第六章 対峙する皇。勇から怯へ。〜強大な力に……〜
プロローグ
「はぁ……この世界は眩しすぎる……」
真っ暗な部屋に横たわる人物がいた。
「命があると、その命が輝く……」
その人物は、声からして男性である事が分かる。
「我々に対抗する組織か……面倒くさいな……はぁ……」
男性は深いため息をつき──、
「全生命に死を……」
そう呟き、そのまま眠りに就いてしまった。
この男性は、一体何者なのだろうか……。
侍蔵が戦闘に復帰した翌日。
「ぐあ〜よく寝た〜!」
「すっきりしました〜」
劉備と弁慶が、外に出て声を上げた。
「すっかり元気ですね」
「はい。撫子様のおかげです」
「だな。それに、元から何もされてなかったかの如く元気なのもすげぇよな」
「そこが少し不思議な所ではあるんですよね」
「「?」」
「と、言いますと?」
侍蔵が運転席から降り、訊いてくる。
「お二人の傷は確かに致命傷ではなかったですが、それなりに深いもので、多少なりとも傷跡が残ったり、最悪の場合はほんの少しの後遺症を負う可能性もあったんです。ですが──」
「それがないと」
「はい」
四人は俯き考え込んでしまった。それだけ、二人の傷には不可解な所が多かったのだ。
しかし、いくら考えても答えは出ないので、この話題はなかった事にして、次の話題に移った。
「そういえば、ただ撫子様が仰った通りに進んで来ましたが、この神奈川に魔聴皇はいるのですよね?」
「えぇ。いますよ」
「しかし、その気配は一行にないように思えるのですが……」
「確かにな〜。変な集団がいたから、ここにいてもおかしくはないだろうけど、にしては静か過ぎるもんな〜」
侍蔵と弁慶がそう言うと──、
「いえ、います。いるんです。いるはずなんです、いなきゃ、おかしいんです……!」
「な、撫子様……?」
歯を食いしばり、下を向きブツブツと呟く様子のおかしい撫子に、三人は心配そうな視線を向けた。
くいくい。
「はっ!? 『なんでもないですよ。次に行く所を話し合っていただけです』」
撫子は、雅に服の袖を引っ張られ我に返り、慌てて手話で説明する。それは偽りの説明だが、心配をかける訳にはいかない為、善意の嘘だった。
「撫子様、申し訳ございませんでした」
侍蔵が頭を下げる。
「え、えっと……」
「貴女様に忠誠を誓っておきながら、貴女様の真意を疑ってしまいました。誠に申し訳ございません」
「い、いえ! そんな! あ、頭を上げてください!私は全然大丈夫ですから! それに、いくら移動しても魔聴皇に出会わないんです。疑問に思う気持ちはよく分かります。ですから、どうか頭を上げてください」
「はい……ありがとうございます」
侍蔵はそう言われて、渋々頭を上げる。が、その表情は晴れない。
「ま、とにかくこのまま進んでりゃいつかあたどり着くわけだろ? だったらいいんじゃね?」
弁慶がお気楽そうに言う。
「弁慶もさっき意見を言っていた気がするけど」
「…………さ、出発だ!」
「ごまかした。侍蔵さん、運転変わります」
「いや。運転はワシがする。お前は少し休め。ここまでずっと運転させっぱなしだったからな。晴風殿との交流をもっと深めておくとよい」
「分かりました。ではお願いします」
「うむ。心得た。では参ろう」
「っしゃ〜! 出発だ〜!」
弁慶が楽しそうに言うと──、
「この旅って本来、楽しい物じゃないんだけど」
と、突っ込む劉備だった。
☆ ☆ ☆
その日の一日は、移動だけで時間を費やした。
現在は夜。時刻は23:00を回っている。
「宮紫々さん、代わります」
「撫子様。早くないですか?」
「いえ。十分、ぐっすり眠りましたよ」
「そう、ですか? では、よろしくお願い致します」
そう言って撫子が外に、侍蔵が車の中に入って行った。
現在、皆がいる場所は荒れ果てた森の中。なんとか生命を維持している木々もいれば、命尽き、枯れ果ててしまっているものもいる。
目的地はもうまもなくと言う所で日が暮れ始めたので、この場所で野営する事になったのだ。
野営と言っても、車があるので睡眠時には快適……とまでは言えないだろうが、地面で寝るよりはまともな寝床がある。その為、普通の野営と比べると幾分か気は楽だった。
しかし、ここは森の中。何が襲ってくるか分からない。
聴力災害で、人間以外の生命も命を落としているが、稀に魔聴獣と同じ力に覚醒……? してしまった動植物達がいる。
それは、見境なく人を襲ってくるので、それを警戒しなくてはならない。それに、魔聴獣だってどこに潜んでいるのか分からないので、警戒を怠る訳にはいかない。
よって、こうしてかわりばんこで外を警戒しているのだ。外には焚き火を焚いており、寒さ対策などは万全だった。
最初に警戒を担当したのは劉備。その次に侍蔵。その次に撫子。と言った順番だ。ちなみに交代時間は三時間。 撫子もここから三時間したら、次の警戒担当である弁慶と交代になる。
「…………」
焚き火の薪をいじりながら、呆然とパチパチと跳ねる火の粉を見つめている撫子。
「はぁ……ここにいるんだよな、ウェザック……? お前は東京から神奈川に移った。その情報が誤りであったとは言わせないぞ」
撫子は今まで聞いた事のない口調でそう呟いた。
その表情は、撫子の物なのだが、撫子の物でないようにも思えた。
そこに──、
「? 『雅君。眠れないですか?』」
『はい……中々寝付けなくて……』
「『じゃあ、一緒にいましょう』」
頷く雅。
とことこと小走りで、撫子の元に行き、撫子が用意してくれた椅子に腰掛ける。
二人は特に会話を交わしたりしない。それは別に仲違いしたとか、そういう訳ではない。
撫子の場合。
(雅君といると、心が落ち着く……頭がリセットされるかのような)
と、雅の存在に癒やされていた。
一方、雅の場合。
(撫子さんの様子がおかしかったからつい様子を見に来ちゃったけど、隣に座るとやっぱり落ち着かない……! やっと話せるようにはなったけど、ここまで近くにいると、どうしてもあの日の胸の事を思い出しちゃう……)
と、年相応の男子の思考をしていた。
三十分程度、無言で過ごす二人。
雅がそろそろ何か話した方がいいかもしれないと思い、撫子の方を向こうとすると──、
「っ」
撫子が雅の肩に頭を乗せ、眠ってしまっていた。
(撫子さん、やっぱり無理してたんだ。ゆっくり眠ってください)
雅は撫子の顔を優しく見つめた後、弁慶が交代に来るまで、そのまま座り続けた。
☆ ☆ ☆
翌日。
森を抜けた一行。森を抜けた先に広がっていたのは──、
「なんだ、この空間は……」
「ほとんど何も見えない……」
車を停車させ、窓の外を眺める五人。
その五人の視界には何も映っていない。いや、実際には映ってはいるのだが ”暗闇過ぎて何も見えていない” のだ。
「こんな所で、どうやって探せってんだ?」
弁慶が言う。
「聴跡の力があれば大丈夫です」
「聴跡の力が?」
撫子の答えに、侍蔵が首を傾げる。
「はい。聴力を多めに使用し、聴跡を発動させれば、何も見えなくても移動は可能です。そして、気配を察知する事もできます」
「「「なるほど」」」
「では、聴跡を発動しましょう」
「「「はい」」」
四人はそう言って、聴跡を使用した。
『【聴跡を起こせ、周辺警戒】』
四人とも同じ力を使う。
【周辺警戒】。
それは、聴跡を持つ人なら誰でも使える【位技】。
今のような何も見えない状況で、周辺をまるで見ているかのように警戒できる技。
「でも、私達はいいんですが、雅君が心配なんですよね」
撫子が後ろを向くと、そこには恐怖に震えている雅がいた。
「どうして震えてるんですか?」
「耳が聴こえない人にとって、暗闇は天敵なんです。情報を得れるのは視界だけなので、真っ暗で何も見えないとどこからも情報が得れない。だから、今自分がどこにいて、何をしているのか、誰がどこに、何人、何が起きて、何をしなければいけないのか、それが全く分からないんです」
「それは、怖い、ですね……」
「あぁ……俺達は見えなくても耳から情報を得られるからな……それが両方となると、な……」
劉備と弁慶の二人が、いかに情報を得られない状況が怖いかを理解し、恐怖に顔を引き攣らせた。
撫子が雅に近づき、優しく抱きしめる。
『ごめんなさい……暗い所苦手で……』
「『大丈夫です。謝らないでください。私達がついていますから、安心してください』」
コクンと雅が頷く。
「それでは行きましょう」
「「「はい」」」
撫子は雅と手を繋ぎ、車を降りた。震えっぱなしの雅の手。撫子の手を握る力はどんどん強くなっていく。それだけ怖いのだ。
撫子はそんな雅の手を、絶対に離さないと言わんばかりに強く握り返す。
他の三人も車を降りる。
「本当だ。ほとんど何も見えないのに、まるで見えているかのように周囲の状況が分かる」
五人、警戒を強めながら歩き始めた。
☆ ☆ ☆
移動を開始した五人。
今の所、変わった事はなく、安全とまでは言えないが何事もなく順調に進んでいた。
「ここまで何もないと、逆に不気味ですね……」
「だな。魔聴獣の一体でもいるかと思ってたけど」
「敵の陣地に侵入している訳だからな……だが、油断はできんぞ。ここから深部だ。何が起こるか全く予想ができん」
四人は辺りをくまなく警戒しながら、歩みを進めている。撫子は雅の手を握り、時折、抱きしめている。
五人が移動してどのくらい時間が経っただろうか。その訪れは突然だった。
「ぐっ……!?」
「劉備さん!?」
突然、劉備が足を止めた。だがそれは、自らの意思ではなかった。
動きたくても動けない。まるで何か鎖のような物で体中を拘束され(目には見えないがそんな感じの感覚)、体の上に誰かが乗っているかのように重い。
「き、気をつ、けて……」
体の自由が利かない為、劉備は上手く喋れない。だが、なんとか伝えようと懸命に声を絞り出す。
「一体、何が……?」
そして、またもや──、
「うっ……!?」
「弁慶!?」
今度は弁慶が動けなくなってしまった。
「ん、だ……これ、は……!?」
弁慶も劉備同様、鎖のような物で体中を拘束され、体の上には誰かが乗っているかのように重い。
「おやおや。五人全員を狙ったはずなんだけど、手元が狂ったかな?」
「「っ!?」」
撫子達は先を進んでいた弁慶達を見ていた。が、後ろから突然声がしたのでそちらを振り向く。が、当然暗くて何も見えないので、そこに誰かいるのかすら分からない。
だが、二人はそこに驚いた訳ではない。
二人が驚いたのは──、
(【周辺警戒】が反応しなかった……!?)
(【周辺警戒】に感知されず、我々に近づいて来た、だと!?)
そう。四人は辺りに何かがいないかを警戒する【周辺警戒】を使用していた。
だが、先程声を発した人物は、その【周辺警戒】に悟られる事なく、五人に近づいて来たのだ。
「あなた達が何か力を使って、辺りを警戒しているのは知っていました。なのでこちらも ”存在の定義を無くして” 会いに来ました」
「存在の定義を無くす、だと!?」
侍蔵が驚愕し、声を上げる。
「えぇ。まぁ、あなた達にとっては非常に難しい話です。説明しても分からないでしょう。それに、あなた達はここで、死ぬ」
「「っ!?」」
謎の人物──声からして男性である──は、おちゃらけた雰囲気の声から一転、低い声を発した後、気配を消した。
声がしてから【周辺警戒】は、その人物の存在をしっかりと捉えていた。だが、再びその存在が消えてしまった。
「どういう事だ!? 先程まで認識していた存在が、まるでいなかったかのように消失した!?」
「これが、存在定義の無……」
侍蔵が驚いているのとは対照的に、撫子は感心したように俯きながら呟いていた。
と──、
「キャッ!?」「うわっ!?」
雅が二人を突き飛ばした。
その次の瞬間、カキンと言う金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
「ほう……私のこの攻撃を防ぐんですか……あなた、凄いですね」
雅が剣を出現させ、男性の手刀(鋼鉄でコーティングされている)を受け止めていた。
男性が雅に対し、感嘆の意を述べる。が、雅は聴こえないのでその言葉は届かない。
それを知らない男性は──、
「私の攻撃を受け止めておきながら無視とは……舐められているんですかね……?」
苛立った声を漏らし、手刀に込める力を強めた。
その際、カチカチと金属が擦れ、剣が震える音が発生する。雅も負けじと剣に込める力を強める。
「ふふ。力はそれなりにあるみたいだが、私には劣る。私の力の一部を見せてあげましょう」
そう言って男性は、左腕を高く上げた(暗闇なので誰にも見えていない)。
「LIGHTNING,strike now!」
そう呟いた瞬間──、
「っ!?」
「ほう……これも避けるんですか……」
雅がいた場所に、突如として雷が落ちてきた。
雅の反応が少しでも遅れ、後方へ退避していなければ、今頃感電し、黒焦げになり死に至っていただろう。
「雅、君……?」
撫子は【周辺警戒】で雅の位置を特定し、そちらを向く。見えはしないが、雅が剣を構え、恐怖に震えながらも敵と対峙している姿が、撫子には分かっていた。
「ふふ。震えてますね。怖いなら、無理に立ち向かわなくていい。ここで大人しく死ね」
男性が不敵な笑みを浮かべ言う。が、雅には届かない。
「二度目だ。二度、この私を無視するとは、ふざけるなよ……?」
ジリジリと、空気が震えていく。天候もおかしくなっていく。雨が降り、雪が降り、風が吹く。
そして、太陽が昇る。陽光が差し、暗闇が晴れていく。
それにより、男性の姿が明らかになる。
「「「っ!?」」」
男性は真っ黒なマントを羽織っており、黄色(金色っぽい)の縞々が体中に刻まれており、群青色の髪が特徴的で片目だけの眼鏡をかけている。
「私は魔聴皇の一人、天の皇ウェザック。貴様らを殺す者だ」
男性──ウェザックの姿が露わになった瞬間、三人は動けなくなった。それは劉備や弁慶のように拘束されて、と言う訳ではない。
ウェザックの威圧感、存在感、立っているだけで滲み出るオーラ。その全てが、三人を怯ませていた。
「ほう。どうやって魔聴獣の ”鼓膜破声を防いでいたのかと気になっていたが、その耳に付けている物で行っているのか。中々興味深い」
ウェザックは、雅の耳に付いている補助聴器。そして撫子達四人に付いている介助聴を見て、興味深そうに微笑んだ。その微笑みがまた、不気味で三人の背筋を凍らせた。
「貴様らはその機会を付けていても、お互いに会話していた。と言うことは互いの声は聴こえていると言う事だ。だが、今私と対峙しているこの少年は、聴こえているにも関わらず私の事を無視している」
ウェザックは雅を睨みつけ──、
「私は寛容だ。だが、二度も無視されては腹が立つ!貴様はここで確実に殺してくれる。この私がな!」
ウェザックがそう叫ぶと、大気が、空気が、空間が震えた。
「っ……」
雅の額に汗が滲む。喉が渇くのか唾を何度も飲み込む。剣を持つ手も、立つ足も、体全てが震える。
恐怖、畏怖。雅は目の前のウェザックに怯んでいた。
それでも、逃げ出さないだけ凄い。いや、もしかしたら恐怖で足が竦み、動けないのかもしれないが。
「違っ、その子はっ!」
撫子が叫ぶが時すでに遅し。
ウェザックが雅に向って技を放とうとしていた。
「HEAVY RAIN,it,s pouring down now!」
ウェザックが右手を突き上げ、そう言い放つと、空に暗雲が立ち込め、豪雨が降り注いだ。
「な、なんだ!? 突然雨が!?」
「しかも、視界が塞がれる程の豪雨……太陽は出ているのに、なぜこんなに……!?」
撫子と侍蔵は、突如として降り注いだ雨に驚いていた。しかも、太陽が昇っていて、明るく照らしているのにも関わらず、暗雲が出現し、そこから豪雨が降り注いでいるのだ。
「この攻撃は確かに、敵に向っての直接的な攻撃ではない。だが、それでも一歩も動かないとは……本当にあなたは!」
ウェザックは、全く微動だにしない雅に怒りを覚え、雅に肉薄していく。
「雅君!?」「晴風殿!?」
二人の声は雅には届かないが、雅は──、
「んんっ!」
その場で体を回転させ、ウェザックの突進を躱す。
そして、その回転を利用し、剣をウェザックに向って振るう。しかし、その攻撃は──、
「WIND,go wild now!」
ウェザックの放った暴風によって防がれてしまう。
「接近戦は私の分野ではないんですが、しょうがないです! SWORD,appear now!」
ウェザックは、真っ黒な短刀が二本連なった(柄の部分で連結している)武器を出現させた。
そして、その武器を巧みに操り──、
「っ!?」
雅の左腕に傷を付けた。
「雅君!?」
雨でずぶ濡れになりながらも撫子は、雅を心配する。撫子の右ふくらはぎからは少量の出血が生じていた。
「な、撫子様、血が……!?」
「私は平気です! 今は私より、雅君を助けないと!」
「そうしたいのは山々なんですが、足が動かず……情けない事この上ないですが、足が竦み、腰が抜けてしまっているようです……」
(どうしよう……劉備さんも弁慶さんも、あのウェザックって言う人の技で動けない……宮紫々さんも恐怖で動けない……私は足がこんなだし……ううん、それは単なる言い訳だ。私も、怖いんだ……あの人が……。でも、雅君だってもっと怖い、雅君の方が怖いに決まってる。あんな最前線で戦って、何を言ってるのかも分からない相手に突然殺意を向けられて、怖くないはずがない!)
撫子はゆっくり立ち上がり──、
(雅君が頑張ってるのに、私だけが怖がってる場合じゃ──)
「ない!」
撫子は両足で立った。だが、それに伴い右ふくらはぎからは多量の出血が(包帯を巻いているが、その包帯が一瞬で血に染まった)。
「ぐっ……!?」
相当の痛みが走ったのだろう。顔を顰める撫子。右足は痛みでガクガクと震えている。実際は立っていい状況の足ではなかった。
今にでも膝をついてしまいそうだが、撫子は踏ん張る。目の前で雅が頑張っているから。
「撫子様!?」
「私だって、負けない! 【聴跡を起こせ】ぐっ……!? うぅ……【アローズフェスティバル!】」
撫子は足の痛みに耐えながら【位技】を使用した。しかし、本来であれば撫子の周りに無数の剣が出現するはずが、十本程度しか出現しなかった。
「これが今の私の限界ですか……でも、今はこれでいい! いつけぇぇぇぇぇ!!」
撫子は右手をウェザックに向って振りかぶり、十本程度の剣をウェザックに放った。その十本程度の剣は全てウェザック一直線に向っていき──、
「フン!」
「あ……」
全てを弐短連剣(ウェザックが使用する武器の名前)で弾かれてしまった。
撫子は絶望の表情を浮かべたが、それも一瞬の事。すぐさま何かを企んだ子供のような笑みを浮かべ──、
「これでいい。あなたの注意を少しでも引けたのなら!」
「はっ!?」
ウェザックの背後に回っていた雅が、剣を振るう。
それは技を使用しているのだろう。剣の刃に金色に輝く光りが収束している。
「んんーーーーーーーーー!!」
「がっ!?」
雅の攻撃は、ウェザックの背中に直撃。ウェザックの背中に大きな傷を付けた。
雅はジャンプしていたので、地面に着地しようとした。が、雨のせいで地面が泥濘んでおり滑ってしまう。しかし、幸いにも滑った先に撫子がおり、撫子に抱きとめてもらえた。
「おっと」
(〜〜〜!? 撫子さんの胸が、それに雨で服が透けて、下着が〜〜〜〜!?)
こんな状況でもそんな事が考えられるだけ、雅は落ち着いていると言う事だろう。
撫子は雅が考えている事など知らず、子供を褒めるように頭と背中を撫で続けた。雅の顔を自身の胸に埋めたまま。
「よしよし。よく頑張ってくれました。ありがとうございます。本当に……!」
撫子の目には涙が浮かんでいる、ような気がした。だがそれは、大量に降り注ぐ雨のせいでよく分からなかった。
「おっと! 動けるぞ!」
「はぁ、はぁ……やっと解放されました! 三人共、ありがとうございます!」
ウェザックが倒れた事で、劉備と弁慶の拘束も解除された。
「魔聴皇の一人を撃破しました。これで残りは七人です」
「まだまだ、先は長いですね」
「えぇ。ですが、私達は大きな一歩を踏み出しました。これは、大きな前進です。この空間はこの皇が作り出した物のはず。なので──」
「皇が倒れた今、この空間は長くは保たない、ですな」
「はい。なので、すぐさま脱出しましょう」
「「「はい!」」」
三人が頷いたのを見て、雅はビシッと敬礼をした。
そして五人は車に乗り込み、この空間を脱出した。
エピローグ
雨が大量に降りしきる空間で。
「ふ……ふふ……ふふふ……ふははははははははは!」
男性の笑い声が響き渡る。その弾性とは──、
「この私に、一撃を打ち込むとは、面白い!」
ウェザックだった。
ウェザックは雅に背中を斬られ、命を落としたはず。だが、ウェザックは何事もなかったかのように立ち上がり、背中の傷も消えている。
「ぐふっ! ぐふ! ぐははははははは! ここまで俺を楽しませてくれたのは一億年前の ”あいつ” 以来だ。はぁ……あの真剣を持った子供、そして、俺の注意を引き付ける為に技を使った女……必ず殺してやる! 逃がしはしない!」
ウェザックは空に飛び上がり、雲と同化した。