役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 31
フリッサは静かに瞼をひらいた。
一番に感じたのは、耳鳴りを伴うほどの頭痛と心地よい香り。
「うう、頭、痛い」
上半身を起こしながら、こめかみに手を添えて唸るように言う。痛みの原因は、おそらく二日酔いだ。ウルエと一緒に露店市をまわり、夜は一緒に食事をして、ウルエに恋人はいないとわかり、嬉しさのあまり果実酒を浴びるほど飲んだ。そこから先の記憶がない。頭痛に喘ぎながら、今日はアイギスの訓練日なのに、と羽目を外しすぎたことを後悔していた。
「おはようございます」
ふいに挨拶されて「はい、おはようございます」と反射的にフリッサも挨拶を返した。
挨拶を返してから、はて、とフリッサは小首を傾げた。ひとりで暮らしているはずなのに、挨拶してきたのは誰だろう、と挨拶してきた人のほうを向いてさらに首の傾け具合を深くした。
「どうして、ウルエがいるの。夢でも見てるのかな」
起きたら同室にウルエがいるなんて、夢のはずなのに、割れるような頭痛は現実の証だ。
ウルエはバツが悪そうに苦笑して、とんでもないことを口走った。
「フリッサが酔い潰れたから、僕のところに泊めたんだ」
フリッサは言葉の意味がわからないと、大きな目を瞬きさせて、理解したとたん一瞬で顔を染め上げた。二日酔いの頭痛もどこへやら、フリッサは手櫛で美しい銀髪を梳かしながら「お泊り、お泊り……」と繰り返しては、身嗜みを整えていく。
ローブを着ているので、男女の交わりはしていないらしい。すこしだけ残念な気持ちと、酒のせいで記憶にも残らないような体験をしなくて済んだ、と安心した気持ちが半々。
「ねえ、フリッサ」
「ひゃい!」
男女の交わりについて考えていたフリッサは、飛び跳ねるように返事した。
「朝食はどうしよう」
「朝食はいらないかな。……今食べても、吐くと思うから」
忘れていた二日酔いが、ふたたび主張を始めていた。
「あ、それなら」
ウルエは立ち上がり、小さなテーブルに置いていた布袋を手にフリッサのもとへ戻り、中から小指の先ほどの黒くて丸いものを取りだす。フリッサの手に三粒置くと「二日酔いの薬、よく効くらしいから」と説明した。
酔い潰れるくらいだから、二日酔いになるかもしれない、と昨夜購入しておいたものだ。
薬屋に「二日酔いに一番よく効くの」と注文したらやたら高いのを買わされたうえに「高価なものほど効果もあるんだよ」と面白くない駄洒落のオマケまでつけてくれた。
フリッサは口に含んで「苦い」と弱々しく笑う。
いつまでもウルエのベッドを占領しているわけにもいかず、フリッサは外へ出て、夜明けまえの空気を胸一杯に吸い込んだ。冷たくて新鮮な空気が全身を満たして、二日酔いの頭痛と吐き気もいくぶん和らいだ。訓練までひと眠りすれば、普段通りまで治るかもしれない。
「ごめんね、迷惑かけて」
謝ろうと頭をさげて、フリッサの体は倒れるようにふらつく。ウルエは思わず受け止めた。フリッサが呼吸するたびに、温かな息が首筋を撫でていく。
「迷惑なんかじゃいよ。昨日は楽しくて、また一緒に露店市をまわりたいから。……あ、でも、お酒は、ほどほどで」
ウルエの優しい言葉が、耳もとで響く。
起きて一番に感じた心地よい香りの正体は、ウルエの体臭なのだろう。森の中にいるような、不思議と落ち着く香りだ。
「うん、ありがとう。……少しだけ、こうして抱き着いていてもいい?」
「はい、いくらでも」
フリッサは安心して寄り掛かり、目を閉じて、腕を背中にまわして抱きしめた。ウルエも応えるようにフリッサの体を抱きしめていく。
ウルエとフリッサが抱擁を交わす二〇メートルほど先で、ぽとり、と歯形のついたパンが地面へ落ちた。
「……うそ、ですよね」
呟いたのは、アイギス専属スタッフのメアリ。
夜明けまえの暗い道端。ウルエは別れを惜しむように魔導士と抱擁していた。少なくともメアリには、そう見えていた。このことをフリッサが知れば、どんな思いをするだろう。二〇メートル先でローブを着て抱擁している人こそフリッサ本人だけれど、知らないメアリは青ざめた。




