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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 05

 メギドハ街道でベヒーモスらしき魔獣を見かけたと目撃情報が寄せられたのは、フリッサとウルエが出会うよりも五日ほど前のこと。フリッサは近々ベヒーモスの討伐依頼が出されると予想して、ウルエとの仮想戦闘にベヒーモスを選んだ。

 アイギスに討伐依頼が出されたのは、ウルエとの出会いからさらに三日後。

 ハルジオン広場に多くの人が集まり、みんなの前でギルドマスターからアイギスに討伐依頼を出すという式典が執り行われた。討伐に向かうのは、式典からさらに二日後。ベヒーモスの目撃情報が寄せられてから合計で一〇日経過していた。



 ギルドに出向いたフリッサは、ギルドマスターの部屋の前にいた。両開きの扉は流れるような木目が美しく、赤茶色の光沢があり高級感を漂わす。フリッサはノックしようと上げた手を胸もとに寄せて、ふたつのシグナキュラムのうち、ウルエの名が刻まれたものを握りしめた。

「あなたの作戦でベヒーモスを倒せたなら、約束通り、あなたを探します。試させてください。ウルエ、あなたの価値を」

 祈るように口の中で唱えて、シグナキュラムから手を離す。胸もとに落ちた金属プレートは、フリッサの名が刻まれたものと触れて高い音を鳴らした。

 フリッサは短く息を吐いて、今度こそノックした。

「アイギスメンバー、フリッサ。魔獣討伐の要請を受けて参りました」

「時間通りですね、フリッサ様」

 会話するような短さで聞き慣れたメアリの返答があり、右側の扉が内側へ開いた。フリッサは滑り込むように入室すると、すぐに扉を閉めた。

 応接ソファーに腰掛けていたギルドマスターのサムルクは、テーブルに広げた羊皮紙を眺めながら眉間にしわを寄せていたが、フリッサに気付くと顔を上げて柔和に微笑んだ。

「おはよう、フリッサ。これで全員集合しましたね」

 サムルクの穏やかな声が部屋に響く。ツーブロックのオールバックは白髪が目立ち始めているものの清潔感があり、服も洗い立てのように染みも汚れもない。ギルドマスターのサムルクを一言で表すなら好々爺だ。

「おはようございます、ギルドマスター。シャルクスとメアリもおはよう」

 メアリを口説いていたシャルクスは、ラセットブラウンの髪をかき上げて「残念ながら時間のようだね、メアリ」と白い歯をちらつかせた。

「娼婦の香を漂わせて口説くのは、マナー違反だと思いますよ」

 冷たく言い放つとメアリはすたすたとギルドマスターのとなりへ座り、シャルクスは服の腋のあたりを、くんくん、と嗅いでいた。

「なあ、フリッサ。臭うかな」

「知りません。嗅がせようとしないでください。気になるなら、娼婦館に通うのをやめればいいんですよ」

 呆れながら返したフリッサは、ルーデシアはどこだろうと部屋の中を見回した。ギルドマスターのサムルク、アイギス専属スタッフのメアリ、アイギスの重戦士シャルクス。いくら見回してもアイギスの魔導士だけが見当たらない。

「ルーデシアが見当たらないのですが」

「いるよー」

 応接ソファーから返事が聞こえて、背凭れから手が生えたかと思うと、風にそよぐ草のように振られた。シャルクスはソファーから生えた手を握り、寝転んでいたルーデシアを起こす。

「乱暴にしないでよ、シャルクス。……うええ、気持ち悪う」

 今にも吐きそうに口もとに手をやり、ルーデシアは青い顔をしていた。

 肩口で揃えられた癖毛の髪は左側が黒く、右側は白色。瞳は鮮やかな紫色。手の爪は黒色。ルーデシアの見た目が幻想的なのは、膨大なエーテルを体内に蓄積しているために色素が変化しているからだ。エーテル変色が起きるのは魔導士のなかでも一〇〇〇人に一人の割合で、一流の魔導士の証。

「また酒場のハシゴでもしたのかい」

「いいでしょう、水は喉を潤して酒は心を潤すんだから。そういうシャルクスは、娼婦のハシゴでしょう。早漏め」

 シャルクスは髪をかき上げて「早漏ではなく絶倫というんだよ」と訂正してから「ベヒーモスとの長期戦に備えて英気を養っていたんだ」と小柄なルーデシアをソファーの端へ追いやり、空いた中央にどかりと座り込んだ。

「英気を養う、ねえ……。精気を吸い取られてるの間違いでしょう」

「シャルクス様は、吸い取られるくらいで丁度よいと思います」

 ルーデシアの軽口を引き継ぐようにメアリは冷たく言う。

「無駄話は、それくらいにしておきましょう」

 シャルクスのとなりへ座りながら、フリッサは手を叩いて雑談をやめさせた。

 サムルクはテーブルに広げていた羊皮紙(地図を版画した紙に必要な情報を書き足したもの)をアイギスメンバーに正しく見えるように半回転させた。

「はじめにベヒーモス討伐の必要性について。つまり、今回の討伐依頼の重要性について伝えておきましょうか」

 サムルクはメギドハ街道を指でなぞりながら説明を始めた。

「メギドハ街道にベヒーモスが出現したため、閉鎖して対応していますが、ハルジオンとネモフィラを繋ぐ直通路はここしかありません。迂回するとなれば、ミズキヒ、ハゼン、トゲチシヤを経由することになり、一〇日は余計にかかるんですよ」

 年相応にしわの増えた指が忙しなく地図上を移動して迂回路の街を指していく。

 フリッサは聞き流しながら、髪を結んでいた。背中の中程まで伸びたストレートの銀髪を紐で縛り、折り返したところを紐の余りで結んだだけのシニヨンは動きやすいため、フリッサ定番のヘアスタイルだ。

「ネモフィラとの直通路がないのは痛いわ。わたしの心が渇いてしまう」

 ルーデシアは大袈裟な手振りを交えて嘆いた。

 ネモフィラはハルジオンよりも王都に近く、魔獣は出現しない。ハルジオンのように魔獣の出現エリアと接した街は、衣食から武具に至るまで他の街に依存していた。ハルジオンで魔獣を食い止めているのだから、近隣の街も安全をハルジオンに依存しているといえるだろう。

 サムルクの説明をメアリが引き継ぐ。

「ルーデシア様の仰られるように、最も影響が大きいのは果実酒で、およそ九割がネモフィラ産です。迂回路で運ぶとなれば単価は倍に高騰しますが、重要なのはそこではなく、ネモフィラに魔獣侵攻の可能性があること。もしも侵攻すればベヒーモスに対抗する手段はなく、壊滅的被害を受けて、メキドハ街道の魔獣を放置したハルジオンも当然罰を受けます」

 サムルクは、にこやかに目を細めて「ギルドマスターのわたしは……」と溜めを作り「これですね」と立てた親指で首の前に線を引いた。

 ネモフィラに魔獣が出ないおかげで果実酒の醸造もできるのだが、メキドハ街道に魔獣が住み着けばそれどころではない。メキドハ街道から縄張りを広げていけば、いずれネモフィラにたどり着き、自衛の手段がない街は滅ぶ。

 ベヒーモス討伐の必要性について話し終えると、サムルクはシーリングスタンプを地図上に置いた。

「ベヒーモスは、このあたりに」

 儀式剣の柄のような過剰装飾されたスタンプが置かれたのは、ハルジオン寄りのメギドハ街道の脇。次いで、インクボトルを地図上に置く。ベヒーモスのスタンプよりもさらにハルジオンに近い街道側に設けられた空地。こうした空地は、休憩や野宿するための場所で、メキドハ街道に点在していた。

「ここに露払いのメンバーが拠点のテントを設営してるはずです。ベヒーモスの縄張りから、そこそこ距離はあるんですが、安全のためと我慢してもらいたい」

 日を跨がなければ討伐できない魔獣が相手のときは、先んじて安全なところにテントを張り、食料を運んだり、武具を運んだり、夜間警備など討伐に専念できるようにサポートをおこなうメンバーがいた。その役割を露払いと呼んでいた。

 露払い、魔獣の情報提供、討伐した魔獣の解体運搬など、討伐外の依頼も多く、非討伐依頼を専門にこなす冒険者もいるくらいだ。

 次は依頼受注の手続きをおこなう。

 依頼を受けるときの流れは、受注用紙に依頼番号とシグナキュラムの番号を記入してギルドに提出。ギルド職員が注意事項などを口頭で説明して、同意のサインを書き込めば完了だ。

 メアリは地図を折り畳んでテーブルの端に寄せて、三枚の受注用紙を差し出した。

 受注用紙には、依頼番号とシグナキュラムの番号はすでに書き込まれており、同意のサインを書き込めば受注完了。メアリは喉の調子を整えるように空咳をしてから説明を始めた。

「本日より一〇日を経過して、報告がなければ、未帰還者リストに入ります。未帰還者は賃貸宿契約が無効になり、私物はギルドが回収して保管しますが、期間は三〇日となります。保管期間に応じて手数料を頂き、また期間をすぎたものは売却、ギルドの運営費に充てます」

 勝手に倒せばよい、倒してから報告すればよい。そういうふうに簡単に考えて、ギルドで受注せずに魔獣を倒しても、報酬も出なければ魔獣素材は格安で買い叩かれてしまう。

 ギルドが魔獣討伐の依頼を出して受注するという一連の流れは、冒険者の生死を把握するのに必要だからだ。死者のための宿はなく、一刻でも早く新たな冒険者を迎え入れるために空けておく。未帰還者リストに入るのは、死亡と同様に扱われた。

「露払いのメンバーに報告をするよう通達しているので、超過の心配はいりません。説明は以上です。問題がなければ用紙にサインをお願いします」

 三人のペンを走らせる音が静かに響いた。

 ベヒーモスは上位魔獣の中では出現頻度も高く、幾度も今のアイギスメンバーで討伐してきた。アイギス専属スタッフのメアリは、負けるはずないと信じながらも報告があるまで胃の痛むような日々をすごして、昼夜を問わず天に祈りを捧げることになるだろう。アイギスを送り出してから討伐の報告があるまでは、いつも気が重い。

(今回は、何日掛かるだろう)

 かりかり、とペンの音を聞きながらメアリが考えていると、一番に書き終えたフリッサがペンをスタンドに立てた。顔を上げたフリッサは、メアリへ戦女神のような好戦的な微笑みを向けながら冗談のようなことを言う。

「……では、夜には戻りますね。ベヒーモスを倒して」

 きょとん、とメアリは目を大きく開く。まだ書きかけのシャルクスとルーデシアもペンを止めて、メアリと似たような表情でフリッサのほうを見ていた。

「今日中に倒せるかもしれない。いいえ、三〇秒で倒せるかもしれない秘策があるんです」

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