。今年も早速追っかけてるな。いいね、彼氏と飛行船デート」
彼氏と飛行船デート。そんなふうに言われると、さすがに照れてしまう。
葵さんは私と係長が話している間に、さっき記入した金額とお札の枚数の確認をしていた。所長はチェックも入念。間違いはないようだった。
「そういえば、シュンさん誕生日プレゼント喜んでた?」
「あっ、すっごく喜んでた! 葵さん、ありがとうね!」
実はシュンにプレゼントしたブラシノキのペンダントトップは、葵さんが紹介してくれたお店で作ってもらった。葵さんも以前に、彼氏さんにオーダーメイドでネックレスをプレゼントした事があるらしい。男性に誕生日プレゼントなんて贈った事のない私は、葵さんに相談していたのだ。
「なんもだよ。喜んでくれて良かったねぇ」
「めっっっっっちゃ嬉しいーっ! て、言ってた! オーダーメイドにびっくりしてたよ。誕生花まで調べてくれて嬉しい、って。私の手をギュッてしてすごく喜んでくれて」
葵さんは、私の顔をニヤニヤしながら見つめていた。
「ふふふ、シュンさんの事話してる時の春琉、めっちゃかわいーね。大好きなんだなぁ」
「え……」
つい事細かに状況を話してしまった。恥ずかし過ぎて、それ以上反応出来なくなってしまう。ちら、と反対側に目を向けると、係長も頬杖をついてニヤニヤとこちらを見ていた。
「も〜なんで2人してニヤニヤして、もぅ……」
「あはははー! ごめんごめん! 茶化すつもりじゃなくて。こんな春琉、1年前は想像も出来なかったからね、嬉しくてさお姉さんは」
葵さんは泣き真似をして涙を拭うフリをする。
「それにしてもさぁ、あの春琉をこんなに積極的にして、彼氏までゲットさせちゃうんだから、飛行船ってのはスゴイ存在だよね」
その言葉を聞いて、私はシュンが話していた事をふと思い出した。
「そういえばシュンから聞いたけど、飛行船って、見た人に幸運をもたらす船って言われてるんだって」
「そうなの? まさにじゃん」
「前に葵さんも、見たらラッキーになれるって言ってたでしょ。あれ本当だったんだなぁって」
缶コーヒーを飲みながらニヤニヤ顔で私達の話を聞いていた係長が、あ、と声を出した。
「そういえばうちの息子も去年飛行船見た後、自由研究コンクールで最優秀賞もらってたなぁ。あと、四郎のサインボールとユニフォーム当たってたよ、抽選で1名様のやつ」
「えぇっすごい!」
四郎という人物は、札幌を拠点とするプロ野球チームの人気選手だ。北海道の子供達の憧れの存在である事は、野球を見ない私でも知っている。
「へぇ〜やっぱスゴイじゃん、飛行船。そんだけ色んなとこに幸運もたらしちゃってる船なら、私もちょっと見てみたいかも」
「えっ、ホント!?」
葵さんの言葉に、私は食いついた。
「係長だって見に行った事あるんでしょ。私だけ行った事ないしさぁ」
「じゃあっ、一緒に行こうよ葵さん! 連れてってあげる」
「ホント? じゃあ近々ホントに連れてってよ」
「週末に行こうよ、土曜日」
葵さんは大の仲良しだけれど、今まで特に飛行船鑑賞に誘ったりした事はない。誘えば来てくれたのかもしれないけれど、私のちょっと変わった趣味に付き合わせるという気にもならず。でも葵さんが自分からそんなふうに思ってくれているなら、是非見てもらいたい。
「俺もまた行こうかなぁ〜、息子と奥さんと。いい事ありそうだしな」
「はい、是非! またご家族にも見せてあげて下さい」
のんきな声で言う係長に、私は生き生きと答えた。
身近な人達が、飛行船を見に行こうと思ってくれる事がとても嬉しい。
ちょうど1年前、私は自分の趣味が特殊である事に引け目を感じて、葵さんや係長とこういう会話をする事にも心のどこかでいつも躊躇していた。
あの時の自分も懐かしい。堂々としてはいられないくせに、興味に突き動かされ黙っている事も出来なかった自分。今では幾分か、そんな自分に自信を持っていられるようになったと思う。