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飛行船と、私達の物語  作者: 清松
第2章~2017年・浜風町編~
11/46

1年ぶりのSS号

浜風町に入ったのは、正午直前の事だった。


途中、道の駅で一度休憩をした。長距離運転で固まったシュンの肩をマッサージしてあげてから(すごくデレデレしていた)、私がとっておいたしっとりメープルを半分こした。甘いもの好きの彼は、これが一番ハマったかも! と言って、ご機嫌な笑みを浮かべていた。



浜風町は、太平洋に面した小さな町だ。函館の隣になるらしい。カントリーサインを通り過ぎると、すぐに道の左手側に海が見えた。

「海、久しぶりに見たなぁ。地元を思い出す」

「春琉は苫小牧って言ってたよね」

私の出身地は苫小牧という所で、浜風町と同じく太平洋に面した港町だ。札幌から車で約1時間半ほどの距離で、私は田舎だと思っていたけれど北海道では実は4番目に人口が多いらしい。子供の頃から浜辺にはよく遊びに行っていたし、通っていた高校の教室の窓からも、海が見えていた。

「俺も子供の頃は網走にいたからね。海は懐かしいよ」

「そうだよね。2人共海の町育ちなのも同じだね」

「そういえば、どっちも海の町か」

互いの出身地は知っていたけれど、そこまで気にしてはいなかった。一緒に過ごしていく中で、時折見つける共通点が嬉しい。同じだからと言ってどうという事はないのだけれど、知り合う前から彼と似たような景色を見ていたというだけでも、私にはとても嬉しい事だ。


「飛行船、もうこっちに着いてるのかな」

「俺が前にここに着た時も確か昼過ぎとかだったけど、普通に飛んでたよ。もしかしたらもう、どこかにいるかもね」

シュンの言葉にワクワクが止まらない。

「ただ移動フライトの日って、係留地の態勢が整うまで色んな町を飛行するからなぁ。今、浜風町を飛んでいるとも限らないんだよな」

「そうなんだ」

「まぁそのうちどっかで絶対見えてくると思うよ。ゆったりドライブでもしてよう」

前回は飛行船が海沿いをひたすら飛んでいて、それを追いかけるようにして海岸線ドライブをしたとシュンは言う。想像するだけでもワクワクする。





挿絵(By みてみん)





シュンは適当に車を走らせ、見知らぬ町のドライブを楽しませてくれる。

浜風町は、海の隣の小さな田舎町といった印象だ。田舎と言っても、もちろん褒め言葉。木造の古い小屋のような建物があちこちにあり、民家もあまり新しそうには見えない。そこら中に積み上げられているオレンジ色の浮き、ズラリと干してある昆布、昔ながらの商店に、釣り竿をかついで歩く親子……。

私の地元とは少し違った感じの、海の町。苫小牧は、決して都会ではないけれどもこういった風情は感じない。工業が盛んで、港には日々、製紙関連やら重油やら、金属やらを運搬する大きな船が出入りしている。

こういうのもいいなぁ、と、浜風町の人々の暮らしを見て思う。目に入る景色はどれも味わいがあり、心が癒される。この町では、のんびりとゆっくりと時間が流れている。



ゆるやかに続く大きなカーブを抜けた先で、私とシュンは同時に、あー! と大声をあげた。

左手側に広がる海の上を、飛行船が飛んでいるのが見えた。陸からは少し離れているが、船体に書かれた文字もちゃんと読める。SS号を飛ばす携帯電話会社「Smile Sky」のロゴ。

「いたあああああ」

「うわぁ、嬉しい!」

一気にテンションが上がり、2人で思いっきりはしゃいだ。

SS号に、1年ぶりに会えた。私達に大きな大きな思い出をくれた、私達を繋いでくれた、懐かしいSS号。ぷっくりとした白い楕円形の空飛ぶ船は、真っ青な空で太陽光を浴びて艶々と輝いている。

「すごいね、本当に海の上を飛んでる!」

「今年も飛行船と一緒に海岸線ドライブが出来そうだな」

飛行船は私達と同じ進行方向に船首を向けて飛んでいる。少し距離があるけれど、まるで追いかけっこをしているかのようだ。ついさっきシュンから聞いてワクワクと想像していた事が、すぐに現実となった。





挿絵(By みてみん)





青い空と海、そして白い飛行船。

海岸線を走っていると、空を見上げている人をたくさん見かけた。歩道に立ち、飛行船を指差してはしゃぐ親子。道路脇の駐車スペースに車を停め、窓を開けて眺めている女性。バイクを停めて、スマホで写真を撮る男性。海沿いの民家から出てきたおじいさんが、空を指差しながら家の中に向かって何かを言っている。飛行船が飛んでるよ! 見においで! と、今にも声が聞こえてきそうだった。

浜風町の人達は、町全体で飛行船を歓迎している。少し大袈裟なのかもしれないけれど、私はそんな印象を抱いた。

「なんか、そこらじゅうでみんなが飛行船を見上げててすごく嬉しい」

私は素直な感想を口にしていた。

「俺も、初めて来た時に同じ事を思ったよ。浜風町の人達って、札幌の人達と飛行船に対する反応が全然違うなって思うよ」

シュンはとても嬉しそうな微笑みを浮かべる。

「札幌の人達を批判するわけでは全くないけどさ。全員ってわけじゃないけど、都会って俯いて歩いている人が多いし、飛行船が飛んでいるのを知っててもわざわざ見上げない人も多いよなぁって思ってた。俺はそれが何となく少しだけ寂しいなって思ってたんだ」

「そうなの? 私は街中で見た機会自体がほとんどなくて、よくわからないけど……都会の人って、飛行船にあまり興味ないのかな」

「あくまで俺の勝手な意見ね。浜風町は、飛行船を見つけると大人も子供もみんなはしゃいでる。俺はそれがすごく嬉しくて。札幌と違って飛行船が飛んでるのが当たり前じゃないから、貴重なんだろうな」

私はちょうど1年前から飛行船を追いかけ始めた新米ファンだ。地元から札幌に出てきて7年になるが、春夏の風物詩と言われているらしい飛行船の存在を、昨年の今頃に初めて知った。

「……私も、多分ずっと俯きながら生活していたと思う。だって、札幌を飛行船が飛んでるなんて去年まで知らなかったもん」

「ははは、そうか。でも知れたって事は、空を見上げたって事だよね?」

「うん。仕事の合間に、ふっと」

「その時、見上げてくれてありがとう。それがなかったら俺達多分出会ってないから」

不意打ちでありがとうなんて言われて、心臓がギュッと掴まれたような感覚になる。確かにあの時、もしも空を見上げていなかったら、飛行船を追いかける私のささやかな冒険も始まっていなかっただろう。ワクワクに胸が躍った日々も、シュンとの出会いも、そして今も。あの瞬間に全てが始まったのだ。

そう思うと、あの時ふと何気なく上を向いただけの自分の単純な行動に、私自身も感謝したくなる。



飛行船は時折海上から姿を消し、内陸側へと向かう事もあった。そのたびに一度は見失ってしまい、しばらくどこへ行ったかわからなくなる。けれど、シュンは必ず飛行船を見つけてくれる。ベテランの勘なのだろうか。シュンが車を向ける先で、飛行船は様々な景色をバックに待っていていくれた。

町の端にある歪な形をした山。その隣に広がる、大きな湖。国道がまっすぐに伸びる先の、開けた空。歴史を感じる古い駅。広大なゴルフ場。

SS号には、北海道の自然が良く似合うと思う。


とある民家の前で手を振っていた親子に、飛行船は目の前の空でくるりとターンをして見せていた。その様子を見て、私は1年前に札幌の西部公園に行った時の事を思い出した。丘の上で手を振る子供達の真上まで飛んできて、周囲をぐるりと飛んで応えてくれていたSS号。

パイロットからは、地上にいる人達の様子がよく見えていると言う。だから、手を振るとリアクションを返してくれるそうだ。空と陸でコミュニケーションが取れるなんて全く考えもしていなかった1年前の私には、これはとても衝撃的で、それ以上に感動的な事実だった。





挿絵(By みてみん)



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