役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 37
フリッサに手を引かれて到着したのは、凱旋通りを出てから南に二キロメートルほどの小高い丘。フリッサの祖先もウルエとおなじティルターンゲリ王国に暮らしていたこと、王国を滅ぼした漆黒のドラゴンについて話した丘だ。
あの日は、満天の星と街明かりの綺麗な夜景が見渡せた。
今日はまだ時間が浅く、染められたように鮮やかな茜空と果てしない草原の世界。
「夜景もいいけど、夕焼けもいいよね」
「うん」
のんびりと話しかけたウルエに、フリッサは短く答えた。
ウルエから世間話を振るたびに、フリッサは「うん」「そうなんだ」と心ここにあらずの相槌を打つだけで、会話は弾まずに足もとで萎んでいく。世間話がしたいなら、近くの食事処でいい。ここまで連れて来られたのは、大事な話があるからだろう。ウルエは思いながらもフリッサのタイミングで話せるように、急かしたりしない。
話の種がなくなりかけたところで、
「……ねえ、ウルエ」
とフリッサは呼びかけながら、倒れるようにウルエの胸に額を押しつけた。
フードが捲れ上がり鮮やかな銀髪とハーフアップに纏めたマジェステが露わになり、一足遅れてフリッサの香りが鼻腔をすぎていく。フリッサは寒さに凍えるように小さく肩を震わせながら、ウルエの腕のあたりの服を強く握りしめた。
「恋人、いるんでしょう」
尋ねた声は、涙で濡れていた。
昨日の夜にメンブチハラハでされた質問とおなじ。ウルエの答えも変わらない。
「いないよ。今はまだ作りたくないから」
「……嘘よ。ううん、恋人はいなくても、好きな人はいるんでしょう」
いない、と答えかけて、ウルエは口を閉じた。
いない、と答えるのは、一番誠実に向き合いたい人に嘘を吐くことになるから。でも、今はまだ、知られたくない。相思相愛だとしても、恋人になるのを周りが許してくれない。
「好きな人はいます」
悩んだ末にウルエは正直に答えた。
フリッサは息を呑んで嗚咽を殺す。でも、溢れた涙までは止められない。覚悟していたとはいえ、ウルエの口から聞かされると、胸の奥、剥き出しの弱いところが抉られるように疼いた。
「魔導士、なんだよね」
フリッサは震える声で確認して、ウルエは「……魔導士?」と首を傾げた。
本気で誰のことかわからない。好きな人は、魔導士ではなく軽戦士。さらにいえば、銀髪紅眼の美しい女性で、つまりは目の前にいるわけで。いくら思い返しても、好きと勘違いされるような魔導士に心当たりがない。
「念のためだけど、ルーデシアは違うよ」
「誤魔化さないで。どうして、ルーデシアが出てくるのよ」
詰問するようにフリッサの声は鋭い。
誤魔化すもなにも、知人の魔導士で思いつくのはルーデシアくらいだ。メンブチハラハで面倒臭そうなパメラに絡まれたけれど、あれだけでパメラを好きと誤解しないだろう。
「他に魔導士の心当りがないんだけど」
「なら答えて。ウルエの好きな人は誰なのよ」
フリッサの質問に正直に答えたら、告白するようなもの。
言い淀んだウルエを責めるように「ほら、答えられない」とフリッサの鋭い声が飛ぶ。フリッサと釣り合うようになるまで、胸に秘めた気持ちは打ち明けないつもりでいた。でも、誤解されたまま気まずくなるくらいなら、告白したほうがいい。
ウルエは大きく深呼吸して、覚悟を決めた。
「はじめは憧れていました」
始まりは、そんな台詞。
正体を知らないまま昔からの友人のように気さくに話して、知識の武器を試してくれた。一度近づいて、遠く離れて、今は近くに。一度近づいたときから好意を持ち始めて、離れていたときも、心を占領されたように毎日その人のことを考えていた。約束通り見つけてくれて、一緒にすごすようになり、知らないうちに憧れは恋へ変化していた。
好きな人の名前は伏せても、本人に伝わるように。
フリッサはウルエの胸から顔を上げて、呆けたように大きく瞬きしながら、頬は茜空のように染まっていく。
「……でも。……でもでも、魔導士と手を繋いでいたところを、ルーデシアが見ているの。仲良さそうに腕を組んでいたところを、シャルクスが見ているの。道端で抱擁しているところを、メアリが見ているのよ」
言い訳のようにフリッサは捲し立てた。
ウルエは三秒ほど考えて「……あ、それ、もしかして」と答えかけたところで、フリッサは手でウルエの口を塞いだ。
「ウルエは、嘘を吐いていないんだよね。……その、好きな人のことも含めて」
口を塞がれて喋れないウルエは、こくこく、と首肯して答えた。
フリッサの頬が一段とあかくなり「ごめん、落ち着きたいから。すぐに戻るから」と近くの河原へ走り出した。ハルジオン最強の軽戦士は、河原へ着くまでに二度足を絡ませて転ぶ。
ウルエはフリッサの背中をしばらく見送り、丘の頂上の草原に寝転んだ。
段々と夜へ近づいていく群青の空。
「どう考えても、魔導士はリサのことだよね」
手を繋いだのも、腕を組んだのも、抱擁したのも、魔導士に変装したフリッサとだけだ。ローブを着ていたから魔導士と勘違いしても仕様がない。




