第三章 始まる旅。隠から進へ。〜未知なる敵に対抗〜
プロローグ
ーー起きて。
(あなたは、誰ですか……?)
謎の空間、宇宙空間かのような場所に、純白のワンピースを着た女性が雅の前に立っていた。いや、正確に言うならば女性が巨人で、その女性の胸の前に雅が浮かんでいる。
ーー私が誰か、それはまだ言えない。
(じゃあ、ここはどこなんですか?)
ーーここは貴方の精神空間よ。
(精神空間……?)
ーーええ。貴方の心の中、って言えば分かり易いかしらね。私は貴方の心に直接話しかけてるの。
(心に……僕は、死んじゃったんですか……?)
ーーいいえ。生きているわ。大丈夫。と言うか、貴方の事は私が何があっても ”死なせない” から安心してちょうだい。
(…………)
ーーとりあえず雅。貴方は自らの力に覚醒した。その力を使って、この世界を救ってほしい。
(どうやって、ですか……?)
ーー簡単よ。貴方の勇気と覚悟、剣。そして、その耳があれば、世界を救える。
(僕の、耳が……?)
ーーえぇ。
(でも、僕の耳は聴こえないです。何もできないですよ……?)
ーー何を言ってるの貴方は? 今のこの世界では、貴方の耳こそが必要不可欠なのよ?
(そう、なんですか?……)
ーーえぇ。私はこの来たる日の為に、色々と備えてきたんだから。
(備えてきた? 何を……?)
ーー色々よ。でもそうね。一つ上げるとするならば、貴方の耳を聴こえなくした。
(っ!? ぼ、僕の耳が聴こえないのはあなたのせいなんですか!? どうしてそんな事を!?)
ーー貴方が怒るのも無理はないわ。でも、私は謝らないわ。だって、耳が聴こえない事が、そんなに悪い事?
(そ、そんなの! と、当然じゃないですか……周りと違うし、みんなが何言ってるか分かんないし、みんなと話せないし! 普通じゃないから、悪いことでしょ!?)
ーーじゃあ問うけど、普通って何?
(え……?)
ーー貴方の言う ”普通” ってなんなのかしら? 何を持って普通と呼ぶの? 普通って何? 誰がそれを決めたの? 誰がそれを決めるの? ”普通” なんて人の数ほどあるんじゃないの?
(……………………)
ーーごめんなさい。言い過ぎたわ。泣かせるつもりはなかったのだけれど。
(いえ。僕こそ、ごめんなさい……こんなにメソメソしていたら、姉さんに怒られる……)
ーー姉さん、か……。
(どうしたんですか?)
ーーいえ。なんでもないわ。それよりいい? 耳が聴こえない事を悪く考えないで。他の人と違うからって、それがいけない事ではない。
(はい)
ーーふふ。うん。それじゃあ、時間がもうないから最後に一つだけ。
(時間?)
ーー耳の聴こえない者よ、この世界の災いを消し去り、世界に安寧と秩序を齎す救世主となれ。誕生せし、沈黙の剣使。
(あ、待って!?)
巨人の女性は全て ”手話” で会話を終えた後、姿を消してしまった。
(………………)
雅はベッドの上で目を覚ました。
(僕は、救世主……)
雅は天井を見上げ、先程謎の女性に言われた事を考えていた。
(僕は救世主……だから、撫子さんを守れる……)
自分が撫子を、人々を守れる事を嬉しく思う、その反面ーー、
(もっと、強くならなきゃ!)
と、覚悟を一新するのだった。
夜。
魔聴獣を撃破した後、皆は医務室で眠っていた。
撫子、劉備、弁慶の三人は同室で、雅だけ別室で眠っている。
そんな雅の眠っている部屋に、一人の人物が入室して来た。
「眠っておる、か」
自動走行車椅子に乗った侍蔵が、雅の眠るベッドのカーテンを開け、雅の姿を見て小さく呟いた。
(意識が戻っておらんと言うのは、本当だったか……)
侍蔵は、医務室担当の者から、雅の意識がまだ戻っていないと言う報告を受けていた。だが、実際は意識は戻っており、ただ単に眠っているだけなのだが、それを知り得る術はないので、侍蔵は雅がまだ気を失っていると思ったままだった。
そんな侍蔵は、雅をジッと見つめーー。
(ワシはここに来てどうするつもりだ……この子を危険な目に遭わせたくない。そう思った。が、この子は救世主としてすでに覚醒しておる。それに、この子には戦う意志があり、覚悟ももうできているだろう……それなら、ワシに止める権利など……)
「それでもワシは ”妹と同い年” の君を死なせたくない……! ”あんな光景はもう二度と、見たくないんだ……!”」
侍蔵は一人、涙を流した。
侍蔵の過去に、何があったのか。それはまだ分からない。
☆ ☆ ☆
雅が、警戒レベル9の魔聴獣を倒してから一週間が過ぎた。
劉備、弁慶はすでに元気になっており、復帰していた。だが、撫子は魔聴獣の攻撃で、右ふくらはぎに空洞ができてしまい、前のようには歩けなくなってしまった。よって、撫子も自動走行車椅子に乗っての生活になってしまった。
それでも、撫子は暗い表情や、痛みに耐える表情などを全く浮かべず、いつも通りに振る舞っている。
『撫子さん、手伝います』
「『ありがとうございます』」
雅は撫子が乗る自動走行車椅子を、後ろから押して移動する。
自動走行車椅子は、その名の通り自動で動く車椅子だ。人が押さなくても勝手に動いてくれるし、止まってくれる。だが、自動と手動の切り替えを行う事で、従来の車椅子と同じように、人が押して動かす事ができる。
雅は、撫子の手伝いがしたいと、ずっと撫子の世話をしている。
車椅子を押したり、食事を運んだり、立ち上がるのを手伝ったり。自動走行車椅子ができるような事を自らやると言ったのだ。
撫子は申し訳ないと思ったが、雅の気持ち、熱量に負け、それを受け入れた。
今は会議室に集まっていた。
室内にはすでに、劉備、弁慶、侍蔵、ラボ担当の三人が揃っており、二人が来た事で会議がスタートした。
「揃いましたな」
「はい。お待たせしてしまい、すみません」
「いえ、そんな。それより、何を話し合うんですか?」
撫子と同じく、自動走行車椅子に座る侍蔵が訊く。
「はい。前から計画していた、戦力の補充、そして、民間人の保護を明後日に開始しようと思っています。それについて意見を聞きたくて」
「僕はいいと思います。戦力が全然足りていない事を今回の戦闘で思い知りました。今回の戦いは、晴風君がいなければ勝てなかった」
「だな。俺達が強くなるのは当たり前な事だが、それとは別にサポートしあえる仲間は必要だ。戦力が多いに越したことはねぇ」
「うん。ワシも賛成です。戦力の補充もそうですが、ワシは保護に特に賛成ですな。 ”聴力災害” でほとんどの人間が亡くなりましたが、それでも、生き延びている人はどこかにいるはず。そして、その人達は恐怖に震え、夜も眠れない日々を過ごしているはずです。そんな人達を一刻も早く、救い出したい」
各々が各々の思いを吐露する。それを聞いた撫子はーー、
「ありがとうございます。皆さんの思い、受け取りました。では明後日の早朝に出発と言う事で。よろしいですか?」
「「「はい」」」
そんな会議に、一人だけ置いてけぼりをくらっている人が一人。
『撫子さん、何を話していたんですか?』
「『明後日の朝、この基地を出て、助けが必要な人を助けたり、私達と一緒に戦ってくれる人を探しに行きます。勝手に決めてしまいましたが、雅君もいいでしょうか?』」
『もちろんです! 僕も一緒に行っていいんですか?』
「『はい。その……私のお手伝い……と言うかお世話を、お願いする事になってしまうんですが……』」
『なんでもします! 僕にできる事なら!』
「『ありがとうございます。明後日までは準備を整える時間を設けるので、一緒に準備していきましょう』」
『はい!』
撫子に説明され、雅は元気よく返事を返す(手話で話し、表情で感情を表現する)。
「それでは、明後日の朝、よろしくお願いします。解散です」
そう撫子が言うと、劉備達はそれぞれ部屋を退室して行った。
「『それでは、私達も行きましょう』」
『はい』
撫子と雅も部屋を退室し、それぞれの部屋へと戻っていった。
☆ ☆ ☆
迎えた出発の朝。
外には劉備、弁慶、侍蔵がすでに集まっており、三人を見送る為に九人の人達が集まっていた。
しばらくして、自動走行車椅子に乗った撫子と、それを押す雅がやって来た。
「皆さん、おはようございます。お待たせして申し訳ありません」
撫子が座りながら頭を下げる。
「いえ、そんな。待ったと言うほど時間は経ってないですよ」
「そうだぜ」
「それに、撫子様が遅れた理由は後ろを見ればあらかた予想がつきますからな」
そう言って皆が撫子の後ろを見ると、そこには大欠伸をしながら、今にでも寝てしまいそうな雅がいた。
「眠そうですね」
劉備が、雅の表情を微笑ましそうに見つめながら言う。
「昨日、上手く寝付けなかったみたいです」
撫子が微笑みながら答える。
欠伸をしていた雅だが、皆からの視線を感じたのか前を見る。すると、全員が雅を見つめていた。
「???」
皆に見つめられ、恥ずかしさと戸惑いから雅はあたふたとしている。そんな様子をまた微笑ましそうに見つめる全員。撫子が微笑みながら雅に手話で伝える。
「『雅君が眠そうなのが可愛いって話してたんですよ』」
『か、可愛い!?』
雅は顔を真っ赤にし、先程よりもあたふたとしてしまった。
「ふふ。撫子様、そろそろ」
「あ、そうですね。それでは皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
「「「はい!」」」
「他の方々も、よろしいでしょうか?」
『はい!』
「人々を救い、戦力を補充する為とは言え、急に基地を留守にすることを許していただきありがとうございます。本当の事を言うと、心配ではあります。この基地を守る主戦力となる劉備さん、弁慶さん、侍蔵さんを同行させてしまうので……」
撫子が九人の人達にそう告げると、その中の一人が整列している列から出てーー、
「そんなにご心配なさらないでください、撫子様」
「佐原さん」
一人の青年ーー佐原竜化が九人を代表して答える。
「私達は確かに、宮本さん達のように強くはないですし、戦う力もあまりない。ですが、立原さん達がいなくとも、基地の留守を守る事くらいはできます。ですから、安心してください」
「ありがとうございます。それでは皆さん、基地の留守、お任せします」
「お任せを」
『はい!』
「それでは、劉備さん、弁慶さん、侍蔵さん、出発しましょう」
「「「はい!」」」
そうして、雅、撫子、劉備、弁慶、侍蔵の五人は、大型の車に搭乗し、出発した。
走り去る車を見つめる竜化。
「えぇ、お任せを」
表情は朝日に照らされ見えないが、声は少し震えてるような感じがした。
☆ ☆ ☆
基地を出発した撫子達一行。
車で走る道は、荒れ果てており、今走ってる場所が道路なのか、そうじゃないのかも分からない。
「なんか前より道悪くなってねぇか?」
助手席に座る弁慶が、運転をしている劉備に言う。
「そうだね。 ”二度目の聴力災害” が起きたせいで、世界は荒れ果てちゃったからね……」
ハンドルを握りながら劉備は答える。その表情は暗く、悲しそうだった。
「聴力災害は、絶対に忘れちゃいけないものだ……! あれのせいであいつは……!」
「うん……絶対に忘れちゃいけない……そして、もう二度と起こしちゃいけないんだ……!」
二人は怒りの表情を浮かべ、外を見つめた。
一方、後ろに乗る撫子、雅、侍蔵の三人は、撫子以外が眠っていた。
撫子は自動走行車椅子から降りて、車の椅子に座っている。その膝の上に雅は頭を乗せ眠っている。
そんな雅の頭を撫でながらーー、
「こうしてると、本当に弟ができたような感じがしますね。ふふ。普段も可愛いですが、寝顔もまたたまらなく可愛いですね。……………」
撫子は表情を暗くしーー、
「全く知らない他人に、ここまで信頼を寄せてくれるなんて、普通ならできない……しかも、雅君は障害者。健常者だって人を信頼するのに時間がかかる。それをすぐに受け入れてくれて、こうして共に旅にまで付いてきてくれる。私は、その恩に報いる事が、できているのでしょうか……足もこんなになって、雅君に面倒を見てもらっちゃってる……私は、何をしているんでしょう……」
撫子は目元に涙を浮かべーー、
「私は、私は、何もできていない……! 手話だって、 ”お姉ちゃんに将来、必ず必要になるからって教わって、勉強しただけ” なの……ごめんね、雅君……! 私は結局、貴方の為になる事を何もしてあげられてない……! 私は、お姉ちゃんがいないと……!」
撫子は今まで抱えていた心の葛藤を、打ち明けた。急に不安になってしまったのだろう。それを誰も聞いてないと思い、止まらなくなってしまった。
撫子は大粒の涙を流しながら、嗚咽を漏らしていた。それでも、雅達を起こさないように声を殺してだ。
「………………」
しかし、それを聞いている者はいた。
自動走行車椅子に乗ったままの侍蔵だ。
侍蔵は撫子が独りごちる所から、目を覚ましていた。別に盗み聞くつもりはなかったのだが、声をかけるタイミングがなく、そのまま黙って聞いてしまっていた。だが、撫子の心に秘めた本音を聞き、侍蔵は何か考えを新たにする事になった。
★ ★ ★
(ここは……)
宇宙空間のような場所に浮かぶ雅。
(この前と同じ、場所……?)
ーーえぇ。そうよ。
(あなたは、誰なんですか?)
ーーごめんなさい。それは教えられないの。
(そう、ですか……)
ーーごめんなさいね。それより、貴方に伝えたい事があるの。
(僕に伝えたい事?)
ーーえぇ。貴方に三つの力を授けたと言う事を。
(み、三つ?)
ーーえぇ。順を追って説明していくわね。まず一つ目の力【言之葉眼鏡】。眼鏡のレンズに相手が発した言葉が文字として現れるの。これによって、敵が何を言ってるのかが分かるようになる。眼鏡をかけるのが面倒くさかったら、眼鏡の設定を変える事で、目の前にウインドウを表示する事ができるから、状況に応じて使ってみて。
(す、すごい……)
ーーそして二つ目の力【思心念伝達手袋】。手袋の指先に付いているセンサーが、貴方が心で思った事、考えた事を、声にして相手に伝えてくれる。設定を変える事で入力モードになるから、指先でパソコンを打つようにすると、それが言葉になり、相手に伝える事ができるの。
(すごいですね……)
ーーそして三つ目なんだけど……。
(……?)
ーーごめんなさい。時間が来てしまった。三つ目はそのうち分かるから楽しみにしておいて。眼鏡や手袋は貴方の鞄に入ってるから、見てみてね。それじゃ、またいつか会えたら。
巨人の女性は全て手話で伝えると、姿を消してしまった。
雅は、ゆっくりと意識を覚醒させて行った。
☆ ☆ ☆
「ん、んん……」
「あ。『おはようございます』」
『おはようございます』
「『よく眠れましたか?』」
『はい。ありがとうございます。足、疲れましたよね?』
「『いえ、大丈夫ですよ。雅君の寝顔が見れて楽しかったですよ』」
『は、恥ずかしいです……』
「ふふ♪『可愛いですね』」
撫子は、雅の照れる様子を見て微笑みを浮かべた。その目の下は赤くなっており、泣きじゃくったのだと言うことが分かった。が、雅はそこには気が付かなかった。
雅は、起き上がり、床に置いていた鞄を取り出す。
「ん?『どうしたんですか?』」
首を傾げ、雅の肩を叩き手話で尋ねる撫子。
雅は鞄をあさりながら答える。
『この中に、僕の新しい力があるんです』
「雅君の新しい力?」
雅の答えに、首を再び傾げる撫子。
鞄をあさる雅。何かを見つけたのか、嬉しそうな表情を浮かべーー、
「あったのかな?」
撫子は雅の後ろから覗き込む。雅の手には二つの物が握られていた。
「『それは?』」
『僕の新しい力で、この眼鏡が言葉を文字に起こしてくれる物で、この手袋が、僕の気持ちを声にして相手に伝えてくれる物です!』
「す、凄い……」
撫子は、雅が手にしてる二つの物を見て感嘆の声を漏らす。
「撫子様が作った介助聴に何やら似てますな」
「宮紫々さん。起きてらっしゃったんですか…………いつから?」
「つい先程ですよ。お二人が動いた気配がしまして」
「そ、そうですか……良かった……」
「撫子様? どうされましたか?」
「い、いえ! なんでもないです!」
本当は撫子が泣いていた事を知っているのだが、それをわざわざ口にするほど侍蔵は空気が読めない訳ではない。
「それよりその二つの器具、かなり精密な物ではございませんか? 言葉は悪いですが、撫子様の物より、その……」
「えぇ。私が作った物より、精密で高性能です。悔しいですが、今の私にこれと同等の物を作ることはできません」
「誰がこれを……それに、一体いつの間に晴風殿の鞄に入っていたのでしょう?」
「分かりません。雅君はずっと私達と一緒でした。他の方と接触する時間はありませんでした。それなのに雅君の鞄の中に物が入っている。不可思議です」
「ですな」
二人が疑問に感じている事を話し合っている中、雅は二つの物を装着し始めていた。
キュイーン。
器具の起動音が鳴る。
その音で撫子、侍蔵が雅の方を向く。
と、雅は眼鏡をかけ、手袋を装着していた(手袋は右手だけしか入ってなかった)。
その姿を見た撫子はーー、
「〜〜〜! 可愛い〜! なんですかこの可愛い生き物は! 天使ですか! 神がこの世につかわした天使なんですか! しゃ、写真を!」
撫子がハイテンションになり、慌てて鞄からスマホを取り出そうとした時ーー、
{撫子さん、天使だなんてやめてくださいよ。照れるじゃないですか}
「「え……?」」
突如、雅がいる方から ″声″ が聞こえてきた。
「み、雅くん……?」
{はい。雅です}
「っ!」
撫子が雅に抱きつく。
「なんで? なんで喋れて、私の言ってる事が分かるんですか?」
撫子に抱きつかれたまま答える。
{この器具のおかげです。この眼鏡と手袋が、撫子さんが言っている事を分かるようにしてくれて、僕の気持ちを声にして届けてくれてるんです! 僕はやっと普通の人に近づけたんです……耳が聴こえない僕ではなく……}
「耳が聴こえない事は悪いことじゃない!!」
{っ!?}
撫子が叫ぶ。
「なんで? なんでそんな風に言うの? なんで耳が聴こえない事が悪いみたいに言うの? 耳が聴こえない事って、そんなにいけない事なの!?」
{そ、それは……}
「私はそんな風には思わない! 耳が聴こえなくたって私達と何も変わらない! 今を生きてるの! それに、雅君の言う普通って何? 普通の人って何? 普通って人の数だけあると私は思う!」
{っ!? その言葉……あの人も……}
「雅君……?」
{ごめんなさい、撫子さん。それと、ありがとうございます。なんだか心が軽くなった気がします}
「雅君……」
撫子の思いを知り、雅の心はフッと軽くなった。が、撫子の言った言葉は、雅の精神世界に現れる巨人女性が言った事と似ていて……。
そんな時、雅が首を傾げた。
「雅君……?」
{あれ……? なんか、おかしい……}
眼鏡と手袋がいきなりショートを起こし、機能を停止してしまった。
それをすぐに理解した雅は手話でーー、
『壊れちゃったみたいです』
「『そう、ですか……でも、いいじゃないてすか。私は手話で雅君と話すの、好きですよ?』」
撫子は、可愛らしく微笑み雅に手話で伝える。
その可愛らしい表情に雅は、顔を赤らめながらーー、
『ありがとうございます』
二人がそんな微笑ましいやりとりを交わしているとーー、
キキィィィィッッッ!!!
「キャーッ!?」
「おっ!?」
「っ!?」
車が急ブレーキをかけた。その衝撃で、三人が体勢を崩してしまう。
「な、何があった!?」
侍蔵が叫び尋ねる。その問いに対し、劉備がハンドルを乱暴に操作し声を詰まらせながら答えてくる。
「わ、分かりません! 急に車のコントロールが効かなくなって! おそらく、敵襲です!」
「魔聴獣か!?」
「いや! 魔聴獣じゃねぇ! 人間だ!」
「「「っ!?」」」
弁慶の答えに、三人は絶句した。
車をなんとか停車させ、劉備と弁慶が降車する。雅も撫子と侍蔵と共に降車し、劉備達の隣に並ぶ。
「魔聴獣ではなく、人間とはどう言う事だ?」
侍蔵が尋ねる。
「突然車の前に人間が現れたんだ。そして、俺達の車を攻撃してきやがった。見えない攻撃でな」
「「っ!?」」
「見えない攻撃、だと!?」
弁慶の答えに、撫子と侍蔵が目を見開き驚く。侍蔵が口を開くが、それを無視して弁慶が言葉を続ける。
「まだ、あいつはいなくなってない。この辺にいる」
「一体、どこに……」
撫子、劉備、弁慶、侍蔵が辺りを警戒していると、雅がーー、
「んん!!」
「「「つ!?」」」
急に剣を出現させ、背後の何もない空間を斬った。
「へぇ、この攻撃を防ぐんですか」
雅が斬った空間の先に、黒い外套を纏い、フードを目深に被った人物が立っていた。
その人物の顔は見えないが、声からして男性である事が分かる。が、その声はーー、
「声がくぐもってやがる……正体を隠してんのか」
謎の男性は、声を加工し正体を隠しているようだった。それに気がついた弁慶は、警戒しながら撫子達に聞こえるように呟く。
「あやつ【聴力】を隠していますな」
「はい。【聴力】は個人の強さを示すもの。それが隠されてるとなると……」
「強さの底が見えない……」
全員が臨戦態勢へと入る。撫子、侍蔵は車椅子に乗っているので、劉備と弁慶の後ろに控える形になっている。前衛に劉備と弁慶。中衛に撫子と侍蔵。後衛
に雅と言う形で臨戦態勢を取っている。
「一人しかいない相手に、五人で立ち向かうなんて、卑怯だと思わないんですか? 私はいつも思ってるんですよね。ヒーロー達は寄って集って一人を攻めるなんて卑怯だと」
「ごちゃごちゃとうるせぇヤツだな! かかってくるならかかって来い!」
弁慶が叫ぶ。それに合わせて、劉備達が武器を出現させる。
「やれやれ。短気なのは貴方の悪い所ですよ」
「「「?」」」
謎の男性の言った言葉に、弁慶と雅以外の三人が首を傾げた。
その瞬間ーー、
「フッ」
謎の男性が笑みを浮かべた瞬間、弁慶が吹き飛んだ。
「弁慶!?」
「ぐっ……んだ……? 何が起きたんだ……!?」
吹き飛んだ弁慶は、岩壁に衝突した事で止まった。壁にめり込んだ弁慶は、自身の腹を見つめて疑問符を浮かべた。外傷はない。だが、肉体には凄まじいダメージがある。
そんな弁慶に、雅が慌てて駆け寄ってくる。
「弁慶を一瞬で吹き飛ばすなんて……しかも、見えない攻撃……一体何がーーっ」
劉備が突然、その場でうずくまった。
「劉備!? どうした!?」
「わ、分かりません……!? 急に体が……!?」
侍蔵が劉備に駆け寄る。
劉備の体に異常はない。外傷はないので、なぜ急に劉備がうずくまったのか、皆目見当もつかない。
「皆さん! 奴は奇っ怪な技を使います! 気をつけてください!」
劉備の叫びに、撫子と侍蔵が頷く。
撫子の後ろに雅がやって来る。そして謎の男性に向かって剣を構える。
「おやおや。 ″救世主″ に敵意を向けられる日が来るなんて。なんて幸せなんでしょう」
「……なぜこの子が救世主だと知っているのですか?」
「ふふ。教える訳ないでしょう。ですが、一つだけ。彼はまだ ″本当の救世主″ にはなれていませんよ」
「本当の、救世主……? あ、待って!?」
謎の男性は、気になる事を述べた後、まるで瞬間移動でもしたかのように姿を消した。
「奴は一体、なんだったんだ……?」
侍蔵が、劉備の体を支えながら謎の男性がいた箇所を見つめ、小さく呟いた。
「『雅君、弁慶さんをお願いできますか?』」
『はい!』
雅は撫子に言われ、弁慶の元に向かい体を支え、車に運ぶ。
「一度、ここで休息を取る必要がありますね……劉備さんと弁慶さんがこの状況では、運転をお願いできませんし……」
撫子は自らの考えを皆に伝え、この場で一日を過ごす事にした。
エピローグ
「へぇ、あれが ”あの方” が言っていた組織か」
荒れた大地。その場所の一箇所、崖の上に、二人の男性がいた。
一人は立っており、双眼鏡を使い遠くを見ている。その隣には、眼鏡を掛けた男性がしゃがみ込み、本を開いている。
「あの女、いいな。俺好みだ」
「意外ですね。あなたに好みがあったとは」
「おいおい、俺にだって好みはあるぜぇ? なんでもいいって訳じゃねぇ。胸と尻! その二つがデカい。それが俺の好みだ。それ以外の女に興味はない」
「ゲスな理由にも程がありますね」
「はん! テメェみたいな枯れてる奴には一生分かんねぇよ。あの女は胸と尻、その全てが俺好みだ。あの組織を捕え、あの女を俺の物にしてやる!」
チャラい男がそう意気込む。
「はぁ。もう行きますよ」
「あぁ? もうそんな時間か?」
「えぇ。 ”聴団” の会議に遅れる訳にはいきません。あの組織を狙うのはまた今度です。団の方針を伺わないと」
「わぁったよ、チッ。ったく、面倒くせぇぜ。あいつら、言う事聞かなきゃボコしてやる」
「お手柔らかにね」
「善処、してやるよ」
二人は、どこかに去って行った。
チャラい男が見ていた視線の先には、焚き火を焚き、野宿をする撫子達がいた。