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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 40

 フリッサが起きたのは、真夜中のこと。

 話し合いも終わり、舘にはウルエとフリッサしかいない。舘主のルーデシアは、ウルエの腕にしがみついたままの変装フリッサを見兼ねて「メアリのところへ泊まるから、あまり変なことはしないように」と釘を刺して、ふたりきりにしてくれた。

 フリッサが寝ているあいだ、テーブルの上で揺らめくランタンをぼんやり眺めて意識をそらそうとしたけれど、抱きしめられた腕の柔らかさと温もりに引き戻されてしまう。一日に二度も告白したはずなのに、昨日よりも近い距離。

 どうして、無警戒でいられるの――?

 理由がわからないほど、ウルエは幼くない。

「……あれ、ウルエ。みんなは」

 もぞもぞと身動ぎして、寝ぼけたような甘い声でフリッサは尋ねた。ウルエは簡単に事情を説明してから「外を散歩しよう」と返事も待たずに、フリッサの手を引いて舘を出ていく。娼婦館さえも閉店しているような時刻、道を歩く人もいない。喧騒の名残りを留めた夜の底。会話らしい会話もなく、ふたつの靴音だけが静かな夜に木霊していた。

 ハルジオン広場に到着して、噴水のふちにウルエは腰をおろす。

 出会いの日の再現のようにウルエのすぐとなり、右側にフリッサも腰掛けた。あの日は雑談とも呼べない会話で溢れていたのに、今は、噴水の不揃いな音しかしない。

「護衛の話、なくなりました」

「……そう」

 噴水の音にまぎれ込ませるように、小さな声で報告したウルエに、フリッサも小さな相槌で応えた。フリッサは寝ていたため、詳しい事情は知らない。ウルエは確認するように、ルーデシアの舘で話したことを繰り返していく。

「アイギスのパーティーから外れるから、護衛も必要ないんです」

 淡々と報告したウルエに、フリッサは思わず息を呑んだ。ウルエをパーティーから外したい。そう考えていたのは、他ならぬフリッサだ。

「どうして、外れるの……?」

 訊ねたフリッサの声は震えていた。

 みんなからもおなじ質問をされた、とウルエは思い返していた。あのときには、仲間に迷惑をかけたくないこと、ギルドマスターに直談判して実績を積めるように環境を整えたことを話した。ウルエの作戦が本当に有用なら、近いうちに多くの人から認められるはずだ。そうして改めてパーティーを組みたい。

 みんなにはそう答えておいた。

 嘘は吐いていないけれど、時期について敢えて話していない。

「僕には、好きな人がいます」

 ウルエは夜空を見上げて静かに、でも噴水の音に掻き消されないように強く言う。

 フリッサは俯いて、胸のあたりをローブがしわになるほど握りしめた。一度目と二度目の告白は取り乱して、三度目の告白は胸が痛んだ。嬉しくて寂しい。

「本当は、告白なんてしないつもりでした。好きな人は、いくら手を伸ばしても、届かないほど遠くにいたから。並んで歩けるようになるまで、知られたくない。僕自身が認められて、お似合いだね、とみんなから思われるまで、胸に秘めておくつもりでした」

 告白の結果がどうなろうと、まずは並んで歩くのに相応しくなりたい。

「ごめんなさい、台無しにして」

 フリッサは嫉妬心から無理やりウルエの気持ちを白状させた。

 ウルエは丘のことを思い出して、照れたように苦笑した。しばらくしてウルエは真剣な声で話していく。

「パーティーを抜けるのは、もう一度、きちんと告白したいから。たくさんの人から認められて、胸を張り、僕の気持ちを伝えたい。誰にも憚ることなく、ハルジオンの街を一緒に歩きたい。あなたに並んで立ちたい。だから、僕は、あなたに誓う」

 フリッサの肩に手を置いて、無理やり向かい合わす。フードを剥ぎとり、真夜中でも美しく澄んだ碧眼をフリッサへ向けた。

 フリッサも吸い込まれるように青い瞳を見詰めて、


「僕は、ハルジオンのアイギスになります」


 ウルエが宣言したとたん、紅眼から涙が溢れていく。

 ウルエをパーティーから外したいと考えたのは、好きだからだ。アイギスは勝てない魔獣が現れても、ギルドから命令があれば戦わなければいけない。街のために身を捧げて、ギルドに忠誠を誓う。

 はじめのうちは、ウルエに実績を積ませて、いずれはアイギスメンバーに任命したいと考えていた。でも今は、絶対にアイギスにしたくない。

 たとえ嫌われても、永遠の別れになるとしても。

「……無理だよ、ウルエはアイギスになれない」

 涙を零しながら断言したフリッサに、ウルエは碧眼を細めて笑いかけた。

「難しいとは思う。でも、無理じゃない。僕を信じて」

 フリッサの心へ刻むように、一言ひとこと、強く温かな声で。そうなる未来を信じ切った声でウルエは言う。目のまえの人こそが、一番の障害とも知らずに。

「無理なんだよ、ウルエには――。わたしが反対するから!」

 美しい白銀の髪を大きく波立たせるように首を左右へ振り、フリッサは半狂乱に叫んだ。

 アイギスメンバー任命の流れは、候補者をギルドが指名して、本人の承諾とアイギスメンバー全員の同意が必要だ。アイギスメンバーのうち、ひとりでも反対すれば選ばれない。フリッサが反対するかぎり、ウルエはアイギスになれない。

「……だから、無理なんだよ」

 フリッサは肩を落として、悔しそうに膝の上でこぶしを握り、そこへ涙の粒が落ちていく。

「アイギスに任命されてから、今日まで探していたものがあるんだ。わたしの命と引き換えにしても守りたいもの。守るためなら命さえ惜しくないと思えるもの。英雄になんてなれなくても、大切なものを守るために戦いたい」

 ウルエの手をとり、右頬に添えるように押しあてた。ウルエの温もりに頬擦りしながら目を細めて静かな声で言う。

「ようやく見つけたから、君を」

 頬に重ねた手をなぞるように、涙の滴が流れていく。

「ハルジオンの街を守ることが君を守ることになるなら、わたしは幸せだよ。自分の命よりも大切なものを見つけたから、死ぬことさえ怖くないんだ。今日明日の命でも、君を守るために戦えるなら、わたしは迷わない」

 アイギスに任命されて一年で半数が未帰還者入り、あるいは手足を失う。ハルジオンの先代のアイギスは三ヶ月で未帰還者入り、つまり魔獣に全員殺されて、フリッサ、シャルクス、ルーデシアの三名が任命された。

 今日明日の命というのは、決して大袈裟ではない。

 街の脅威になりそうな魔獣を倒すため、だれも受けたがらない貧乏籤を引くのだから、五体満足でアイギスを引退するのは一割程度と少ない。だからこそ、アイギスの見送りは街全体で盛大におこなう。

 フリッサからの明確な拒絶。次に来るのは、別れの言葉だ。

「ごめんなさい、ウルエ。だから、もう――」

 ――一緒には居られない。

 言葉を吐き出そうとした口を、ウルエは乱暴な温もりで塞いだ。つたなく合わせた唇のすきまから、フリッサの吐息だけが漏れた。

 触れたところが熱く溶けあう。

 別れの言葉を封じるためだけの、稚拙なキス。

 フリッサは瞼を閉じて、記憶の宝箱へ入れるように浸っていた。小さな頃に憧れていたキスとはまるで違う。奪われるだけのムードもロマンも、どこかへ置き去りにしたキスなのに、心は溢れるほど満たされていた。どういう状況でキスをするかなんて、些細な問題でしかない。

 永遠とも思えるような一瞬は終わり、唇を離す。

「ありがとう、最後に思い出をくれて」

 晴れやかなフリッサの笑顔を見て、ウルエの目尻から涙が零れた。

 フリッサの首筋へ抱き着いて、柔らかな白銀の髪へ顔を埋めて、ヘリオトロープの花を乾燥させてポプリにしたようなフリッサの香りを一杯まで吸い込んで。五感でフリッサを感じているのに、夢みたいに遠い。覚めたら消えてしまう、夢のように。

「最後じゃない。……最後なんかじゃない」

 耳もとで縋るように繰り返した。

 ウルエの言葉を拒絶するように、フリッサは首を小さく左右へ振り、

「ううん、最後だよ」

 優しくウルエを引き離す。

「さよなら、ウルエ」

 立ち上がり、ウルエへ背中を向けて、未練もないような足取りで離れていく。

 フリッサの背中へ伸ばした手は虚しく空をきり、愛しい人へ触れることは叶わない。パンフレットに触れていた頃よりも、はるかに遠い。相思相愛でも、唇を重ねても、どんどん離れていく。

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