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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 04

「こう動いたらどうするの?」

 彼女から質問がくれば、ベヒーモスは言葉の通りに動いて、

「そのときは、――」

 ウルエは一拍の時間も考えずに打開策を打ち出した。

 一瞬の思考は、指示の遅れに繋がり、指示の遅れは生死に直結するため、すべてのパターンに対応した指示をあらかじめ決めておく。確かな知識と覚え込むほどに繰り返した仮想戦闘は、正しい一筋の道をしめす。

 ウルエの奇想天外な落とし穴作戦は、やがて彼女を沈黙させた。

「どうですか、僕の作戦は」

 ウルエが尋ねると、こくり、と彼女のフードが縦に揺れた。

「うん、正直驚いた。これなら本当に、一日で討伐できるかも。……凄いね、君」

 はじめは無理だと決めつけていた彼女も、見事な作戦と指揮に舌を巻く。現役の冒険者を唸らせられたとウルエは嬉しくなり、アイギス用に考えていた作戦も話したくなった。

「落とし穴作戦は、あくまでも中級者パーティーを基準に考えたものだから。アイギスなら、さらに早く倒せますよ。これくらいで」

 ウルエは右手の指を三本立てた。

「……三時間? そんな早く倒せるの?」

 驚きとも戸惑いともつかない彼女の声に、ウルエは首を左右に振った。

「いいえ、視野角の知識を上手く使えば三〇秒です」

「三〇秒!」

 彼女は頓狂な声を上げてキスを迫るようにウルエへ近付く。ふわりとフードが翻り、素顔をさらした。ルビーのような紅の瞳、長く艶やかな白銀の髪。次の瞬間に彼女は弾かれたように身を引いて、慌ててフードをかぶり直す。

「……ご、ごめんね」

「ううん、大丈夫」

 ウルエは返事しながら、彼女の顔をどこかで見たことあるような、と記憶から探し出そうとしていた。まばたきの時間だけ見えた素顔は予想外に美しく、すれ違うだけでも記憶に残るだろう。なのに思い出せない。明けがたの夢のように、ぼんやりとした既視感。パンフレットに彼女の正体が描かれているとも知らずに。

「ベヒーモスを三〇秒で倒す作戦とやらを聞かせてよ。はやくはやく」

「はいはい」

 興味津々の彼女に催促されて、ウルエは既視感のことは忘れて話し始めた。



「……もう、降参」

 彼女の言葉で、ウルエは夢から覚めるように瞼を上げた。

 首を貫かれたベヒーモスと平原の仮想空間は泡のように消えて、ウルエの青色の瞳は夜のハルジオン広場を映した。ぼやけた視界のピントを合わせようと目を細めていると、訝しむように彼女が声をかけてきた。

「それだけの魔獣の知識をどこで手に入れたの」

 魔獣の知識といえば、弱点、大きさ、姿形くらいだ。ウルエの話したような、生態、特性、習性、知性、反射などの知識は誰も知らない。ギルドすら把握していない。誰も知らないはずの知識を、なぜ、ウルエは知りえたのか。

 ウルエは「ああ」と返事してから、なんでもない事のように答えた。

「僕の祖先は、ティルターンゲリ王国というところに住んでいて、王国で魔獣の研究者でもしてたのかな。魔獣の知識をまとめた古書がたくさん、部屋を占領するくらいあって。田舎だから一緒に遊ぶような友達も少なくて、そればかり読んでました」

 ティルターンゲリ王国の名がでた瞬間に、彼女の体が痙攣したように強張り息を呑んだ。

 ウルエは気付かずに、人当りのよい笑顔を彼女へ向けた。

「で、採点は」

 誰かに作戦を披露したのは、今回が初めてだ。

 上手く戦えたという自負もあり、自然と声を弾ませてウルエは尋ねた。

 へ、と気の抜けるような声を出した彼女に「僕の作戦を採点してくれるんですよね」とウルエは確認した。彼女は「ああー」と思い出したように声を上げると「ええと、採点不可能かな」と言いよどむ。

「採点不可能?」

「君の作戦は、どう考えても上手くいくわ。本当に一呼吸、三〇秒でベヒーモスを倒せるかもしれない」

 わ、と花が咲いたようにウルエの表情が明るくなった。

 嬉しそうなウルエとは対照的に、彼女の口もとは深刻に引き結ばれていた。採点不可能なのは、ひとえに魔獣の知識が足りないから。彼女だけでなく、数多の冒険者、ギルドすらも魔獣の知識を軽視していた。

 もしもウルエの作戦でベヒーモスを倒せるとしたら。最短三日かけて討伐してきたベヒーモスを三〇秒で倒せるとしたら、冒険者の在りかたすら変えてしまう。

「あ、あの」

 裏返りそうな声でウルエは呼びかけた。

 彼女は知識の武器を試してくれて、作戦を評価してくれた唯一の人。もしもパーティーに入れてもらえるなら、彼女しかいないだろう、とウルエは思う。知らず握り込んだ拳が汗を掻く。

「僕を仲間に入れてください」

 奇跡を信じて、もう一度だけ言葉にした。

 強張り震えていたウルエの拳に、彼女は優しく手を置く。

「わたしでは、君の価値を測れそうにないの。本当に役に立つのかもしれない。今のように知識を活かして作戦を立て、実戦でも冷静に指示が出せるなら。でもね、確実に役立つとはいえない。ベヒーモスを三〇秒で倒すなんて、半信半疑。ううん、二信八疑くらいだから。今はまだ、君の価値がわからない」

 ウルエは驚くような作戦を披露したけれど、役に立つと確信させたわけじゃない。あくまでも仮想戦闘、実戦で通用するかは未知数だ。

「一緒に戦うことは、命を預けることなの。命を預けるのに博打はいらない」

 遠回りな断りの言葉。気遣うように彼女の声は優しかった。

 ごめんなさい、と胸中で謝りながら彼女はフードの奥から申し訳なさそうにウルエの表情を窺う。気落ちさせただろう、と思い込んでいたのだがウルエは清々しく微笑んでいた。

「ようやく決心がつきました。今日で冒険者を辞めます」

 ウルエはネックレスのシグナキュラムを右手で掴んで脱ぐと、閉じたパンフレットに乗せた。未練ごとそこへ置き去りにするように。

「……そう」

 彼女の白い手が伸びてきて、パンフレットごとシグナキュラムを攫う。チェーンを摘まんで金属プレートのシグナキュラムを顔の前に掲げて「これ、わたしに頂戴」と呟いた。

「うん、僕には要らないものだから」

 ウルエは立ち上がり尻を軽く叩いて汚れを落とす。

「これからどうするの」

「明日にでもハルジオンを発ち、どこかの街で、働きながら暮らそうと思います。当面のあいだは。それからは、なにも決めてないけど」

 空白の未来。

 でも、ここで暮らそうとは思わない。

 ハルジオンは冒険者の街だから、どこか別のところから新たな人生を始めたい。

「そう、達者でね」

 まるで友人と今生の別れを惜しむように、彼女の声は沈んでいた。

 ハルジオンで暮らしていれば、彼女と会えるかもしれない。でも、顔を合わせるたびに、今日のこと。仲間に入れてください、と頼んだことも一緒に思い出すのだろう。生涯に一度きりの出会いだからこそ、彼女とすごした時間を綺麗な思い出のまま残しておける気がした。

「はい、達者で」

 ウルエは一礼して、彼女に背を向けて歩き出した。


   ――……ねえ。


 一〇歩ほど歩いたところで、噴水の水音よりも小さな声で呼び止められた。

 気付かなければ、それでもいい。知らん振りをしてもいい。それくらいの声量だ。

 ウルエは立ち止まり、一拍置いてから振り返り、言葉をうしなう。パンフレットの白黒イラストは、とても上手くフリッサを描いていたのだと今更ながら思い知らされた。フードを脱いだ彼女を見て、そうなのだと確信できたくらいだから。

 フードを脱いだ彼女、ハルジオンで最強のアイギスメンバー。

 フリッサ・エンゼ・ルミナージがそこにいた。

「今はまだ、役に立つと確信したわけではないけれど。もしも本当に、ベヒーモスを一呼吸のうちに倒せたなら、あなたに唯一無二の価値があると証明できるから。そのときは、迎えにいきます。どこにいても、あなたを見つけ出して、仲間に誘います。そのときまで、シグナキュラムは預かりますね」

 ウルエは一歩噴水へ、フリッサのもとへ近づいた。

 フリッサの姿と重なるように、数人の冒険者パーティーが目の前を歩いていく。パーティーが通りすぎると、噴水のふちには誰もいなくなっていた。未練ごと彼女に渡したシグナキュラムを握るように、ウルエはチュニックの胸もとを掴んでいた。

「また会えるのを楽しみにしてるから、フリッサ」

 喉が嗄れるほど大声で叫んだ。

 もしも二度と会えなくても、この約束だけは忘れない。ふとした瞬間に思い出す、色褪せない約束として残るような予感がした。

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