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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 57

 ハルジオン広場に、溢れんばかりの人々が押し寄せていた。

 凱旋通りの反対側、ギルドの正面に二メートルほどの高さの特設舞台が設置されて、広場のどこからでも舞台上の人顔が見えた。舞台の中央にギルドマスターのサムルクが立ち、一歩引いたところに右から、フリッサ、シャルクス、ルーデシアの面々が並んでいた。ギルドからアイギスに命令をくだす式典。いつものこと、と呑気に構えた人たちの雑談は、サムルクが定型の挨拶を始めたところで徐々に静まり、低く枯れた声だけが広場に響いた。

「ハルジオンは現在、未曾有の危機にあります」

 サムルクの一言に、人々は騒めいた。

 静かな湖面に石を投げ込んだように、騒めきと動揺の輪は広がり、サムルクは一旦話すのをやめた。フリッサは騒めきの中でも響く澄んだ声で「みなさん、落ち着いてください」と呼び掛けて、次第にもとの静けさを取りもどす。

 サムルクは空咳をしてから話し始めた。

「ハルジオンの南西で漆黒のドラゴンが目撃されました。エーテル変色したドラゴンという説もあるほどに、未だかつてない強個体のドラゴンです。情報収集さえ困難をきわめ、一八名もの未帰還者を出しました。もたらされた情報から、漆黒のドラゴンの進路上に我々、ハルジオンの街があり、およそ二〇日で到達すると予測されています。このことを踏まえて今日より一五日後に、アイギスにドラゴンの進路を変えるように命じます」

 人々は息をするのも忘れたように静まり、次の瞬間、一気に騒めく。先程よりも大きな騒めきは、もはや騒音だ。どうして倒さないのよ、倒せば終わりなんだ、進路を変えるだけなら明日にでも出発させればいいだろ、街に近づけさせないでよ。などと怒号と悲鳴が入りまじり責め立てた。

 情報収集で未帰還者が出ることは稀で、悪天候で遭難したり、ほとんどは不慮の事故によるもの。今回は遠距離からの魔導攻撃により、未帰還者が相次いだ。倒せない敵。ウルエからの資料と作戦も未だに届かず、頭に叩き込んで訓練するための時間を考慮すれば、一五日でも足りない。倒せばいい、すぐにでも出発させればいい、なんて軽々しく言えるのは無知だからだ。

 フリッサは一歩まえに踏み出して「わたしからも話があります」と声を張りあげた。収まらない騒めきに掻き消されないように大声で伝えていく。

「はるかな昔に、ティルターンゲリという王国がありました。栄華を極めた王国は、一頭の魔獣、漆黒のドラゴンの襲来により滅びました。国を滅ぼすほどの脅威に、わたしたちの出来ることはかぎられています。討伐を試みて失敗するよりも、進路を変えるという選択をしました。ハルジオンを守るための最善の選択です」

 相変わらずの騒めき。でも、半数の人たちは、仰ぐようにフリッサを見上げていた。フリッサの紅眼から、命を落としても守り抜くという強い覚悟を感じたからだ。進路を変えたところで、フリッサをはじめアイギスの命はない。死地へ赴く覚悟を決めた英雄。責め立てるように騒いでいた声も次第に納まり、固唾を呑んでフリッサの言葉に耳を傾けた。

「わたしたちアイギスは、たとえ命果てようと漆黒のドラゴンの脅威からハルジオンを守ります。ただ、約束はできません。進路を変えることすら、わたしたちでは不可能かもしれません。ハルジオンから離れることを検討してください。もしも残るなら、覚悟を決めてください」

 フリッサの澄んだ声は、確かな存在感で駆け抜けていく。

 ふいにフリッサの紅眼が細められて、柔らかな温もりを湛えながら人々を見渡した。

「ひとりでも多く、ハルジオンから離れることを望みます。わたしはハルジオンの街とおなじくらい、ハルジオンに暮らす人たちを守りたい。ハルジオンから離れることを検討してください。生きてください、わたしたちの代わりに」

 フリッサは「お願いします」と深く頭をさげた。

 もしも進路を変えられなくてハルジオンが滅びたとしても、ひとりでも多く避難して、生き延びてほしいから。格好つけて伝わらないくらいなら、無様に見えても多くの人に伝えたい。

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