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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 33

「ウルエ様、ギルドマスターは昼から用事があるようです。会うなら朝のうちですよ」

「うん、みんなの顔を見たら、会いにいくよ」

 急かすようなメアリとは対照的に、ウルエはのんびりと答えた。

 訓練広場はアイギス専用のため仲間のウルエでも一緒に訓練は出来ないけれど、一言二言くらい仲間と話したい。フリッサは二日酔いが酷いようなら休むかもしれないけれど、顔色を見て、心配事をなくしてからギルドマスターとの交渉に臨みたい。

 メアリは「わかりました」と感情のない声で返してから「あ、そうそう、ウルエ様に話しておきたいことがありました」と思い出したように言う。耳を傾けたウルエに「まだ、正式な話ではないのですけれど」と前置きしてから「近々、アイギスに魔獣討伐の命令が出されます」と淡々と話した。

 ウルエは気を引き締めるように背筋を伸ばす。

 アイギスはハルジオンの街で最強のパーティー。討伐の命令が出されるとしたら、相当に厄介な魔獣が相手だろう。

「魔獣の種類は」

 真剣な声で尋ねたウルエに、メアリは口もとに手を添えて小さく笑う。

「大丈夫ですよ、相手はスコルですから」

「……スコル、ですか。フェンリルではなくて」

 きょとんと不思議そうに首を傾げてウルエは確認をとり「はい、スコルで間違いありません」とメアリは答えて「スコルなら、ルーデシア様の魔導攻撃でも楽に仕留められます」と続けた。

 メアリの言うように、アイギスメンバーならソロでも討伐可能だ。

 スコルは中位の魔獣で、似たような見た目の上位魔獣にフェンリルがいた。フェンリルでもベヒーモスやドラゴンなどの最上位種の魔獣と比較するなら素早いものの倒しやすく、スコルとなればさらに楽な相手だ。討伐報酬もベヒーモスやドラゴンは金貨一〇〇〇枚、フェンリルは金貨一〇〇枚、スコルになれば金貨一〇枚程度。

 ウルエの正直な感想は、スコルの討伐に、どうしてアイギスに命令が出されるのだろう。

 ウルエの疑問を察したようにメアリは答えていく。

「スコルは、冒険者殺しと異名がつくほどに、多くの冒険者を亡き者にしてきました。素早いために、駆け出しの冒険者ほど翻弄されて、中級者でも油断できない相手です。報酬額も低いため不人気で、討伐されずに依頼だけが残ることもあります」

 ウルエは相槌を打ちながら「でも、それだけでアイギスに命令が出されるものなの」と首を傾げて「ええ、それだけなら出されません」と、違う理由があるとメアリは仄めかした。

「近くで、スコルとよく似た、白毛魔獣の目撃情報が寄せられたんです」

 ウルエはそれだけで思い当たり「……あ」と声を上げて「近くでハティも目撃された、そういうことですね」と確認した。

 黒毛のスコル、白毛のハティ。

 毛色は違うものの同一の魔獣種で、毛色は雄雌の違いだ。討伐せずにいれば繁殖の可能性があるので、アイギスに討伐命令が出されるのだろう。元々はスコル討伐の依頼でも、ハティというおまけもつけば、報酬を倍にしたところで引き受ける人などいない。

「そういう依頼もアイギスに任せるんだ」

「はい、緊急性の高いもの、大きな災いとなるもの。解決を最優先にしたい依頼をアイギスに頼みます」

 ギルドは依頼の羊皮紙を張りだして告知しても、依頼を受けろと強制はできない。依頼をすべて自由意志にしていれば、当然、いろいろと問題も起きた。

 未解決のままにしておけば、街の破滅へいたるほどの脅威。つまりは大きな災いとなるもの。街の近くで繁殖を繰り返して、いずれ脅威となるもの。つまりは緊急性の高いもの。それらの早期解決のためにギルドから、依頼を受けろと強制するような仕組みが必要になり、アイギス制度は作られた。

 アイギスは性質上、ギルドから頼まれた依頼は断れない。

「なるほどね」

 ウルエが相槌を打つのと同時に、訓練広場の一角がにわかに騒めく。

 そちらへ視線をやり、ウルエは息を呑んだ。騒めきの原因はもちろん主役のアイギスが現れたからだ。チェインメイルに訓練用の古びれた武具を身につけたシャルクス、漆黒のローブを纏うのは魔導士のルーデシア。シャルクスとルーデシアは普段の訓練とおなじ恰好なのに、フリッサだけが違う。

 いつもなら軽武具を身につけて訓練に臨んでいたフリッサは、パーティーに出席するような純白のドレスを着ていた。腰のソードベルトに収めたエストックだけは普段通り。

 フリッサはウルエと目が合うと弾けるように駆け出して、ウルエの前でぴたりと止まり、軽やかなステップで一回転してみせた。ふわりとドレスが膨らみ、髪を束ねたハルジオンの花のマジェステが煌めく。羽が落ちるようにドレスが空気を吐いて萎んでいく。

「どうかな、この格好は」

 呆然としていたウルエへ、フリッサは頬を染めて訊いた。

 しばらくしてもウルエは黙り込んだままで、フリッサは寂しそうに苦笑して「似合わないよね、わたしには」と沈んだ声で言う。なにも言えずに見惚れていたウルエの脇腹を、メアリが肘で二度ほど突いた。

 ウルエはハッと我に返り、恥ずかしそうに一度俯いて、意を決したように顔を上げた。

「素敵……だと、思います」

 寂しそうな顔から一転、フリッサは嬉しそうにはにかんだ。

 メアリは「……だと思います、は余計です」と小声でウルエを咎めてから「お綺麗です。フリッサ様は、なにを着ても似合いますね」と手を叩く。

 フリッサは友人へ向けるような笑顔でメアリを見て「ありがとう、メアリ。でもそれ、褒めているようで、褒めてないからね」と頬を膨らませた。

「……あ、申し訳ありません」

「いいわよ、悪気がないのは知っているから」

 フリッサは優しく微笑んで、ウルエとメアリは揃って見惚れた。そうしているうちに、シャルクスとルーデシアも追いついて、朝の挨拶と一言二言雑談したあとに訓練は始まった。

 フリッサは訓練の邪魔になりそうな純白のドレスをものともせず、むしろ普段よりも動きはいいくらいだ。戦女神そのもののフリッサに、いつもよりも大きな声援に溢れていた。

「……で、ギルドマスターは昼から用事があるようですよ、ウルエ様」

「あ、忘れていました。これから会いにいきます」

 フリッサのドレスを見て、あまりにも綺麗で他のことがすべて抜けていた。ウルエは立ち上がり、メアリに会釈してハルジオンの街めがけて走りだす。うわついた気持ちのまま、ギルドマスターと交渉しても上手くいかないだろう。

「僕も頑張るから」

 人知れず呟いて、ウルエは走りながら額の汗を拭う。

 はじめて知識の武器を認めてくれた仲間と、憧れの人で好きな人とこれからも一緒に居るために、絶対に負けられない交渉だから。

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