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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 65

 征戦前夜、パメラは久しぶりに凱旋通りを歩いていた。

 毎夜、祭りのように活気に溢れていた凱旋通りの夜も今は静かで、タペストリーを吊るして松明を焚く店は僅かしかない。まるで廃墟のような凱旋通りを歩いているだけで、パメラの胸は絞めつけられるように痛んだ。

 住人の半数はハルジオンから避難した。ハルジオンに残ると決めた人は、大切な人と一緒の時間をすごしているのだろう。悔いを残さないように。

 アンナロッテは今日の訓練の終わりに「わたしは街に残るわ」と打ち明けて、パメラは「アイギスの見送りのあとに、わたしは避難するから」と返した。数少ない友人と、これからは別々の道を歩んでいく。今生の別れかもしれないのに、泣きながら抱き合うみたいなこともなく、いつも通りの挨拶で別れた。

 ぼんやり考え事をしているうちに、目的の店に着いた。

 タペストリーは無く、松明の代わりに扉のところに美しい銀細工のランタンが吊るされていた。ルーデシアの贔屓の店で、銀細工のランタンもルーデシアのもの。パメラは目印の銀細工のランタンを手にとり、ノックしてから扉をひらく。

 店内は暗く、奥のテーブルだけに明かりが点されていた。

「ありがとう、来てくれて」

 奥のテーブル、明かりは声を主の小柄な魔導士を淡く照らす。

「……お姉さま」

 呼ばれて小柄な魔導士――ルーデシアは微笑みながらパメラを手招きした。

 エーテル変色のせいで唯でさえ幻想的な外見は、揺らめく明かりで息を呑むほどに儚く美しい。明日の今頃、この小さな魔導士の命は尽きているから、いつもより儚く美しく見えるのかもしれない。ハルジオンの街を守るために、命を捧げて。

 鼻の奥がツンとして、でも涙だけは堪えた。

「お姉さまの呼び出しなら、どんな予定よりも優先します」

 いつも通りを心掛けて、意図して楽しそうにパメラは言う。

 ルーデシアは満足そうに微笑んで「こうして一緒に飲むのは、はじめてよね」と一旦席を離れて、慣れた手つきでコップに果実酒を注いでいく。パメラがテーブルへ着いてすぐに、ルーデシアもコップを片手に着席した。用意された果実酒は一杯だけで、パメラのまえには置かれていない。

「お姉さまのお薦めの果実酒はどれです。どうせだから、お薦めを飲みたい」

 ルーデシアはなにも答えずに果実酒を一口だけ飲んで、パメラのまえに差し出した。

「姉から妹へ」

 ルーデシアの意味深な言葉に、パメラは首を傾げた。

 自称妹で、ルーデシアから妹と呼ばれたことはない。いきなり妹と言われたこと、儀式めいた言葉に、すんなり受け入れるよりも疑問のほうが先にわいた。ルーデシアは「あんた、馬鹿だから知らないのよ」といつもの呆れ声で返してから、丁寧に説明していく。

「もともとは親を亡くした姉妹の話。食べものも満足に買えなくて、ひとつのパンを姉は先に一口食べて、空腹の妹に残りを譲ってたんだ。パンでも水でも、姉が口にするのは一口だけで、残りを愛しい妹に与えていた。先に口にするのも、毒や腐敗を調べるためにそうしていたらしいの」

「優しい姉ですね」

 パメラは相槌のように一言感想を述べて、しばらくして気付いた。果実酒を一口飲んで差し出してきたのは、この話に準えているのだろう。ルーデシアは「とても優しくて、とてもありがちな話よ」と説明を続けていく。

「ある日のこと、いつものように水を一口飲んでから、大丈夫だよ、と妹にコップを差し出したんだけど、その水には毒が含まれていた。妹は一口で毒に気付いたんだけど、味覚よりも姉の言葉を信じて、毒の水を飲み干した」

「どうして、姉は嘘を吐いたの」

 パメラの疑問に、ルーデシアは意地悪く笑うと「どうしてだと思う」と尋ねた。パメラは「うーん」と唸りながら、考え込んだ。姉は食事のほとんどを妹に譲るほど愛していた。先に一口食べるのも、毒見を兼ねていたから。こういうことを避けるために、毒見していたはずなのに。

 しばらくして、ルーデシアは答えを明かした。

「姉は食事のほとんどを妹に与えていたから、味覚が無くなるほど衰弱していたのよ。衰弱していた姉は一口の毒で死んで、姉の言葉を信じた妹もまた、おなじ毒で死んだ」

「……悲しい話」

 ぽつり、とパメラは呟いた。

「姉は飢えても妹に食事を譲り、妹は一途に姉を信じていた。そうね、悲しくて美しい姉妹愛の話。この逸話をもとに、姉は一口飲んでから、残りを妹に譲り、姉妹の契りを結ぶという儀式ができたの。毒の入れられた水の代わりに、果実酒で代用するみたい」

 パメラはコップを両手で持ち「姉妹の契り」と小さく呟いた。ルーデシアは明日の命。姉妹の話に準えているなら、もしかしたら本当は毒を入れているかもしれない。一緒に死んだ姉妹のように。

(……ああ、そういうことなんだ)

 もしかしたら毒なのかもしれない、と妹は思いながら、でも姉の言葉を信じて飲み干した。ルーデシアと姉妹の契りを結ぶために必要なのは、一途に姉を信じること。果実酒で代用しているなら、毒は入れられていない。そう信じること。

「わたしとあなたの、姉妹の契りよ」

 ルーデシアの言葉に促されるように、パメラはコップに口をつけて傾けた。どんな果実酒よりも香り高くて美味しく感じた。飲み干して、空のコップをテーブルへ置く。

「美味しいです」

「あたりまえよ、高いんだから」

 パメラの言葉に、ルーデシアは照れ臭そうに笑う。

 ルーデシアはパメラの果実酒を注ぐだけで、大好きな果実酒を一口しか飲んでいない。一緒に飲みたい、とパメラが催促しても、いいから、と断られた。

 二時間ほど経ち、パメラはテーブルに置いた腕を枕にして、夢現をさまよう。ふわり、と肩に重さがくわわり、ルーデシアの香りがした。果実酒よりも甘くて、くらくらするような香り。パメラは寝ぼけ眼で確認すると、絹を黒く染めたような艶やかなローブが肩に掛けられていた。先程までルーデシアが着ていた、愛用のローブ。

「……これ、お姉さまの」

「妹は、姉のおさがりを着るものよ。一度くらい、姉らしいこともしてみたいの」

 ルーデシアはうしろからパメラを抱きしめて、パメラの頬に顔を寄せた。頬を通して姉妹の温もりが伝い合う。

「代わりに、お願いを聞いてほしいの。……ウルエを連れて、ハルジオンから避難して。わたしたちの仲間を、あなたに託すわ」

 頼んだわよ、と言い含めてルーデシアの温もりは離れた。足音が遠ざかり、パメラはぼんやりルーデシアの背中を眺めていた。ルーデシアは扉のまえで振り返り「生きて、わたしの代わりに」と言い残して、店から出ていく。

 扉の向こうにルーデシアの背中が消えて、壊れたように涙が溢れた。

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