役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 70
漆黒のドラゴンと相見えてから、一時間。
ドラゴンの通りすぎた道は、ことごとく破壊のかぎりを尽くされて、あとに残るのは焼けた大地のみ。はるかな上空から注ぐ日射しは、まだ昼近く。一時間を一日のように長く感じた。白炎の魔導攻撃を回避するために極限まで集中して、時間の感覚が麻痺したのだろう。
濃霧のような高密度のエーテルが集まり、一点に集中していく。魔導攻撃の予兆。フリッサはステップを踏むように躱そうとして、シニヨンに纏めていた銀髪がふわりと大きくなびいた。留め具のスティックが外れて、マジェステ本体も髪から離れていく。
咄嗟の行動だった。回避を中断して、マジェステに手を伸ばす。ウルエからプレゼントされたものを落として壊したくない。
「逃げて!」
悲鳴のようなルーデシアの叫び声。
掴んで安心した瞬間に、フリッサは今の状況を思い出した。エーテルは収縮を済ませて、次の瞬間にも白炎に焼かれるだろう。もう、逃げられない、と諦めて膝を突く。不思議と心は穏やかで、ここで死ぬんだ、と他人事のように思う。
白炎の魔導攻撃が視界を埋め尽くして、フリッサはマジェステを胸に抱きしめた。白一色の世界へ呑み込まれていく寸前に、薄青の幕がフリッサを包み込んだ。幕に触れた白炎の魔導攻撃は、無害なエーテルに変換されてフリッサの体を通過していく。
「逃げて、はやく……」
絞り出すようなルーデシアの苦悶の声。
逃げないと。ルーデシアの魔導壁でも長くはもたない。ここに居たら、仲間の作り出してくれた寸秒を無駄にしてしまう。フリッサが動き出そうとしたときに、弾き飛ばされるように攻撃の範囲外に出ていた。次の瞬間に魔導壁は貫かれて、大地を焼き焦がす。
助けられた、でも、だれに。
フリッサが不思議に思うのと同時に、犯人はフリッサの胸もとで見動く。
「……なんでよ、なんでここに」
フリッサは信じられない、信じたくないと声を震わせた。
柔らかな黄金色の髪、可愛らしい碧眼の少年。フリッサを突き飛ばして助けたのは、誰よりも守りたい愛しい人。一歩間違えれば、ウルエを道ずれにしていた。一秒遅ければ、ウルエは死んでいた。いや、そんなことよりも、理由がわからない。幻覚と言われたほうが、まだ現実的だ。
「もちろん、倒すためですよ。……お姉さまの敵は、ぶち殺す」
フリッサの疑問に答えたのは、パメラ。ドラゴンに中指を立てて、舌をだす。
「奇跡は、起きなければ奇跡とは言わないんです。……奇跡、起こしにきました」
フリッサの胸もとからウルエは顔を出して、青色の瞳を細めて笑う。
征戦前夜、フリッサとウルエは約束していた。もしも漆黒のドラゴンを倒せたなら、ウルエをアイギスに任命すること、ウルエと恋人になること。諦めないなら、奇跡を起こして、と。
倒せるの、なんて野暮なことは訊かない。ウルエは信じられないような作戦を次々と考えて、周囲を驚かせてきた。今回もおなじだ。ただ信じればいい。
ウルエは表情を引き締めて、アイギスメンバーに指示を飛ばす。
「シャルクスとルーデシアは、攻撃を引きつけながら、二〇メートルほど右に誘導。出来るかぎり、ドラゴンの気を引いてください」
ウルエの指示に「ああ」「任せて」と短く答えて、シャルクスは足もとに駆け寄り、バルディッシュを大きく凪ぐ。漆黒の鱗は、甲高い音を立てて攻撃を弾いた。ルーデシアはシャルクスにばかり攻撃が集まらないように、魔導攻撃で気を引く。ふたりは指示通りにドラゴンを誘導していく。
「指定の位置まで誘導したら、フリッサは尻尾から駆け上がり、眉間にエストックを突き立てて。エストックを固定したら、すぐに離れて」
早口でも聞き取りやすい声。
フリッサは銀髪をハーフアップに纏めてマジェステで留めて、ウルエを抱きしめてすぐに離れた。ウルエの指示通り、逆鱗のエストックを片手に死角を上手く使いながら、漆黒のドラゴンの背後へ回り込んでいく。
「……凄い」
パメラは思わず呟いていた。
刻一刻と変化していく戦況に合わせたウルエの指示。ウルエの指示の意味を、アイギスの誰も知らない。というのに、ウルエの指示に一点の疑問すら抱かず、指示の通りに動いていく。絶対的な信頼。ウルエを心から信じていなければ、こうも迅速に動けない。
グルズとアキュリスの三人でパーティーを組んでいたときは、それぞれ好き勝手に動いていた。パーティーを組んで戦う本当の意味は、こういうことなのだろう。
相手に命を預けて、相手の命を背負う。その一員として、ここで戦えることが、パメラは心の底から嬉しく感じた。今回かぎりのパーティーだとしても。
漆黒のドラゴンを誘導した位置には、空を遮るものがない。雲のない晴天。
フリッサは尻尾に飛び乗り、背中を駆け上がっていく。数秒のうちに頭部へ到達すると、眉間にエストックを突き立てた。ちからを込めて、エストックの剣先が眉間のなかへ沈んでいく。針で刺された程度の痛みに、咆哮が轟いた。
「パメラ、お願いします」
「は、はい」
ウルエの指示に上擦りながら返事したパメラは、右手を突き出して集中した。地面が盛り上がり、地中に隠していたゴーレムが姿を現す。ゴーレムは、エストックを突き刺すための決め手だ。パメラは突き出していた右手を勢いよく空へ向けて、ゴーレムは弾かれたように空高くへ飛んでいく。
漆黒のドラゴンは頭部からフリッサを払おうと首を激しく振りまわして、フリッサは耐えきれずに弾き飛ばされた。ウルエは駆け出してフリッサを抱きしめるように手を伸ばす。抱きとめて一緒に転がり、ようやく止まると、ウルエの胸のなかでフリッサは苦痛に喘いだ。
痛みに眉を歪めながらも「次は、なにをすればいい」と指示を仰ぐ。
ウルエは漆黒のドラゴンを見やり、眉間にエストックが浅く刺さっているのを確認して、安心したように息を吐いた。
「あとは見守るだけ。僕たちの仕事は、終わりです」
ウルエの腕に抱かれて、フリッサは安心したように眉尻をさげた。自然と指を絡めて手を繋ぐ。ウルエは空を仰ぐように見上げて、フリッサも真似て空を見た。
漆黒のドラゴンの頭部に影が差す。晴天の空から射した影は、八メートルほどの巨大なゴーレムの影だ。漆黒のドラゴンは上空を見上げて、ゴーレムに気づくと高密度のエーテルを集めていく。
ここまで誘導したのは、ゴーレムに敢えて気づかせるため。
漆黒のドラゴンの動きを封じるため。
人間ごとき、脅威にならない。でも、空から飛来してくるゴーレムなら、脅威と判断するだろう。弱者なら逃げだすような状況でも、絶対的な強者に逃げるという選択肢はない。
これまでの攻撃とは比較にならない濃度のエーテル。漆黒のドラゴンの巨体を霞ませるほどに、高密度のエーテルが集められていく。最強の魔獣、本気の一撃。空気が悲鳴をあげながら、黒炎の魔導攻撃はゴーレムへ向けて放たれた。




