役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 55
気づいたら部屋のベッドに寝転んでいた。
ギルドから帰宅するまでの記憶は綺麗に消えているのに、ギルドマスターの部屋で話したことは鮮明に覚えていた。アイギスは街を守るための楯なのだから、ギルドマスターの言葉は正しい。怒りを向けるべき相手は漆黒のドラゴンであり、ギルドマスターに怒りをぶつけるのは八つ当たりにすぎない。
窓掛けのおろされた薄暗い部屋。
外からは、なにも知らない人たちの楽しそうな声が聞こえていた。明日も今日のような平和な一日になり、これから先も平和な日々が続いていく。そう信じて疑わない、無責任で無垢な幸せの声だ。
目を閉じると闇は深くなり、瞼の裏にはフリッサと別れた夜の記憶がうかんできた。ウルエの手をとり、頬擦りするように右頬へ添えて、弦楽器のように澄んだ声でフリッサは言う。
『ようやく見つけたから、君を』
ウルエを守るために戦うことを誓い、ウルエを仲間から外した。
『ハルジオンの街を守ることが君を守ることになるなら、わたしは幸せだよ。自分の命よりも大切なものを見つけたから、死ぬことさえ怖くないんだ。今日明日の命でも、君を守るために戦えるなら、わたしは迷わない』
悲しくも勇ましい決意をたずさえて、フリッサは涙を流しながら話してくれた。
ハルジオンの街を守るため、延いてはウルエを守るためならフリッサは迷わない。たとえ命を犠牲にする作戦でもだ。そう断言できるのは、フリッサの愛とおなじくらいの大きさで、ウルエもフリッサを愛しているから。
フリッサのいない世界で生きていくことは、死ぬことよりも残酷な未来だ。
「……僕は、どうしたらいいのかな」
瞼を閉じたまま、記憶の中のフリッサに尋ねた。
アイギスを犠牲にするような作戦は考えたくない。街を救うなら、他に手段はない。
記憶は別れの夜から、それよりも昔の漆黒のドラゴンの話をした日に飛んだ。
『もしもウルエが作戦を立てたら、漆黒のドラゴンに勝てるのかな』
フリッサの問い掛けに、勝てないと正直に答えるのは嫌で、いくつも言い訳を重ねてから倒すための道筋すら見えないと話した。勝てない魔獣がいること。フリッサはアイギスに任命されてから、いずれ魔獣との戦いで命を落とすと覚悟していて、ローブで変装して街を歩いていた理由を明かす。アイギスだから街を守るのではなく、命を懸けて守りたいものを見つけるために――。
『アイギスなんて、引き受けるんじゃなかったー。そう思いながら死ぬのは嫌だからさ』
フリッサの茶化すような言葉に『死なないよ』とウルエは言う。
『どんな魔獣が現れても、勝てるように作戦を考えるから。僕に出来るのは、作戦を立てることくらいだけど、絶対に勝てるように考えるから』
『漆黒のドラゴンが現れたとしても……?』
フリッサの意地悪な質問も、あの頃は冗談で済ませられた。現実になるとは誰も想像していないから。フリッサの質問に、ウルエは――。
「そうだ」
ウルエは閉じていた目をぱちりと開いて、弾かれたように上半身を起こす。なにも書かれていない羊皮紙の束を机に置いて、ペンスタンドに立てられたペンを手にとりインクボトルに浸す。黒のインクが生きているように、ペンに吸い上げられていく。
――う、うん。頑張るよ。
「僕は、頑張ると約束したんだ」
倒すための道筋なんて見えない。糸口すらも見つからない。でも、頑張ると約束した。どんな魔獣が現れても、勝てるように作戦を考えると。絶対に勝てるように考えると。
「考えないといけないのは、アイギスを犠牲にする作戦なんかじゃない。勝つための作戦だ」
漆黒のドラゴンについて書かれていた資料を思い出せるかぎり書き出して、そこから倒すための糸口を探して、倒すための道筋を立てていく。
倒せると思えなくても、倒さなければいけない。
もしも倒せなければ、愛する人も仲間も、全てを失うのだから。
時間が足りない。泣いたり、落ち込んだり、感情に振り回されている暇なんてなかった。知識の武器が浸透してまだ一年。ウルエほどの作戦を立てられる人はいない。ウルエが諦めてしまえば、小さな勝機があったとしても消えてしまう。
ウルエは疲れ果てて眠るまで、ペンを握り、漆黒のドラゴンの資料を書き出した。




