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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 53

 ニリリは、アイギスメンバーとメアリを従えて、ギルド運営の療養所へ向かう。街外れの一角を占めるほど巨大な療養所。角ばかりの無機質で窓の少ない療養所は、牢獄のようにも見えた。正面から見えにくいところに、血や汗の染みついたシーツ、ブランケットが天日干しされており風になびく。

 入口に扉はなく、しきりの布を潜り抜けると独特の臭気が立ち込めた。

 手当てのための薬品や消毒液は、吸気すれば害のあるものも多く、療養所内に留まらないように扉を設置していないらしい。

 中は暗雲が垂れ込めたように薄暗く、けれども療養所に似つかわしくない明るい声が飛び交う。声の大きさは抑えているため、騒々しくはないけれど楽し気だ。外観から受けた暗澹さは綺麗に消えた。

「ウルエの作戦のおかげで、療養所は暇を持て余しているんですよ。手透きの職員で、様々な催しをして、患者同士の交流も増えているんです」

 どことなく誇らしそうにニリリは説明した。

 療養所内は広々とした通路が一直線に奥へ伸びていて、通路の左側は薬や包帯などの医療品倉庫があり、右側は個室が並んでいた。一年前は個室が足りずに、藁を布でくるんだ簡単なベッドを通路に並べていたけれど、今は綺麗に取り払われていた。

 ニリリは通路を奥へ奥へと案内していく。

 奥から三番目の個室のまえに、壁に背を預けたギルドマスターのサムルクがいて、ニリリたちに気づくと手で小さく挨拶した。

「すまないな、訓練中に」

「いいえ、構いません。彼女との面会を望んだのは、わたしなので」

 サムルクはねぎらうようにフリッサの肩へ手を置く。

 ニリリは一足先に個室へ入り、しばらくして、しきられた布から顔だけ出すと「どうぞ、お入りください」と入るように促す。個室側の壁に木板のプレートが吊るされており『ショルテ』と書かれていた。患者の名前だ。フリッサは彼女の名前を確認してから入室した。

 アイギスの面会に寝たままなのは申し訳ないと、ショルテは身動ぎしながら上半身を起こそうとして、ニリリは慌てて駆け寄り「寝ていてください」と叱りつけるように言いながら、背中に手を添えて寝かせていく。

「申し訳ありません、このような恰好で」

 頭と右目を覆うように包帯が巻かれて、右腕が存在しないのは服を着ていてもわかるほど。ショルテの左目はアイギスの三人を見ながら目礼するように小さく動く。

「こちらこそ、突然押しかけて申し訳ない。……ドラゴンについて、ひとつだけ、確認させてほしい」

 フリッサは挨拶もそこそこに、いきなり本題に触れた。長々話せばショルテの負担になるという理由もあるけれど、一番の理由は、はやく知りたいから。一刻もはやく安心したい。

「ドラゴンの色を覚えていたら、教えてほしい」

「……色、ですか」

 戸惑うような声。ショルテの左目は困惑したようにフリッサから外れて、しばらく思い出すように遠くを眺めてから、改めてフリッサへ向けられた。

「……黒、だと思います」

 ショルテが答えた瞬間に、ふ、と膝から先が消えたようにちからが抜けていく。

 ティルターンゲリ王国を滅ぼした魔獣の話を聞いたときに、どうしようもないほどの怒りがわいた。でも今は、怒りはわかず、恐怖が心を支配していく。

「おい、どうした」

 膝を突いたフリッサの腕をシャルクスは掴んで、無理やり立ち上がらせた。フリッサは腕に縋りつくように体を預けて、肺の空気を出しきるように長く息を吐く。心を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。

「ありがとう。……もう、大丈夫だから」

 シャルクスの腕から離れて、胸に手のひらを添えて、もう一度大きく深呼吸した。一度目を閉じてから、紅眼でショルテを見据えて、フリッサは澄んだ声で言う。

「漆黒のドラゴンなら、魔導壁を簡単に貫きます。彼女の話は、すべて本当です」

 断言したフリッサに、シャルクス、ルーデシア、メアリ、サムルク、ニリリ、当人のショルテすら困惑の表情をうかべた。しばらくしてサムルクは静かな声で尋ねた。

「断言するからには、根拠があるのだろう」

「根拠はあります。でも、彼女の話よりも、はるかに荒唐無稽で信じられないような話です。……長話になるかもしれません」

 フリッサは体調と気遣うようにショルテを見据えて、ショルテは「長話でも構いません。わたしも知りたい」と頼み込むように言う。

「漆黒のドラゴンは、一頭で王国を滅ぼしたらしいのです」

「いきなり荒唐無稽だな」

「村や街ならともかく、一国を滅ぼしたということよね。さすがに信じられないわ」

 荒唐無稽と一蹴したシャルクスにルーデシアも続く。シャルクスとルーデシアは、他の人たちの言葉を代弁したにすぎない。

「わたしも、人から聞いた話なので。事実かどうかは」

「ほらね」

 嘘と決めつけるようなルーデシアに、フリッサは「……でも」と反論した。

「話してくれたのは、ウルエなんです」

 ウルエの話だから信じて、他の人なら信じない。そういう訳ではないけれど、ウルエより魔獣に詳しい人はいない。ハルジオンはもちろん国中を探しても。

 重々しい空気。

 フリッサは歴史書を読み上げるように、淡々と話していく。

 ティルターンゲリ王国に現れた漆黒のドラゴン。白炎の魔導攻撃は魔導壁を貫通して、魔導士ごと推定数千の人々を跡形もなく蒸発させたこと。児戯にも等しい気まぐれで、文明の痕跡さえ残らないほどに、ティルターンゲリ王国は破壊しつくされたこと。

 漆黒のドラゴン――古代龍エンシェントドラゴンと命名された魔獣の正体は、エーテル変色したドラゴンという仮説。

 この仮説には理由があり、ドラゴンは上位個体になるほど、顎の逆さの鱗――逆鱗が黒みを帯びていく。逆鱗はエーテルの貯蔵庫、エーテルの心臓とも呼ばれて、ドラゴンはまず逆鱗がエーテル変色を起こす。それでも百頭に一頭程度だ。逆鱗は黒に近づくほど強度も増していくため、漆黒のドラゴンは全身の鱗にエーテル変色が起きて、オリハルコン並みの強度を手に入れた。

 フリッサは思い出せるかぎり話した。

 フリッサの話が終わり、サムルクは重々しい溜息を吐く。

「蟻と人が戦うようなもの。ウルエをして打つ手なしとは、どうしたものか」

 どれほどの強敵が現れたとしても、ギルドのやることは変わらない。まずは情報収集をおこない、アイギスに討伐命令を出すという流れだ。勝機のない魔獣の討伐命令を出すのは、死ねと命じることと変わらない。

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