役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 52
アイギスの訓練は、いつもと変わらず観客の声援で溢れていた。
実戦さながら緊張感を漂わせながら、フリッサは素早い動きでルーデシアのゴーレムを翻弄して、シャルクスは巨大なバルディッシュを軽々と振りまわす。ルーデシアのゴーレムも負けてはいない。
怒号のような声援が飛び交うなかをひょろりと長身の空色のローブが通りすぎていく。身長だけは立派でも、風でも吹けば飛ばされそうな優男は、ギルド勤めの医者、ニリリだ。昼休憩の直前に、散歩のような気軽さでふらりと現れて、メアリのとなりへ座り「アイギスに用事がありまして……。昼休憩のときにでも、集めてもらえますか」と頼んだ。
ギルド職員は担当部署により服装が異なり、ニリリの空色のローブは療養所勤務の証。訓練を中断させるほど緊急の用事ではなくても、療養所勤務のギルド職員が来れば嫌な胸騒ぎがした。
「わかりました」
頷いたメアリの表情は硬く、ニリリは安心させるように柔和に微笑んだ。
「そう警戒するような話ではないですよ。患者の話をギルドマスターに報告したところ、アイギスにも意見を聴くべきだという流れになりまして。魔獣に関連したことなので、わたしたち医者よりも、アイギスのほうが詳しいですから」
ニリリの話に、メアリの表情は和らいでいく。
昼休憩に入り、メアリの呼びかけでアイギスが集合した。三人の反応もメアリとおなじで、空色のローブのニリリを怪訝そうに眺めて、メアリは「魔獣のことで質問があるそうです」と簡単に話す。
ニリリは空咳をしてから「順番に話しますと」と話し始めた。
「昨夜のことです、右腕を失くした女性の魔導士がギルドの診療所に連れて来られました。手当ての最中に、彼女は不可解な話をしたんです。話というのは、二キロメートル離れた位置から、ドラゴンの魔導攻撃を受けて魔導壁を貫かれた。その攻撃で右腕を失くした、と」
「信じられないわ」
ルーデシアが口を挟んだ。
シャルクスも同意するように、丸太のような腕を組んで頷く。
魔導攻撃で魔導壁を貫くのは、理論上では可能でも、とても現実的ではない。日射しを遮るためには布が一枚あればよくても、日射しそのものを作り出すのは並大抵ではない。魔導壁と魔導攻撃の関係は、これとよく似ていた。魔導攻撃に桁違いのエーテルを注ぎ込めば、あるいは魔導壁を貫けるかもしれない。
「はい、本人に嘘を吐く意図はなくても、右腕を失くした衝撃から、幻覚や錯覚、記憶の混乱が原因と、わたしもそう判断しました」
ニリリは一旦言葉を止めてから、アイギスの三人を順番に眺めて「彼女の治療をするまでは、とても信じていませんでした」とあらためて話し始めた。
「彼女の失くした右腕の骨に、炭化が見られました。人の骨を炭化させるほどの火の魔導を使えるのは、ドラゴンのなかでも上位個体です。現時点でドラゴンの目撃情報も討伐依頼もありません。未確認のドラゴンに遭遇して、右腕を焼かれたのは彼女の話の通りなんです」
ルーデシアは相槌を打ち「どこまで、彼女の話を信じていいのか。わたしたちの意見を参考にしたい。そういうことでしょう」とニリリの話を総括した。
「二キロメートルなら、ドラゴンと識別は可能だろうな」
「可能でも、二キロメートルの距離から、魔導壁を貫けるとは思えない。近くからの魔導攻撃を遠くからだと錯覚したのよ」
「距離を錯覚するにしても、普通は遠くのものを近くに錯覚するもんだろ。ドラゴンのように大型魔獣だとなおさらだ」
意見を交わし始めたシャルクスとルーデシア。割り込むようにニリリはつけ足した。
「彼女の話では、グリフォンの討伐直後に遠くにドラゴンを見つけたようです。正確に識別できるほど近くではないため、仲間と話してドラゴンだろうと判断しました。グリフォンの翼を先に落として、彼女はドラゴンの監視をしながら情報提供用の資料を作成していました。ドラゴンに見つかり、翼だけを持ち帰ろうとしたときに、魔導攻撃を受けたようで、彼女は距離が距離だけに威嚇と判断して、念のために魔導壁を展開したようです。資料は消失していましたが、彼女の話からグリフォンの討伐位置、ドラゴンの位置を地図上に再現したところ、誤差三〇〇メートルの範囲で二キロメートルです」
ニリリの話で、シャルクスもルーデシアも黙り込んだ。
女魔導士の的確な判断と処置。情報提供用の資料を作成していたのなら、距離を錯覚したという線も消えた。……とはいえ、全てを信じるのも難しい。
「……あの」
沈黙を破ったのは、ここまで一言も発していない、フリッサ。
ティルターンゲリ王国の話をウルエから聞いていなければ、二キロメートル離れたところから魔導壁を貫くことはない、信じられない、と他のメンバーと一緒に断言していただろう。
漆黒のドラゴン――古代龍が現れたとしたら……。考えたくもない可能性だ。一頭で国を滅ぼすほどの脅威。祖先の国を滅ぼした敵が、近くに現れたなんて。
「彼女に会えますか、負担はかけません。ひとつだけ確認したいんです」
フリッサの声は怯えるように震えていた。




