役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 30
はじめに運ばれてきたのは果実酒で、テーブルに倒れ込んでいたフリッサはむくりと起き上がり、ジョッキを掴んだかと思うと一気に呷り、口端から滴らせながら一息で空にした。乱暴に口もとを拭いさり、空いたジョッキを叩きつけるようにテーブルへ置いてアルコールの息を吐く。
ウルエは思わず、びくり、と体を強張らせた。
フリッサからは炎が揺らめくような威圧感があり、見えなくてもフードの奥の紅眼に睨まれているような気がした。アイギスの面目躍如ではないけれど、気迫だけで息苦しく感じるほど。
さらには背中からパメラの熱視線を穴があくほどに浴びせられて、たまに「許せない」やら「羨ましい」やら「妬ましい」やら、呪詛の言葉が断片的に聞こえてきた。
拷問のような料理が出てくる前に、すでに拷問だ、とウルエは思う。
「ところで、ウルエ……。訊きたいことがあるんだけど」
フリッサの低い声は、罪人を取り調べるときのような冷たさがあり、ウルエは背筋に氷を押しあてられたように震えて身を竦ませた。青色の目を硬く閉じて身構えたけれど、フリッサは肝心の質問をしてこない。代わりに小さく「一言、訊けばいいんだから」と呟く声がきこえた。
もしかしたら果実酒を一気に空けたのは、酔わなければ質問できないようなことだからかもしれない。どんな質問がきても、誤魔化したりせずに誠実に答えよう、とウルエも覚悟を決めた。
「ねえ、ウルエ……。恋人、いるの?」
片言で尋ねられた。
あまりに予想外の質問で、はじめは耳を疑い「ええと、恋人……?」と聞き返す。
フリッサはテーブルを眺めるように顔を伏せて空のジョッキを両手で包むように持ちながら、こくり、と全身で返事するように頷く。恋人の有無で間違いないらしい。身構えたのが馬鹿みたいに、全身からちからが抜けていく。
対してフリッサは、耳の横に心臓があると思えるほど鼓動が煩く、酔いではない熱が全身を駆けめぐり汗が噴きだしていく。ウルエが答えるまでの数秒は、これまでの人生で一番長い数秒だった。
「いないよ。恋人なんて、まだまだ先の話だから」
答えた瞬間、フリッサから威圧感が消えた。
ウルエは熱をおびた目で、ちらりとフリッサを見て、小さく息を吐く。
好きな人はいても、今はまだ恋人にはなれない。アイギスとパーティーを組んで、快く思わない人たちが多数いること。そういう人たちに認められて、ようやく第一歩。目のまえの女性と釣り合うくらいにならないと、胸に秘めた気持ちは打ち明けられない。恋人になるなんて、まだまだ先の話だ。
「恋人、いないんだ」
フリッサは確かめるように呟いた。
フードのおかげでウルエから見えない顔は喜色満面で、目尻に涙までういていた。ぐすり、と一度鼻をすすり、気さくな声で話す。
「ううん、いないならいいの。気にしないで。……あ、注文、お願いしまーす。果実酒のおかわり。店で一番高いのを二杯ください。いいよね、ウルエも飲もうよ」
二杯のジョッキを合わせて、一緒に運ばれてきた炭火焼のボアの串焼きをフリッサは上品に背中から食べようとして「頭から齧らないんですか」と、ウルエは笑うような声でからかう。
頬を膨らませて不貞腐れたフリッサは、すぐに、にやりと八重歯を覗かせて「ウルエが手本を見せてくれたらね」と返した。
ウルエは勇気をだして頭から齧り、肉よりも魚に近い食感に驚いた。骨まで食べれるように調理されていて、身が淡白なのに対して頭は独特の苦みがあり、果実酒とよく合う。二度と食べたくないと忌憚するほどでもなく、毎日食べたいと思うほどでもない。意外と美味しい、が率直な感想だ。
フリッサも頭からボアの串焼きを一本食べて「ねえねえ、ネモフィラの話をしてよ。あの強面や気弱な二人組の話でもいいからさ」と頻りにウルエの話をせがんだ。
店に入り二時間ほど経ち、フリッサは酔い潰れて寝息を吐いていた。
ウルエは銀貨二枚の支払いを済ませて、起こさないようにフリッサを背負う。
店から出て、ようやくパメラの呪詛から逃れられた。フリッサと一緒の楽しいはずの食事も、背後から怪しげな声が聞こえてくれば半減だ。二度と関わることはないだろうけれど、パメラという名前はウルエの意思と反して脳裏に深く刻まれた。




