役立たずと言われて冒険者を辞めようとしていた僕を拾ったのは、街で最強のパーティーでした。 23
アイギスの訓練は、訓練日と休日が交互になるように予定を組んでいた。
個人依頼の一件でフリッサは忙しく、フルメンバーでの訓練はここのところ出来ていない。久々のフルメンバーでの訓練は、歓迎会の翌日におこなわれた。
アイギス専用の訓練広場は狩りをした森の近く。
凱旋通りから街外れに出て、北に一キロメートルほどの平原で、朝の一〇時から小憩や昼休憩を挟みながら、日暮れ近くまでおこなう。
ならしたように凹凸のない平原は、雑草の一本すら生えていない。ルーデシアの土魔導で頻繁に掘り返されるため、土壌自体は肥沃なものの草木が芽吹くことはないからだ。
訓練自体は単純で単調。
ゴーレム魔導の応用で魔獣に似せて成形した仮想敵をルーデシアが操り、フリッサとシャルクスが挑んでいく。ゴーレムの動きは、のっそりと遅い。ゴーレム魔導は繊細なエーテルコントロールが必要なため、手足のように動かすのは天才魔導士のルーデシアでも無理なようだ。
それでも訓練とは思えない緊張感があり、巨大なゴーレム魔獣と戦うすがたは、一種の娯楽として成り立っていた。訓練広場を囲むようにハルジオンの人々が集まり、歓声を送り、ところどころで「ルーデシア嬢が勝つはずだ」「いいや、フリッサ様とシャルクス様に敵うわけない」と賭け事が始まり、果ては酒や食事の露店まで出ていた。
「アイギスの訓練ともなれば、観客も多いんだ」
「賭け事にしたり、酒の肴にしたり、大抵は不純な動機です。でも一流の戦いが見れるのは、アイギスの訓練くらいですから」
ウルエの感嘆に答えたのはアイギス専属スタッフのメアリ。
ウルエとメアリは並んでベンチへ座り、他の人達とおなじように訓練風景を眺めていた。
「あとは、純粋にアイギスが好きで、応援している人もいます」
「あれですよね」
ウルエは観客のひとりを指差した。
セミロングの茶髪をサイドテールにした、濃紺のローブを着た魔導士の女性。
自らの作り出した五メートルほどのゴーレムの肩に腰掛けて「頑張れー、お姉さまー」と声のかぎり叫んだり、ゴーレム魔獣が優勢になると「そのままいけえー、止めを刺せー」と物騒なことを叫びながら、ゴーレムが飛び跳ねたり手を叩いたり、さらに踊りだしたりと全身で喜ぶ。ゴーレムの動きも滑らかで、生きているとしか思えない。
必死でゴーレム魔獣を動かす天才魔導士よりもゴーレムと一緒に応援している彼女のほうが、エーテルコントロールは格段に上手い。
「ああ、パメラ様ですね」
「ルーデシアと姉妹なんですよね。……でも、似てないなあ」
お姉さまー、と大声で応援しているからルーデシアの妹だろうと思いながら尋ねると、いいえ、とメアリは首を左右へ振った。
「ルーデシア様は命の恩人らしく、お姉さまと呼んで慕っているようです。血の繋がりはありません」
アイギスメンバーが慕われているのが誇らしいのだろう。メアリの声は自慢気だ。
「そうなんだ。あそこまでゴーレムを自在に動かす人、はじめて見ました」
「パメラ様はエーテルコントロールだけなら、国中探してもいないくらいの天才です。ただ、魔獣との戦いにおいてエーテルコントロールは重視されていません。実戦では訓練ほど冷静に対応できないのも一因ですが、魔獣のエーテルに干渉を受けてコントロールを失うからです。そのため実戦では単純な魔導が重視されて、エーテル保有量がそのまま魔導士の実力になるのです。パメラ様もエーテル保有量は多いほうですが、もちろんルーデシア様よりは少ない。ハルジオンにルーデシア様よりも優れた魔導士はいません」
ゴーレムの攻撃は魔獣に当たらない。ゴーレムの攻撃が届くのと同時にコントロールを乱されて、魔導が解けてしまうからだ。ゴーレムが活躍するのは土木工事全般や重いものの運搬などの単純作業で、ゴーレムを踊らせられるほどのコントロールは必要とされていない。ゴーレムダンスは、見ていて楽しいけれど。
「エーテル保留量の多い魔導士ほど優れているのは僕も同意だけど、それだけが魔導士の実力というのは横暴じゃないかな」
ウルエの反論にメアリは目を細めた。
「他には、どのような要素があると思うのですか」
試すように尋ねられて、ウルエはこほんと空咳してから話し始めた。
「ひとつは、ありがちですが仲間との連携です。魔獣は全身にエーテルを帯びていますが、魔導壁と似た役割を果たすため、魔導攻撃全般が通じにくいんです。そのため支援に回ることが多く、仲間との連携は必要不可欠です。連携の取れない魔導士は、いくらエーテル保留量が多くても優れているとはいえません」
メアリは同意するように頷く。
エーテル保有量と魔獣の脅威度が比例するのは、保有量が多いほど魔導攻撃が通じ難くなるのも一因だ。格上の魔獣に魔導士の攻撃は効果がなく、攻撃が通じる程度の魔獣を相手にするならパーティーを組む必要がない。
ウルエは「あとは」と続けた。
「これもありがちですが空間認知能力です。思うように魔導を使うには、どこにどう展開するのかをイメージして、体内のエーテルを放出しなければいけない。空間認知能力が低ければ、思いもよらないところに魔導を展開してしまう。仲間の支援どころか邪魔になります」
他には、パメラほどではなくてもエーテルコントロールできること。
他には、同時にいくつもの魔導を使えること。
と、ウルエは魔導士に必要なものを思いつくかぎり話した。話し終えたところで、メアリは「素晴らしいです」と手を叩いて称賛した。
「さすがは、知識を武器にするだけあります。……では、もうひとつだけ質問を」
「はい、任せてください」
知識を褒められて気をよくしたウルエは、こぶしで胸を叩いた。
「現状をどう打開するつもりですか」
「……現状を打開?」
尋ねられて、質問の意味がわからないとウルエは首を傾げた。
「まわりの視線と、その原因についてです」
メアリに促されて、それとなく観客を見渡してみた。アイギスの訓練を眺めているのが半数、残りの半数がウルエとメアリのほうへ視線を向けていた。九割は敵意や嫌悪の眼差しで、残りの一割は好奇心というところ。
フリッサの個人依頼のせいで街中でも注目を集めていたけれど、どうして大金を懸けて探していたのかという好奇心だ。でも今は敵愾心が大半を占めていた。
メアリのいう現状の打開とは、このことを指しているのだろう。
「こちらを睨んでいる人が多い気がするんだけど。……でも、理由がわからないよ」
首を傾げたウルエに、メアリは溜息を吐いてから答えた。
「ウルエ様は、だれとパーティーを組んだのか、きちんと自覚されていますか。その話が広まれば、どういう目で見られるのか理解していますか」
アイギスとパーティーを組んだ結果だとメアリは仄めかす。
知識の武器はまだ浸透していない。ウルエは未だに、詐欺師まがいの役立たずと思われていた。一般的なパーティーなら役立たずを入れたところで自己責任で終わる話でも、アイギスになれば話は違う。役立たずを入れたことでアイギスが弱体化して、魔獣の討伐に失敗でもすれば、ハルジオンの街が地図から消えかねない。
敵視されるのも当然だろう。
「でも、昨日の今日だよ」
驚いてウルエは反論した。
昨日の朝にシャルクスとルーデシアに、仲間に入りたいと話して、森で試験をして、夜に歓迎会のパーティーをひらいた。いずれ広まるにしても、これほど早く広まるとはウルエも思っていなかった。もちろん対策も立てられていない。
「情報が漏れていたようです。念のために出所を調べてみたのですが、シャルクス様が口を滑らせたのか、昨日の朝には娼婦たちのあいだで噂されていたようで」
「娼婦ですか……ああ!」
原因に思い当たり、ウルエは思わず声をあげた。
流布したのはシャルクス様ではなく、あなたですか、とメアリに睨まれて手で口を塞ぐ。
「娼婦好きは、シャルクス様だけでいいのに。……まさか、ウルエ様もだなんて」
「違うから」
ウルエが否定すると、それなら、どういうことなんですか、と問い質すようなメアリの眼光に負けて、昨日のことを包み隠さずに話した。
シャルクスの住居を尋ねて、娼婦がいるところで、仲間に入れてください、と頼み込んだこと。シャルクスが快諾したこと。
娼婦の口から同業者の娼婦へ広まり、娼婦から客へ広まり、スッキリした客から酒場へ広がり、酒場からハルジオン全体に広まった。
メアリは冷ややかな目つきでウルエを眺めて、ウルエは涙声で「無言で睨まないで」と叫んだ。
「なるほど、ウルエ様は罵られたいと」
「ごめんなさい、結構です」
「知識の武器をアイギスに認めさせたウルエ様に、このようなことを申し上げるのは大変心苦しいのですけれど。本当は、このようなこと言いたくないのですが、ご所望のようなので……ウルエ様は大変お馬鹿なのでしょうか」
「……だから、言わなくていいのに」
肩を落としたウルエに、悪戯心を満たしたメアリはフォローを入れた。
「とはいえ、ウルエ様は個人依頼で注目を集めていましたから。流布せずとも数日のうちに、おなじような状況になっていたとは思います」
「このままなのは、よくないよね」
「はい、もちろん」
メアリはすぐに頷く。
「アイギスは、ベヒーモスを一八秒で倒したという実績があります。ウルエ様をパーティーに入れて不満を抱いても、面と向かい言葉にできる人はいません。ウルエ様の作戦で倒したことも知られていません」
作戦を考えたのがウルエと広まれば、不満の声も少なくなるかもしれないけれど、今は逆効果になりそうだとウルエは考えていた。今更、一八秒で倒したのはウルエの作戦のおかげでした、と広めても素直に信じる人は少ないだろう。アイギスへの不満とウルエへの敵愾心を抑え込むために利用した、と思われて終わりだ。
一番いいのは、ウルエの作戦をいろんな人が試して結果を出すこと。出会いの日に、フリッサとしたような仮想戦闘を他の人ともして、実戦で試してもらえば一発で誤解はなくなるだろう。でも、そこまでの道筋は見えない。役立たずの話に耳を傾けて、実戦で試してくれるような人はいないからだ。
純白のローブのなかで腕を組んで、うーん、と唸りながらウルエは考え込んだ。




