第五章 復活の仲間。後から前へ。〜謎の組織と遭遇〜
プロローグ
「ふむ……ここまで来るのか」
マントを羽織った男性が、窓の外を見て退屈そうに呟いた。その後、面倒くさそうに椅子へと腰掛ける。
男性が見ていた窓の外には景色などなく、真っ黒な空間が広がっているだけだった。男性には一体何が見えていたのだろうか。
「正直、あまり関わりたくはないのだがな。だがまぁ、致し方あるまい。そちらが出向いてくると言うのなら、私の力の一端を見せてやろう」
男性は不敵な笑みを浮かべ──、
「盛大に相手をしてやろう。この天の皇・ウェザックがな」
この男性が待っているのは一体……?
車で移動中、雅は夢を見ていた。
(あれは……姉さん?)
雅の視線の先には、赤髪ロングの女性がいた。
「『雅、おいで〜!』」
(これ、夢だ……これは僕が小学校に慣れなくて一人落ち込んでる時に、姉さんが学校をサボって遊びに連れ出してくれた日の、夢だ……)
赤髪ロングの女性は、幼い雅の手を引き走り出す。
(なんで、こんな夢を……)
雅の意識はどんどんと覚醒して行って……。
「ん、んん……」
雅は目を覚ました。
辺りを見回す雅。
どうやら現在は夜で、車はどこかパーキングに停まっているらしい。
運転席では劉備が眠っており、助手席では弁慶が。雅の斜め前には侍蔵が。雅の隣には撫子が眠っている。
(僕、なんで……?)
雅は状況がよく飲み込めてなかった。
(僕は鮫の化け物と戦ってて、それでなんとか勝てて、それで……)
雅は先程までの出来事を思い出していた。
(そっか……僕、戦い終わった後、倒れちゃったんだった……)
雅は、鮫形魔聴獣との戦闘の後、気を失い倒れてしまった。そしてそのまま五時間もの間、目を覚まさなかった。
撫子は「雅君が全然目を覚ましませ〜ん!?」と慌てふためいていたが、侍蔵達がなんとかなだめ、寝かせる事に成功した。
撫子は無理をする癖があるので、全員で説得しないとならない。
(また撫子さんに心配と迷惑をかけちゃったな……)
雅は、撫子の寝顔を眺めながら反省していた。
(もっと、もっと強くならないと……!)
☆ ☆ ☆
雅が、鮫形の魔聴獣を撃破した翌日の早朝。撫子は一人、外に出ていた。
「…………雅君のあの力、あれは救世主の力で間違いないはず。なのに、なんなんだろう……この拭いきれない不安感は……」
撫子は昇り始めている朝日を見つめながら、胸に手を当て独り言ちた。
「…………今日も、朝が来ました」
朝日を見た撫子は、フッと微笑をこぼし、朝日に向かってそう呟いた。いや、その呟きは朝日に向かってではなく ″ここにいない誰か″ に向かって言ってるような気もした。
「はぁ……駄目だなぁ……。一人になると弱気になっちゃう……雅君が来てから頼りっきりだ……自分が情けない……」
撫子は俯き、自身の足を眺め自嘲する。
今の自分は足手まといでしかないと、何もできていないと、そう感じているのだ。
右ふくらはぎには穴が開き、立とうとするととてつもない痛みが走る。その痛みは何かに例えられず、ただ耐えられないくらいの痛みと言うしかない。
「はぁ……」
撫子は何度目かのため息をこぼし、車へと戻って行った。
そんな撫子の独り言を聞いていた人物がいた。
「っ!? み、宮紫々さん、起きてらっしゃったんですか……」
「えぇ、まぁ……」
侍蔵だった。
「すみません……盗み聞くつもりはなかったんですが」
「い、いえ……私こそすみません。情けない所を見せてしまって……」
「情けないなどと、そんな事はありません。我々は貴女様に救われました。貴女様がいなければ、ワシは今頃、死んでいたことでしょう。ですから、貴女が情けない事など、ないのです」
「宮紫々さん……」
侍蔵が撫子にそう告げると、撫子は嬉しそうに、それでいて感激したように目元に涙を浮かべた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、心が救われます」
「まだ朝早いので、もう一度寝ては?」
「いえ。このまま起きています。今後の事も考えたいので。宮紫々さんはゆっくりしていてください」
「そうですか。ではお言葉に甘えてワシはもう一度眠ります」
「はい。お休みなさい」
そう言って侍蔵は目を閉じた。
「雅君は、ぐっすり眠ってますね。ふふ。これから長い旅になります。私も頑張りますからね」
撫子は、眠っている雅の頭を撫でながら、そう言った。
そして、鞄からノートとペンを取り出した。
「日記を書いておかないと。私の為に」
そう言って、撫子は日記を書き始めた。
☆ ☆ ☆
雅達が旅に出て二ヶ月が経った。
この二ヶ月間は移動するだけで、特に何も問題はなかった。魔聴獣に襲われる事もなく、魔聴皇に出会う事もなく。そして、人間と出会う事もなかった。
「二ヶ月、何事もなかったな〜」
弁慶がつまらなさそうに言う。
「何事もないことは、いい事でしょ」
運転をしている劉備が言う。
「まぁ、そうなんだけどよ〜。特訓の成果が試せねぇのがな〜」
「全く。あ、撫子様。ガソリンスタンドに寄ってもいいですか?」
「はい。そこで少し休憩を取りましょう」
「了解です」
ガソリンスタンドに寄った一行。
一時間程度休憩をし、再度出発した。
そんな撫子達の乗る車を、見つめる怪しい集団がいた。
☆ ☆ ☆
ガソリンスタンドで休憩を取った一行は、再び荒れ果てた道を走っていた。
すると、突然──、
キィィィィィィィィィィ!
「キャ!?」「うお!?」
車が急ブレーキをかけた。
「な、何事だ!?」
「魔聴獣ですか!?」
「い、いえ……人です……人の集団が急に目の前に現れました!」
「なんですって!?」
全員が車を降りる。
と、目の前には、黒い外套を纏い、フードを目深に被った集団がいた。
「な、なんで人がこんなに……聴力災害で生き残ったのは僕達だけだったはずじゃ……!?」
「テメェら、生きてたんならなんで俺達の所にこなかった!」
集団は何も答えない。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ!」
『我ら、魔聴皇様の為に』
「あ? ぐっ……!?」
集団が何か言葉を発すると、弁慶の腹部から出血が。そして、大量に吐血し、その場に倒れ込んでしまった。
「弁慶!?」「弁慶さん!?」「弁慶!?」
三人が弁慶に駆け寄る。意識を失っているようだ。
「貴様ら、弁慶に何をしたぁ!」
劉備が怒り叫ぶと──、
『我ら、魔聴皇様の為に』
「うっ……」
再び集団が何か言葉を発すると、劉備の腹部に出血が。そして、弁慶同様、大量に吐血をしその場に倒れ込んでしまう。
「劉備さん!?」「劉備!?」
「あやつら、一体何をしたんだ……?」
侍蔵が弁慶に寄り添い、思案していると──、
「んん!」
「雅君!?」
雅が皆の前に立ち、謎の集団と対峙した。
『我ら、魔聴皇様の為に』
三度何かを発する集団。だが──、
『??? なぜ、なぜだ? なぜ効かぬ? おかしいぞ!』
「なにやら動揺しておりますな」
「おそらく、攻撃が雅君に効かなくて焦っているのでしょう」
「攻撃?」
「えぇ。あの集団は劉備さん達が倒れる前、必ず何かを呟いている。おそらくはそれが攻撃に必要なものなのでしょう」
「我々で言う【聴語】のようなもの、ですかな?」
頷く撫子。
「その言葉が少しでも耳に届くと、攻撃を受けてしまうのかもしれません。どういう原理なのかは全く分かりませんが……」
「なるほど。晴風殿は耳が聴こえないから──」
「攻撃が届かない。私があげた【補助聴器】のスイッチも切ってるので、全く音は耳に入らない。瞬時に状況を判断し、そうしたみたいです」
「凄まじい、ですな……」
「はい……ですが、あの集団を今の雅君一人で対抗できるかどうか……」
撫子は雅の身を案じていた。
「でしたら、ワシが戦いましょう」
「で、ですが、宮紫々さんは……」
撫子は侍蔵の足を見る。
「試してみない事には分かりませんが、おそらくは」
そう言って侍蔵は、自動走行車椅子を降りた。
「まだ二ヶ月しか経ってないのに……」
「ワシ自身も驚きですがな。だが、これでようやっと皆の役に立てる! 行って参ります!」
「は、はい! お気をつけて!」
侍蔵は走り、雅の隣に立つ。
「っ!?」
雅は侍蔵が立っているのに驚き、目を見開いている。
「うん」
侍蔵はそんな雅に笑みを浮かべ、頷く。何かを察した雅は、頷きを返し、剣を構え直し敵を見据えた。
「ここからはワシらが相手を努めよう。【聴跡の刀剣、顕現】いざ、参る!」
「ん!」
侍蔵が走り出したのを見て、雅も走り出す。
そうして、謎の集団との戦闘が始まった。
☆ ☆ ☆
謎の集団との戦闘は、あっけないものだった。
侍蔵が【位技】を使用すると、その力に恐れをなしたのか、一目散に退散していったのだ。
せっかく戦えると意気込んでいた侍蔵は、呆気にとられていた。が、無駄な戦いをせずに済んだと気を取り直し、劉備と弁慶を車まで運んだ。
二人は撫子の治療で無事だった。致命傷にならない傷だったのが幸いだった。撫子の【位技】で治療できる範囲は限られている。よって、命に関わるほどだともう手遅れなのだ。
「あの集団、警戒しなければなりませんな」
「はい。劉備さん達を攻撃した詳しい方法は分かりませんが、少しでも対策を練っておかなければ」
「うむ。運転はワシがしましょう」
「大丈夫なのですか? 治ったとは言え、病み上がりなわけですし、もう少し休んでも……」
「いえ。正直消化不足なので、運転をして気を紛らわしたいのです」
「そう、ですか。分かりました。ですが無理はしないでくださいね」
「心得ました。では、参りましょう」
「はい」
そうして、劉備に変わり侍蔵が運転する車は、移動を開始した。
その先で、得体のしれない恐怖が待っているとも知らずに。
エピローグ
「アッハハ! おもしろいな!」
炎のように揺らめくオレンジ色の頭をした男性が、大きな広間にある椅子に腰掛け、大きく笑った。
「俺達に対抗する為の組織か。こんなの数億年生きてきて初めてだ。フッ。やっと退屈しない日々が送れそうだな〜!」
大声でそう言う男性。その目の前には跪く女性が。
「そうですね、ワークリンザ様。きっと楽しくなる事でしょう」
「おいおい、お前も俺と同じ皇だろう? そんなかしこまる必要はない。こっちに来い」
「し、しかし……」
「いいから。ほら」
「か、畏まりました」
女性は顔を赤らめながら、男性の椅子の肘掛けの部分に腰を下ろす。
「お前は俺が推薦した皇だ。もっと自信を持て。いいな?」
「は、はい! 私はワークリンザ様のおかげでここまでこれました。貴方に忠誠を誓っております。貴方の為ならなんだって、この命だって──」
男性は女性の額に自身の額を付け──、
「簡単に命をかけると言うな。俺は、お前に死んでほしくない。だから、生きて俺の側にいてくれ」
「は、はい……! 私は、ずっとワークリンザ様のお側にいます。何があっても、必ず」
「うん。頼むぞ」
「はい」
この二人は一体誰で、何を企んで、どういう関係なのか。それはまだ、分からない。