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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第2章~2017年・浜風町編~
14/46

浜風町の朝

防波堤に座って、潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。

海なんてどこも同じだと思っていたけれど、ここの潮風は、私の地元とは少し違った香りがすると思った。限りなく似ているけれど、やっぱりどこか少しだけ違う。土地にはきっとそれぞれの匂いがあるのかもしれない。

ずらりと伸びるテトラポッド。その先に建つ、小さな白い灯台。もうすっかり明るくなっている空から、太陽が海面を照らす。キラキラと輝く穏やかな波。

海の町育ちの私は、今見えている全ての景色に懐かしさを感じる。両親と一緒に、浜辺でヒトデを見つけてはしゃいだなぁ、と子供の頃の記憶が蘇る。釣りにも何度も連れて行ってもらった。すぐそこに海があるのが、当たり前だった。





挿絵(By みてみん)





スマホのお天気アプリによれば、今日の浜風町は快晴。風速1メートル。これなら、飛行船は札幌に向かって移動フライトが出来るだろう。

アプリ画面の上部には、5:52と時刻が表示されている。

私が出てくる時、シュンはまだ車の中で寝ていた。念の為車を出る前に、書き置きのようにスマホにメッセージを送っておいた。『ちょっと海辺の方を散歩してきます』と。

私はこう言う時、どうしても早く目が覚めてしまう。普段と違う環境と気持ちの高揚で、絶対にそんな事はないはずなのに短時間の睡眠で満足してしまうのだ。まるで遠足の前日の子供みたいだなぁ、といつも思う。


昨日は閉門ギリギリまで飛行船を見た後、海沿いにある浜風町の道の駅の車中泊スペースに車を停めた。寝床をセッティングし、ダラダラと会話をしているうちに、2人共睡魔に勝てずにそのまま寝落ちしてしまった。

私が目覚めたのは早朝4時半頃。びっくりするくらい体はスッキリとしていた。二度寝も出来そうになかったので、軽く身支度を整えてから散歩に出て来た。もう、子供というよりもむしろおばあちゃんみたいだなぁ、と思う。

道の駅の向かい側は小さな広場のようになっていて、灯台を模した展望台や、船の模型が置かれている。そして、目の前はすぐ海。防波堤が横長に、どこまでも続いている。早朝散歩にはぴったりだ。しばらくブラブラと歩いた後に、こうして腰を下ろして海を眺めている。



浜風町は噴火湾という所に面しており、海を挟んで遠くの対岸には室蘭などの町が見える。連なる山並みの影の中、綺麗に突き出した一際大きな山が、羊蹄山(ようていざん)蝦夷富士(えぞふじ)という別名がある。羊蹄山は札幌のすぐ隣に位置する峠からもよく見える。普段自分が住む町から身近な所にある景色が、片道5時間の遠く離れたこの場所からでも見えると言うのはとても不思議だ。

遥か向こうに見えるそれらの陸地は、まるで遠くに浮かぶ大きな島のようだ。けれど実際には、今自分が腰を下ろしているこの地面と繋がっている。私は昨日、あの山々の向こうにある町から来たのだ。今日この後、再び山を越えてあちら側まで帰るというのが、何となく信じられない。それは気の遠くなるような長旅になるのでは、と思ってしまう。

私の生まれ育ったこの北海道は、私が思っているよりも遥かに大きい。私も、飛行船も、この世界ではとてもとても小さな存在なのだ。



そんな事を考えていた時、右頬に急に冷たいものが一瞬触れた。びっくりして横を見たら、シュンが缶コーヒーを2つ持って立っていた。

「おはよう!」

爽やかな笑顔が、朝日に照らされている。

「わぁ、シュンおはよう。あはは、びっくりしたぁ」

一瞬にして胸の中に広がる嬉しさ。彼の顔を見るだけで、何故こんなにも嬉しくなってしまうのか。

「随分早起きなんだなぁ。メッセージ、ギリギリ4時台だったじゃん」

シュンは私の隣に座って、缶コーヒーを渡してくれた。お礼を言って受け取る。缶には“微糖”の文字。彼は私の好みをちゃんと知っている。

「どうしても早く起きちゃうんだよね。ワクワクしちゃって。子供みたいでしょ」

「いや、よくわかるよ。俺もそうだもん。と言ってもさっきまで寝てたけどさ」

笑いながら、シュンは自分の缶コーヒーのプルタブを開ける。私も、いただきます、と言って缶コーヒーを開け一口飲んだ。カラカラになっていた喉が潤う。目覚めてから、水分すら摂っていなかった事に気づいた。

「早朝海デート、いいね」

シュンが缶コーヒーを飲みながら嬉しそうに言う。

「ふふっ、なんか特別な感じがするよね」

「岩水も海があるけど、いつも係留地の方ばかりしか行かないからね」

「うん。私も岩水には正直あまり海のイメージがないかも。クリスマスの時に初めて見たもん」

話していると、ピシャッ、と目の前の海面で何かが跳ねた。おそらく魚だろうけれど、子供の頃はこういう事が起こるとすごいものを見た気持ちになって、興奮していたっけ。

優しい朝の光に照らされて、のんびりとした時間が流れて行く。穏やかな波の音、真っ青な空、他愛ないシュンとの会話。それだけで私にはもう贅沢過ぎる。





挿絵(By みてみん)




「今日って、何時くらいに飛行船飛ぶんだろう」

「あ、そういえば昨日聞いてくるの忘れちゃったな。少し早めに行動しておくかぁ」

移動フライト――飛行船がその場所での宣伝飛行を終えて次の町へと移動する日の離陸時間は、普段と違って少し早めだ。今日は道南から道央への移動。約230キロほどの距離がある。トラックやワゴンでクルー達が移動する陸路の所要時間は約5時間と考えると、出発はそれなりに早そうな気がする。

私はふと、空腹感を覚えた。4時半から起きていて、今は6時過ぎ。口にしたのは今シュンがくれた缶コーヒーだけだ。

「そういえば、お腹空いたなぁ……朝から歩き回ってたから」

「よっしゃ。コンビニ行って朝ご飯買ってこよ! んで、ちょい早めに係留地行っておくか」

シュンは立ち上がり、一度グッと伸びをして、防波堤から勢い良く飛び降りた。




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