役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 07
ハルジオンの街から拠点のテントは二時間ほどの道のり。
道中にフリッサはウルエの作戦を説明して、シャルクスとルーデシアは幾度も質問しながら検討していた。はじめは、冗談、現実味がない、と決めつけていたけれど、すぐに真剣に考え始めて甘いところを詰めていく。
二時間ほど歩いて露払いのメンバーと拠点のテントで合流した。
街道沿いの空地に向かい合うように五張のテントを設営しており、中央に露払いのメンバー五人が集合していた。アイギスのテントは個別にあり、残りの二張は、武具や食料や替えの衣類などの生活必需品を入れたテント、露払いのメンバーが交代で休むためのテントだ。
拠点のテントに着いてすぐ、それぞれ準備を始めた。
軽戦士のフリッサは、着ている服の上から急所を守るための胸当てをつけて、腰に武器のエストックを装備すると準備は終わり。
魔導士のルーデシアは、テントから少し離れた小川に屈み込み、口内に指を入れて「オロロロロー」と嘔吐しては水で口をゆすぐ。
重戦士のシャルクスは一度肌着になるまで脱いでからチェインメイルを着込んで、さらに急所や手には防具つけて、大振りのバルディッシュを担ぐ。相当な重量のはずなのに、軽やかな身のこなし。
フリッサ、ルーデシア、シャルクス――三人集まると誰となくベヒーモスの縄張りへ向けて歩き始めた。ここからは必要最低限の言葉しか交わさない。
各々、集中するために時間を費やす。
そうしているうちに、平原の向こうにベヒーモスが見えてきた。一見すると黒い岩のように見えるけれど、目を凝らすと僅かに動いているのが確認できた。
「さて、どこで仕掛けようか」
「出来るかぎり近づいてからにしましょう。気づかれるまで。……いいえ、敵視されるまで」
尋ねたシャルクスに、フリッサは淡々と答えた。
残り三〇〇メートル――ベヒーモスの耳がぴくりと動いて、こちらを一瞥するも攻撃するような素振りはない。どうやら空腹ではないらしく、見逃してやると言わんばかりの態度だ。なおも近づく足音に、ベヒーモスの意識が段々とこちらへ向いてきた。
残り五〇メートル――ベヒーモスの双眸がフリッサたちを捉えた。
散歩するように近づく三人へ、ベヒーモスは地を這うような咆哮をあげた。ただの咆哮ではなく、魔導のちからを利用して特殊な波長で空気を震わす。魔導耐性がなければ全身が痺れて、次の瞬間に殺されてしまう。
「小賢しい真似を」
ルーデシアは舌打ちすると右手を突き出した。同時に三人を囲むように薄青の幕が張られていく。ルーデシアの魔導壁だ。咆哮の波が薄青の幕に触れると魔導のちからは失われて、エーテルの風が三人の体をすぎていく。
小さな三人は狩られるだけの獲物ではない。倒すべき敵なのだとベヒーモスも察した。
「いち……」
フリッサは口の中で唱えて、エストックを抜いた。風のように俊敏な動きで駆け出して、一気にベヒーモスへ肉薄していく。シャルクスも金属鎧のこすれあう音を響かせて、重装備とは思えない速度で走りだす。
「ご……ろく……しち」
フリッサは走りながら、戦いの始まりから秒単位で時間を数えた。
『ベヒーモスを三〇秒で倒す作戦とやらを聞かせてよ。はやくはやく』
『はいはい。……ええと、はじめはギルドの作戦と似てるんだけど。フリッサとシャルクスは、左右にわかれて、ルーデシアの土魔導で坂道を上がり、ベヒーモスを挟むように頭上まで移動します。はじめにフリッサが攻撃を仕掛けます。ここまでは、ギルドの作戦とおなじですね』
『うんうん、それで』
土魔導で作られた坂道を駆けあがるときに、ウルエとの会話が脳裏をかすめた。
崖のような土壁に挟まれたベヒーモスは、目測で一五メートルほどあるだろう。ベヒーモスの中でも大きな部類なのは事前情報の通りだ。見上げるように鼻を上げて、フリッサとシャルクスを視界へ捉え続けていた。
(視界へ捉えるために、見上げなければいけないんだ。もしもそうなら、ウルエの作戦は上手くいく。見えていない攻撃は回避できないから)
フリッサは思いながら、ごくり、と唾を飲んだ。
はじめに仕掛けたのはフリッサ。
ベヒーモスの真横上空から跳躍して、首の中心にエストックを突き刺そうと狙う――が、ベヒーモスは一歩引いてかわす。
「じゅう……じゅういち……じゅうに」
ベヒーモスは次の攻撃に――シャルクスの攻撃に備えて、未だに鼻を上げて見上げたままだ。ベヒーモスの視界から、完全にフリッサは外れていた。
『ギルドの作戦では一旦引きますが、引かずに飛び込むんです。首の真下から攻撃を仕掛けるために。ルーデシアの土魔導で足もとを持ち上げて、エストックを突き刺す。首を貫く。それで勝ちです』
『そんなに上手くいくかな。本当にフリッサから視線が外れるの? 避けられるんじゃないの? ほら、ベヒーモスの見える範囲は人よりも広いらしいから』
『ベヒーモスの視界は左右に広く、ほとんど死角はありません』
『ほらね、失敗するんじゃないの?』
『いいえ、上下の視界は左右ほど広くない、むしろ狭いんです。大角のせいで、斜め上の視界が悪く、頭上からの攻撃に対応するには上を向かないといけない。左右からの攻撃には対応できても、上下からの攻撃に対応するのは、ベヒーモスの性質上できないんです。もしもフリッサから視線が外れなければ、シャルクスが完全に視界から消えます。見えていない攻撃は回避できません』
「じゅうし……じゅうご……じゅうろく」
フリッサはベヒーモスの懐へ飛び込んだ。ベヒーモスは囮のシャルクスに釘付けで、フリッサが首の真下にいるのも気付かない。
数多くのベヒーモスを討伐しながら、どうして今まで、これほど大きな隙を見逃していたのだろう。理由は簡単だ。ベヒーモスは視野が広く、真後ろにでも回り込まないかぎり、死角を突けない。正面にいながら見えていないなど考えたことすらなかった。
ウルエの作戦は、未来を予言していたように恐ろしいほど的中した。
『踏み込む勇気と、もしも攻撃がきても一撃を避けるだけの技術があれば。……アイギスメンバーなら確実に仕留められます』
『なるほどね。……ところで試しに訊くんだけど。君は始めに、何頭? と質問したよね。君が指示を出せば、何頭まで同時に倒せると思うの?』
『三頭……いえ、作戦を練れば四頭なら、犠牲を出さずに勝てると思います』
『よ、四頭? 冗談よね』
『ううん、四頭なら大丈夫だと思うけど。五頭になれば厳しいかな。もちろん、指示しか出せない役立たずがいるのも計算に入れてね』
『……もう、降参』
四頭同時に相手をして、犠牲を出さずに勝つなんて馬鹿な話だけれど、信じていいのかもしれない。ベヒーモスを三〇秒で倒すどころではなく、二〇秒もいらない。
「じゅうなな……ルーデシア!」
フリッサが叫んだ瞬間、突き上げたエストックがベヒーモスの首を貫ていた。
ありえない。最短でも三日かけて討伐してきたベヒーモスを、一八秒で倒すなんて――。
「うそ、よね……」
手応えも、経験も、討伐したと体が覚えているのに言葉にせずにいられない。
「本当に、勝てた、の」
夢を見ているように現実感が乏しい勝利。
薄れゆく意識の中でベヒーモスが見たのは、信じられないと目を見開いて驚く小さな勝者の顔だった。なにをされたのかもわからないまま、ベヒーモスの意識は命の燈火ごと消えた。
シャルクスを乗せた土塊が音もなくもとの地面へ落ちていく。驚きのあまり無意識にルーデシアが魔導を解いていたからだ。フリッサはベヒーモスの亡骸に押しつぶされそうになり、ようやく正気に戻ると慌てて身を引いた。
数秒をかけて一五メートルの巨体が砂塵を上げて横たわり、フリッサの胸にじわじわと実感が広がった。
「……ふふ」
ありえない事が起きると、驚きの次に笑いが込み上げるものらしい。
フリッサは口もとに握りこぶしを軽く当てて、小さく肩を揺らしながら笑声を上げた。
「あはは、なにこれ」
「は、はは……ねえ、フリッサ、三〇秒も掛かったかな」
釣られるようにシャルクスも苦笑しながら尋ねた。
「いいえ、一八秒です。わたしたちは、一八秒で、ベヒーモスを倒しました。倒して、しまいました。……ふふ、おかしい」
「本当に秘策だね」
ハッとして、次の瞬間にフリッサは駆け出していた。
ウルエの作戦がなければ、いくら体を鍛えても一八秒で倒せるとは思えない。新しい世界を垣間見たような感覚に胸が高鳴り、ウルエに会いたいと気ばかり急いた。
約束通り探し出して、伝えたい。
あなたの作戦でベヒーモスを倒せたと。あなたと一緒に戦いたいと。
ルーデシアとすれ違うときに「どこにいくのよ」と声を掛けられ、フリッサは振り返り、お日様のような笑顔で答えた。
「探すんです、ウルエを。どこにいても見つけて、仲間に誘うから。わたしは一足先にハルジオンに戻りますね」
遠ざかるフリッサの背中に「どう探すつもりよ」とルーデシアは大声で質問した。
アイギスメンバーはギルドからの依頼でもなければ所属の街を離れてはいけないと決まりがあるため、フリッサはハルジオンの街から離れられない。ハルジオンにいないウルエを、どう探すつもりなのだろう、とルーデシアの疑問は当然だった。
「大丈夫です。任せてください」
フリッサは手を大きく振りながら答えて、体を戻して駆けだす。フリッサが見えなくなると、のんびりした足取りでシャルクスが近づいてきた。
「フリッサは元気だな。ベヒーモスを倒した後なのに」
「いつもなら、満身創痍だもん」
くすくす、と顔を見合わせて笑う。
「勝てたわね、本当に」
「ああ……。まずは露払いのメンバーに、報告にいこうか」
「そうね」
シャルクスとルーデシアは、のんびりと拠点のテントまで街道を歩き始めた。露払いのメンバーがどんな顔をして驚くのか、そんな話をしながら。




