役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 61
ギルドを出てから、あてどなく街を歩く。
すれ違う人たちは早足で、いつもなら数歩ごとに声を掛けられるのに、今日は挨拶すらされない。アイギスでも倒せない魔獣が現れたから、他人を気遣う余裕はないのだろう。話し掛けてくれるなら相談できても、急ぎ足のところを呼び止めるのは気が引けた。
しばらく歩いて、ハルジオン広場に着くと噴水のふちに腰をおろす。
目のまえを忙しく行き交う人たちをぼんやり眺めていると「となり、いい」と声を掛けられて、ウルエは声のしたほうを向いて息を呑んだ。三人組パーティーの魔導士、ショルテ。ローブをまとう彼女の右腕のところは、なにも無いように見えた。パーティーメンバーも見当たらない。
「あの、それは……」
ウルエは右腕のあたりを見ながら躊躇うように尋ねた。
ショルテは苦笑して、このとおり、と言わんばかりに左手で右腕のあたりを抱くようにした。ローブは抵抗なく、欠損した右腕の空気を吐きだす。
「へまをして、この有様」
ショルテは苦々しく表情を歪めて、自嘲するように鼻で短く息を吐いた。ショルテと一緒にクプンマで食事をしてから、まだ一〇日ほど。あのときは、ショルテの右腕は確かに存在していて、パーティーメンバーも一緒だった。
「他の人たちは」
青年戦士と髭もじゃの戦士――パーティーメンバーのことを尋ねると、返答よりも雄弁にショルテの顔は苦痛に満ちていく。
「死んだわ」
悲しみを押し殺した声で答えて、一度鼻を啜り、欠損した右腕を抱きしめるようにしながら「漆黒のドラゴンに殺された」と小さくつけ足した。
「……うそ」
こんな、くだらなくて最低な嘘を吐くような人ではない。でも信じられなくて、思わず声に出ていた。ショルテたちのパーティーは遠慮なく軽口を叩き合うような関係で、互いに遠慮しないところが羨ましくて、パーティーに入れてほしいと頼んだ。手ひどい言葉で断られた訳だけれど、一緒に食事して和解して、話していて気さくで気持ちのいい人達だった。
「本当なら、君と楽しくお喋りしたいところなんだけど。仲間の遺品整理をしたくて、療養所に無理を通したの。フリッサ様の話だと、君と、ううん、君の祖先と因縁があるみたいだから、一言伝えたくて。ごめんね、また暇なときに話そう」
左手を振り、別れの挨拶を済ませて背を向けたショルテのローブを、ウルエは掴んでいた。振りかえり、どうしたの、と優しく問うようにショルテの目が細められていく。
漆黒のドラゴンに仲間を殺されたショルテなら、手を貸してくれるかもしれない。
「漆黒のドラゴンを倒すのに、たくさん魔導士を集めないといけなくて」
ショルテは身を乗りだすようにウルエへ近づいて、目を丸くひらく。漆黒のドラゴンの脅威を体験したショルテには、あれが人の手で倒せるとは思えない。フリッサにティルターンゲリ王国の話をきいて、天災のように人の手に負えないものと確信した。
「……倒せるの?」
「倒せます」
ショルテの疑問に、ウルエは自信満々に答えて「でも、倒すために、魔導士をたくさん集めないといけなくて。だから、ショルテにも手を貸してほしくて。もちろん、少額ですが報奨金も出します」と事情を簡単に説明した。
ショルテは唇に人差し指を添えて考えるような仕草をしながら言う。
「うーん、そうねえ。報奨金もいいんだけど、これから一緒に食事をしましょう。報奨金の代わりに、君の奢りね。詳しく話も聞きたいから」
「はい、クプンマで奢ります」
クプンマはハルジオンの食事処でも指折りの高級店。痛い出費とはいえ、報奨金の代わりに一食の代金なら破格。命を懸けるには安すぎだ。クプンマで食事を待つあいだ、作戦の詳細をショルテに話して、ギルドマスターとの話し合いの詳細も話した。
「人集めを僕に丸投げするなんて、どうかしてますよ」
愚痴を漏らすウルエに「いい人選だと思うけど」とショルテは首を傾げた。
「よくないです。ようやくひとり、ショルテを確保しただけなんだから」
「確保されちゃいましたー」とショルテはお道化たあとに「一番に、わたしに声を掛けてくれたんだ。ウルエの名前を出していいなら、代わりに人集めをしてもいいよ。わたしも仲間の仇を取りたいから」と提案した。
「いいの、頼んでも」
「うん、任せてよ」
提案に飛びついたウルエ。ショルテは左手を丸めて胸を叩く。
「僕の名前が必要なら、いくらでも出して。あまり効果は無いと思うけど」
ショルテは「あはは」と声を上げて笑うだけで、否定も肯定もしない。仲間が死んで、隻腕になり、はじめて心から笑えた。一番に声を掛けてくれた、とショルテが確信しているのは、ウルエに頼まれて断るような魔導士はハルジオンにいないからだ。言葉で説明しても、ウルエは首を傾げるだろう。ウルエの名前でたくさん魔導士を集めて、自覚させてやりたい。ウルエの驚く顔を思い描きながら、ショルテは雑談と食事を楽しんだ。
人の金で食事は美味しい、命を懸けてもいいと思えるくらいに。




