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役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 32

 アイギス専用の訓練広場に、主役よりも先に多くの観客が詰めかけていた。

 ハルジオンではアイギスの訓練も大きなイベントで、露店の出店も抽選がおこなわれるほど。いい宣伝になるため、ハルジオンに店を構えながら定休日にエントリーしている人たちが半数。残りは出店費用を稼ぐためや人脈を広げるためと理由は様々だ。

 露店の顔ぶれは毎回違うため、新規客を取り込もうと露店主は訓練の二時間前から店をあけて朝食を振舞う。三個ほど朝食のパンを買い込んだウルエは、紙袋を抱えて、メアリの横へ腰をおろした。

「ふわあああ――……」

 パンを入れようと開いた口から大きな欠伸が漏れてしまう。

 酔い潰れたフリッサを賃貸宿まで運んで泊めたのはいいけれど、ウルエは一睡もしていない。憧れの人と一緒にいて、落ち着かなくて眠れない。日中は賑やかな露店市のおかげで意識しなくても、寝息が聞こえるくらい静かな夜に一緒の部屋にいて意識しないなんて無理な話だ。

「ずいぶん眠そうですね」

 刺々しい声でメアリは言う。

 吐いた息が白く残りそうなほどメアリの視線は冷たい。

「一睡もしていないから」

 欠伸を噛み殺して答えた瞬間、メアリの軽蔑の度合いが増した。

「へえー、一睡も出来ないくらい、楽しい夜をすごされたと。フリッサ様の気も知らないで、呑気なものです。そもそもウルエ様は、多くの人から敵視されているのですよ。徹夜するなら、せめて、現状の打開策でも考えたらどうなんですか」

 メアリは朝の光景を思い出して、赤面しながら捲し立てた。一睡もしないくらい楽しくて盛んな夜をすごして、早朝に道端で抱擁までして。愛しい人との時間は大事かもしれないけれど、ウルエが第一に考えないといけないのは、アイギスの仲間になり多くの人から敵視されているということ。

 ウルエはあたりを見渡して、相変わらずの敵意や嫌悪の眼差しに苦笑した。

「はい、そうなりますよね。このままはよくないから。昨日は諸事情で眠れなくて、どうせだから打開策を考えていたんです」

「……ウルエ様の最低ぶりに、言葉を失います」

 愛しい人との時間を大事にするどころか、睦み合いながら他のことを考えていたとなれば溜息すらも出てこない。

「ウルエ様の私生活に口を挟んでいたら、小言で一日が終わりそうです。これほど不誠実な人だなんて、思いもしませんでした」

「誠実であろうとは心掛けているんだけど」

 噛み合わない会話にウルエは首を傾げて、メアリは不機嫌そうに空咳をした。

「……で、現状の打開策を考えたんですよね。どのような策なのです」

 ウルエは「はい」と真面目な声で返事してから話し始めた。

「まずは現状の確認ですが、僕の作戦でベヒーモスを倒したと知らないから、多くの人から役立たずと思われています。役立たずがアイギスの仲間になれば、不安、不満を抱くのも当然です。一番の解決策は、僕の作戦を多くのパーティーが試して結果を出すこと」

 メアリは相槌のあとに口を挟んだ。

「役立たずと思われているなら、実戦で試してもらうのは難しいですよ。遊びならともかく、命懸けの戦いに役立たずの意見を採用しようなど考えません」

「はい、今のままでは試してもらえない。僕の作戦を試してもらわなければ、役に立つと証明もできない。試してもらうのは一番の解決策であり、唯一の解決策でもあるんです」

 ウルエの説明にメアリは首を傾げた。

 作戦を立てたところで試してもらえないなら、ウルエは役立たずと思われたまま。試してもらうのが唯一の解決策なら、絶対に解決しない。

「……要するに、周囲を認めさせることは諦めた、と」

 落胆しかけたメアリに、ウルエは不敵な笑みをうかべて「いいえ」と首をふり、

「僕の作戦だから試してもらえないなら、誰の作戦かわからなくしてしまうんです」

 メアリはまたしても首を傾げて「どういうことです……?」と不思議そうに尋ねた。

「魔獣を討伐するときに指針となる作戦がありますよね」

 しばらく考えていたメアリは「……あ」と小さく声を上げて、

「ギルド推奨作戦」

 ウルエは大きく頷いて返事の代わりとした。

 ギルド推奨作戦は全ての冒険者が参考にするもので、アイギスも例外ではない。ギルド推奨作戦では、ベヒーモスを倒すまでに最短でも三日必要だった。一八秒で倒したウルエの作戦に遠く及ばない。

「ギルド推奨作戦を作り直すんです。僕の考えた作戦に」

 驚きのあまり目を白黒させたメアリに、ウルエは笑うような声で言う。

「先日の歓迎会で、ギルドマスターの伝手もできました。僕の作戦が有用なら、採用してくれると思うんだ。どうかな」

 知識を重要視していないとはいえ、ギルド推奨作戦は不可侵の領域だ。

 魔獣を討伐したパーティーに取材を重ねて、各地のギルドと共有して、国中の冒険者へギルド推奨作戦として還元して受け継がれてきた。ベヒーモスを倒したウルエの作戦も、各地のギルドで有用性が証明されたなら、正式にギルド推奨作戦として採用されるはずだ。

 幾つかを書き換えることはあれど、作り直すことは国中のギルドを一新するに等しい。

 ギルドマスターの手を借りたところで、一新するのは困難極まりない。

「無理ですよ、そんなの」

「無茶だとは思う。でも、無理ではないんだ」

 メアリの弱気に、ウルエは確かな声で答えた。

 メアリは一度大きく息を吐いて、睨むような目でウルエを見据えた。

「ギルドマスターの手を借りれば、ハルジオンギルドのみの推奨作戦として試してもらうことは、不可能ではありません。ギルドマスターなら、そのように言われると思います」

 ウルエの作戦は、仮想戦闘の結果にすぎない。ベヒーモスを一八秒で倒した実績はあるけれど、他の作戦もおなじように有用かはわからない。ギルド推奨作戦はお粗末とはいえ、魔獣を討伐した作戦をもとに作られるため、ウルエの作戦よりも圧倒的に説得力は高い。

「いきなり全てを変えようなんて傲慢な考えだよ。ハルジオンギルドで一部を試して、段々と広げて、いずれはギルド推奨作戦を大きく変えたい」

 ウルエの現実的な答えに、メアリは小さく頷いた。

「もしもウルエ様の作戦に不備があれば、命を落とすこともあります。人殺しと罵られる覚悟がなければ、ギルド推奨作戦を書き換えるのは、あまりにも重責です」

 ウルエは「はい」と答えて目を閉じた。

 閉じた目は、段々と故郷の風景を映し出していく。書斎にこもり、祖先の遺した魔獣の古書を読み込んでいた日々のことを――。

 漆黒のドラゴン、ティルターンゲリ王国を滅ぼしたエンシャントドラゴンの書籍を読んだときに小さな疑問を抱いた。命からがら逃げながら、部屋を埋め尽くすほどの書籍は持ちだせない。古書の一部は、思い出しながら書いたはずだ。

 でも、なんのために――?

 ウルエは考えて、ひとつの結論を出した。

 研究の成果を伝えていくために。研究の成果は新たな研究の糧になり、血のように連綿と受け継がれていくものだから、途絶えさせたくない一心で書き残したのだろう。ウルエが冒険者を目指したのも、知識が武器になると信じていたこととおなじくらい、祖先の書き残した知識を途絶えさせたくないという思いからだ。

「僕の作戦で、命を落とす人もいると思います」

 ウルエは小さくも確かな声で答えて「……でも」と続けた。

「命を落とす人よりも多くの人を救えるなら、僕は迷いません。人を救うことの栄誉も、人を殺すことの責任も、どちらも背負うつもりです」

 断言したウルエに「……ふふ」とメアリは小さく笑声を漏らす。

 私生活はだらしなくても、こういうところは誠実なのかもしれない。フリッサが惚れ込んだのも、こういう一面を見せられたからかもしれない。思い返せば、ベヒーモスを三〇秒で倒すと断言したときのフリッサも、おなじような気持ちだったのかもしれない。

 賭けてみたい。

 ギルド推奨作戦を作り直す、なんて、ありえないはずの可能性に――。

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