第二章 掴む力。弱から強へ。〜沈黙の剣使、爆誕〜
プロローグ
「…………動き出したか」
どこか分からない、薄暗い空間、松明で焚かれた明かりでどうにか辺りが照らされている部屋に、背中にマントのようなものを羽織っている男性が立っている。
その男性は、仰々しい椅子の前に立ち、天井を見つめながら呟いた。
「動き出した? 何がでしょうか?」
男性から少し離れた場所に、二人の男性が跪いている。
その内の一人、眼鏡を掛け、紫色の浴衣のような服を着ている男性が呟きに対して、質問をした。
「あぁ。私達の邪魔をする組織が、ついに動き出したんだ」
「組織……?」
眼鏡を掛けた男性の隣で跪く、チャラそうな男性が怪訝そうに尋ねた。
「まぁ、組織と言っても瑣末な存在だがな。 ”私達が用意した” 魔聴獣に対抗する手段を持った人間達が集う組織だ」
「「っ!?」」
男性は、窓がある方へと歩き、窓の外を眺めながら答える。
その答えに、跪いている二人が息を呑んだ。
「そ、それは、マズイのではないでしょうか……?」
「あぁ。俺達の邪魔をしてくる存在なんて、迷惑でしかない……」
「ふっ。そう荒立つでない。私は言ったはずだぞ。瑣末な存在だと。奴らはまだか弱い。私達の邪魔になる事はないよ」
「貴方様が仰るのであれば、その通りなのでしょう」
「俺達の杞憂だったか」
二人の男性は安堵の表情を浮かべた。
「お前達は、自らの成すべき事を成せ」
「「はっ!」」
二人の男性は、部屋を退室した。
重たい扉がギィィと開き、ドゴンと閉じる。
室内には静寂が流れる。
「いい静寂だ……」
マントを羽織った男性は、ゆっくりと椅子に座り、目を閉じた。そして、ゆっくりと瞼を開きーー、
「あやつらにはああ言ったが、奴ら ”救世主” を見つけたようだな。そうなっては私達も計画を変更し、行動を開始しなければならない。全く……」
男性は、ため息を一つつくが、その表情はどこか嬉しそうで、口角が怪しくつり上がっている。
そして、天井を見やりーー、
「はぁ〜。全くもってこの世界は素晴らしい」
この男性は何者で、何を企んでいるのだろうか。
「すぅ〜すぅ〜……」
「よく眠っていますね」
「はい。…………」
雅が眠る部屋を、扉を少し開けて覗く撫子と劉備。雅が穏やかな寝息を立てて眠っているのを幸せそうに見ていた二人だが、撫子の表情はドアを閉めた後から急に浮かない物になっていた。
「撫子様……? どうされましたか?」
「…………これで、よかったんでしょうか?」
「え……?」
劉備は撫子が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。
「彼を……雅君をこの戦いに巻き込んでしまって、本当によかったんでしょうか……」
「撫子様……」
劉備は撫子の言葉の意味、そして気持ちをすぐさま理解し、黙る事しかできなかった。『大丈夫ですよ』なんて無責任な言葉、言えるはずがない。
この戦いの中で一番苦しんで来たのは他の誰でもない、撫子なのだから。
普段は凛々しく、皆をまとめているが、実際はまだ十五歳の子供だ。
不安になり、恐怖に押しつぶされそうになる事もあるだろう。しかし、それでも撫子は普段、そんな面を一切外には出さず、皆をまとめるリーダーとして頑張っている。
撫子は暗い表情のまま。そんな時ーー、
「撫子様!」
弁慶がドアを勢いよく開き入室してきた。その様子はどこか慌てており、急用である事が窺える。
撫子はすぐさま表情を切り替え、いつも通りの凛々しい撫子に戻り、尋ねる。
「どうされましたか?」
「先程から活動を停止していた十三体の魔聴獣達が、活動を再開しやがった!」
「「!?」」
先程、撫子、劉備、弁慶の三人が攻撃し吹き飛ばした魔聴獣達は、吹き飛んだ勢いでそのまま活動を停止していた。よって、撫子達は雅を連れ、基地に帰って来れたのだ。
だが、数時間が経過した今、その魔聴獣達が再び活動を再開してしまった。
「行きましょう」
「「はい!」」
三人は部屋を出て、ラボへと向かった。
ラボへとやって来た三人。入室するとすぐさま撫子がーー、
「現状は?」
「撫子様。今現在、侵攻の気配はありません。ですがいつ侵攻してきてもおかしくないのが、今の現状です」
「そうですか……宮紫々さんの容態は?」
「命に別状はありません。ですが、瓦礫に埋もれていた事で、両足に全治三ヶ月の骨折を負ってしまいました。宮紫々さんは今、休養が必要な状態です」
「なるほど……ありがとうございます」
「撫子様……」
何か思い詰めているような感じがある撫子を、劉備は心配そうに見つめていた。
「侵攻を始める気配がないのであれば、経過観察でいきましょう。ですが、少しでも動きがあれば教えてください」
『はい!』
撫子がそう言うと、ラボ担当の三人が返事をした。
「私は雅君の所に戻ります」
「「はい」」
撫子は、雅が眠る部屋へと戻って行った。
「撫子様、なんか様子が変だな」
「はい……心配ですね……」
二人は撫子の普段と違う様子に、疑問を抱いていた。
☆ ☆ ☆
雅が眠る部屋へと戻ってきた撫子。雅の寝顔を見つめながらーー、
「私はどうしたら、いいのでしょう……」
と、独り言ちた。するとーー、
「ん、んん……」
「雅君?」
雅が目を覚ました。目を覚ました雅は、目の前に撫子の顔があり、驚き固まってしまう。
「『おはようございます。体は大丈夫ですか?』」
雅に見つめられ、気まずさを覚えながらも、撫子は手話で尋ねた。
手話とは、手で言葉を表し、会話をする事。
「体」と言う意味を持つ手話(手をパーにして胸の前で数回丸く回す)と「大丈夫」と言う意味を持つ手話(手の平の中央を曲げ、指の先を胸に付け、左胸から右胸に移動させる)を組み合わせる事で「体は大丈夫?」と言う意味になる。
「ですか」は手の甲をひっくり返し、手の平を上にする事で表す事が出来る。この時、手の甲の状態の時は手前に、手の平にする時は奥にすると、より相手に伝わりやすい。
ちなみに、手話には、指文字と言うものがあり、五十音を指で表す事ができる。
先程の撫子の手話では、手話の中に指文字も入れていた。「は」と言う言葉を指文字を使って表現していたのだ。「は」の指文字はしっぺをする時のように、人差し指と中指だけ伸ばした状態にし、それを縦にして、爪がある側を右側に、指の腹側を左側にすると「は」の指文字となる(右手で表す時の例えです。左手の際は逆になる)。
それらを繋げると『体は大丈夫ですか?』となり、ろう者に伝える事ができる。「?」は日常会話の中では手話で表す事はあまりない。
話がそれたので、本題へ。
『大丈夫です。何度も迷惑かけて、ごめんなさい……』
「『いえ、大丈夫ですよ。あなたが無事で良かった』…………」
『? 撫子さん?』
撫子は、手話を途切れさせ、俯いてしまった。その様子が心配になったのか、雅は尋ねる。
と、すぐに撫子は笑みを浮かべ、いつも通りの元気な様子でーー、
「『いえ。なんでもないです。お腹空きませんか? 何か食べましょう』」
雅は、撫子の様子が気になったが、空腹には勝てなかったので、そっちを優先する事にした。
ベッドから降り、撫子と手を繋ぎ基地にあるキッチンへと向かった。
(この子に、苦しい思いをさせる訳にはいきません)
撫子は人知れず、そう決意するのだった。
☆ ☆ ☆
撫子と雅は、ラボにいた。
食事を取っていた時、基地内全体に、魔聴獣が侵攻を開始したと放送がかかった。その為、二人は大慌てでラボへとやって来ていた。
「撫子様」
劉備と弁慶が、撫子の側にやって来る。
「魔聴獣が侵攻を開始したと」
「はい。ですが、様子がおかしいんです」
「おかしい? どういう事ですか?」
報告を受けた撫子は、不思議そうに首を傾げた。
「はい。十三体の内、狼形の魔聴獣だけ動きがないんです。鯨と鯱の魔聴獣だけがこちらに侵攻してきているんです」
「鯨と鯱だけが……確かにそれは妙ですね……」
十三体の魔聴獣の内、十体しか動きがない。先程までは十三体全てで行動をしていた。それが今度は十体のみ。これまでの魔聴獣の行動パターンからして、初めての事で撫子達は戸惑っていた。
「とにかく、俺行きますぜ! こっちに向かって侵攻してきてんだったら、迎撃あるのみだろ!」
「それはそうだけど弁慶。敵は何か考えがあって三体を動かしていないのかもしれない。ここでむやみに動くのは、危険だ」
「考えって、相手は魔聴獣だぜ? 知能がある訳じゃねぇ。そんな奴らが何を考えるってんだ?」
「それは……」
弁慶の反論に、劉備は黙ってしまった。弁慶の言う事が正しかったからだ。
魔聴獣には、自ら考え、自ら行動すると言う知能がない。本能のままに動いているにすぎない。そんな怪物に何を考える事があるのか。
「撫子様、俺に行かせてくれ!」
「…………分かりました。ですが、少しでも危険だと思ったらすぐ退避してください。こちらも何か分かればすぐに連絡します」
「はい! っしゃー!」
弁慶は撫子の許可を得ると、外へと向かった。
「あ、待って弁慶!」
その後を追って、劉備も外に出ていく。
「…………」
「本当は何か、気づいているのではないのですか?」
「っ、宮紫々さん」
俯き黙る撫子に、後ろから声をかけたのは自動走行車椅子に乗った侍蔵だった。
「動いて平気なのですか!?」
「多少なら。ですが、こいつがなければ全身に痛みが走って、指一本動かせません」
侍蔵が言った『こいつ』とは、自動走行車椅子の事。
【自動走行車椅子】は、患者の登録をしておくと、患者が動きたいと声を発するだけで自動で動き、患者を椅子に乗せてくれる。
ベッドで寝ているままでも、自動走行車椅子の【起床】【運搬】【搭乗】機能を駆使し、患者が椅子に座るまでを完璧にサポートしてくれる。
患者の状態によって、動かし方が変化するようになっており、侍蔵の場合、両足骨折の為、足を庇いながらの移動となる。それを瞬時に理解した自動走行車椅子は、侍蔵の足を庇いながら椅子に座らせてくれる。
侍蔵は、両足全治三ヶ月だが、他にも怪我があり、本来であれば動いていい状態ではなかった。よって、侍蔵は自動走行車椅子がなければ動けない、と言ったのだ。
「あまり無理をなさらないでくださいね」
「えぇ。あの日、貴女に ”救われた” 日からワシは命を粗末にしないと、心に誓いましたから。平気ですよ」
「それにしては、先程、粗末にしようとしているように思えましたけど?」
「うぐっ……そ、それはまぁ、なんと言いますか……その……面目ない……」
「うふ。冗談です」
「もう、撫子様もお人が悪い……それで、話を戻しますが、撫子様。貴女様は何か、勘づいておられるのではないですかな?」
他愛ない会話をしていたが、侍蔵が真剣な表情に切り替え、話を戻した。
「…………なぜ、そう思われるのですか?」
撫子は顔を引き締め、低い声で尋ねる。
「先程の撫子様の表情、それは何かを知っているとしか思えません。それに、劉備と弁慶を向かわせたと言う事は、何か考えがある、と言う事でしょう?」
「…………はい。私は一つ、考えている事があります」
「やはりですか。で、その考えとは?」
「…………侵攻して来た十体は囮で、本命は後ろで大人しくしている三体ではないかと」
「っ!? 大型が囮、ですと!? それが誠だとすると、奴らは知能を……?」
「いえ。知能はないと思われます」
撫子は、侍蔵が思案した可能性をキッパリと否定した。
「? なぜそう言い切れるのですか?」
「魔聴獣には二つの種類が存在します。見境なく人間を襲う【本襲型】。何者かに操られたかのように動き人間を襲う【脳襲型】。この二つが存在します。今回はーー」
「【脳襲型】の方、と言う事ですな?」
「はい」
撫子が言うように、魔聴獣には大きく二つの種類に分類されている。
【本襲型】と【脳襲型】。
【本襲型】は、本能のまま見つけた人間を襲う、獰猛な種類。
【脳襲型】は、本能ではなく、洗脳されたかのような動きで狙った人間を襲う、計画的な種類。
この二つに分けられており、撫子は今回の魔聴獣達が【脳襲型】なのではないかと推察しているのだ。
「なるほど……だとすると」
「はい。このまま戦っても問題はありませんが、後ろに控えている三体に十分警戒しなければいけません。それを伝えるかどうかを迷っていたんです」
「そうでしたか……」
撫子の迷いに侍蔵は納得したのか、顎に手を当て俯いてしまった。
「劉備さんと弁慶さんなら、平気だとは思うのですがそれでも……」
「心配、ですな……ワシがこんな体でなければ援護に行ったのですが……」
侍蔵は、自らの足を見て悔しそうに呟いた。
「宮紫々さん……」
そんな様子を見た撫子は、同じように悔しそうに俯いた。
「項垂れていてもしょうがない! 今、ワシらが出来る事をしましょう!」
「はい! そうですね!」
二人はラボのコンピューター担当達の元へ向かい、出来ることをし始めた。
★ ★ ★
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
(二人共暗い顔してたのに、急に明るくなった? どうしたんだろう? あ、動き始めた。外に出ていった二人は大丈夫かな……?)
雅は、撫子と侍蔵の後ろをトコトコと付いていく。
「『私の側にいてくださいね』」
『はい』
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「『ここに来る前に、私の側を離れないように話してたんですよね?』」
『はい!』
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
(ガタイのいい人、なんか嬉しそうに笑ってる……何かあったのかな? 僕も何か出来る事見つけないと!)
雅はそう意気込み、撫子の服の裾を掴み、真剣な表情でモニターを見始めた。
☆ ☆ ☆
撫子と侍蔵が移動を始めると、雅が後ろからトコトコと付いてくる。その様子を見てーー、
「ふふ。可愛い♪」
「微笑ましいですな」
雅が撫子の側に行くとーー、
「『私の側にいてくださいね』」
『はい』
「なんて言ったんです?」
侍蔵がそう尋ねると、撫子が声を出しながら手話でーー、
「『ここに来る前に、私の側を離れないように話してたんですよね』」
と、答えた。
『はい!』
「そうでしたか。まるで姉弟のようでいいですな」
「ふふ。そうですね。可愛い弟ができたみたいで、嬉しいですね」
すると、雅がギュッと撫子の裾を掴み、真剣な表情でモニターを見始めた。
「雅君も真剣ですね。私達も話し合いを続けましょう」
「ですな」
二人はモニターを見る。
「劉備と弁慶の二人は、十体の魔聴獣と戦闘中。後ろに控えている三体の魔聴獣は未だ動き無し、と」
「ここまで動きがないと、少し不気味ですね」
「ですな……それに、大型の力が先程よりも弱まっている気がするのは、ワシの気のせいでしょうか?」
「それは私も感じました。先程、宮紫々さん達が対峙した時と、今。力が違い過ぎる気がします……」
「「う〜ん……」」
二人は唸った。現状がどうなっているのか上手く把握できないからだ。
そんな時、撫子の服の裾をグイグイと引っ張ってくる。撫子が下を見ると、雅が撫子を見つめていた。
「『どうしました?』」
『思った事があって、言ってもいいですか?』
「『はい』」
『あの大きな怪物、後ろの小さな怪物に力を渡してます。少しずつですけど、後ろの怪物が力をもらいその力を蓄えています』
「っ!?」
「ど、どうなされました!? は、晴風殿はなんと、なんと仰っているのですか?」
「大型の十体が、小型の三体に【聴力】を渡していて、小型が力を蓄えていると」
「っ!? そ、それはマズくはないですか!?」
「はい……かなりマズいです……」
(……?)
二人の様子に、雅は首を傾げた。
「お二人に報告に向かいます!」
「お一人では危険です!」
「ですが!」
二人が言い争っているとーー、
『撫子様〜! 終わりましたぜ〜!』
『なんとか勝てました〜!』
「「っ!?」」
画面越しに、劉備と弁慶が手を上げて歓喜の声を上げていた。大型の十体を倒し終えたらしい。
「お二人共! 油断しないでください!」
『え〜何言ってんすか〜。大型は倒して、小型は未だ動き無し。俺達の完全勝利じゃないっすか〜!』
「馬鹿たれ! 後ろに小型が控えておるだろうが!」
『ですから、その小型は今、動きがないんです。なので大丈夫ですよ。今からそちらに戻りますね』
そう劉備が言った瞬間ーー、
「ん?」
雅が撫子の裾を引っ張る。撫子が雅の方を見ると、引きつった表情を浮かべ、小刻みに震えている。
「『ど、どうしました……?』」
『き、来ます……』
「『来る? 何がですか?』」
『後ろの小さい怪物が、来ます!』
「っ!? 劉備さん! 弁慶さん! 退避をーーはっ!?」
撫子がそう叫んだ瞬間、時すでに遅し。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァン!!
大きな爆発音が発生し、画面が噴煙に包まれた。
「劉備さん!? 弁慶さん!? お、応答してください!? 応答してください!?」
「馬鹿たれ共! 返事せんか!?」
撫子と侍蔵が呼びかけるが、二人からの返答はない。
「くっ……あの馬鹿共……」
「私、行きます」
「駄目です! 今、貴女様が出て行かれると、指聴する者がいなくなります!」
「ですが! お二人の身が心配です!」
「それはワシも同じこと! ですが、状況を考えてください! どうか冷静なご判断を!」
「くっ……」
侍蔵の圧に、撫子は黙ってしまった。侍蔵の言う事は正しいからだ。
(どうすればよいのですか……私は、私は、一体どうすれば……)
撫子は焦っていた。するとその時、雅の胸から金色の光りが発行してーーーーーーーーーーーーーーー。
★ ★ ★
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
(ば、爆発!? 画面が揺れて煙が……! あの二人、どうなっちゃったの……? 撫子さんとガタイのいい人がなんか言い争ってる? って事は、二人がヤバいんだ……どうしよう……どうすれば……僕に、何かできないのか……!)
雅が悩んでいると、その胸から金色の光りが放たれた。
(え……? 何、これ……体の底から力が湧き出てくる……)
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
(なんか言ってる。でも、何を言ってるんだろう……?)
「『雅君、私達に力を貸してくださいませんか?』」
『僕にできる事があるなら!』
「『ありがとうございます。では、私と一緒に来てください』」
『はい!』
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
(なんか、言い争ってる……)
「『行きましょう』」
(へっ……? うわぁ!)
撫子に勢いよく手を引かれ、雅は外へと向かった。
☆ ☆ ☆
「こ、これは……!?」
「さっき見た光り……やはり、これは【救世の光り】!」
「なっ!? 【救世の光り】ですと!? それは、あの救世主だけが持つ特別な光りの事、ですか!?」
「はい……雅君の事は救世主だとは思っていましたが、本当に救世主だったとは……」
撫子は気難しい表情を浮かべていたが、その表情を優しいものに戻し、雅と視線を合わせる為、しゃがみ込み、声を出しながら手話でーー、
「『雅君、私達に力を貸してくださいませんか?』」
『僕にできる事があるなら!』
「『ありがとうございます。では、私と一緒に来てください』」
『はい!』
二人が会話を続けているとーー、
「お待ち下さい、撫子様! 晴風殿はまだ子供です!例え救世主だったとしても、子供を戦場に連れて行くなど! ワシは断固反対です!」
「確かに雅君は子供です。ですが、この窮地をどうにかできるのは、彼だけです! 彼はこの世界、私達の救世主です! それに、雅君は私が命に代えても守ります!」
「ですが!」
「あ〜もう! 『行きましょう』」
撫子はしびれを切らしたのか、雅の手を取り、走り出した。
「あ、お待ち下さい!」
足が悪く、思った通りに動けない侍蔵はその場に残されてしまう。
「くっ!」
キーボードの手前の机部分を勢いよく叩く侍蔵。
『っ!?』
ラボ担当の三人が、肩をビクッと震わせる。
「ワシが動ければ……あの子に危険な目を遭わせずに済んだんだ……! クソッ!」
☆ ☆ ☆
「ハァハァ……」
雅の手を引きながら、外に出て走っている撫子。
劉備と弁慶がいた場所までたどり着いた二人。その二人は、ボロボロの状態で倒れていた。
「劉備さん! 弁慶さん!」
倒れている二人の元に駆け寄り、声をかける撫子。が、二人の反応はなく、意識を失っているのだと分かる。
命に別状はないかもしれないが、全身傷だらけですぐさま治療しなければ危険な状態だ。
「『雅君、手伝ってください』」
『はい!』
撫子に言われ、雅は弁慶の体を支える。と、その時ーー、
「キャッ!?」
雅が撫子を突き飛ばした。
雅が撫子を突き飛ばした直後、撫子がいた場所にーー、
キュイィィィィィィィィンッッッ!!
光線が飛んできた。
「え……?」
撫子がその様子を、尻餅をつき、怯えた表情を浮かべ見つめていた。
『撫子さん! 来ます!』
雅がそう手話で言うと、撫子は右に顔を向ける。するとそこにはーー、
「グルルルルルルルルルルルルルルル……!」
三体いたはずの狼形の魔聴獣が一体になり、巨大化していた。
「け、警戒レベル9の、魔聴獣……!?」
撫子は恐怖に引きつった表情を浮かべ、体を震わせていた。その様子はどこかおかしくて……?
「警戒レベル9の魔聴獣なんて ”あの日” 以来……嫌……嫌…… ”お姉ちゃん” ……!?」
撫子は涙を流し、顔を手で覆った。撫子はパニックを起こし、取り乱していた。
そんな様子を、雅は焦った表情で見つめていた。
★ ★ ★
(はぁはぁ……撫子さん、走るの速い……って、二人が倒れてる!?)
「『雅君、手伝ってください』」
『はい!』
(助けなきゃ!)
雅が弁慶の体を支えた時ーー、
(っ!? なんか来る! 撫子さん!)
雅は弁慶の体を乱雑に放り捨て、撫子を突き飛ばした。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
撫子は尻餅をついてしまう。
(撫子さんごめんなさい! でもーーっ!?)
『撫子さん! 来ます!』
雅がそう手話で撫子に伝える。すると、雅の目の前に巨大な狼が現れた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
(何か言ってる……? いや、これは唸ってるのか? 歯を剥き出しにして涎を垂らしてる……僕達は獲物なんだ……撫子さんは……)
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
雅が撫子の方を向くと、そこには恐怖に引きつった表情を浮かべ、何かを言っていた。そして、突然大量の涙を流し始めた。
(な、撫子さん!? ど、どうしたんだ!? あの怪物を見た途端、様子がおかしく……どうしよう……どうすれば……っ!?)
雅が思案していると、雅はいきなり顔を上げた。何かを感じたのだ。
その感じたものの正体はーー、
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
(あの怪物、また光線を!? ヤバイヤバイ!? どうしよう!? このままじゃみんな死んじゃう!? はっ!?)
雅は、家族が、人々が次々倒れていく光景を思い出してしまう。
前ならパニックに陥ってしまっていた雅だが、今の現状を目の当たりにしている雅はーー、
(僕はもう負けない! 今までは耳が聴こえないから何もできないって、みんなと同じようにはできないって思ってた。でも、撫子さん達と出会って思った。耳が聴こえないこんな僕でも、出来る事があるんだって! 僕でも大切な人を守れるんだって! だから、僕は戦う!)
〘『雅、誰かを守れる強い子になって』〙
(姉さんとの約束、守ってみせる!)
雅がそう覚悟を決めた瞬間、胸に金色の光りが放たれる。
(これ……戸惑ってる暇じゃない……僕のこの力で、撫子さんを、みんなを守ってみせる! みんなを守る力を、僕に貸して!)
そう心で叫んだ瞬間、雅の右手に金色に輝く ”剣” が出現した。
柄とグリップ部分が透き通るようなサファイア色で、切っ先ーー刃の部分が黄金に輝くゴールドでできている。
(間に合えっ!)
雅は、手に出現した剣を迷わずに上から下に振り下ろした。
すると、その切っ先から眩い光りを放つ一閃が放たれた。
その一閃は、巨大な顎門を開き、今にでも光線を放ちそうな巨大狼形魔聴獣に直撃した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
(よし! 当たった!)
巨大狼形魔聴獣は、首を切断され倒れ込む。
(今のうちにみんなを!)
雅は撫子に駆け寄り、手話で話しかける。
『撫子さん! 今の内に二人を基地に連れて行きましょう!』
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
撫子は、雅の力を目の当たりにして呆けていた。何かを言っているようだが、雅にはそれが伝わらない。
『撫子さん!』
雅に肩を揺さぶられ、ハッと我に返った撫子は手話でーー、
「『すみません! 取り乱してしまいました。今の内にお二人を搬送し、治療を施しましょう!』」
『はい!』
そして、二人は劉備と弁慶を抱え、ラボに戻ろうとした。と、その時ーー、
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「っ!?」
撫子のふくらはぎから突如、血が迸った。撫子のふくらはぎには穴が開いている。
(撫子さん!?)
雅は慌てて撫子に駆け寄る。
「『だ、大丈夫です……それより、あなたは先に逃げて……』」
撫子は血が溢れ出てくるふくらはぎを右手で押さえながら、雅に逃げるよう左手で手話を行う。
雅は後ろを振り向く。するとそこには、先程切断したはずの首が、なぜか元通りになった巨大狼形魔聴獣が立っていた。
(な、なんで……!? さっき倒したはずじゃ……!? あ……)
雅は思い出していた。魔聴獣を倒したら倒された魔聴獣は ”塵一つ残さず跡形もなく消えると言う事を”。
(倒せて、なかった……? 僕の力じゃ、駄目だったの……?)
雅が絶望していると、撫子が肩を叩いてくる。雅がそちらを向くとーー、
「『雅君の力はあの怪物に通じていました。でも、あの怪物の再生能力が桁違いで、生半可な攻撃じゃ倒せないんです』」
と、手話で言ってくれた。
(そうか……そういう事か……)
雅は何かに気がついた。
(僕がさっき放ったのはただの攻撃。でも、撫子さん達は何か ”技” を使ってた……でも、どうすればいいか分かんないし……)
「『雅君、早く逃げてください』」
撫子はなおも逃げるように言ってくる。
(ここで逃げるなんてできない)
雅は辺りを見渡す。
意識なくボロボロになり倒れる劉備と弁慶。ふくらはぎから血を流してへたり込む撫子。
そんな光景を目の当たりにし雅はーー、
『僕は逃げません! みんなを守れる、戦える力があるから!』
そう手話で撫子に宣言した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
何を言ってるか分からないが、口の動きがゆっくりだったので、読唇術で雅は撫子が「雅君……」と言ったのが分かった。
(どうやれば技が出せるのか分からないけど、撫子さん達を守る為に、僕は!)
「ああああああああああああああああああああ!!」
雅は叫び声を上げながら、剣を上から下に振り下ろした。すると、切っ先から先程とは違う閃光が放たれた。
そして、それは巨大狼形魔聴獣に命中。魔聴獣は消滅した。
(や、やった……?)
雅は呆然と立ち尽くす。
(僕、やったの……? あ、あれ……?)
雅は剣を落とし、その場に倒れ込んでしまった。
エピローグ
「あれが ”真の剣” ですか〜」
どこか分からない、壁全体が黄色とオレンジ色に染まった部屋に、モコモコのパジャマのような服を着た、橙色のショートカットが特徴的な女性が嬉しそうにベッドの上で呟いた。
「ふふっ! これは楽しみが増えましたね〜♪」
ベッドから勢いよく降りた女性は、指を鳴らす。と、一瞬で服装をチャンジさせた。
その服装は、黄色のワンピース。まるでひまわりのような可愛らしい服。
女性はその場でスカートを翻しながら回転しーー、
「私の夢が叶っちゃうかもしれませんね〜! うふふ! 楽しみ! 楽しみですね〜!」
ピタッと動きを止め、一点を見つめ出す女性。すると先ほどまでとは打って変わって低い声になりーー、
「私達の邪魔をする救世主には、夢なんて ”必要ない” ですね〜。では、壊しましょうか。邪魔者達の夢を」
女性は、部屋を出ていった。
この女性は、一体誰で、何を企んでいるのだろう。