役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 51
先程まで自由に空を翔けていたグリフォンは、地面から伸びた見えない手に掴まれたように藻掻きながら落ちていく。両翼合わせて一〇メートルはあろうかという巨大な翼を必死ではためかせても、上昇することは叶わず、どんどんと地面へ引き寄せられていく。
グリフォンの巨体は轟音と砂塵を舞い上げながら、小高い丘に落ちた。
「すぐに動けるようになるから、今のうちに仕留めて」
早口で急かすように指示を出したのは、妖艶な女魔導士、ショルテ。
彼女の指示に「おう」と短く返事をして、青年戦士と髭もじゃの戦士はグリフォンを左右から挟むように駆け出した。
グリフォンの目は、琥珀のように黄色く澄んだ中心に丸い黒目があり、さながら鷹の目だ。グリフォンの目はふたりの戦士を捉えて、最後の抵抗とばかり大きく翼をはためかす。風圧で揺れた草は、次の瞬間に、剣で払われたように舞い上げられていた。人の首すら飛ばせるほどの鋭利な風。グリフォンの風魔導は、ふたりの戦士へ向けて突き進んでいく。
「無駄な抵抗を」
ショルテは右手をかざして、ふたりの戦士を薄青の魔導壁で包み込んだ。
人をゆうに殺せるだけの風魔導は、魔導壁に触れた瞬間に無害なエーテルに変えられていく。そよ風にも満たないエーテルの風が首筋を撫でるように吹く。
グリフォンの琥珀の目は、濃厚な死の気配を感じながらも猛々しさは失われない。翼をはためかせて、いくつも風の剣を生みだす。
「さすがは、空の王者」
拍手でもしそうな余裕を含んだ声で、ショルテは称えた。
単純な強さならバジリスクのほうが上だけれど、闘争心の強さからグリフォンは空の王者と呼ばれていた。
はじめに仕掛けたのは髭もじゃの戦士。長剣を両手で大きく振りかぶり、落とすようにグリフォンの首へ叩きつけた。骨の砕けるような音に次いで、鮮血が飛び散り、グリフォンの美しい白毛を染めていく。
「すげえ、グリフォンを一撃かよ」
青年戦士は呆れまじりに感嘆の声を上げて、出番のなくなった剣を腰のソードベルトに収めた。髭もじゃの戦士は血糊のついた長剣を軽々と片手で担いで、青年戦士の肩を叩く。
「グリフォンの処理は任せたぞ」
「へいへい」
青年戦士はソードベルトに収めたばかりの剣を抜いた。
髭もじゃの戦士は目尻にしわを寄せて笑い、長剣の手入れのために一旦離れた。河水があれば洗い流して、なければ木の皮にでも擦りつけて血糊を落としておきたい。
グリフォンは中位魔獣のなかでは討伐困難な部類に入り、翼を広げた大きさは成体平均で一〇メートルと巨体。翼から風魔導を発生させたり、鷹のように爪も鋭く、一撃でも人の命をゆうに奪う。
「グリフォン、美味しいんだよね」
なによりもの特徴は、とにかく肉が美味なこと。
もちろん美味しい肉になるために、手早く処理しなければいけない。
ショルテはクプンマで食べたグリフォンの味を思い出しながら、血抜きなどの処理をされていくグリフォンをにこにこと眺めていた。今回はグリフォン討伐ということで、串や調味料も持参して、串焼きを食べて腹ごしらえしてから街まで戻るという段取り。
長剣の手入れを終えた髭もじゃの戦士は、仲間のもとへ戻ると「おい」と声を掛けた。
「向こうのほうに、魔獣がいたぞ。……おそらく、ドラゴンだろう」
小高い丘の頂上に仁王立ちして「ほら、あそこだ」と遠くの草原を指差す。
ドラゴンは上位の魔獣。グリフォンを仕留められたのは念入りに準備して、ウルエの知識と作戦を頭に叩き込んでいたからだ。ドラゴン相手では、入念に準備したところで倒せるとは思えない。
戦闘時とおなじような緊張感が張り詰めた。
ショルテは髭もじゃの戦士の横に並んで、青年戦士も処理を中断してショルテと反対側に並ぶと指差した遠くの草原を目を細めて眺めた。
「あの黒いの、だよな」
「ええ、あの黒いのよ。確かにドラゴンだわ」
ドラゴンまでは二キロメートルほど距離があり、ここまでは魔導攻撃も届かない。もしも届いたとしても脅威にはならない。警戒しないといけないのは、こちらへ近づくこと。もしも戦闘になれば勝機はない。
安全を一番に考えるなら、グリフォンを捨て置いて、今すぐ逃げること。
もちろん、そんな馬鹿なことはしない。報酬を捨てても安全を取るようなら、端から冒険者などしていないのだから。
「処理は中断、まずはグリフォンの両翼を落として。ドラゴン次第だけど、最悪、翼だけの報酬になるのも仕様がないわ。……あとは、ドラゴンの目撃情報を、小遣いにしましょう」
グリフォンのなかで最も高価なのは翼だ。
ショルテの言葉に「妥当な線だな」と青年戦士は血糊のついた剣をグリフォンの翼の根元に這わす。「手入れしたばかりなのによ」と髭もじゃの戦士は、反対側の翼を長剣で落としていく。
ショルテは腰にさげた袋から丸められた羊皮紙の地図をとりだして、地形と地図を交互に見ながら、ドラゴンの位置を地図へ書き記していく。
「ドラゴンはどうだ」
しばらく観察していたショルテに、背中から声が掛けられた。
ショルテは振り返り、両翼を落として一息吐くふたりに微笑みかけた。
「今のところは、大人しいものよ」
答えてから視線を戻したときに、遠く離れたドラゴンと目が合う。
「ごめん、討伐報酬は翼だけになるかも。こちらに、気付かれた」
詫びるように苦笑したショルテに「気にするな」と青年戦士は爽やかに笑う。「なら、逃げたほうが賢明だな」と髭もじゃの戦士は血糊のついた長剣を担ぐ。
羊皮紙の地図を丸めて袋へ入れようとしたときに、ドラゴンから白炎の魔導攻撃が放たれた。軌道はグリフォンの亡骸に合わせられていて、ショルテからは若干外れた位置。
「いくらドラゴンでも、この距離から攻撃なんて無謀なんだから」
ショルテは鼻で笑いながらグリフォンの亡骸とパーティー全員を包み込むように、広く薄青の魔導壁を展開した。
距離が距離だけに、魔導壁を展開しなくても大した攻撃にはならない。
白炎の魔導攻撃は、近づくなという警告、おそらくそういう意味合いだろう。
「……え」
困惑したショルテの声。
白炎の魔導攻撃は、距離に応じて減衰しているはずなのに、少しも衰えたように見えない。目が眩むほど強烈な白炎のひかり。
魔導壁に接触した瞬間、白炎のひかりは薄青の幕を貫く。
至近距離からのドラゴンの魔導攻撃でも、ショルテの魔導壁を貫通することはない。減衰した魔導攻撃なんかで貫けるはずがない。
「――……うそ、よ」
貫けないはずなのに、いとも簡単に貫いた。
ショルテの右腕が白炎のひかりに呑み込まれて、グリフォンの亡骸と仲間の戦士を呑み込んでいく。白炎の通りすぎたあとは、なにもかも消滅していた。ショルテの右腕は肩から先がなくなり、グリフォンの亡骸はふたりの仲間と一緒に消えて、草木の一本さえ残さずに消滅していた。




