役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 03
「好きというより、憧れてます。話したことないから」
他愛ない話をいくつも重ねながら、ふいを突いてウルエは言う。ぶかぶかズボンからパンフレットを取りだして表紙を捲り、エストックを構えたフリッサのイラストを眩しそうに眺めた。
「どうして憧れてるの」
「アイギスメンバーだから」
「アイギスメンバーだから……?」
彼女は質問するように、ウルエの言葉を繰り返した。
アイギスは街で最強のパーティー。メンバーのフリッサは、冒険者の頂点に立つひとり。誰からも必要とされない、パーティーにさえ入れてもらえないウルエとは対極の存在。
「見ての通り、剣も魔導も才能がないんですよ、僕は」
苦笑しながら、世間話のように。あたかもなんでもない事のように、一番つらい本音を吐き出す。ふーん、そうなんだ。そんなふうに軽く流してくれたら、この話題も深いところまで進むことなく、次の話題へ移るのだろう。興味がないなら流してほしくて、でも本心では踏み込んでほしい。
彼女の手が、ウルエの首筋へ伸びてきてネックレスに触れた。指先がチェーンをたどりながらシグナキュラムで止まり「才能がなくても、君は、この道を選んだ」と、雑談の時とは別人のように真剣な声で確認した。
名前と出身地、登録ナンバーが記されたシグナキュラムは、冒険者登録した時にギルドから支給されるものだ。ギルドで依頼を受けるのに必要で、ギルドは登録ナンバーで冒険者を管理していた。シグナキュラムはギルドが管理するのに便利だけれど、一番の理由は他にあった。
首が取れた死体も、腐敗した死体も、シグナキュラムさえ残されていれば誰の死体か判別がつく。冒険者の生死を判断するためのもの。
回収すれば果実酒一杯程度の報酬がギルドから支払われて、ギルドはシグナキュラムの情報と未帰還者リストを照らし合わせて、該当者がいれば死亡書類の作成をおこなう。その後、シグナキュラムは死体の代わりに故郷へ運ばれる。
故郷の役所へ一定期間保管されて、親類、友人などが遺品として受け取ることもあれば、期間をすぎたものは共同墓地に埋葬された。
ウルエ・ナ
イニステイル地域 ノーランスフィン出身
登録ナンバー・540835147
名前と出身地、無機質な番号が並んでいるだけのシグナキュラムに人の温もりはない。彼女はシグナキュラムから指を離して、フードの奥からウルエの顔を見据えた。
「身寄りがなくても、生きる術ならたくさんあると思うの。冒険者になるのは、腕に覚えのある人たちくらい。ハルジオンの街が好きで、魔獣から守りたい。そういう動機なら立派だとは思うけど。でも、思いだけでは、なにも守れない。無駄死にするだけ。わたしたちは、騎士様とは違うんだから」
彼女の言葉には、幾多の死線を潜り抜けてきた重みのようなものが感じられた。
ハルジオンのように魔獣の出現エリアと接した街は冒険者がいなければ成り立たず、騎士は偉ぶるばかりで嫌われていた。魔獣の出ない安全な街では反対で、冒険者は野蛮人扱いされて、王国に尽くす騎士こそ慕われていた。
冒険者は勝てない敵に挑まない、騎士は敵前逃亡など決してしない。
「君に才能がなくて、でも、なにかを背負い戦おうとしてるなら。君の気持ちをわたしが背負うわ。だから聞かせて。どうして冒険者を選んだの」
優しい声で尋ねられた。
彼女はハルジオンの街が好きなのだろう、とウルエは漠然と思う。ハルジオンに暮らす人々を大事に思い、ウルエが無駄に命を散らそうとしているように感じて、心を痛めているのだろう。冒険者でありながら騎士のように。
「剣と魔導が戦いの全てじゃないから」
ひとり言のように、地面の板石を眺めながら言い返した。
ウルエの武器は、剣でも魔導でもなく知識。ハルジオンの街を守りたいなど崇高な使命感はなくても、知識を武器に戦えると信じてシグナキュラムを首からさげた。
「どういうこと?」
と彼女はフードの奥からウルエの横顔を眺めながら「聞かせてよ」とつけ足した。
俯いていた顔を上げて目を合わせようとしても、彼女の瞳はフードに隠れて見えない。どんな表情をしているのかわからなくても、もしかしたら彼女なら真剣に聞いてくれるかもしれない。冒険者でありながら、騎士のように誠実な人だから。
ウルエは深呼吸して心を落ち着けると、一縷の望みにかけて話した。自らの武器を。
「僕には、誰にも負けない魔獣の知識があります。知識の武器で戦えるから」
沈黙。
彼女はなにも答えない。
沈黙の長さだけ心音が大きくなり、彼女なら真剣に聞いてくれるという自信が揺らいだ。ざあざあ、と雨にも似た噴水の音がやけに大きく聞こえて、数多の足音が鼓膜を震わす。彼女の声を聞き逃すまいと知らず耳を澄ませていたらしい。
「……わからない」
長い沈黙を破り、彼女は足もとに落とすように小さな声で呟いた。
「魔獣の知識といえば、思いつくのは弱点くらいよ。でも、一度でも討伐された魔獣は、素材に解体されるさいに徹底的に調べられて、各地のギルドに共有されるわ」
魔獣を討伐するさいに最も重要なのは、どこを攻撃するのが有効か、という弱点の情報。他にも体長や体重、どのような姿形をした魔獣かなどの情報も共有されていた。それらの情報を基に、各地のギルドは魔獣ごとに推奨パーティー、推奨作戦などを作成して公開していた。
一般的な魔獣の知識といえば、弱点、大きさ、姿形くらい。
誰にも負けない魔獣の知識がどんなことを指しているのかも、知識の武器で戦うという意味も彼女は分からない。
「君の知識は、どういうものなの」
興味深そうに尋ねられて、ウルエは目を輝かせた。
はじめてだったから。こんなにも踏み込んで尋ねてくれたのは。
「魔獣の生態、特性、習性、知性、反射など一通りの知識はあります。それらの知識を駆使すれば、罠に掛けたり、弱点を攻撃しやすくなります。個体ごとの特徴が掴めれば、戦いの最中に臨機応変に作戦も立てれます。僕に魔獣を討伐することはできなくても、魔獣を倒すための道筋は作れるんです。素早く、楽に、安全に倒すために、魔獣の知識は役立つはずだから」
はやる気持ちを抑えられず、ウルエは一息で説明した。
彼女は長い時間かけて役立つのか検討していた。彼女でなければ、考えることもせず詐欺まがいの手口だと罵詈雑言を浴びせていたに違いない。
「熟練者の経験や勘みたいなもの?」
彼女からの質問に、ウルエは返答に悩んだ。それほど曖昧なものではないけれど、まるで違うともいえない。悩んでいると表情に出ていたのか「そうだ」と彼女は助け舟を出すように手を叩いて、にやりと口を弧に歪めた。
「自信があるなら試させて。ここで作戦を立ててよ。おねーさんが採点してあげるから」
「仮想戦闘ですか」
すぐさまウルエが返すと、そうよ、とフードが縦に動いた。
「わたしは数多くの魔獣を討伐してきたわ。君のいう知識が通用するのか、ある程度ならわかるから」
「わかりました。討伐目標と条件は」
ウルエの声は自然と弾んでいた。
ローブの彼女が命懸けで数千の魔獣を討伐してきたなら、ウルエは安全な空想の中で彼女が討伐した千倍もの魔獣を倒してきた。討伐手段が固定化しないように、毎回新たな作戦を考えて、パーティーの構成を変えて、いかに効率よく安全に倒せるかを追求してきた。
仮想戦闘は、ウルエの独擅場だ。
「折角だから、パーティーは君の憧れのアイギスにしましょう。軽戦士のフリッサ、武器はエストック。重戦士のシャルクス、武器はバルディッシュ。魔導士のルーデシアの三人構成ね。討伐目標は成体のベヒーモス。地形は見晴らしがよく草の少ない平原。天候は晴れから曇りのあいだ。時刻は一四時」
淀みのない口調で条件を読み上げてから「補足情報は必要?」と尋ねた。
「武器の素材は」
すぐさま質問したウルエに、彼女は説明するのを忘れていたとお道化て舌を出した。
「エストックはミスリル。バルディッシュはオリハルコンのアックスブレードにアダマス鋼のポールで重量を足しているわ」
「ミスリルにオリハルコンか。無茶しても壊れそうにないですね」
「当然よ」
彼女は得意気な声で答えてローブの中で腕を組んだ。
ミスリルは希少金属の一種で、金属の中で最軽量でありながら鋼の数倍強度があり、武器よりも防具によく使われていた。ミスリル武器が少ない理由は単純で、武器自体の重みを利用できない点にある。打撃武器はもちろん斬撃武器にも重量は必要で、重量を必要としないのはエストックなどの刺突武器くらいだ。大半の武器に向かないものの刺突武器には最適の素材で、強度を落とさず軽量の武器を作ろうと思えば、自然にミスリルへたどり着く。
オリハルコンは決して錆びず、欠けることもない、と謳われるほど強度に優れた魔導合金(製造に魔導技術を用いた合金)の一種。バルディッシュは斧頭の重さを利用して叩き斬るため、安価で金よりも重いアダマス鋼で重量を調整することも多い。ミスリルもオリハルコンも、上位一握りの冒険者でなければ手が出ないほど高価だ。
ウルエは脳内で情報を整理しながら「ベヒーモス、か……」と独り言ちた。
ベヒーモスは魔獣の中でも討伐難度が高く、アイギスでも苦戦を強いられるほどの強敵だ。四本足を持ち、成体になれば体長体高ともに一〇メートルを超える個体も多い。頭と首のあいだから左右に大角が生えており、眼前へ湾曲しながら突き出している。
弱点は首で、一般的な魔獣と変わらない。
ベヒーモスが討伐困難な理由のひとつは巨大な体躯にあり、普通に攻撃しても首まで武器が届かない。豊富なエーテルにより治癒能力も高く、一撃で首を斬り落とす、あるいは貫く。絶命するほどの攻撃を与えなければ、たちどころに回復してしまう。
彼女は楽しそうにウルエの横顔を眺めながら、どんな作戦で戦うつもりだろう、と頬にえくぼを作りわくわくしていると、ウルエから思いもよらない質問が飛び出した。
「何頭ですか」
「は?」
質問が予想外すぎて、思わず変な声で聞き返していた。
「一度に何頭のベヒーモスを相手にして、倒せばいいんですか」
なにか変な質問をしましたか、とウルエは首を傾げて、丁寧に言い直した。
同時に三頭相手にするなら作戦も思いついていた。四頭になれば安全策で勝ちきるための作戦はまだ思いつかない。五頭になればウルエの知識を総動員しても討伐と全滅の可能性が半々というところ。最低でも三頭同時に相手をするくらいでないと、ウルエの価値は測れない。
「いやいやいやいや、一頭に決まってるでしょう」
顔のまえで手を振りながら、半ば呆れて彼女は返した。
「二頭同時に相手をするとか、どう考えても勝ち目ないわよ」
今度はウルエのほうが面食らう。二頭同時に相手をしたところで、どう考えても勝ち目しかない。目を白黒させて驚くウルエを彼女は一瞥して、はあー、と大袈裟に溜息を吐いた。
「ベヒーモスを倒すのに、アイギスでも数日は掛かるの。はじめに、ギルド推奨の作戦で仮想戦闘をしてみましょう」
どことなく呆れているような彼女に、ウルエは素気なく「わかりました」と返事してから瞼を閉じた。仮想戦闘のときに目を閉じるのは、集中するため。そうすることで、脳裏に思い描いた景色が広がった。
(地形は見晴らしがよく草の少ない平原。天候は晴れから曇りのあいだ。時刻は一四時)
条件を口の中で唱えると、瞼に閉ざされていた暗黒の世界に、平原が広がり始めた。
見晴らしのよい平原に、雲の影がのんびりと流れていく。頭上から傾いた日射しは、柔らかく大地を照らしていた。ウルエの一番近くにいるのは、魔導士のルーデシア。ルーデシアから正面に五メートルほど離れたところにエストックを構えた軽戦士のフリッサ、バルディッシュを構えた重戦士のシャルクスの背中が並んでいた。
ベヒーモスは、フリッサとシャルクスの一五メートルほど先で、小さな獲物を今にも捕らえて喰らおうと身を屈めていた。ベヒーモスからウルエまでは二〇メートルほどあるけれど、体躯が巨大なため、そこまで距離を感じない。
「ベヒーモスは首を攻撃することで討伐できるの。でも普通の攻撃だと首まで届かないから、土魔導で足もとの土を持ち上げて高い位置から落下しながら首を狙う」
彼女の言葉に合わせて、脳裏に描いた仮想戦闘も進行していく。
ベヒーモスへ向けて走り出したフリッサとシャルクスの足もとは、坂道のように盛り上がり、走り抜けたあとに崩れて吸い込まれるようにもとの平原へ。地面から土塊を浮かせるため、魔導を解けば土塊はもとの地面へ落ちていく。
はじめにフリッサが仕掛けた。
ベヒーモスの真横上空から土塊を蹴り跳躍。
首の中心にエストックを突き刺そうと狙う。――が、ベヒーモスは僅かに身を引いてかわす。タイミングをずらしてシャルクスも飛びかかり、一振りのもとに首を斬り落とそうとバルディッシュを上段に構えるが、ベヒーモスは大角で攻撃を繰り出して、慌てて武器を構え直して防御するも弾き飛ばされてしまう。
ウルエはタイミングを変えながら一〇パターンほど試したけれど、どれも上手くいかない。
「……あのう。足もとの土を持ち上げて攻撃すれば、ベヒーモスから予測されますよ。本当に討伐できるんですか」
「ええ、できるわ。根気よく、数百回、数千回……延々と繰り返して討伐するの」
胸を張り得意気に答えた彼女を、ウルエは目を点にして眺めていた。
呆気に取られたウルエを無視して、彼女は恥ずかしげもなく堂々と説明していく。
「ベヒーモスは夜目が利くから、夕暮れになれば撤退して、翌朝に改めて仕掛けるのよ。ベヒーモスの集中がきれるまで、あるいは痺れをきらすまで、おなじことを延々繰り返す。この作戦なら――」
彼女は溜めるように言葉を止めて、右手の指を三本立てた。
「最短、三日で討伐できるわ」
「ベヒーモスなんて、中級者のパーティーでも一日で倒せると思うんだけど」
ギルド推奨の作戦があまりにお粗末なため、溜息と一緒にウルエの本音がぽろりと口から漏れた。フードの奥から鋭く睨まれているような気配を察して、ウルエは慌てて口もとを手で塞いだ。
「中級者のパーティーでベヒーモスに挑むなんて、命を粗末にしているとしか思えない。もしもそんなパーティーを見掛けたら死ぬだけだからと止めるわ」
彼女からはじめて嫌悪の気配を感じた。
ハルジオンの街で最強のパーティー、アイギスでも討伐するのに最短三日。中級者のパーティーで倒せるといえば、出来るはずがない、無駄死にするだけだ、と不機嫌にもなるだろう。
ウルエは肺の空気を出しきるように吐いてから、フードで見えない彼女の目を見据えるようにした。本気だと伝わるように。
「僕の考えた作戦なら倒せます」
抑揚のない声で、事実を淡々と述べるようにウルエは話す。
「ふうん、自信あるんだ。どういう作戦なの」
「落とし穴」
ウルエが答えたとたん、ふん、と彼女は鼻で笑う。
首を斬り落とすには、ある程度の高さから攻撃しなければならない。
ギルド推奨の作戦は、足もとの土を持ち上げることで高さを出していたけれど、ウルエの作戦は反対でベヒーモスを落とし穴に落とすことで、どこからでも攻撃できるという利点があった。こちらの攻撃は読まれない。上手く動揺を誘えば、一撃で仕留められるはずだ。
「上手くいかないわ、落とし穴なんて」
「はい、上手くいきません」
ウルエは同意してから「でも、上手くいけば効果的ですよね」と、つけ足した。ええまあ、と彼女は曖昧に頷く。上手くいけば中級者パーティーでも討伐可能だけれど、そもそも落とし穴なんて馬鹿げた作戦が上手くいくわけない。上手くいかないことは、ウルエ自身も認めているのだから。
「上手くいかない作戦を検討して、なんの意味があるの。時間の無駄じゃないの」
「いいえ、上手くいかないからこそ検討するんです」
「どういうこと」
ローブの彼女は訝しむように首を傾げた。
ウルエの次の一言で、彼女は目が覚めるような感覚を味わう。
「はじめに話しましたよね。魔獣の知識を駆使すれば、罠に掛けたり、弱点を攻撃しやすくなると。落とし穴に落とせば楽に勝てるなら、そうなるように知識を使うんです」
上手くいかない作戦を上手くいくように工夫すること。知識の武器で戦うという意味を彼女はようやく理解した。
「ああ、そういうことか。面白そう」
先程までの不機嫌そうな声から一転、彼女は歯を見せるように笑い、まえのめりにウルエへ近付く。フードのせいで顔全体は見えなくても、よく動く口もとや仕草で、彼女の考えていることはわかりやすい。今はフードの奥で目を輝かせているのだろう。
ウルエは改めて瞼を閉じた。そこへ居ると錯覚するくらい鮮明に平原が広がり、アイギスメンバー三人の背中が見えた。勝負はここから仕切り直しだ。馬鹿みたいな作戦に、けれども効果的な謀略にベヒーモスを乗せていく。




