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誕生日

ガヤガヤと賑やかな話し声、食器やグラスのかちゃかちゃ鳴る騒々しい音に、肉やら魚やらの焼ける匂い。そして、お酒の匂い。

私達が今いるのは、いわゆる大衆居酒屋という所。誕生日のお祝い、どこに行きたいかと聞いたらここがいいと言うので、そうした。

今日は5月19日。彼の、26歳の誕生日。


「仕事の後の1杯ってだけでも最高なのに、今年の誕生日はすごく嬉しいよ」

既に乾杯のビールを4分の3ほど一気に飲み干し、目尻を下げて幸せそうに笑っている。最初のひと口を飲んだ時のこの人の、緩んだ表情が私はとっても好きだ。

「シュン、これ」

私はカバンから、リボンの巻かれた赤い小さな箱を取り出した。

「誕生日プレゼント。開けてみて」

「えっ、ホントに。ありがとう!」

シュンは箱を受け取り、ゆっくりとリボンをほどいて蓋を開ける。そこに入っていたのは、ブラシのように線状になった赤い花を模した、小さなペンダントトップ。そして、細くて黒いシックな革紐。

「これは……?」

シュンはちょっと、キョトンとしている。

「この赤いのは、『ブラシノキ』っていう、5月19日の誕生花なんだ」

「ぶらしのき? たんじょうか?」

「『か』っていうのは、花ね。そのブラシノキのペンダントトップをね、作ってもらったんだ、オーダーメイドで」

話しながら照れくさくなってしまい、私は頬を掻いた。

「おっ、オーダーメイドで!? すごいね」

「あと、その革紐……これでね、オリジナルのネックレスを作るの。自分で作れるようにわざと別々にしてもらったんだ」

私にやらせてもらっても良い? とシュンに確認し、了承を得る。私は彼の持つ箱からそれらを取り出し、ブラシノキのペンダントトップに革紐を通した。

「あと、シュン、お母さんの写真持ってる?」

「え? うん、持ってるけど」

「ちょっと貸してもらってもいい?」

シュンはキョトンとしたまま、彼の亡くなったお母さんの写真が入った小さなキーホルダーを、カバンからはずして手渡してくれた。お母さんが好きだったという赤い色をした、ケース型のキーホルダー。金具の部分に、黒い革紐を通す。ブラシノキの赤い花と、写真入りキーホルダーが隣り合わせにくっついたネックレスが完成した。

「お母さんのキーホルダー、クリスマスの時にスカイ君と一緒に落っことしてたから……ずっと何か良い方法はないかなぁって考えてたんだ。これなら落とさずに、ずっと一緒にいられるでしょ」

私は体を伸ばして、向かいの席のシュンの首にネックレスをかけてあげた。

「この世にひとつだけしかない、特別なネックレス」

言いながら私はやっぱり恥ずかしくなってしまって、もし嫌だったらもちろんはずしててくれてもいいからね、と早口で付け加えた。

シュンはそんな私の事を、黙って見つめている。

春琉(はる)……俺、めっ」

と言ってシュンはしばらく黙った。今度は、私の方がキョトンとしてしまう。め? 一体、何をしているんだろう。

「…………っっっっっちゃ嬉しいよ! ありがとう!!」

彼は両手を伸ばし、私の両手をがっしりと掴んだ。ゆるゆるに緩んだ表情、満面の笑み。ひと口目で一気に飲んだお酒も回ってか、すでに頬も少し赤くなっている。

「あはは、よかったぁ、喜んでもらえて。ちょっとドキドキした……」

「俺のためにそんな事を考えてくれてたって事が嬉しい! わざわざ誕生花ってのも調べて、オーダーメイドまで……マジで嬉しいよ」

私は、去年の10月の事を思い出していた。あの時と同じくらい、彼は幸せそうな顔をしている。

この笑顔が見られるなら、私にはもう何もいらない。そう思うくらい、私も今、とても幸せだ。





挿絵(By みてみん)






3月に専門学校を卒業したシュンは、4月から札幌市内の高齢者施設(デイケアという、通いでリハビリを行う事の出来る施設)で作業療法士として働き始めた。手作りパンの移動販売員として働く私と同じで、彼も土日が休み。誕生日の今日は、ちょうど金曜日なので、お互いの仕事が終わってからこのお店に来た。

ささやかな誕生会。ビールや庶民的なおつまみが大好きだという彼は、お祝い会場に迷わず居酒屋を選んだ。実は私もビールが大好きだ。チビで童顔で、いまだに中学生に見間違われてしまう事もある私が、ビール好きだと初めて知った時のシュンの表情は忘れられない。これでも一応、シュンよりひとつ年上、早生まれだから学年はふたつも上なんだけれども。



お互いに2杯目のビールを飲んでいた頃、シュンが言った。

「ねぇ春琉、もしよかったら明日、浜風町(はまかぜちょう)に行ってみない?」

「えっ?」

浜風町というのは、函館の隣町だ。私は行った事はない。

「飛行船、もう青森まで来てるだろ。もしかしたら、明日移動フライトしてくるかもしれない。一緒に出迎えに行こうよ」

浜風町は、年間を通して日本を縦断している“飛行船SS号”が、青森から北海道に渡ってくる時に一時滞在する小さな町。SNSで発信されている公式の情報によれば、現在SS号は青森での宣伝フライトを終えて、北海道への移動のチャンスを待っている状態らしい。強風や雨の影響で、もう3日ほど足止めされている。

「浜風町行きたい! 明日、飛行船来れるかなぁ」

「どうだろうね。もし明日も移動フライト中止になっちゃったら、俺達はそのまま観光やらドライブやらすればいいさ」

「うわぁ、楽しそう! すごい楽しみ」

彼の突然の提案に、私は歓喜した。もしかしたら明日1年ぶりに飛行船が見られるかもしれないと考えたら、急にワクワクして来た。長期で滞在するわけでもなく、ほんの一瞬留まるだけの浜風町に飛行船をお迎えに行くなんて事は、私には思いつきもしない話だった。

「そうと決まったら、あんまり飲みすぎるわけにはいかないな」

「ふふっ、そうだね」

私とシュンは笑い合った。彼の胸元で、ブラシノキとお母さんのキーホルダーが揺れてちゃらちゃらと鳴る。小さいけれど軽快なその音を聞くと、またじわりと幸せな気持ちが広がった。





私とシュンが出会ったのは、去年の7月。

お互いに飛行船が大好きで、SS号を追いかけていて、十勝地方にある黒汐町(くろしおちょう)という海沿いの小さな町へ行った日に彼と知り合った。

黒汐町は日本で唯一、飛行船の耐空検査(たいくうけんさ)を実施出来る施設がある町だ。耐空検査と言うのは、航空機が年に一度行わなければならない法定点検。車で言うと、車検に当たる。

飛行船を追いかけて初めて黒汐町へ出向いたその日、係留地で私はシュンから「ご飯を食べに行きませんか」と誘われた。と言っても、決してナンパをされたわけではない。

当時の私は、係留地に辿り着く前に道に迷ってしまい、空腹でフラフラになっていた。単独で初めての遠方の町へ出向き、右も左もわからない中で物凄くお腹を空かせていた私を、放っておけないと彼は思ってくれたらしい。そこから交流が始まった。今思い返すと、彼の優しい人柄がわかる最初の出来事だったと感じる。


飛行船ファン初心者だった私は、ベテランである彼の話を聞く事がとても楽しかった。彼も私と同じく札幌市民だったので、飛行船が札幌に移動してからも毎日のように一緒に鑑賞し、色々な話をした。

自分と同じくらいのレベルで飛行船が大好きな人と知り合う事が出来て、私は心から嬉しく思った。とてもマニアックな趣味であり、そんな人は自分以外にはいないと思っていたから。彼との出会いは、私にとっては本当に運命的なものに感じていた。


そんな中で、私は父を、彼は母を亡くしている事を互いに知った。それぞれ、亡くした人に飛行船に纏わる思い出があった事も。

私達は幼少期に、それぞれの親と“大きくなったら一緒に飛行船を見に行こう”という約束を交わし、それを叶えられずにいた。それは単なる偶然の一致なのだけれど、今の私には、どうしても偶然の事には思えない。

飛行船が北海道を去った7月末、私とシュンも一度はお別れをした。2人が一緒にいる理由であったものが、いなくなってしまったから。


それから1か月ほど経った頃に、彼から届いたメッセージ。

『はるさんと、飛行船の話がしたいです』

嬉しかった。飛び上がりたいくらい嬉しかった。そのメッセージを見たのは職場だったので、実際に飛び上がりはしなかったのだけれど。



そこから、私達の日々が再び始まった。



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